理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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剣闘会はじまる

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 剣闘会は百年近い伝統があり、ドマニス王国に七つある各兵学校でこの時季に行われている。

 軍における主な戦闘手段は魔法であるため、剣術は魔法で仕留め損ねた敵の戦力を奪うための技術だという認識である。

 しかし、軍人になれば剣が振り回せてかっこいいと思って兵学校に入学する男子は多い。そんな彼らにとって、兵学校で学ぶ集団戦の陣形訓練などはあまり面白いことではない。そこで、純粋に剣で戦ってみたい予科生たちが学校側に頼みこんで始まった行事がこの剣闘会である。

 結果的には、予科生たちのモチベーションを高め、兵学校自体も活気づくということで恒例化されることになり、現在に至る。

 ルールはすべて過去の予科生たちによって定められ、必要に応じて今の予科生が改めることがある。この剣闘会について教官は生命の危険がないかということ以外についてはほとんど口を出さない。運営も審判も予科生によって行われ、選手自身がルールを尊重するという自覚のもとに行われる。

 チーム編成は寮の同室の者で組み、六~八名のうち五名が代表として戦い、試合ごとに代表の五名は変更してよい。一対一で対戦して三つ勝ったほうがトーナメントを勝ち上がる。

 木剣を用いるものの回復魔法もあるため、骨折程度の怪我なら負わされても文句の言えない荒っぽい行事でもある。あくまでも剣による戦いとし、魔法の使用は禁止である。防具は統一のものを用い、木の短冊を編んだ籠手とすね当てと胴着のみである。

 剣による頭部への攻撃および、敗北・降参した者をさらに打ち据えることは禁止されている。著しい反則は即刻敗北を宣言され、相手に二勝が加えられる。

 しかし、それら以外は殴る蹴るも含めて何でもありといってよい。これらを裁くのは卒業を目前に控えた四年生である。彼らは試合には出場せず、審判という形で残る予科生たちに威厳を示す。

 別に全国大会があるわけでもなくすべてが校内で完結する。優勝しても兵学校からは表彰状が一枚もらえるだけである。

 それでも厳粛な雰囲気のある兵学校もこの日ばかりは女子の黄色い声援が飛んでくるとあれば男子はその声援に応えるべく、かけてはいけないのだが命がけで戦ってしまう。女子にいいところを見せる最高の舞台だからだ。

 女子は剣闘会のような大会は行わない。兵学校の予科生の三割強が女子だが、こんな野蛮な行事などやりたがる者がほとんどいないからだ。しかし男子が本気で戦う姿に感激する者は多く、炊き出しなどをして応援するのが習慣となっている。

 兵学校の女子にはルイザのように戦場に率先して立つ者もいるが、多くは戦闘の際の治癒・回復を担当するサポート役に回る。剣闘会では、彼女たちが怪我人の手当てを担う。

 わっと声が上がる。

 勝負がついて、一方は大きなガッツポーズをし、もう一方は腕をおさえてうずくまっている。

 勝った方には女子たちが軽食と飲み物をもってきて、強いねとか、すごかったねなどの激励が与えられる。

 負けたほうはどうやら腕が折れていたようだが、女子の救護班が数名で囲んで回復魔法をかけてもらっていた。

 そう、勝っても負けてもおいしい目に遭うことができるのだ!

 しかし勇気の見えない、盛り上がりに欠ける中途半端な戦いぶりになると、女子の対応もしょっぱくなる。慣れない一年生はどうもそのような試合になりがちだが、経験のある二年、三年はとにかく女子にいいところを見せようとして、その戦いは熾烈を極めるようになる。

 グラウンドでは八会場に分かれて戦いが行われている。十五メートル四方の正方形にロープが張られたグリッド内で、一対一での戦いが繰り返される。この線から出れば負けである。戦術的にこの線から追い出すのも一つの勝ち方であるし、明らかに敵わない相手と当たってしまった場合には自らの意思でまたぐこともあるだろう。

 二ヶ月後には正式な軍人として各地に配属される四年生は毅然と試合をコントロールし、試合はクレームがつくこともなく円滑に進行している。



 卓人たちのチームは順調に勝ち進んでいた。

 全四十六チームで競われ、組み合わせの都合で優勝には六勝する必要があったが、すでに三勝を決めていた。

 幸運というべきか、卓人はスポーツとして高度に科学的分析をされた格闘技を元の世界で見ており、その知識もそれなりにあった。

 近代スポーツでは勝負に有効な態勢を保つのに重要視されているひとつが体幹トレーニングである。バランスを失って隙を見せればその瞬間に敵から容赦ない攻撃を受ける。卓人はチームの仲間たちにその目的を的確に説明すると、彼らも素人ではないから即座にその意図を理解し、鍛錬に取り入れることができた。

 相手の攻撃を躱すときには全身で移動して態勢を損なわない、突進して突き飛ばしてきたときは身体を浮かせてできるだけ衝撃を中心で受け止めて分散させる。まずはこれらの受けを徹底的に訓練し、こちらから攻撃を仕掛けるときは逆に相手のバランスを崩すことに主眼を置く。たいていの相手が力任せに攻めてくるおかげでこの作戦は見事にはまり、思った以上に簡単に勝敗は決した。

 こうして卓人のチームはさらに一勝を重ね、準決勝に進出した。

 勝つごとにチームは卓人の言ったことの重要さに理解を深め、また自分たちが勝てるようになっていることを確信した。派手さはないが、同じ兵士として「うまい」と思わせる戦い方はとても参考になるものであり、観る者の目を引きつけた。

 準決勝へ進んだ四強のうち、二年生は卓人のチームのみで残りはすべて三年生となったが、いつしか多くの予科生たちに応援されるようになってチームは俄然勢いづいていた。

「さて、優勝しちまうかぁ!?」

 お調子者のレヴァンニが叫べば、「おぉー!」と周りが拳を突き上げる。二年生全体が彼らの応援に回ったにしては人数が多すぎる。一年生だけでなく三年生や四年生の一部もついているようだ。

「さて、準決勝の相手はどこだ?」

 トーナメント表を見て、チームのみんなが表情をこわばらせた。

「げげげ」

 デンギスとビダーゼ。

 先日、因縁をつけてきた連中との対戦であった。

 いずれは当たると思っていたが、ついに当たるとなると気が重くなる。彼らの強さではなく、人間性の問題である。もちろん先日のちょっとしたいがみ合い以外の因縁はない。

「勝負に難癖をつけてきたりするんじゃね?」

「勝っても負けても不愉快な思いをする気がしてならんな」

「ビダーゼはまだ話が分かりそうな気がする……というか、ただの金魚の糞にゃん」

「ああ、肉の塊のほうな。それわかる」

「デンギスとやるのはなぁ……なんだかなぁ」

 ルールが定められている以上、この剣闘会もスポーツとみなすべきだろう。スポーツマンシップに則らない相手とやりたくないのはどの世界でも同じことだ。ちょっとしたやり取りしかなかったのに、すっかり面倒くさい相手だという印象がついてしまった。これまでにない異質な空気の重さがチームを支配していた。

 仲間でぐだぐだと対戦相手の文句を言っているところへ、一人の美少女が歩み寄ってきた。
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