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竜王を求めて

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 それがもっとも知りたい。

「彼は僕を召喚し、身代わりにしてどこかに行ってしまった。どこへ行ってしまったのでしょうか? 何か言っていなかったでしょうか」

 問われたシャロームは真剣に思い出そうとした。

「すまぬ。まったくわからん」

「……そうですか」

 他人の意図ばかりは教えろと言ってわかるものではない。

 卓人は諦めるしかなかった。残念そうな少年の表情はシャロームの記憶をさらに掘り起こさせた。そして、長年生きてきた彼にとってはどうでもいい、だけどその当時としては妙に印象的だった記憶にたどり着く。

「そういえば、奴はこう言ったな……『あんたは竜王を見たことがあるか』と」

「竜王?」

 シャロームは話を整理するために少し間を取ってから次の言葉を発した。

「おぬしは、この国の王……三五〇年前に独立を勝ち得たときの王がなんと呼ばれておるか知っておるかね?」

「いいえ、知りません」

「竜王と呼ばれておった」

 それはなともかっこいい呼ばれ方だ。

「当時支配していたエルゲニア帝国と戦うために竜を使役したとされるからだ」

「……使役?」

 卓人はちょっとした違和感を覚えた。兵学校ではその戦いにおいて竜が協力してくれたという表現で習った。受け取る側としては竜が神命を受けて助けてくれたといった神話的な物語として理解できた。

 ところが使役となると個人の意思によって戦わせた、あるいは戦ってもらったということだ。

 どちらも協力があったという点では変わりはないし、結果としてこの国が竜を神聖視するようになることにつながることにはなるだろうが、その主体が変わるということは重要な意味がありうる。

「あなたは竜王を見たのですか?」

「いいや。わしは竜王が現れた当時、ここからはるか遠くに住んでおった。ここに移り住んだのは噂を聞きつけてその竜王を見てみたいと思ったからだが、竜を使役する王は現れたことがない」

 誰も竜王の力を使えないなら、いずれそれは事実としてでなく神話のように理解されるようになったとしてもも無理からぬことだろう。

「奴はおそらく、竜王となることを目指しておるのではないか」

「竜王になる?」

「もちろん、これは完全なわしの当てずっぽうじゃ。だが、そう考えるといろいろと奴の行動にも一貫性が出てくる」

「なれるものなんですか」

「さあな。だが誰かがなったのならなれるのであろう。奴はわしがこれまで見てきた人間の中でも比類なき魔法の力をもっておった。わしはエーテルからその人物がどういう人格でどういう能力があるかだいたいわかるからな」

 そういう人がいることは知っている。ナタリアも同じような能力があった。

「わしは見て思った。通常の人間がこれほどの魔法の力に到達できるのかと」

「え。そんなにすごかったんですか?」

「少なくともわしはそのような人間を見たことがない。もちろん、魔法に人生をかけたような者に会ったこともあるが、奴には及ばなかったし、何より奴は若い」

「まさか、人間じゃない?」

 じゃあ、妹であるエミリも人間じゃない? それは信じたくない。

「いや、間違いなく人間だ。だから、わしの目が正しくなかったのかもしれん」

 ほっとしたいところだが、見る目が間違っているかもしれないなら疑念は晴れない。

「高い能力をもつ者は大きく三つの方向に分かれて進む。ひとつは権力を手にし、人々を正しく導く。ひとつは権力を手にし、人々から合理的に奪ってゆく。そしてひとつは権力などに関心をもたず、その能力の極限に達しようとする。奴はその三番目の人間だ」

「ということは、王家なら竜王の力の何かを知ることができる。だったら王室に近づこうとしているのでしょうか」

「その可能性を否定することはできんが……どうじゃろうな。初代国王の伝説以外に王家に竜王の力は確認されておらん」

「では、どうすれば竜王になれるんですか?」

「つまり、奴はその情報を得るために世界中を巡っておるのではないか?」

 仮に本物のタクトがどうしても竜王の力に触れたいと考えたとしよう。ここにいたままでは何もわからないと判断すればさまざまな地を歩いて渡って情報を得ようとするだろう。しかしそれでは妹が悲しんでしまう。だから自分を身代わりとして召喚した。あまりにも現実離れした途方もない目的のためにそんなことをするだろうか? だが、あり得ない話でもない。

「奴の人格であればそれが最も妥当な行動じゃ」

 少なくとも今の自分にはまったく興味がわかないせいか、卓人は混乱を極めた。

『わりぃな。エミリをしばらく頼む』

 戦場で薄れゆく意識の中、あの声が彼のものだとして、あの軽やかな口ぶりはいかなる心境だったのだろうか。そして自分はそのことについて怒りをもって受け止めるべきなのだろうか。

 いずれにしても正しく理解し、正しく判断すべきだ。

「ありがとうございました。僕の知りたいことはだいたいわかったと思います」

 そう言って卓人は席を立った。

「そうか……すまんかったな。せっかくきたのに大したことも教えられんで」

「いえ」

 シャロームはもう一言加えようと思ったがやめた。

 彼は自分の正体を他人に言いふらしてほしくなかった。珍しい異種族がいるなんて知れればどんな迫害に遭うかわからないからだ。だけどシャロームは卓人に口止めを要請しなかった。

 この男はそんなことはしない。いや、もっと正確に表すなら、卓人はシャロームという異種族の存在にそれほど関心をもたなかったからだ。

 人間によく似た異種族、転移の魔法、竜王……知的好奇心にあふれる彼が、この異世界の核心に迫ろうかというここでなぜか沈黙してしまっていた。

 帰途、卓人は明るい気持ちにはなれなかった。

 あの人はあの人なりに誠実に自分に向き合ってくれたのだと思う。だけど、人間の生きる時間感覚とは明らかに異なるからか、通じ合えるものがなかった。

 あの人とはもう会わないような気がする。

 エミリの兄について何かわかったようで、実際には何もわからなかった。だったらエミリの学費について相談に乗ってもらった方が時間として有益だったはずだ。

 ――空振りだったのかな。

 馬車の客車に差し込む夕焼けを卓人はぼんやりと眺めていた。
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