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縁
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卓人は面接会場とは別の、教室と思われる机のたくさん置かれた部屋に案内された。
そこでは、椅子に座ったエミリが泣いていた。
職員が心配そうに見ているが、もはや手もつけられないといった状態らしい。その目は助けを求めていた。
エミリは卓人を認めると、一生懸命に涙を止めようと試みたがうまくいかなかったらしい。余計に泣き出してしまった。
『こういうとき、お兄ちゃんとしてはどう振る舞えばいいんだろう』
異世界にきて三ヶ月あまり、エミリの兄として振る舞うことに違和感はなくなりつつあったが、こういう感情が絡んできた状況ではどうしていいかわからない。一応、面接であったことと受験そのものには合格したことは聞いている。
卓人はエミリの横に座ってみた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい……」
なぜかエミリは謝ってきた。
このときになって、卓人は以前ルイザが言っていたことの本当の意味がわかった。エミリは、自分が兵学校を除籍になったことを知らないから、アイアに残ると思っている。心の支えがなくなるとはこいういうことなのだ。
卓人は自分が冷たい人間なのではないかと思った。
わけもわからず異世界にきて、家族や友人と離れることになったのに、自分はなんだかんだとこちらの生活に適応してしまっている。
でも、本来あるべき人間の姿はこうなのではないだろうか。
いつも一緒にいた人と離ればなれになると悲しくなるものではないだろうか。
自分は人間として重要な何かを欠損しているのではないだろうか。
そうではないと思いたい。
卓人はエミリの頭をそっと撫でた。
「帰ろうか、エミリ」
「……だけど、お兄ちゃん?」
自分の保護者面接が残っている。
「もう、いいじゃないか」
ポケットにハンカチを入れるなんてことには無頓着だった卓人だが、ティフリスにきてからエミリは必ずもたせた。それを取り出して涙を拭ってやる。
そして、今度は激しく頭を撫でて笑ってみせた。きれいな髪がくしゃくしゃになったエミリも、懸命に笑顔をつくった。
「ありがとうございました」
なんとか泣き止んだエミリを連れて、他の受験生より先に帰ることにした。事務員の女性も困惑していたが、状況が状況だけに認めるしかなかった。
「気をつけて帰ってくださいね」
受験の最後までやってないのだから合格は取り消しになるだろう。それはそれでよかった。
このままティフリスに残って仕事を探してもいいし、アイアに戻ってもいい。ひとまずエミリと一緒に何か生活できる方法を考えればいい。
学校を出てからエミリは、泣きはらした顔を隠すためか卓人の脇に顔をうずめるようにしがみついていた。
卓人は街ゆく人たちに妙に思われないように、エミリの肩に手を置いて一緒に歩いた。
宿に戻ってからすぐ、エミリは受験会場を途中で抜けることになってしまったことを改めて謝罪した。
「謝らないといけないのは僕のほうだ」
卓人はそう返した。
「実は……その、なんなんだけど……兵学校やめないといけなくなったんだ。魔法が使えないから」
「……え?」
「そのことを言ってしまうと、エミリなら受験をやめて働くと言い出しそうだったから黙っておいたんだ。でも、結果的には余計な気苦労をかけてしまっていたんだね。ごめん」
「じゃあ」
「ずっと、こっちにきて仕事を探してたんだけど、結局見つからなくて……たまたま魔法学校の校長とも会えたから、相談してみたけど難しそうだった」
「そっか……」
「なかなか、うまくいかないものだね」
「きっと、縁がなかったんだよ」
魔法学校の校長は「縁があれば」と言った。縁とはその人を導く糸のようなものだ。
ひとりの個人の思いだけで物事は動かない。たくさんの個人、すなわち多くの人々の意思とか偶然の何かとかが絡み合ってひとつの事象が導き出される。
その糸の導きによって、思いもかけずあっさりと欲しいものが手に入ったり、逆にどんなにあがいても手に入らないこともある。それはひとつの意思のようでもある。
「これから、どうしようかなぁ」
「私は機織りとか刺繍のお仕事があればやりたいな」
「それは、こっちで? それともむこうに戻って?」
「どこでもいいよ」
にっこりと笑って兄を見た。
兄の人生の邪魔をしたくないエミリは決して言わないが、そこには「お兄ちゃんも一緒なら」が含まれている。
卓人は不思議とそれを重荷とは思わなかった。むしろ、無邪気に誰かを信頼しきることのできる彼女が素晴らしいと思った。
そして、その信頼は自分ではない、自分の代わりにどこかへ行ってしまった本当の兄へ向けられているのである。
卓人はそう思っていた。
そこでは、椅子に座ったエミリが泣いていた。
職員が心配そうに見ているが、もはや手もつけられないといった状態らしい。その目は助けを求めていた。
エミリは卓人を認めると、一生懸命に涙を止めようと試みたがうまくいかなかったらしい。余計に泣き出してしまった。
『こういうとき、お兄ちゃんとしてはどう振る舞えばいいんだろう』
異世界にきて三ヶ月あまり、エミリの兄として振る舞うことに違和感はなくなりつつあったが、こういう感情が絡んできた状況ではどうしていいかわからない。一応、面接であったことと受験そのものには合格したことは聞いている。
卓人はエミリの横に座ってみた。
「お兄ちゃん、ごめんなさい。ごめんなさい……」
なぜかエミリは謝ってきた。
このときになって、卓人は以前ルイザが言っていたことの本当の意味がわかった。エミリは、自分が兵学校を除籍になったことを知らないから、アイアに残ると思っている。心の支えがなくなるとはこいういうことなのだ。
卓人は自分が冷たい人間なのではないかと思った。
わけもわからず異世界にきて、家族や友人と離れることになったのに、自分はなんだかんだとこちらの生活に適応してしまっている。
でも、本来あるべき人間の姿はこうなのではないだろうか。
いつも一緒にいた人と離ればなれになると悲しくなるものではないだろうか。
自分は人間として重要な何かを欠損しているのではないだろうか。
そうではないと思いたい。
卓人はエミリの頭をそっと撫でた。
「帰ろうか、エミリ」
「……だけど、お兄ちゃん?」
自分の保護者面接が残っている。
「もう、いいじゃないか」
ポケットにハンカチを入れるなんてことには無頓着だった卓人だが、ティフリスにきてからエミリは必ずもたせた。それを取り出して涙を拭ってやる。
そして、今度は激しく頭を撫でて笑ってみせた。きれいな髪がくしゃくしゃになったエミリも、懸命に笑顔をつくった。
「ありがとうございました」
なんとか泣き止んだエミリを連れて、他の受験生より先に帰ることにした。事務員の女性も困惑していたが、状況が状況だけに認めるしかなかった。
「気をつけて帰ってくださいね」
受験の最後までやってないのだから合格は取り消しになるだろう。それはそれでよかった。
このままティフリスに残って仕事を探してもいいし、アイアに戻ってもいい。ひとまずエミリと一緒に何か生活できる方法を考えればいい。
学校を出てからエミリは、泣きはらした顔を隠すためか卓人の脇に顔をうずめるようにしがみついていた。
卓人は街ゆく人たちに妙に思われないように、エミリの肩に手を置いて一緒に歩いた。
宿に戻ってからすぐ、エミリは受験会場を途中で抜けることになってしまったことを改めて謝罪した。
「謝らないといけないのは僕のほうだ」
卓人はそう返した。
「実は……その、なんなんだけど……兵学校やめないといけなくなったんだ。魔法が使えないから」
「……え?」
「そのことを言ってしまうと、エミリなら受験をやめて働くと言い出しそうだったから黙っておいたんだ。でも、結果的には余計な気苦労をかけてしまっていたんだね。ごめん」
「じゃあ」
「ずっと、こっちにきて仕事を探してたんだけど、結局見つからなくて……たまたま魔法学校の校長とも会えたから、相談してみたけど難しそうだった」
「そっか……」
「なかなか、うまくいかないものだね」
「きっと、縁がなかったんだよ」
魔法学校の校長は「縁があれば」と言った。縁とはその人を導く糸のようなものだ。
ひとりの個人の思いだけで物事は動かない。たくさんの個人、すなわち多くの人々の意思とか偶然の何かとかが絡み合ってひとつの事象が導き出される。
その糸の導きによって、思いもかけずあっさりと欲しいものが手に入ったり、逆にどんなにあがいても手に入らないこともある。それはひとつの意思のようでもある。
「これから、どうしようかなぁ」
「私は機織りとか刺繍のお仕事があればやりたいな」
「それは、こっちで? それともむこうに戻って?」
「どこでもいいよ」
にっこりと笑って兄を見た。
兄の人生の邪魔をしたくないエミリは決して言わないが、そこには「お兄ちゃんも一緒なら」が含まれている。
卓人は不思議とそれを重荷とは思わなかった。むしろ、無邪気に誰かを信頼しきることのできる彼女が素晴らしいと思った。
そして、その信頼は自分ではない、自分の代わりにどこかへ行ってしまった本当の兄へ向けられているのである。
卓人はそう思っていた。
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