理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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錬金術研究室

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 午後の面接を待つ保護者達はさまざまな研究室を見て回っていたが、この錬金術研究室にはそれほど多くの人は集まっていなかった。

「やあ、ようこそおいでくださいました。おやおや、保護者の方にしては随分お若い」

「両親はおりませんので。兄です」

「錬金術に興味はおありですか?」

 話かけてきたのは小柄な四〇代くらいの男だった。頭頂部が禿げ上がった代わりに、頭側を長めのくせ毛が覆っている。丸眼鏡と大きな鼻のついたその顔と緑のローブを羽織った猫背は、いかにも研究者といった風情がある。

「ここの教授をしております、ロモゾフといいます」

「やはり、鉛などから金を合成する試みをされているのですか?」

 学費のことではなく、研究内容について質問していた。明らかに現実逃避だった。

「ほほほほ、やはりそういったイメージをおもちなんですな。昔から多くの人が失敗してきたことを繰り返しても、そんなものは研究ではありませんよ」

 教授は独特のリズムの早口で卓人の問いに答えた。この世界ではマイナーな錬金術に興味をもってくれたのが嬉しいらしい。猫背が老けた印象を与えるが肌つやはよく、ぎらりとするような活力ある目が印象的だ。

 部屋の壁は棚で覆い尽くされ、そこにはたくさんの褐色瓶が並んでおり、その中にはおそらく様々な薬品が入っている。

「金とは永遠にその輝きを失うことのない完全な金属です。つまり完全なもの、言い換えれば神に近づくことを目的としたのが錬金術です」

「神……?」

 いきなり壮大かつドン引きするようなことを言ってきた。

「私たちは錬金術を通して魔法を発展させることに成功しました。しかしまだ、物質の本質にたどりつけておりません。『質料』と『エーテル』を分解し、再構築すれば本当に金さえ合成することは可能でしょう」

「エーテルですか?」

「はい。この世界のあらゆるものは、物質のもととなる『質料』とそれを構築し形状を与える『エーテル』からなります」

 エーテルとは、この魔法が使える世界ではよく聞く言葉だ。孤児院のナタリア先生は「それがそれであるようにはたらきかける何か」だと言っていたし、風の魔法を使うときは任意の空間の空気をエーテルに閉じ込めて動かすことで風を起こしている。

 それはこの世界の理論として正しいとされているのだろうが、なんとも理解しがたい。

「塩には塩のエーテルがあり、水には水のエーテルがあります。それを混ぜてできた塩水にはまた別の、塩水としてのエーテルがあります。そしてその濃さを変えればまたエーテルも変わります。うちの校長のようにエーテルが読み取れる人は見るだけでどのくらいの割合で塩と水が混ざっているかわかるんですよ」

 ここの校長はナタリアやシャロームのようにエーテルが読めるのか。さすが魔法学校の校長だ。

「すごいんですね。じゃあ、エーテルと質料が合わさったときに原子ができると考えればいいんですか?」

「は?」

 立て板に水を流すがごとく饒舌な教授がいきなり沈黙した。

「原子ですか?」

「あ……はい。水銀に中性子をもたせると核崩壊が起こって金になるって見たことがありますけど、それを魔法でやるのかなと……あ」

 この魔法の世界では原子という概念がないかもしれないことに今更になって気づいた。

「あなたは原子論を信じておられるのですか。なかなか興味深いですね。千年以上も前に否定されたというのに」

 しまった、やっぱりそうだった。

「ひ、否定されていたんですね。すみません」

「いいえ、いいえ。あらゆる可能性を捨ててはいません。実際、魔法は四元素説で説明できないことが多いのは学会でもいつも議論に上がっていますから。お兄さんはもしかして研究者ですか? あ、いや失礼。軍人さんでしたね」

 本当に興味があるらしくまたしてもべらべらとしゃべり始めた。

「そうか、それ以上小さくできない原子か。しかし水の原子と土の原子、風の原子、火の原子……いや、水銀の原子、硫黄の原子、塩の原子ということかな。どう考えるべきなんでしょうね」

「あ、あ、あの……すみません。僕もよくわかってないんです。話を戻しましょう」

「おおっと、話がそれてしまいましたな。それではこの研究室では何について研究しているかご案内しましょう」
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