上 下
80 / 116

無限和の収束と魔法との関連についての考察

しおりを挟む
 日が暮れる前に魔法学校近くの宿を借りることができた。兄妹で一部屋、ヤノが個室を一部屋借りることにした。

 初めは三人別々の部屋にする予定だったのだが、お金がもったいないと言い出したエミリによってこのような部屋割りになった。孤児院でも兄妹は同じ部屋で寝ていたのだからとくに問題はないと思ったのだが、ヤノはショックでしばらく動けなかった。

「うわー、買っておいてよかったね。こんな問題が出るなんて思わなかった」

 夜の宿屋、ランプの明かりで勉強するエミリは問題集を見ながら驚いていた。

「お兄ちゃん、これってどうやったらいいの?」

 見せられた問題集を前に、好奇心よりも恐怖心のほうが先立つ。

 ――全然わからなかったらどうしよう。

 卓人は様々な知識を集めたいと本を漁っていた時期があったが、それがこの世界でも通じるとは限らない。

 見ると、開かれた問題集には数学の問題がずらりと並んでいた。数学が問われると考えたルイザの推測は正しかったのだ。

 まだまだ完全とは言い難いが、この三ヶ月である程度までなら字も読めるようになってきた。何とか苦労して読んでみると、次のような問いであった。


『数というものが無限に続くものと認めたとき、
 1+2+3+ 4+……=-1/12
 となることを証明せよ。』


「絶対に無限に大きくなっていくよね。マイナスの答えが出るなんておかしいよね」

 幸いにも卓人はこれについては知っていた。

 ちょっとほっとする。

 尋常に考えれば、エミリのほうが正しい。ただし、「無限」という概念を導入することによって、必ずしも間違っていると証明できない現象が生じるのである。

「じゃあ、ひとまず S=1+2+ 3+ 4+…… とおいてみよう。このSを4倍したものを4Sとして引き算をしてみよう」

   S=1+2+3+4+5+6+……

  -4S=  -4   -8  -12……

 これで上下の数字を計算すると、

  -3S=1-2+3-4+5-6……

 という式が成立する。

「いっこ飛ばしで書いたら数字の個数が合わないよ。いや、無限だからいいのか」

「そうだね。無限に数字が続くから、この計算はおかしくない」

「へー、そうすると偶数の+と‐が入れ替わったんだね」

「ここでできた式をきちんと考えるために、じゃあ-3S=t、つまり t=1-2+3-4+5-6…… としてみようか。このtを4倍したものが4tだね。それはこう表される」

 4t=(1-2+3-4+5-6……)+(1-2+3-4+5-6……)+(1-2+3-4+5-6……)+(1-2+3-4+5-6……)

「括弧ひとつがtで、四つあるから……うん、そうだね」

「じゃあ、この足す順を変えてみよう」

  4t=1+1+1-2+(1-2-2+3)+(-2+3+3-4)+(3-4-4+5)+(-4+5+5-6)+……

「え、何これ?」

「1も2も3も4もそれぞれ四つずつあるだろ。この後も同じように四つずつあるから同じ式だよ」

「うーん、確かに……」

「これを計算するといくつになる?」

「あ、括弧の中はみんな0だ。だから4t=1だ」

「そう、だからt=1/4だ。そして-3S=tとおいたんだから、-3S=1/4、S=-1/12となる」

「うわぁ!」

 エミリは拍手をした。

「これは4tの式の括弧の中が0となることが無限に続くということが約束されてないと証明できない。だから『数というものが無限に続くものと認めたとき』という断り書きがしてある。もしどこかで止まってしまったなら、有限だったならこの答えにはならない」

「無限だからひとつの答えに収束するのか。なんだか不思議。無限だからとんでもなく大きな答えが出てきそうなのに」

「そうなんだよね。面白いね」

 より詳しくは解析接続という拡張的な数学的手法で説明できるようなのだが、さすがに卓人もそれについて深く触れたことはなかった。

 何にしても無限とはとても不思議なものだ。

 例えば、1より大きな数字は無限個ある。その逆数も無限個あるが、それは必ず0から1の有限の値の間の大きさになる。有限の中に無限個の数字がある。

 この不思議さと同じような不思議さが物質の世界にもある。素粒子は、実体のない波の状態と実体のある粒子の状態を同時にとる。波は無限に広がるかのごとく、粒子はただひとつの有限の点に収束する。まったく見当違いのことを同列に扱っているのかもしれないが、そこには共通の何かがあるような気がする。

 そして根拠などないが、魔法もこの不思議な有限と無限の、波と粒子の狭間を行き交う現象のような気がした。

 そういえば、例の本にもこんな行があった。

『それを認めよ。

 認めるとは、虚ろなるやも知れぬが、虚は虚をもって実となす。

 魂は虚であれど、実との間をさまよう。

 質料は現れる。

 認めぬものは、実たりえぬ』

 虚とは虚数、実とは実数ということかもしれないが、無限と有限の関係をそのように表記した可能性もある。魂も有限と無限の間をさまよっているのだろうか? 

 この『魂の変成について』という本については、いまだに解読ができていない。作者はたしかシャローム・ファーリシーといったはずだ。彼はどういう意図であの本を書いたのだろうか。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」

はっけよいのこっ太郎
恋愛
ギャルゲーの親友ポジションに憧れて奮闘するラブコメ小説!! それでもきっと、”恋の魔法”はある!! そう、これは、俺が”粋な親友”になる物語。 【あらすじ】 主人公、新川優希《しんかわゆうき》は裏原高等学校に通う高校2年生である。 特に趣味もなく、いわるゆ普通の高校生だ。 中学時代にとあるギャルゲーにハマりそこからギャルゲーによく出てくる時に優しく、時に厳しいバカだけどつい一緒にいたくなるような親友キャラクターに憧れて、親友の今井翼《いまいつばさ》にフラグを作ったりして、ギャルゲーの親友ポジションになろうと奮闘するのである。 しかし、彼には中学時代にトラウマを抱えておりそのトラウマから日々逃げる生活を送っていた。 そんな彼の前に学園のマドンナの朝比奈風夏《あさひなふうか》、過去の自分に重なる経験をして生きてきた後輩の早乙女萌《さおとめもえ》、トラウマの原因で大人気読モの有栖桃花《ありすももか》など色々な人に出会うことで彼は確実に前に進み続けるのだ! 優希は親友ポジになれるのか! 優希はトラウマを克服できるのか! 人生に正解はない。 それでも確実に歩いていけるように。 異世界もギルドなければエルフ、冒険者、スライムにドラゴンも居ない! そんなドタバタ青春ラブコメ!! 「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」開幕‼️‼️

【3部完結】ダンジョンアポカリプス!~ルールが書き変った現代世界を僕のガチャスキルで最強パーティーギルド無双する~

すちて
ファンタジー
謎のダンジョン、真実クエスト、カウントダウン、これは、夢であるが、ただの夢ではない。――それは世界のルールが書き変わる、最初のダンジョン。  無自覚ド善人高校生、真瀬敬命が眠りにつくと、気がつけばそこはダンジョンだった。得たスキルは『ガチャ』! クラスメイトの穏やか美少女、有坂琴音と何故か共にいた見知らぬ男性2人とパーティーを組み、悪意の見え隠れする不穏な謎のダンジョンをガチャスキルを使って善人パーティーで無双攻略をしていくが…… 1部夢現《ムゲン》ダンジョン編、2部アポカリプスサウンド編、完結済。現代ダンジョンによるアポカリプスが本格的に始まるのは2部からになります。毎日12時頃更新中。楽しんで頂ければ幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

スウィートカース(Ⅷ):魔法少女・江藤詩鶴の死点必殺

湯上 日澄(ゆがみ ひずみ)
ファンタジー
眼球の魔法少女はそこに〝死〟を視る。 ひそかに闇市場で売買されるのは、一般人を魔法少女に変える夢の装置〝シャード〟だ。だが粗悪品のシャードから漏れた呪いを浴び、一般市民はつぎつぎと狂暴な怪物に変じる。 謎の売人の陰謀を阻止するため、シャードの足跡を追うのはこのふたり。 魔法少女の江藤詩鶴(えとうしづる)と久灯瑠璃絵(くとうるりえ)だ。 シャードを帯びた刺客と激闘を繰り広げ、最強のタッグは悪の巣窟である来楽島に潜入する。そこで彼女たちを待つ恐るべき結末とは…… 真夏の海を赤く染め抜くデッドエンド・ミステリー。 「あんたの命の線は斬った。ここが終点や」

【完結】マギアアームド・ファンタジア

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
ハイファンタジーの広大な世界を、魔法装具『マギアアームド』で自由自在に駆け巡る、世界的アクションVRゲーム『マギアアームド・ファンタジア』。  高校に入学し、ゲーム解禁を許された織原徹矢は、中学時代からの友人の水城菜々花と共に、マギアアームド・ファンタジアの世界へと冒険する。  待ち受けるは圧倒的な自然、強大なエネミー、予期せぬハーレム、そして――この世界に花咲く、小さな奇跡。  王道を以て王道を征す、近未来風VRMMOファンタジー、ここに開幕!

処理中です...