理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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転移と波動の関連について

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 貸せる金がないということなら、頼みたいことといえばこれしかない。

「僕をその転移の魔法で、元の世界に帰すことはできるんでしょうか?」

 もはやこの世界での生活にも慣れてしまった。だけど、親や友人が心配しているかもしれないと思うと帰りたいという気持ちもある。

「申し訳ないが、それはほぼ不可能に等しい」

「なぜですか?」

「例えるならこういうことじゃ。見知らぬ山に迷い込んだところとても美しい宝石が落ちていたのでそれを拾った。その後なんとか里へ下りることができた。ふと宝石をもってきてしまったことに罪悪感を覚えて元の場所に戻すべきではないかと思った。戻すことはできるじゃろうか?」

 広大な知らない山だ。まず宝石のあった場所が見つかるか、さらに迷うことなく元の里に帰ることができるか。ほぼ不可能だろう。

「おぬしは、この話の中の宝石に等しい」

「この宇宙には七千余の世界が同時に存在しているそうだ。確率的にはまた別の宇宙のどこかをさまようことになる可能性のほうが圧倒的に高いじゃろうな」

 それが本当だとすると、ナタリアは以前卓人を元の世界に戻してくれると言った。その話に乗っていたら、もっととんでもないことになっていたかもしれない。一瞬彼女をを恨みそうになったが、あのやり取りがあったからこそ自分でこの世界に残ることを決めることができた。だから理不尽にも召喚されたという事実に肯定的に向き合うことができている。つまり、それらも含めての彼女なりの感謝の意だったわけだ。

「どうして僕なんですか?」

 そうだ、なぜ自分なのか?

 それはこの世界にきたときから知りたかったことだ。自分じゃなくてももっと他の人が召喚されてもよかったはずだ。

「似ているからじゃ」

「似ている?」

 似ていたら何だというのだろうか。

「似ているということは、その者をつくっている情報が似ているということだ。三次方程式の複素解を平面に表せば三角形が描け、四次方程式ならば四角形、五次方程式なら五角形が描ける。同じように、個人の形を表す方程式……いや、波動関数がある。それがかなり似ていたから、簡単に同調する。奴が自分の代わりになる誰かを考えた時点で、おぬししかいなかったということになる」

 理解が及ばないことについてあまりにも理路整然と答えられると、騙されているのではないかという疑念のほうが強まる。

「一卵性双生児は別々の環境でも同じような運命をたどることがあるのはよく知られておる。そこには波動関数が影響している。別に血を分けた兄弟でなくとも、似ているということはそれだけでかなり強い結びつきがあると考えていい。むしろ波動という点では兄弟よりも近い」

「そんな、似ているからって……」

「つまり、おぬしは偶然似ていたからこっちに召喚された。理由はそれだけじゃ。」

 それはこの世界にきて初めての確定的な宣言だった。実際、誰もが自分の姿に騙されている。実の妹であるエミリでさえも。

「じゃあ、なんで……人がたくさん死んだら、異世界へ行けるんですか?」

「そうだな……」

 シャロームは理論を整理しているのか、少し考えた。

「わしは千年以上を生き、その間に世界中のあちこちを回った。世界には様々な宗教がある。この国や周辺の国々はひとつの神のみが世界を創造したと信じておる」

 なぜか宗教の話から始まった。

「じゃが、ずっとずっと南の国ではいくつもの神がおると信じておった。そこには創造の神だけでなく、創造されたものを維持する神、さらにはそれを破壊する神もおるという。それを信仰する人々の生活はやはり何かが違ってなかなか興味深かった。わしはその国に二百年ほどとどまった。そしていろいろなことがわかった」

 それは世界史で習ったインドの宗教のことだろうか。卓人は宗教についてはそれほど関心がなかったので表面的な知識しかない。そして、自分の疑問について「神の力」みたいなよくわからない力で結論付けられてしまうと予想され、質問したことを後悔した。

「つまりその宗教観では、世界には二つの傾向があるということを示しておる。それは事物を秩序立てて組み立てていく傾向と、事物を乱雑に散らかしてゆく傾向じゃ。その二つの傾向が常に拮抗しておる。彼らはそれを創造神と破壊神と呼んだわけじゃ。この部分ではあの宗教は世界を正しくとらえておると思った」

 …………いや、これは神についての話ではない?

「生命とは不思議なものじゃ。生命とは質料が秩序立つことで成り立っているが、その際に周囲のものを乱雑にしてしまっておる。つまり、創造神と破壊神が競い合っておる……いやあるいは共同作業することで生命というものは成り立っておるのじゃ」

 これは、散逸構造の話……いや、エントロピーについての話だ。
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