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竜についての生物学的考察

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 乗合馬車はときおり休憩を兼ねて駅で停車し、そこで馬を交代させた。駅の隣には大きな牧場で何頭もの馬がくつろぎながら次の出番を待っている。駅とはいっても、元の世界の電車の駅というよりは、道の駅とか高速道路のサービスエリアといったイメージに近い。道をはさんだ反対側にはたくさんの商店が並んでいる。

 卓人たちは昼食に中にチーズと卵を入れて焼いた舟型のパンを食べた。

「おお、これはすごいにゃん!」

 とある土産物屋の前に三メートルほどの爬虫類の骨格標本が置かれていた。その珍しさに多くの客がわんさと集まっていた。とくに子供たちは大喜びだ。

「本物の竜だからね。触っちゃだめだよ」

 なんと竜の骨格標本である。

「一年ほど前かな? 南の山で死んでいる子供の竜を見つけたんだ。痩せてたから、うまく食糧を捕まえられないで飢えちまったんじゃないかな」

 店のお兄さんに聞くといろいろ教えてくれた。

 森の中で見つけたときはすでに肉が腐り始めていたのでしばらく放置したが、放置しすぎると動物が漁って骨がばらばらになるので、適当なところで肉をそいで土に埋めたという。

 ちょうど暑い時季だったので、冬になる前にはきれいな骨だけになっていた。あとは骨の並びが狂わないように慎重に針金などでつなげ、こちらに運んで洗って組み立てたのだという。

 当然自立しないので、近くの木から針金で吊るし、さらに支え棒で固定することで躍動感を出している。その迫力は三メートルとはいえなかなかのものだ。

「成竜になれば、二〇メートルにはなるのもいるからね。長生きしたやつなら百メートルにもなるらしい。俺も見たことないけど」

 竜がこの世界には実在するのだということを改めて認識した。

 頭蓋骨は馬のものによく似ているが、奥歯が臼歯ではなく、鋭利な牙になっている。頸椎をなす骨の数は、多くの爬虫類がそうであるように八本のようである。

 全体的には恐竜の骨格と同じだと思った。ただ特徴的なのが頸椎から下にある肩甲骨が二対あることだった。頸椎のすぐ下の一対の肩甲骨は胸部に向かって伸びてそのまま腕がつながっている。もう一対の肩甲骨そこからいくつかの小さな背骨を挟んだ位置にあり、これは背中から飛び出すように突き出ていて翼の骨格へとつながる。

 進化論的に鳥類の翼は、哺乳類でいうところの腕と同じ部分といえる。つまり、腕が四本と脚が二本あるようなものだと骨格標本から理解することができた。これは脊椎動物の腕二本、足二本という定義から外れてしまうわけだが、遺伝子的に腕の部分が繰り返して形成されていると考えることもできた。

「…………」

 卓人はいつしか左手をあごにそえてじっくりと考え込んでいた。こういうときの彼はなぜか女性を惹きつけてしまうらしい。行き交う女性は骨格標本よりも卓人のほうに目が行くようになっていた。

「お兄さん、ちょっと私たちと一緒にこない?」

 三人組の妙齢の女性たちが声をかけてきた。

「?」

 色目を使う彼女らの目的が、卓人にはわかっていなかった。

「お兄ちゃん! 馬車出るわよ!」

 そこへエミリがやってきて、強引に連れ去って行った。馬車の中でヤノから説教を受けた。

「お前、危なかったにゃん」

「?」

「でも、うらやましいにゃん……」

 エミリもしばらくご機嫌斜めだったが、竜の骨格を見たという体験は卓人の好奇心を大きく刺激した。



 乗合馬車に揺られて三日目。

 昨日、一昨日と朝から夜まで馬車に揺られ続けたが、おかげというか、今日は昼過ぎに目的地に到着できた。これなら宿を探す時間も十分にある。

 馬車はこれまで街の脇を通る道を走っていたが、道は家々に挟まれるようになってきた。行き交う馬車の数も増え、行く先には大きな都市が見えてきた。

「ティフリスだにゃん!」

 道は石灰の舗装から、レンガを敷き詰めたものへと変わる。石造りの建物はたいていが三~五階建てで、その隙間を美しく樹木が埋めている。建物の前には多くの露店が並んで賑わっている。

 車道と歩道を、段差をつけて区切っているのは都会的な印象を与える。人混みの密度は、初めてこの異世界にきたときにエミリと訪れた街と同じくらいだが、それが果てしなく続くかのようにさえ見え、規模が全く違うことを認識させられる。首都と呼ぶにふさわしい、人の多さと街の大きさ、そして洗練された美しさをもっていた。

 卓人はじっくりと街の様子を見ていた。

 ここで仕事を探さなければならない。絵の練習はしてきたが、雇ってもらえる確証はない。金になるなら少々肉体的にきつくてもやらなければならないだろう。

 道路に関する仕事はいい給料になりそうだ。馬車があれだけ何度も通るなら、馬車の自由な往来を阻害することになる轍がすぐにできるはずだ。道が常にきれいだということは、その補修工事も頻繁に行われているということだろう。給料も結構いいのではないだろうか。

 同様に馬車のメンテナンスも需要があるに違いない。とくに車輪は消耗が激しいと思われる。くる途中の駅で、木製の車輪を交換する馬車を見かけた。

 建築業に関してはどうだろうか。石造りの建物はどれも古いが、人々はそれを気にすることなく使っている。どこかで建て替えをしている風景を見ることもない。元の世界でも、ヨーロッパでは築三百年以上の家にふつうに住んでいるというから、古いものを大切に生活しているのだろう。建築関係の仕事は少ないかもしれない。

「あれは、武器屋かな?」

 看板に剣をあしらった店を見つけた。

「武器なんて一般人に売ってたら、あちこちで犯罪が起こるにゃん。あれは鍛冶屋にゃん」

 竜みたいなファンタジーな要素がいくつか出てきたおかげでゲームの世界と混同してしまったようだ。

「こんな街中|《まちなか》の鍛冶屋なら、包丁とか小さな家具を専門としているにゃん。農具とか大きな家具とかを扱うのはたいてい街外れにあるにゃん。軍人が使う武器をつくるのは、軍の中にあるにゃん」

 勝手なイメージだが、鍛冶屋というと錬金術と関係あるような気がする。錬金術といえば、化学の前身ともいうべき技術である。そういった仕事もできるなら、鍛冶屋もやってみたい。

「あの、白いレンガみたいなの積み重ねてるの何?」

 何やら工房らしき建物では軒先でおじさんたちが、レンガというには小さい手のひらサイズの白い直方体を手が届く限り塔のようにして積み重ねていた。

「あれは、石鹸の工房かにゃん?」

 なるほど、風通しのよい軒先で切った石鹸を乾燥、熟成させているわけか。この世界でも、油に草木灰の上澄みを混ぜることで石鹸がつくられ、普及している。こういう仕事も面白いかもしれない。

「都会っていろんなお仕事があるんだね。楽しそう」

 エミリが卓人の視線の理由にうっすら気づいてしまっていた。

「おほほほほ。タ、タクトはいい奴なのにゃん。俺に合った仕事を探してくれてたのにゃん!」

「あははははは。め、珍しい仕事もあるんだな……」

 軍を除籍されてしまったことはまだ言えない。
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