上 下
84 / 116

転移と波動の関連について

しおりを挟む
 貸せる金がないということなら、頼みたいことといえばこれしかない。

「僕をその転移の魔法で、元の世界に帰すことはできるんでしょうか?」

 もはやこの世界での生活にも慣れてしまった。だけど、親や友人が心配しているかもしれないと思うと帰りたいという気持ちもある。

「申し訳ないが、それはほぼ不可能に等しい」

「なぜですか?」

「例えるならこういうことじゃ。見知らぬ山に迷い込んだところとても美しい宝石が落ちていたのでそれを拾った。その後なんとか里へ下りることができた。ふと宝石をもってきてしまったことに罪悪感を覚えて元の場所に戻すべきではないかと思った。戻すことはできるじゃろうか?」

 広大な知らない山だ。まず宝石のあった場所が見つかるか、さらに迷うことなく元の里に帰ることができるか。ほぼ不可能だろう。

「おぬしは、この話の中の宝石に等しい」

「この宇宙には七千余の世界が同時に存在しているそうだ。確率的にはまた別の宇宙のどこかをさまようことになる可能性のほうが圧倒的に高いじゃろうな」

 それが本当だとすると、ナタリアは以前卓人を元の世界に戻してくれると言った。その話に乗っていたら、もっととんでもないことになっていたかもしれない。一瞬彼女をを恨みそうになったが、あのやり取りがあったからこそ自分でこの世界に残ることを決めることができた。だから理不尽にも召喚されたという事実に肯定的に向き合うことができている。つまり、それらも含めての彼女なりの感謝の意だったわけだ。

「どうして僕なんですか?」

 そうだ、なぜ自分なのか?

 それはこの世界にきたときから知りたかったことだ。自分じゃなくてももっと他の人が召喚されてもよかったはずだ。

「似ているからじゃ」

「似ている?」

 似ていたら何だというのだろうか。

「似ているということは、その者をつくっている情報が似ているということだ。三次方程式の複素解を平面に表せば三角形が描け、四次方程式ならば四角形、五次方程式なら五角形が描ける。同じように、個人の形を表す方程式……いや、波動関数がある。それがかなり似ていたから、簡単に同調する。奴が自分の代わりになる誰かを考えた時点で、おぬししかいなかったということになる」

 理解が及ばないことについてあまりにも理路整然と答えられると、騙されているのではないかという疑念のほうが強まる。

「一卵性双生児は別々の環境でも同じような運命をたどることがあるのはよく知られておる。そこには波動関数が影響している。別に血を分けた兄弟でなくとも、似ているということはそれだけでかなり強い結びつきがあると考えていい。むしろ波動という点では兄弟よりも近い」

「そんな、似ているからって……」

「つまり、おぬしは偶然似ていたからこっちに召喚された。理由はそれだけじゃ。」

 それはこの世界にきて初めての確定的な宣言だった。実際、誰もが自分の姿に騙されている。実の妹であるエミリでさえも。

「じゃあ、なんで……人がたくさん死んだら、異世界へ行けるんですか?」

「そうだな……」

 シャロームは理論を整理しているのか、少し考えた。

「わしは千年以上を生き、その間に世界中のあちこちを回った。世界には様々な宗教がある。この国や周辺の国々はひとつの神のみが世界を創造したと信じておる」

 なぜか宗教の話から始まった。

「じゃが、ずっとずっと南の国ではいくつもの神がおると信じておった。そこには創造の神だけでなく、創造されたものを維持する神、さらにはそれを破壊する神もおるという。それを信仰する人々の生活はやはり何かが違ってなかなか興味深かった。わしはその国に二百年ほどとどまった。そしていろいろなことがわかった」

 それは世界史で習ったインドの宗教のことだろうか。卓人は宗教についてはそれほど関心がなかったので表面的な知識しかない。そして、自分の疑問について「神の力」みたいなよくわからない力で結論付けられてしまうと予想され、質問したことを後悔した。

「つまりその宗教観では、世界には二つの傾向があるということを示しておる。それは事物を秩序立てて組み立てていく傾向と、事物を乱雑に散らかしてゆく傾向じゃ。その二つの傾向が常に拮抗しておる。彼らはそれを創造神と破壊神と呼んだわけじゃ。この部分ではあの宗教は世界を正しくとらえておると思った」

 …………いや、これは神についての話ではない?

「生命とは不思議なものじゃ。生命とは質料が秩序立つことで成り立っているが、その際に周囲のものを乱雑にしてしまっておる。つまり、創造神と破壊神が競い合っておる……いやあるいは共同作業することで生命というものは成り立っておるのじゃ」

 これは、散逸構造の話……いや、エントロピーについての話だ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

彼女の幸福

豆狸
恋愛
私の首は体に繋がっています。今は、まだ。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

処理中です...