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人格の判断とその行動の推量
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宇田川卓人は、高校生になって喧嘩をしたことがない。
平和主義者だったからというより、する理由がなかったというのが正しい。同年代とはその年齢にふさわしく、適切な距離感をもって接することができたため、いざこざが起こる可能性がほとんどなかった。
中学時代はあった。なぜかわからないが、意味もなく殴ってくるような連中が現れ、それに腹を立ててやり返したことが一度だけある。彼らの動機はいじめとか憎しみに端を発するものではなく、なんとなくやったとかいう理性に欠ける理由である。やり返して思いのほかきれいにこちらのパンチが入って相手を伸してしまい慌てて謝った。
ただ、己が好戦的かという点で評価すると、それは違うと断言する。
戦わないですむなら、そっちのほうがいいに決まっている。
――だが、今こうして笑っているのはなぜだろう?
「あぁ? なんだその顔は!? 人が痛い思いしてるのがそんなに楽しいかよ!」
デンギスは苦痛と怒りで激しく顔を歪めた。
実にごもっともな意見である。しかし、決して他人の不幸を笑っているつもりはない。それとはまったく別のところからくる、内部的な衝動がそうさせているかのようだった。
「ぶっ殺してやる!」
デンギスは傷めた右腕を諦め左腕のみで剣を振ってきた。しかし、両腕で振り回すのに比べると、速さも力強さも足りない。あらゆる角度から何度も撃ち込んできたが、卓人は自らの木剣を少し短く持って、片手ですべて払い落した。
見える。
相手の意図が手に取るようにわかる。
それはなぜ?
わからないが、もっと観察すれば相手のことがすべて理解できてしまうのではないかという高揚感が湧き上がってくる。それが卓人の表情をもたらしていた。
「くそが!」
ついには顔面を突いてきた。突きは回復の難しい大怪我につながる可能性があるので禁止である。卓人はこれも躱した。今のが意図的なものであるか審判は判断に迷った。あの攻撃が入っていたら確実に反則を宣言していたところだが、躱せる程度のものであるならば振り上げたのが突きに見えたとも判断できる。
何より攻撃を受けた卓人が笑っている。
脅威ではなかったということだろうか。
副審も止めようとはしなかった。しかし次に同じような行為を見せた場合は故意とみなすと決めた。
デンギスは返す刀を振り下ろした。卓人はそれも打ち払おうとした。
「!?」
右腕が上がらない。
何と、右腕が肩から肘までにかけて凍っていた。それは表面的なものであったが、一瞬動きを妨げるには十分な凍結であった。
「あの野郎、魔法使いやがった!!」
仲間たちが抗議の声を上げる。
審判たちは制止に入ろうとしたが、すでに次の攻撃は止めようもなかった。
木剣は卓人の頭を直撃した。
鮮血が飛び散るのが遠くの観衆にも見えた。想定されない惨劇に悲鳴が上がる。
「頭に木剣入れたら反則だろうが!」
主審がデンギスを抑えようとするが、それを突き飛ばして、さらに顔面への突きを試みた。
――が、そのときデンギスは見た。
この期に及んで、卓人はまだ笑っていた。
その目は嘲笑っているのではない。
――何かを見ていた。
ぞっとした。
確かにその目線は自分に向いているのに、自分ではない何かを見ていた。
自分のもっと奥にあるもの、決して人前にさらすことのないもの。
それを覆い尽くす壁を穿|《うが》つような目だった。
『やめてくれ! そんな目で俺を見るな!』
――弱くて、惨めで、恥ずべき自分の姿。
卓人は剣を躱すと、右手で木剣をもつ腕を、左手で上着の奥襟をつかんで身体を反転させ、左の肘でつかんだ腕を抱え上げるようにしてそのまま回転した。
背負い投げ――!!
「うわあああああああ!」
デンギスは絶叫した。
体育の授業でもここまできれいに投げたことはない。驚いたデンギスはのけぞってしまい、無残にも顔面から地面に激突した。習ったとおり腕をしっかり引いて受け身を取りやすくしたはずだったが、彼は気絶してしまっていた。
完勝であった。
反則したデンギスを結果的にもっとも無様な形で仕留めた姿に、観衆は大いに沸き立った。しかも悪質な反則の場合、相手に二勝が加えられるルールとなっている。誰がどう見てもその規定に当てはまる試合で主審がそれを宣言すると、快哉が会場を覆った。
これで合計三勝となり、四戦目を行うまでもなく卓人のチームの勝利となった。二年生のチームが決勝まで上がるのは十三年ぶりの快挙らしい。
卓人は勝利が宣言されると頭を押さえてよろめいた。そこへ女子の救護班四名が即座に駆け寄ってきた。対して、気絶しているのにデンギスには救護班は駆けつけなかった。気持ちは理解できるが、公正さとしてはいかがなものか。やむを得ず審判団がチームの仲間を呼んで連れ出させた。
救護班は卓人の肩を担いでグリッド外へ連れ出すと、治療のために身体を横にさせた。
「頭から出血してるんだから、頭を低くしちゃいけないわ」
そう言って正座して、なぜか胸を枕にして卓人を休ませた。
「動いちゃだめよ。頭にけがをしてるんだから。異常がないことが分かるまで、このままじっとしていなさい」
そのまま優しく包み込むように、卓人の顔に腕を回した。
「おなか蹴られて痛くなかった?」
別の女子は卓人の腹をさすった。
「よく頑張ったわね。すごかったよ」
別の女子は手を握ってきた。
「どれどれ、傷を見せて」
「あ、あの……」
「怪我人はおとなしくしてなさい」
卓人は観念するしかなかった。
心配でエミリとルイザが駆け寄ったが、卓人が四人の救護の女子にもみくちゃにされながら回復魔法をかけてもらっている様子を見ると、不愉快になってすぐに立ち去った。二年生の勝利に観衆が大いに湧き上がる中、そのうらやましすぎる有様に勝ったはずの仲間たちが誰よりも沈んでいた。
『すごい速さで凍りついたけど……あれが水の魔法だろうか……?』
火の魔法で凍らせた場合、あそこまで瞬間的に凍らせるのは難しいだろう。
治療を受けながら、卓人はそんなことを考えていた。
平和主義者だったからというより、する理由がなかったというのが正しい。同年代とはその年齢にふさわしく、適切な距離感をもって接することができたため、いざこざが起こる可能性がほとんどなかった。
中学時代はあった。なぜかわからないが、意味もなく殴ってくるような連中が現れ、それに腹を立ててやり返したことが一度だけある。彼らの動機はいじめとか憎しみに端を発するものではなく、なんとなくやったとかいう理性に欠ける理由である。やり返して思いのほかきれいにこちらのパンチが入って相手を伸してしまい慌てて謝った。
ただ、己が好戦的かという点で評価すると、それは違うと断言する。
戦わないですむなら、そっちのほうがいいに決まっている。
――だが、今こうして笑っているのはなぜだろう?
「あぁ? なんだその顔は!? 人が痛い思いしてるのがそんなに楽しいかよ!」
デンギスは苦痛と怒りで激しく顔を歪めた。
実にごもっともな意見である。しかし、決して他人の不幸を笑っているつもりはない。それとはまったく別のところからくる、内部的な衝動がそうさせているかのようだった。
「ぶっ殺してやる!」
デンギスは傷めた右腕を諦め左腕のみで剣を振ってきた。しかし、両腕で振り回すのに比べると、速さも力強さも足りない。あらゆる角度から何度も撃ち込んできたが、卓人は自らの木剣を少し短く持って、片手ですべて払い落した。
見える。
相手の意図が手に取るようにわかる。
それはなぜ?
わからないが、もっと観察すれば相手のことがすべて理解できてしまうのではないかという高揚感が湧き上がってくる。それが卓人の表情をもたらしていた。
「くそが!」
ついには顔面を突いてきた。突きは回復の難しい大怪我につながる可能性があるので禁止である。卓人はこれも躱した。今のが意図的なものであるか審判は判断に迷った。あの攻撃が入っていたら確実に反則を宣言していたところだが、躱せる程度のものであるならば振り上げたのが突きに見えたとも判断できる。
何より攻撃を受けた卓人が笑っている。
脅威ではなかったということだろうか。
副審も止めようとはしなかった。しかし次に同じような行為を見せた場合は故意とみなすと決めた。
デンギスは返す刀を振り下ろした。卓人はそれも打ち払おうとした。
「!?」
右腕が上がらない。
何と、右腕が肩から肘までにかけて凍っていた。それは表面的なものであったが、一瞬動きを妨げるには十分な凍結であった。
「あの野郎、魔法使いやがった!!」
仲間たちが抗議の声を上げる。
審判たちは制止に入ろうとしたが、すでに次の攻撃は止めようもなかった。
木剣は卓人の頭を直撃した。
鮮血が飛び散るのが遠くの観衆にも見えた。想定されない惨劇に悲鳴が上がる。
「頭に木剣入れたら反則だろうが!」
主審がデンギスを抑えようとするが、それを突き飛ばして、さらに顔面への突きを試みた。
――が、そのときデンギスは見た。
この期に及んで、卓人はまだ笑っていた。
その目は嘲笑っているのではない。
――何かを見ていた。
ぞっとした。
確かにその目線は自分に向いているのに、自分ではない何かを見ていた。
自分のもっと奥にあるもの、決して人前にさらすことのないもの。
それを覆い尽くす壁を穿|《うが》つような目だった。
『やめてくれ! そんな目で俺を見るな!』
――弱くて、惨めで、恥ずべき自分の姿。
卓人は剣を躱すと、右手で木剣をもつ腕を、左手で上着の奥襟をつかんで身体を反転させ、左の肘でつかんだ腕を抱え上げるようにしてそのまま回転した。
背負い投げ――!!
「うわあああああああ!」
デンギスは絶叫した。
体育の授業でもここまできれいに投げたことはない。驚いたデンギスはのけぞってしまい、無残にも顔面から地面に激突した。習ったとおり腕をしっかり引いて受け身を取りやすくしたはずだったが、彼は気絶してしまっていた。
完勝であった。
反則したデンギスを結果的にもっとも無様な形で仕留めた姿に、観衆は大いに沸き立った。しかも悪質な反則の場合、相手に二勝が加えられるルールとなっている。誰がどう見てもその規定に当てはまる試合で主審がそれを宣言すると、快哉が会場を覆った。
これで合計三勝となり、四戦目を行うまでもなく卓人のチームの勝利となった。二年生のチームが決勝まで上がるのは十三年ぶりの快挙らしい。
卓人は勝利が宣言されると頭を押さえてよろめいた。そこへ女子の救護班四名が即座に駆け寄ってきた。対して、気絶しているのにデンギスには救護班は駆けつけなかった。気持ちは理解できるが、公正さとしてはいかがなものか。やむを得ず審判団がチームの仲間を呼んで連れ出させた。
救護班は卓人の肩を担いでグリッド外へ連れ出すと、治療のために身体を横にさせた。
「頭から出血してるんだから、頭を低くしちゃいけないわ」
そう言って正座して、なぜか胸を枕にして卓人を休ませた。
「動いちゃだめよ。頭にけがをしてるんだから。異常がないことが分かるまで、このままじっとしていなさい」
そのまま優しく包み込むように、卓人の顔に腕を回した。
「おなか蹴られて痛くなかった?」
別の女子は卓人の腹をさすった。
「よく頑張ったわね。すごかったよ」
別の女子は手を握ってきた。
「どれどれ、傷を見せて」
「あ、あの……」
「怪我人はおとなしくしてなさい」
卓人は観念するしかなかった。
心配でエミリとルイザが駆け寄ったが、卓人が四人の救護の女子にもみくちゃにされながら回復魔法をかけてもらっている様子を見ると、不愉快になってすぐに立ち去った。二年生の勝利に観衆が大いに湧き上がる中、そのうらやましすぎる有様に勝ったはずの仲間たちが誰よりも沈んでいた。
『すごい速さで凍りついたけど……あれが水の魔法だろうか……?』
火の魔法で凍らせた場合、あそこまで瞬間的に凍らせるのは難しいだろう。
治療を受けながら、卓人はそんなことを考えていた。
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