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事件の予兆
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その頃、ルイザやレヴァンニはアイアの町を出てティフリスへ向かっていた。
三日後には任命式がある。
幹部養成学校への推薦を受けたからといって、決してちやほやされることはない。むしろ、エリートとして国家を導くに足るかという試練を毎日のように課せられる。
このティフリスへの道程でもそれぞれに地方の視察という役目が与えられた。早馬を乗り換えて丸一日でようやく着けるという距離だが、これを遠回りしてそれぞれ指定された地域へ向かいつつ、任命式には間に合うようにしなければならない。
視察というだけで、とくに何を調べてこいという指示はない。ただし、ティフリスに着いてから、その地域についてあれやこれやと質問されることになる。
軍人である以上、いざ戦争になったときの地形的な戦略を考えるのは当然ながら、政治的、経済的な不安要素も抽出しておく必要がある。そしてその中でも、喫緊の課題があるならば具体的な解決手段まで提案しなければならないだろう。
推薦組が受ける試練は、必ずしも軍の偉い人から与えられるものだけではない。同期たちからの嫉妬も試練のひとつである。たいていの場合、同期の仲間たちは祝福してくれるし協力的である。だが、快く思わない者も少なからずいる。
そういった連中が嫌がらせや名誉を傷つけようとすることもある。ある年にはティフリスへの道中数人で取り囲んで喧嘩を吹っかけてきたという話もあるし、別の年には準備していた馬を放して任命式へ行けなくさせたという例もあった。
今年はレヴァンニが女性がらみの下品な噂を流された。しかし、そもそも彼が変態なのはみんなが知っていたし噂のほうがむしろ小者感が強かったので、男子はおろか女子さえも信じず名誉を損なうことにはならなかった。
こういった行為は軍人として評価を下げるものであるが、推薦された者の解決能力が問われる側面もあるので、軍に対する市民からの信用問題に発展しない限り、兵学校は原則的に放置している。
そんな中、アイア兵学校の十名ほどが姿を消した。
いなくなったのは三年生ばかりである。
三年生で推薦されたのはアラミオだけだが、いずれも彼と深い親交があるわけでもないし激しい対立があったわけでもないことがわかっている。 となると、四年生か二年生に対して恨みでもあるのかということになる。
調べてみると、ちょっとした小競り合いがあったことがわかった。いなくなった三年生のうち二人は、推薦されたレヴァンニともめたことがある。ただし、それは大きなもめごとではなく、一過性のいざこざに過ぎない。
その二人とは、デンギスとビダーゼである。
この情報を聞いて、兵学校長ザビーナ・マハラゼは驚いた。推薦組への嫌がらせを企図したにしても十人ともなると随分と多い。
「これだけの人数となると危険な匂いがするわね」
十人も軍事的な魔法を使える人間が行動すれば、かなりの規模のテロさえ起こせるだろう。推薦した者のうち、これだけの人数に恨みを買うような者はいなかったはずだ。
言動にやや問題があっても、レヴァンニはそれこそが彼らしさだと周囲から受け入れられている。
ルイザやアラミオはほぼ完璧な優等生タイプで人間関係も問題ない。
となると、四年生の二人だろうか?
正式な決定がされるまでに教官の間では推薦に値する人物として、タクトとデンギスの二名が挙がっていた。
だが、魔法の使えなくなったタクトなど推薦できようはずもない。デンギスは剣闘会で見せた稚拙な態度が大きく評価を下げた。
その代わりとして推薦すべき者となるとなかなか心当たりがいなかった。必ず五人推薦しなければならないという規則があるわけではない。
いなければ推薦しなければよかったのだが、かつて世話になった貴族の息子が二人ほどいたので推薦することにした。人を指導する立場になる人間としてはやや迫力に欠けるところがあるが、魔法などの能力には問題はなかった。
教官を交えた会議でも異論こそあったものの、最終的には全体の了承を得た。ザビーナが説き伏せたといえばそうだが、少なくとも全員が賛成した時点で彼女だけの責任ではなくなる。
彼女は忘れていたことがあった。ぱっとしない者が理由もなく高い評価を受けることになったとき、その者は強い嫉妬を受けることになりがちだということを。
恨まれているのは彼らかもしれない。
しかし、抜け出した十人はほとんどが三年生である。
こういう嫉妬心は、自分と相手が少なくとも同列であるという認識があるからこそ生じるものであって、下級生が先輩に対して抱く感情ではない。
彼らの行動や目的の予測は極めて難しかった。最悪の場合、人命に関わる事象も想定される。兵学校の学校長は、地域の軍の司令官も兼任する。
「まだそれほど遠くへは行っていないはずよ。すぐにアイア地区から出る道すべてに検問を張るように」
「はっ。それから、ティフリスへの報告は?」
ザビーナは予科生の管理責任を問われることを恐れた。
「不安に駆られて些事を大事にするのは愚かなことです。ひとまずは経過を待ってからにしましょう」
三日後には任命式がある。
幹部養成学校への推薦を受けたからといって、決してちやほやされることはない。むしろ、エリートとして国家を導くに足るかという試練を毎日のように課せられる。
このティフリスへの道程でもそれぞれに地方の視察という役目が与えられた。早馬を乗り換えて丸一日でようやく着けるという距離だが、これを遠回りしてそれぞれ指定された地域へ向かいつつ、任命式には間に合うようにしなければならない。
視察というだけで、とくに何を調べてこいという指示はない。ただし、ティフリスに着いてから、その地域についてあれやこれやと質問されることになる。
軍人である以上、いざ戦争になったときの地形的な戦略を考えるのは当然ながら、政治的、経済的な不安要素も抽出しておく必要がある。そしてその中でも、喫緊の課題があるならば具体的な解決手段まで提案しなければならないだろう。
推薦組が受ける試練は、必ずしも軍の偉い人から与えられるものだけではない。同期たちからの嫉妬も試練のひとつである。たいていの場合、同期の仲間たちは祝福してくれるし協力的である。だが、快く思わない者も少なからずいる。
そういった連中が嫌がらせや名誉を傷つけようとすることもある。ある年にはティフリスへの道中数人で取り囲んで喧嘩を吹っかけてきたという話もあるし、別の年には準備していた馬を放して任命式へ行けなくさせたという例もあった。
今年はレヴァンニが女性がらみの下品な噂を流された。しかし、そもそも彼が変態なのはみんなが知っていたし噂のほうがむしろ小者感が強かったので、男子はおろか女子さえも信じず名誉を損なうことにはならなかった。
こういった行為は軍人として評価を下げるものであるが、推薦された者の解決能力が問われる側面もあるので、軍に対する市民からの信用問題に発展しない限り、兵学校は原則的に放置している。
そんな中、アイア兵学校の十名ほどが姿を消した。
いなくなったのは三年生ばかりである。
三年生で推薦されたのはアラミオだけだが、いずれも彼と深い親交があるわけでもないし激しい対立があったわけでもないことがわかっている。 となると、四年生か二年生に対して恨みでもあるのかということになる。
調べてみると、ちょっとした小競り合いがあったことがわかった。いなくなった三年生のうち二人は、推薦されたレヴァンニともめたことがある。ただし、それは大きなもめごとではなく、一過性のいざこざに過ぎない。
その二人とは、デンギスとビダーゼである。
この情報を聞いて、兵学校長ザビーナ・マハラゼは驚いた。推薦組への嫌がらせを企図したにしても十人ともなると随分と多い。
「これだけの人数となると危険な匂いがするわね」
十人も軍事的な魔法を使える人間が行動すれば、かなりの規模のテロさえ起こせるだろう。推薦した者のうち、これだけの人数に恨みを買うような者はいなかったはずだ。
言動にやや問題があっても、レヴァンニはそれこそが彼らしさだと周囲から受け入れられている。
ルイザやアラミオはほぼ完璧な優等生タイプで人間関係も問題ない。
となると、四年生の二人だろうか?
正式な決定がされるまでに教官の間では推薦に値する人物として、タクトとデンギスの二名が挙がっていた。
だが、魔法の使えなくなったタクトなど推薦できようはずもない。デンギスは剣闘会で見せた稚拙な態度が大きく評価を下げた。
その代わりとして推薦すべき者となるとなかなか心当たりがいなかった。必ず五人推薦しなければならないという規則があるわけではない。
いなければ推薦しなければよかったのだが、かつて世話になった貴族の息子が二人ほどいたので推薦することにした。人を指導する立場になる人間としてはやや迫力に欠けるところがあるが、魔法などの能力には問題はなかった。
教官を交えた会議でも異論こそあったものの、最終的には全体の了承を得た。ザビーナが説き伏せたといえばそうだが、少なくとも全員が賛成した時点で彼女だけの責任ではなくなる。
彼女は忘れていたことがあった。ぱっとしない者が理由もなく高い評価を受けることになったとき、その者は強い嫉妬を受けることになりがちだということを。
恨まれているのは彼らかもしれない。
しかし、抜け出した十人はほとんどが三年生である。
こういう嫉妬心は、自分と相手が少なくとも同列であるという認識があるからこそ生じるものであって、下級生が先輩に対して抱く感情ではない。
彼らの行動や目的の予測は極めて難しかった。最悪の場合、人命に関わる事象も想定される。兵学校の学校長は、地域の軍の司令官も兼任する。
「まだそれほど遠くへは行っていないはずよ。すぐにアイア地区から出る道すべてに検問を張るように」
「はっ。それから、ティフリスへの報告は?」
ザビーナは予科生の管理責任を問われることを恐れた。
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