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自己肯定感
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マリア・ベルンシュタインは男性が苦手であった。信用できないといったほうが正しいかもしれない。
思春期を過ぎたころから無自覚に男性を魅了してしまっていたせいで、好奇の眼差しを向けてこられた。
さらに彼女は相手が考えていることがエーテルを通じてぼんやりとではあるが読み取ることができる。下品な妄想をする男たちには嫌悪感しかなかった。そのせいで社会的な活動に制約が生じるほどではないが、自分が校長になる際には近しい役職、秘書や事務などはすべて女性にさせるくらいには男が嫌いである。
目の前にいるタクトという少年も、尊敬する叔母のナタリアが気に入っているということでちょっとだけ期待していたが、他の男と同じ反応で失望のほうが大きかった。
彼は今、何かをごまかそうとしている。
軍人なのに魔法が使えないとはどういうことかと聞いただけなのに、妙にうろたえている少年を見てマリアは不信感しか抱かなかった。
『やっぱりこの子も、ただの男と同じね……』
表面的にはおっとりとした印象の彼女だが、男を見る目は冷たかった。
「それがその……ここにくる直前になって、除籍を言い渡されてしまいまして……その、魔法が使えなくなったせいで」
魔法が使えなくなったという表現は、生まれたときから使えていないと見抜いたマリアにとっては逆効果であった。
「まあ、それはお気の毒に。ではこちらの学費はどうされる予定なのですか?」
校長の冷たい声色に卓人は青ざめた。
おっとりとした口調は変わらないが、先ほどまでの親しみは完全に消えていた。
「あの、だけど今、こちらで仕事を探しているところです」
卓人は慌てて繕った。
「でも、あなたが生活しつつ、こちらの学費も稼げるような仕事ってあるのかしら」
「……ここ数日探しましたが、ありませんでした」
「それは残念でしたね」
自分には関係ないと言わんばかりだ。これはまずい流れだ。
「あの、すみません。この学校には特待生制度みたいなのはないのでしょうか?」
生徒の成績によっては学費が減額あるいは免除になる制度である。
「なるほどねぇ、そういう経営戦略もあるかもしれませんね。でも、それは同じような学校がいくつもあるとき、よりよい生徒を獲得するための手段であって、うちは競合する学校があるわけでもないから合わない制度ですね。むしろ、学費を払わない生徒がいると知れれば、その子は人間関係で苦しい思いをするだけになるでしょう」
学費を公平に支払っていることを根拠に、教育の機会の均等が守られていると認識しているのであれば、それは極めて妥当な考えだろう。
「今、貴族にお金が借りられないか相談しているところで」
「いきなり現れた子にお金を貸す物好きな貴族はいません」
「あのっ、だったら! 魔法が使えるようになるにはどうしたらいいか教えていただけませんか!?」
「魔法を?」
「魔法が使えるようになったら、兵学校に戻してもらえるかもしれません。そしたら学費は確実に払うことができます!」
マリアはここにきて、叔母のお気に入りの少年をいじめているということを自覚した。
魔法が使えたこともないのに軍人の恰好をしているなんて、何かよからぬことを企んでいるのではないかとさえ思っていた。だがやはり叔母の言う通りこの少年は誠実で、妹をこの学校へ通わせるために何とかしたいと必死になっているではないか。
何かの事情があったのだろう。ちょっと悪いことをしたと思った。
「……いいでしょう。あなたのエーテルをしっかりと見させてください」
マリアはじっと卓人の顔を見た。
「……自己肯定感?」
「?」
「何が原因かわかりませんが、あなたは自分がここで生きていることについてあまり肯定的に受け止めることができていませんね」
「そ、そうでしょうか……?」
この世界でも自分に優しくしてくれる人はいる。それを認めるのはその人たちに悪い。
「記憶がなくなったとのことですから、様々なできごとに対して自分が適応できていないということなのでしょうか? 少なからずあなたは現状に違和感をもっておられます。その違和感があなた自身に対し大きな不信感をもたらしているように見えます」
ここまで言われて卓人は見られてはいけないものを見られていることを実感した。
「結果としてあなたは目の前で起こっていることについて信じることができなくなっています。他人はそうだとしても自分は違うと、そんな思いばかりが積み重なっています。信じてないから魔法が使えない。簡単に言えばそういうことです」
「……!!」
「できるはずがないと思っているのに、できるわけなどないでしょう?」
「…………そうですね」
それは過去の自分に全く当てはまることだった。中学までは勉強にしても運動にしてもできないことはたくさんあった。そして、それを今になって振り返ると、できないと思っていたからできなかったのだ。
「だったら、どうすれば……?」
「いいアドバイスではないけど、よろしいですか?」
思春期を過ぎたころから無自覚に男性を魅了してしまっていたせいで、好奇の眼差しを向けてこられた。
さらに彼女は相手が考えていることがエーテルを通じてぼんやりとではあるが読み取ることができる。下品な妄想をする男たちには嫌悪感しかなかった。そのせいで社会的な活動に制約が生じるほどではないが、自分が校長になる際には近しい役職、秘書や事務などはすべて女性にさせるくらいには男が嫌いである。
目の前にいるタクトという少年も、尊敬する叔母のナタリアが気に入っているということでちょっとだけ期待していたが、他の男と同じ反応で失望のほうが大きかった。
彼は今、何かをごまかそうとしている。
軍人なのに魔法が使えないとはどういうことかと聞いただけなのに、妙にうろたえている少年を見てマリアは不信感しか抱かなかった。
『やっぱりこの子も、ただの男と同じね……』
表面的にはおっとりとした印象の彼女だが、男を見る目は冷たかった。
「それがその……ここにくる直前になって、除籍を言い渡されてしまいまして……その、魔法が使えなくなったせいで」
魔法が使えなくなったという表現は、生まれたときから使えていないと見抜いたマリアにとっては逆効果であった。
「まあ、それはお気の毒に。ではこちらの学費はどうされる予定なのですか?」
校長の冷たい声色に卓人は青ざめた。
おっとりとした口調は変わらないが、先ほどまでの親しみは完全に消えていた。
「あの、だけど今、こちらで仕事を探しているところです」
卓人は慌てて繕った。
「でも、あなたが生活しつつ、こちらの学費も稼げるような仕事ってあるのかしら」
「……ここ数日探しましたが、ありませんでした」
「それは残念でしたね」
自分には関係ないと言わんばかりだ。これはまずい流れだ。
「あの、すみません。この学校には特待生制度みたいなのはないのでしょうか?」
生徒の成績によっては学費が減額あるいは免除になる制度である。
「なるほどねぇ、そういう経営戦略もあるかもしれませんね。でも、それは同じような学校がいくつもあるとき、よりよい生徒を獲得するための手段であって、うちは競合する学校があるわけでもないから合わない制度ですね。むしろ、学費を払わない生徒がいると知れれば、その子は人間関係で苦しい思いをするだけになるでしょう」
学費を公平に支払っていることを根拠に、教育の機会の均等が守られていると認識しているのであれば、それは極めて妥当な考えだろう。
「今、貴族にお金が借りられないか相談しているところで」
「いきなり現れた子にお金を貸す物好きな貴族はいません」
「あのっ、だったら! 魔法が使えるようになるにはどうしたらいいか教えていただけませんか!?」
「魔法を?」
「魔法が使えるようになったら、兵学校に戻してもらえるかもしれません。そしたら学費は確実に払うことができます!」
マリアはここにきて、叔母のお気に入りの少年をいじめているということを自覚した。
魔法が使えたこともないのに軍人の恰好をしているなんて、何かよからぬことを企んでいるのではないかとさえ思っていた。だがやはり叔母の言う通りこの少年は誠実で、妹をこの学校へ通わせるために何とかしたいと必死になっているではないか。
何かの事情があったのだろう。ちょっと悪いことをしたと思った。
「……いいでしょう。あなたのエーテルをしっかりと見させてください」
マリアはじっと卓人の顔を見た。
「……自己肯定感?」
「?」
「何が原因かわかりませんが、あなたは自分がここで生きていることについてあまり肯定的に受け止めることができていませんね」
「そ、そうでしょうか……?」
この世界でも自分に優しくしてくれる人はいる。それを認めるのはその人たちに悪い。
「記憶がなくなったとのことですから、様々なできごとに対して自分が適応できていないということなのでしょうか? 少なからずあなたは現状に違和感をもっておられます。その違和感があなた自身に対し大きな不信感をもたらしているように見えます」
ここまで言われて卓人は見られてはいけないものを見られていることを実感した。
「結果としてあなたは目の前で起こっていることについて信じることができなくなっています。他人はそうだとしても自分は違うと、そんな思いばかりが積み重なっています。信じてないから魔法が使えない。簡単に言えばそういうことです」
「……!!」
「できるはずがないと思っているのに、できるわけなどないでしょう?」
「…………そうですね」
それは過去の自分に全く当てはまることだった。中学までは勉強にしても運動にしてもできないことはたくさんあった。そして、それを今になって振り返ると、できないと思っていたからできなかったのだ。
「だったら、どうすれば……?」
「いいアドバイスではないけど、よろしいですか?」
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