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人生はバカとの戦い

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 ルイザは見かねたように声を上げた。

「いい? 貴族の子供って人の上に立つように育てられてるからたいていは支配欲が強いの。それでいてバカなのよ」

 貴族の子供すべてがバカなのではない。ヴァザリア魔法学校にくる貴族の子供にバカがある程度いるということだ。

「エミリちゃんはその逆。賢くて支配欲がない。相性は最悪よ」

「え、そうなの?」

「支配欲の強い者は、より賢くてより支配欲の強い者にはなびくし、自分よりバカで支配欲がないなら、その人を支配しようとする。だけど自分より賢くて支配欲がない人に対しては、すごく目障りに感じるの」

 卓人はこのような考え方をしたことがなかったが、人の傾向を分類するならなかなか合理的だと思った。ルイザは領主の娘として、人を指導する立場になる者として、このようにして人を見る目を養っているのだろう。

「潰しにかかる者だっているでしょうね」

「いじめられるってこと?」

 卓人は青ざめた。

「人生はバカとの戦いよ」

「は?」

「自分と考えの合わない者はみんなバカ。だってそうでしょう。誰も多かれ少なかれ、そうやって他人を見下している」

 安易にそう割り切りたいとは思わないが、妙な説得力があった。

「なんていうか、突き抜けた感じの考え方だね……」

「あら、残念ね。ちなみに、この言葉は記憶をなくす前のあんたが言った言葉よ。品性はないけど、なかなか教訓じみて的を射てるからとても印象に残ったわ」

「そ、そう……」

 なかなか鮮烈な言葉だけに人としての深みを覚えさせる。時折現れる本当の自分の情報に触れるたび劣等感のようなものが襲ってくる。

「じゃあ、魔法学校へ行くべきじゃないってこと?」

「いいえ。むしろ行ったほうがいい。エミリちゃんなら研究者になって成功できるイメージももてる」

「?」

 ルイザがどういう結論に落とし込もうとしているか誰にもわからなかった。

「私も最近になって気づいたんだけど、エミリちゃんってすごく子供っぽく見えるときがあるの。まるで五歳か六歳くらいの女の子みたいに」

 ふと、デンギスに追われて逃げてきたときのエミリの姿が思い出された。

「おそらく、本当に心を開ける相手がいなくて不安なんでしょうね。私も少しは仲良くなれたと思ってるけどまだまだ全然。妙な反応されちゃうのよね」

「妙な反応?」

 ルイザは不愉快な顔をした。エミリはタクトと自分が結婚すると勝手に思い込んで勝手に落ち込んでいる。

「と、とにかく! エミリちゃんが年相応の女の子でいられるのは、お兄ちゃんのあなたと一緒のときだけ!」

「そ、そうなの?」

 もっとも安心できる相手の前で不安を見せるはずもない。逆説的に卓人は決してエミリの弱い部分を見ることがない。本当の妹ではないからこそ客観的にその事実を理解した。

「エミリちゃんがバカたちに苦しめられることになっても、あなたが近くにいれば何とかやっていけるはずよ。彼女がティフリスに行くなら、あなたもいてあげないといけない」

「だけど、兵学校をやめたら学費が払えなくなるじゃないか」

 それは聞いている者全員が同じように思った。

 しかし、ルイザは首を横に振った。

「いいえ、ティフリスの幹部養成学校へ行けばいい」

 その言葉には、全員が驚いた。

「記憶をなくす前までのあなたの評価を仮になしにしたとしても、先日の鉱山で敵を足止めした功績は絶大なものよ。あのおかげで、すべての侵攻が止まったんだから」

「まあ、結果論なんだけどな……」

「軍からもおとがめなしということになったし、高く評価されてると思っていいんじゃないか?」

「そうか、だったら俺もかなりいい評価になってるのかな」

 そうつぶやくレヴァンニに『お前は人間的に推薦できないだろ』と誰もが思ったが、話がそれるので誰も口にはしなかった。

「だから後は、この剣闘会で優勝しなさい。あくまでも私の見立てだけど、それでティフリスへの声がかかると思うわ」

 教官がどのように評価しているか、予科生に知るすべなどない。しかし、これまでの傾向である程度の予想はつく。ともすると、卓人の評価は自分のものより上ですらあるかもしれない。だけどそれに次ぐ成績なら受け入れてもよいと思う自分がいた。決して口になどできないが。

「そうなのか……」

 卓人は別に軍の幹部になりたいなどと思わないが、エミリの力になれるのならそれはひとつの方向性としてありえた。

「絶対、優勝してね」

「そうだね」

「私も落とした評価はすべて取り返したわ。一緒に行くわよ、ティフリスへ!」

 ルイザはその一言で盛り上がると思ったのが、むしろ男子たちは黙り込んでしまった。

「何?」

 明らかに彼らから距離を感じる。

「……あ、愛の告白なのにゃん」

「は?」

「だって、今のって、どう考えてもすげー遠回しな告白だよな」

「『一緒に行くわよ、ティフリスへ!』か……うらやましい」

「くそー、俺も言われてみたい!」

「ど、ど、どどど、どこをどう聞いたら、そそ、そ、そういう解釈になるのよ!」

 だが、ルイザの抗議を男子たちは聞いてない。

「うらやましいぜ、タクト!」

「おめでとうなのにゃん」

「早く返事しろ!」

「ひゅーひゅー!」

「ちょっと、やめてよ! ルイザも困ってるじゃないか」

「タクト、ルイザは胸が小さいが、やっぱり美人っていいよな」

 ルイザの中で「プチッ」と音がした。

「「「「「「「ぎょえー!!!!」」」」」」」

 卓人たち七人は準決勝の試合を前に、ルイザの渾身の雷撃を味わうことになった。



 準決勝の会場に集まった観衆は、二年生のチームがなぜか焼け焦げてちりちりになっている姿に大笑いした。

「ぎゃはははは! お前ら何? なんでアフロになってんだよ!」

「このタイミングでそれはサイコーだぜ! お笑い集団でやっていった方がいいんじゃねえか?」

 対戦相手の三年生も爆笑していた。

 無様な姿をさらしたところで、試合へと気持ちを切り替えなければならない。

 応援の中にはこのありさまの原因をつくった張本人であるルイザの姿があった。腕を組んで冷たい目線を送ってきているが、試合の結果だけは気になるようだ。

 そして、エミリは人垣の後ろで、厨房のおばさん達と一緒に応援していた。

「おう、お兄ちゃんよ」

「はい?」

 試合開始前の礼がすんでから、デンギスが声をかけてきた。前髪を掻き上げる仕草がすでに嫌みっぽい。

「この試合、俺は三番目に出る。お前も三番目に出ろ。俺と戦え」

「はぁ」

「そして、俺が勝ったらお前の妹を好きにせてもらうからな」

「何を言ってるんですか?」

「賭けるんだよ。俺とお前であの子を賭けて勝負だ」

「エミリが承諾してもないのに、そんなの受けるわけないでしょう」

「負けても同じことが言えるのか?」

「勝っても負けても、そんなのまかり通りませんよ」

 言い合いになりそうなところで審判がグリッド外の選手の控え席にそれぞれ分かれるよう促す。

「相変わらず、自分勝手な野郎だな」

「よし、俺があいつをたたきのめしてやるぜ。三番目だったな」

 名乗り出たのはレヴァンニだった。

「うーん、多分それだと先輩はクレームをつけてきそうな気がするな。僕がやるよ」

 記憶をなくしてからのタクトはどうにもおどおどしている印象があった。ところが、嫌な奴の挑発をさらりと流して、勝負を受けてみせるという。仲間たちは驚きの表情を隠せなかった。

「なるほど、人生はバカとの戦い、ね……」

「やれやれだね」
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