86 / 116
竜王を求めて
しおりを挟む
それがもっとも知りたい。
「彼は僕を召喚し、身代わりにしてどこかに行ってしまった。どこへ行ってしまったのでしょうか? 何か言っていなかったでしょうか」
問われたシャロームは真剣に思い出そうとした。
「すまぬ。まったくわからん」
「……そうですか」
他人の意図ばかりは教えろと言ってわかるものではない。
卓人は諦めるしかなかった。残念そうな少年の表情はシャロームの記憶をさらに掘り起こさせた。そして、長年生きてきた彼にとってはどうでもいい、だけどその当時としては妙に印象的だった記憶にたどり着く。
「そういえば、奴はこう言ったな……『あんたは竜王を見たことがあるか』と」
「竜王?」
シャロームは話を整理するために少し間を取ってから次の言葉を発した。
「おぬしは、この国の王……三五〇年前に独立を勝ち得たときの王がなんと呼ばれておるか知っておるかね?」
「いいえ、知りません」
「竜王と呼ばれておった」
それはなともかっこいい呼ばれ方だ。
「当時支配していたエルゲニア帝国と戦うために竜を使役したとされるからだ」
「……使役?」
卓人はちょっとした違和感を覚えた。兵学校ではその戦いにおいて竜が協力してくれたという表現で習った。受け取る側としては竜が神命を受けて助けてくれたといった神話的な物語として理解できた。
ところが使役となると個人の意思によって戦わせた、あるいは戦ってもらったということだ。
どちらも協力があったという点では変わりはないし、結果としてこの国が竜を神聖視するようになることにつながることにはなるだろうが、その主体が変わるということは重要な意味がありうる。
「あなたは竜王を見たのですか?」
「いいや。わしは竜王が現れた当時、ここからはるか遠くに住んでおった。ここに移り住んだのは噂を聞きつけてその竜王を見てみたいと思ったからだが、竜を使役する王は現れたことがない」
誰も竜王の力を使えないなら、いずれそれは事実としてでなく神話のように理解されるようになったとしてもも無理からぬことだろう。
「奴はおそらく、竜王となることを目指しておるのではないか」
「竜王になる?」
「もちろん、これは完全なわしの当てずっぽうじゃ。だが、そう考えるといろいろと奴の行動にも一貫性が出てくる」
「なれるものなんですか」
「さあな。だが誰かがなったのならなれるのであろう。奴はわしがこれまで見てきた人間の中でも比類なき魔法の力をもっておった。わしはエーテルからその人物がどういう人格でどういう能力があるかだいたいわかるからな」
そういう人がいることは知っている。ナタリアも同じような能力があった。
「わしは見て思った。通常の人間がこれほどの魔法の力に到達できるのかと」
「え。そんなにすごかったんですか?」
「少なくともわしはそのような人間を見たことがない。もちろん、魔法に人生をかけたような者に会ったこともあるが、奴には及ばなかったし、何より奴は若い」
「まさか、人間じゃない?」
じゃあ、妹であるエミリも人間じゃない? それは信じたくない。
「いや、間違いなく人間だ。だから、わしの目が正しくなかったのかもしれん」
ほっとしたいところだが、見る目が間違っているかもしれないなら疑念は晴れない。
「高い能力をもつ者は大きく三つの方向に分かれて進む。ひとつは権力を手にし、人々を正しく導く。ひとつは権力を手にし、人々から合理的に奪ってゆく。そしてひとつは権力などに関心をもたず、その能力の極限に達しようとする。奴はその三番目の人間だ」
「ということは、王家なら竜王の力の何かを知ることができる。だったら王室に近づこうとしているのでしょうか」
「その可能性を否定することはできんが……どうじゃろうな。初代国王の伝説以外に王家に竜王の力は確認されておらん」
「では、どうすれば竜王になれるんですか?」
「つまり、奴はその情報を得るために世界中を巡っておるのではないか?」
仮に本物のタクトがどうしても竜王の力に触れたいと考えたとしよう。ここにいたままでは何もわからないと判断すればさまざまな地を歩いて渡って情報を得ようとするだろう。しかしそれでは妹が悲しんでしまう。だから自分を身代わりとして召喚した。あまりにも現実離れした途方もない目的のためにそんなことをするだろうか? だが、あり得ない話でもない。
「奴の人格であればそれが最も妥当な行動じゃ」
少なくとも今の自分にはまったく興味がわかないせいか、卓人は混乱を極めた。
『わりぃな。エミリをしばらく頼む』
戦場で薄れゆく意識の中、あの声が彼のものだとして、あの軽やかな口ぶりはいかなる心境だったのだろうか。そして自分はそのことについて怒りをもって受け止めるべきなのだろうか。
いずれにしても正しく理解し、正しく判断すべきだ。
「ありがとうございました。僕の知りたいことはだいたいわかったと思います」
そう言って卓人は席を立った。
「そうか……すまんかったな。せっかくきたのに大したことも教えられんで」
「いえ」
シャロームはもう一言加えようと思ったがやめた。
彼は自分の正体を他人に言いふらしてほしくなかった。珍しい異種族がいるなんて知れればどんな迫害に遭うかわからないからだ。だけどシャロームは卓人に口止めを要請しなかった。
この男はそんなことはしない。いや、もっと正確に表すなら、卓人はシャロームという異種族の存在にそれほど関心をもたなかったからだ。
人間によく似た異種族、転移の魔法、竜王……知的好奇心にあふれる彼が、この異世界の核心に迫ろうかというここでなぜか沈黙してしまっていた。
帰途、卓人は明るい気持ちにはなれなかった。
あの人はあの人なりに誠実に自分に向き合ってくれたのだと思う。だけど、人間の生きる時間感覚とは明らかに異なるからか、通じ合えるものがなかった。
あの人とはもう会わないような気がする。
エミリの兄について何かわかったようで、実際には何もわからなかった。だったらエミリの学費について相談に乗ってもらった方が時間として有益だったはずだ。
――空振りだったのかな。
馬車の客車に差し込む夕焼けを卓人はぼんやりと眺めていた。
「彼は僕を召喚し、身代わりにしてどこかに行ってしまった。どこへ行ってしまったのでしょうか? 何か言っていなかったでしょうか」
問われたシャロームは真剣に思い出そうとした。
「すまぬ。まったくわからん」
「……そうですか」
他人の意図ばかりは教えろと言ってわかるものではない。
卓人は諦めるしかなかった。残念そうな少年の表情はシャロームの記憶をさらに掘り起こさせた。そして、長年生きてきた彼にとってはどうでもいい、だけどその当時としては妙に印象的だった記憶にたどり着く。
「そういえば、奴はこう言ったな……『あんたは竜王を見たことがあるか』と」
「竜王?」
シャロームは話を整理するために少し間を取ってから次の言葉を発した。
「おぬしは、この国の王……三五〇年前に独立を勝ち得たときの王がなんと呼ばれておるか知っておるかね?」
「いいえ、知りません」
「竜王と呼ばれておった」
それはなともかっこいい呼ばれ方だ。
「当時支配していたエルゲニア帝国と戦うために竜を使役したとされるからだ」
「……使役?」
卓人はちょっとした違和感を覚えた。兵学校ではその戦いにおいて竜が協力してくれたという表現で習った。受け取る側としては竜が神命を受けて助けてくれたといった神話的な物語として理解できた。
ところが使役となると個人の意思によって戦わせた、あるいは戦ってもらったということだ。
どちらも協力があったという点では変わりはないし、結果としてこの国が竜を神聖視するようになることにつながることにはなるだろうが、その主体が変わるということは重要な意味がありうる。
「あなたは竜王を見たのですか?」
「いいや。わしは竜王が現れた当時、ここからはるか遠くに住んでおった。ここに移り住んだのは噂を聞きつけてその竜王を見てみたいと思ったからだが、竜を使役する王は現れたことがない」
誰も竜王の力を使えないなら、いずれそれは事実としてでなく神話のように理解されるようになったとしてもも無理からぬことだろう。
「奴はおそらく、竜王となることを目指しておるのではないか」
「竜王になる?」
「もちろん、これは完全なわしの当てずっぽうじゃ。だが、そう考えるといろいろと奴の行動にも一貫性が出てくる」
「なれるものなんですか」
「さあな。だが誰かがなったのならなれるのであろう。奴はわしがこれまで見てきた人間の中でも比類なき魔法の力をもっておった。わしはエーテルからその人物がどういう人格でどういう能力があるかだいたいわかるからな」
そういう人がいることは知っている。ナタリアも同じような能力があった。
「わしは見て思った。通常の人間がこれほどの魔法の力に到達できるのかと」
「え。そんなにすごかったんですか?」
「少なくともわしはそのような人間を見たことがない。もちろん、魔法に人生をかけたような者に会ったこともあるが、奴には及ばなかったし、何より奴は若い」
「まさか、人間じゃない?」
じゃあ、妹であるエミリも人間じゃない? それは信じたくない。
「いや、間違いなく人間だ。だから、わしの目が正しくなかったのかもしれん」
ほっとしたいところだが、見る目が間違っているかもしれないなら疑念は晴れない。
「高い能力をもつ者は大きく三つの方向に分かれて進む。ひとつは権力を手にし、人々を正しく導く。ひとつは権力を手にし、人々から合理的に奪ってゆく。そしてひとつは権力などに関心をもたず、その能力の極限に達しようとする。奴はその三番目の人間だ」
「ということは、王家なら竜王の力の何かを知ることができる。だったら王室に近づこうとしているのでしょうか」
「その可能性を否定することはできんが……どうじゃろうな。初代国王の伝説以外に王家に竜王の力は確認されておらん」
「では、どうすれば竜王になれるんですか?」
「つまり、奴はその情報を得るために世界中を巡っておるのではないか?」
仮に本物のタクトがどうしても竜王の力に触れたいと考えたとしよう。ここにいたままでは何もわからないと判断すればさまざまな地を歩いて渡って情報を得ようとするだろう。しかしそれでは妹が悲しんでしまう。だから自分を身代わりとして召喚した。あまりにも現実離れした途方もない目的のためにそんなことをするだろうか? だが、あり得ない話でもない。
「奴の人格であればそれが最も妥当な行動じゃ」
少なくとも今の自分にはまったく興味がわかないせいか、卓人は混乱を極めた。
『わりぃな。エミリをしばらく頼む』
戦場で薄れゆく意識の中、あの声が彼のものだとして、あの軽やかな口ぶりはいかなる心境だったのだろうか。そして自分はそのことについて怒りをもって受け止めるべきなのだろうか。
いずれにしても正しく理解し、正しく判断すべきだ。
「ありがとうございました。僕の知りたいことはだいたいわかったと思います」
そう言って卓人は席を立った。
「そうか……すまんかったな。せっかくきたのに大したことも教えられんで」
「いえ」
シャロームはもう一言加えようと思ったがやめた。
彼は自分の正体を他人に言いふらしてほしくなかった。珍しい異種族がいるなんて知れればどんな迫害に遭うかわからないからだ。だけどシャロームは卓人に口止めを要請しなかった。
この男はそんなことはしない。いや、もっと正確に表すなら、卓人はシャロームという異種族の存在にそれほど関心をもたなかったからだ。
人間によく似た異種族、転移の魔法、竜王……知的好奇心にあふれる彼が、この異世界の核心に迫ろうかというここでなぜか沈黙してしまっていた。
帰途、卓人は明るい気持ちにはなれなかった。
あの人はあの人なりに誠実に自分に向き合ってくれたのだと思う。だけど、人間の生きる時間感覚とは明らかに異なるからか、通じ合えるものがなかった。
あの人とはもう会わないような気がする。
エミリの兄について何かわかったようで、実際には何もわからなかった。だったらエミリの学費について相談に乗ってもらった方が時間として有益だったはずだ。
――空振りだったのかな。
馬車の客車に差し込む夕焼けを卓人はぼんやりと眺めていた。
70
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる