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年度替わり 悲喜こもごも

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 秋から自分は兵学校からいなくなる。

 べらべら言い触らすようなことではないが、同室の仲間には黙っておくわけにはいかない。部屋には、夕食前の風呂を済ませたばかりの仲間たちがだいたいそろっていた。

 卓人は勇気を振り絞って口を開いた。

「あのさ……」

「ちょっと聞いてくれよ」

 ちょうど部屋に戻ってきたレヴァンニが遮る形になった。

「俺、ティフリスに推薦されることになったんだ」

 誰も予想しない驚きの言葉が放たれた。

 もちろんこのときのレヴァンニに悪意はないのだが、絶妙のタイミングだっただけに卓人の心はめった刺しにされた気分だった。

「なんだと!?」

「お前みたいな奴がなんで?」

「うそだろ? あり得ない!」

 誰もおめでとうとは言わなかった。レヴァンニ自身も信じられないと呆けた顔をしており、それがむしろ信憑性を与えることになった。

「そうか……変態でも評価されるんだな」

「確かに、レヴァンニは戦場で活躍してたからな」

「この前の坑道作戦もそうだろ。あれは大きく評価されただろうな」

「それは言われたな」

「ほかの成績も結構よかったからな」

 納得できないからこそ理由を探すのだが、探してみると意外にもごろごろ出てくる。

「剣闘会でもビダーゼには負けたが、それ以外は全部勝った」

「というか、あれだけ体格が違うビダーゼにかなりいい戦いしてたのは高評価だったんじゃないかな」

 根拠がそろってくるとレヴァンニの顔に自信がみなぎってきた。

「ふっふっふっふ……まさかとは思っていたが、さすが俺様だろ?」

「よかったな、おめでとう」

「しかし、レヴァンニは幹部って感じじゃないよな」

「政治も絡めて作戦を考えないといけないんだぜ」

「ふははは! そんな面倒なこと俺がするわけないだろ」

 これは不謹慎な発言ともとれるが、続く言葉はいかにも彼らしかった。

「俺は近衛兵を目指す! そして、姫の警護につく!」

 確かに、王室の警護を担当する近衛兵も幹部学校出身者で固められる。

「おお!?」

「入浴中の姫を守るのはこの俺さ!」

「なんだと!?」

「布団の中でも守っちゃうかもしれないぜ」

「すげえ!」

「うらやましい!」

 実にレヴァンニらしい発言で、一同は大いに盛り上がった。

「ていうかさ……」

 仲間たちの視線が卓人に集まる。この晴れやかな雰囲気に水を差す発言をするのは憚られた。

「お前はどうなんだ? さっき何か話そうとしてたな」

「あ、ああ……そうなんだけど……」

 卓人が言いよどんだときだった。

「うわーん! 退学を勧告されたにゃん!」

 泣きながら部屋に駆けこんできたのはヤノだった。

「退学勧告?」

「俺、ひょろっちいから、魔法が使えても戦場ではたらくのは難しいって学校長から言われたにゃん。来年までにもっとがっしりした体格になるか、超強力な魔法が使えるようにならない限り、正規軍人としての採用はできないって言われたにゃん!」

「ちょ、ちょっと。まあ、落ち着けよ」

 驚いたミルコたちがヤノを慰める。

「こんな感じで学校クビになった奴って去年いたっけ?」

「俺は知らないな。もしかしたら何人かいたかもしれんが」

「確かに、学校のいうこともわからんではないが」

「前の戦争でかなり金を使わざるを得なかったから、予算が厳しくなったって話は聞いたことがあるな」

「だからって予科生を切っていくのか? ヤノをクビにするなら、クビにしないといけない予科生なんて腐るほどいるぞ」

「水の魔法が使える奴なんて少ないんだし」

「まあ、気合を入れ直されたってとこじゃないか? 来年までは残れるんだし」

 すっかり場は湿っぽくなってしまった。

「うぅ……そうかもしれないけど、やっぱりつらいにゃん。タクトがうらやましいにゃん。ティフリスへ行けるにゃん、ルイザとエミリちゃんと一緒に……」

 ヤノがそう言ったことで、卓人に自然と視線が集まった。そして良かったのか悪かったのか、苦笑いとともに今日学校長から告げられたことを仲間たちに伝えたのだった。


 翌日には幹部候補生の推薦者が掲出され、タクトの名前がないのを見て驚いたのはルイザだった。その後、学校長へ問い合わせると除籍になるという。

 それはやりすぎではないか。

 初めは抗議しようと思ったが、覆されるはずもないのでやめた。それどころかあのとんがった女は異性への私情として結論づけかねない。

 ルイザの怒りはそんなところにはない。

 彼女が見た卓人の鉱山での戦いは新しい魔法の可能性、そして魔法ではない新しい戦い方の可能性だった。

 この報告に対し前の学校長は関心を示した、だが新しい学校長はそうではなかった。

 おそらく彼女は報告書を全く見てないか、無視したかのどちらかだ。無見識によって可能性の芽が潰されることを仕方ないさと、笑って見過ごせるほど彼女はすれてはいなかった。

 思わず蹴っ飛ばした椅子が転がった先には男子たちがいた。

「あ……ルイザ」

 その中にいたタクトは相変わらず間抜けな上に今は冴えない顔をしている。彼は何と言えばよいかわからないらしく、申し訳なさそうに目をそらせた。

「……ごめん」

 別にそんな言葉を聞きたかったわけじゃない。

「残念だったわね」

 口から出てきた言葉は自分でも驚くくらい冷酷だった。そのついででもないが、ルイザはぷいと顔をそむけてそのまま去ることにした。

「ふられちまったのにゃん……」

「女の掌返しは怖ぇなあ」

 卓人の仲間たちは、除籍になった男に愛想を尽かせたのだと思ったらしい。
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