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戦争のない世界
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「なんで反則してこないんだよ!!?」
「さあ! 反則で俺をボコボコにするにゃん!!」
「そこは! 反則してこないとだめじゃないですか!」
結局、決勝戦も三勝一敗で卓人たちの二年生チームが優勝した。しかし、なぜか二年のチームの全員が反則を要求してくる不思議な試合であった。準決勝で怪我をした卓人は、回復魔法によってかなり癒えていたが、頭に包帯が巻かれて試合には出なかった。いや、仲間から意地でも出るのを引き留められた。
試合内容は清廉なもので、怪我もなく勝てたというのになぜかちっとも喜ばないという異例の決勝戦であった。
「レヴァンニ! かっこよかったよ!」
「ミルコ! 強いんだね!」
「ヤノ! おもしろかったよ!」
がっかりしていた彼らだが、女子たちからの声がかかってきた。
そう、怪我などしなくても、勝てばモテるのである。駆け寄る女子たちからちやほやされてちょっぴりうれし涙を流していた。
剣闘会は規律に厳しい兵学校でのお祭りである。こんなときは、日ごろ抑えていたものがわけもなくあふれ出してしまうのかもしれない。
「ナナリのタクト」
閉会式の準備がされている中、声をかけてきたのは三年生のアラミオだった。決勝戦でヤノと対戦し、無防備なところを反則でないところに打ち込んで彼らの中で唯一の勝利を挙げた。
「怪我は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です」
「そうか、決勝ではぜひ当たりたかったんだがな。でも怪我をしてたのだから仕方ない」
「そうですか」
「俺は昔から剣術を習ってきたからね。軍に入っても腕試しができる相手がいなくてな」
「じゃあ、また別の機会でお願いします」
いつもなら謙遜していただろうに、なぜか挑戦してみたいという気持ちが強かった。
「デンギスと戦っていたとき、笑っていたな。存外、好戦的なんだな」
それは違うと思った。だけど、スポーツとして公平な条件で戦うのは楽しい。
「すみません。ああいうのって、やっぱり失礼ですよね」
「まあ、デンギスは怒っていたみたいだからそうかもね……でもそう言うってことは、バカにして笑っていたわけじゃないんだな」
「いや、まあ……なんて言うか……」
卓人は何と答えるべきか迷った。
「デンギス先輩って何をしてくるかわからない人だったんですけど……なんか、攻撃を受けているうちにその人のことがわかってきたというか、もっと知りたいと思ったというか……」
「へえ」
「どちらかというと、うれしい気持ちが出てきたというか……よくわかんないですけど、なんかそんな感じで」
「自分の気持ちを表現するのがこんなに不器用とはな。まあ、明晰に理論立てて構築されていないものを言語化するのは難しいんだけど」
アラミオはやさしく笑った。
「お前との腕試しは是非ともティフリスでやってみたいものだ」
「ティフリス?」
卓人がその意味を理解するのに五秒ばかりを要した。
「幹部養成学校ですか?」
「ああ。俺は多分、今年ティフリスへ推薦される。俺より成績が高い予科生なんてそういないと思うしね。いるとすれば、女子のルイザとお前くらいだ」
「僕ですか?」
昼間ルイザと話したときは、知り合いだからこそ故の過大評価とも思えた。だが別の、ほぼ初対面の人も同様のことを言うとなると、随分真実味を帯びて迫ってくる。
「二年が優勝できたのは、お前のおかげだからな」
「それはないと思いますよ」
「いや、一対一のためだけの戦い方なんて、そんな戦場で役に立つかどうかわからないこと考えないし、考えたとしても突き詰められない」
卓人たちがそういう戦い方をしていたのを、アラミオは見て分析できたということだ。
「だから実際に剣を交えて、お前のことをもっと知りたかったのさ」
アラミオは言葉を続けたが、卓人にはいまいち実感がわかなかった。
「むこうでは馴れあいなんてないからな。どっちが出世できるかライバルだな」
「…………」
出世争いとか面倒というイメージしかない。
アラミオは卓人の困惑をよそに話を続けた。
「ライバルだが、俺はお前と一緒に戦争のない世界をつくっていきたいと思っている」
「え?」
思いがけない評価だった。
「戦場では敵を殺さないと、無辜の市民を守ることはできない。だから、戦場で敵を殺さなかったお前を非難する者がいるのはやむを得ない。だけど俺たち同様、敵の兵士にだって生活はあったはずだ。そして彼らもすき好んで人を殺しにきているわけじゃない。すべては戦争という事態が起こるからこそだ」
「……そうですね」
「俺も戦場ではそうだった。そのとき、国や市民を守れたことに喜びを感じることはできた。だが、殺したことそのものには罪悪感しかなかった。人を殺して正当化される戦場は本質的にどこか間違っている。何がどう間違っているかはうまく説明できないんだけどな」
アラミオは卓人の過去の過ちを正当化しようとしてくれているのだろうか。
「でも、お前は本質的なところから離れなかった」
「いや、それは……」
何かごまかされているような感じがして、安易に肯定できない。
「おっと、すまない。俺ばかりが一方的にしゃべってしまった。要はこういうことだ。俺は幹部になって戦争のない世界をつくっていきたい。誰もそんなことは無理だって言うが、お前なら俺の考えに賛同してくれるんじゃないかと思ったんだ」
「あ……」
戦争のない世界――――
それは元の世界でも実現していない。新しく強力な兵器を保有することで安易に戦争を仕掛けられなくなるというのは確かに大きな戦争への抑止力になっている。しかし、それで平和になったかといえばそうではなく、古くなった武器をどこかで処分するために軍事力のある国があちこちで意図的に紛争を引き起こしている。戦争で多額の金が動き、それによって軍需産業が新たな開発を行う。結果的に戦争はなくならない。
この世界は魔法があることよって科学技術が育たなかった。おかげで、少なくとも古い兵器を処分する必要性は生じない。
「もし幹部養成学校に行ったなら、お前は俺に協力するか?」
――この世界でなら、戦争をなくせるんじゃないだろうか?
卓人はこの世界で戦争を経験し、それは余りに苦い経験として刻まれた。
戦争なんて絶対に嫌だ。
そして、おもむろに答えていた。
「……はい!」
「じゃあ、今後ともよろしくな」
受け止めたアラミオの瞳はどこまでもまっすぐだった。
「さあ! 反則で俺をボコボコにするにゃん!!」
「そこは! 反則してこないとだめじゃないですか!」
結局、決勝戦も三勝一敗で卓人たちの二年生チームが優勝した。しかし、なぜか二年のチームの全員が反則を要求してくる不思議な試合であった。準決勝で怪我をした卓人は、回復魔法によってかなり癒えていたが、頭に包帯が巻かれて試合には出なかった。いや、仲間から意地でも出るのを引き留められた。
試合内容は清廉なもので、怪我もなく勝てたというのになぜかちっとも喜ばないという異例の決勝戦であった。
「レヴァンニ! かっこよかったよ!」
「ミルコ! 強いんだね!」
「ヤノ! おもしろかったよ!」
がっかりしていた彼らだが、女子たちからの声がかかってきた。
そう、怪我などしなくても、勝てばモテるのである。駆け寄る女子たちからちやほやされてちょっぴりうれし涙を流していた。
剣闘会は規律に厳しい兵学校でのお祭りである。こんなときは、日ごろ抑えていたものがわけもなくあふれ出してしまうのかもしれない。
「ナナリのタクト」
閉会式の準備がされている中、声をかけてきたのは三年生のアラミオだった。決勝戦でヤノと対戦し、無防備なところを反則でないところに打ち込んで彼らの中で唯一の勝利を挙げた。
「怪我は大丈夫かい?」
「ええ、大丈夫です」
「そうか、決勝ではぜひ当たりたかったんだがな。でも怪我をしてたのだから仕方ない」
「そうですか」
「俺は昔から剣術を習ってきたからね。軍に入っても腕試しができる相手がいなくてな」
「じゃあ、また別の機会でお願いします」
いつもなら謙遜していただろうに、なぜか挑戦してみたいという気持ちが強かった。
「デンギスと戦っていたとき、笑っていたな。存外、好戦的なんだな」
それは違うと思った。だけど、スポーツとして公平な条件で戦うのは楽しい。
「すみません。ああいうのって、やっぱり失礼ですよね」
「まあ、デンギスは怒っていたみたいだからそうかもね……でもそう言うってことは、バカにして笑っていたわけじゃないんだな」
「いや、まあ……なんて言うか……」
卓人は何と答えるべきか迷った。
「デンギス先輩って何をしてくるかわからない人だったんですけど……なんか、攻撃を受けているうちにその人のことがわかってきたというか、もっと知りたいと思ったというか……」
「へえ」
「どちらかというと、うれしい気持ちが出てきたというか……よくわかんないですけど、なんかそんな感じで」
「自分の気持ちを表現するのがこんなに不器用とはな。まあ、明晰に理論立てて構築されていないものを言語化するのは難しいんだけど」
アラミオはやさしく笑った。
「お前との腕試しは是非ともティフリスでやってみたいものだ」
「ティフリス?」
卓人がその意味を理解するのに五秒ばかりを要した。
「幹部養成学校ですか?」
「ああ。俺は多分、今年ティフリスへ推薦される。俺より成績が高い予科生なんてそういないと思うしね。いるとすれば、女子のルイザとお前くらいだ」
「僕ですか?」
昼間ルイザと話したときは、知り合いだからこそ故の過大評価とも思えた。だが別の、ほぼ初対面の人も同様のことを言うとなると、随分真実味を帯びて迫ってくる。
「二年が優勝できたのは、お前のおかげだからな」
「それはないと思いますよ」
「いや、一対一のためだけの戦い方なんて、そんな戦場で役に立つかどうかわからないこと考えないし、考えたとしても突き詰められない」
卓人たちがそういう戦い方をしていたのを、アラミオは見て分析できたということだ。
「だから実際に剣を交えて、お前のことをもっと知りたかったのさ」
アラミオは言葉を続けたが、卓人にはいまいち実感がわかなかった。
「むこうでは馴れあいなんてないからな。どっちが出世できるかライバルだな」
「…………」
出世争いとか面倒というイメージしかない。
アラミオは卓人の困惑をよそに話を続けた。
「ライバルだが、俺はお前と一緒に戦争のない世界をつくっていきたいと思っている」
「え?」
思いがけない評価だった。
「戦場では敵を殺さないと、無辜の市民を守ることはできない。だから、戦場で敵を殺さなかったお前を非難する者がいるのはやむを得ない。だけど俺たち同様、敵の兵士にだって生活はあったはずだ。そして彼らもすき好んで人を殺しにきているわけじゃない。すべては戦争という事態が起こるからこそだ」
「……そうですね」
「俺も戦場ではそうだった。そのとき、国や市民を守れたことに喜びを感じることはできた。だが、殺したことそのものには罪悪感しかなかった。人を殺して正当化される戦場は本質的にどこか間違っている。何がどう間違っているかはうまく説明できないんだけどな」
アラミオは卓人の過去の過ちを正当化しようとしてくれているのだろうか。
「でも、お前は本質的なところから離れなかった」
「いや、それは……」
何かごまかされているような感じがして、安易に肯定できない。
「おっと、すまない。俺ばかりが一方的にしゃべってしまった。要はこういうことだ。俺は幹部になって戦争のない世界をつくっていきたい。誰もそんなことは無理だって言うが、お前なら俺の考えに賛同してくれるんじゃないかと思ったんだ」
「あ……」
戦争のない世界――――
それは元の世界でも実現していない。新しく強力な兵器を保有することで安易に戦争を仕掛けられなくなるというのは確かに大きな戦争への抑止力になっている。しかし、それで平和になったかといえばそうではなく、古くなった武器をどこかで処分するために軍事力のある国があちこちで意図的に紛争を引き起こしている。戦争で多額の金が動き、それによって軍需産業が新たな開発を行う。結果的に戦争はなくならない。
この世界は魔法があることよって科学技術が育たなかった。おかげで、少なくとも古い兵器を処分する必要性は生じない。
「もし幹部養成学校に行ったなら、お前は俺に協力するか?」
――この世界でなら、戦争をなくせるんじゃないだろうか?
卓人はこの世界で戦争を経験し、それは余りに苦い経験として刻まれた。
戦争なんて絶対に嫌だ。
そして、おもむろに答えていた。
「……はい!」
「じゃあ、今後ともよろしくな」
受け止めたアラミオの瞳はどこまでもまっすぐだった。
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