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剣術の鍛錬

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 アイア兵学校は、地元領主アフレディアニ伯の熱意によって建築された荘厳かつ美麗な校舎が目を引く。中庭などには噴水があり、植垣などつねに美しく保たれていて、予科生たちの品性の育成と心身の癒しに一役買っている。

 その中で唯一といっていい殺風景なグラウンドや芝生では、ギラギラとした日射しとジージーというセミの鳴き声の中、男子の予科生たちが熱心に剣術の鍛錬に励んでいた。

 魔法を基本戦術として捉える軍において剣術の役割はあくまでも補助でしかなく、適切な使用方法を指導される程度で、徹底的に仕込まれたのは魔法が使えなくなったタクトくらいのものだ。

 なぜ、彼らはこんなにも必死にそれほど必要性のないことに情熱を傾けているのだろうか。

 その理由は、もうすぐ兵学校では伝統の剣闘会が行われるからだ。

 兵学校では秋に新年度を迎える。年度の締めくくりに、毎年男子の予科生による魔法を使わない、剣術のみの試合が催される。寮の部屋ごとにチームを組み、学年関係なしにトーナメントで勝ち抜いていく。

 ここで活躍すれば、ティフリスの幹部養成学校への推薦評価が上がるというのもそうだが、何より女子にモテる。

 女子たちも男子たちのかっこいいところを見たいと思って、「がんばってねー」と声をかけてみたり、手作りのお菓子を配るなどする。それがちょっとしたことであっても、単純な男子は高揚してしまう。男たちは、自らの男を示すために戦いへ赴こうとするのだった。

 宇田川卓人も剣闘会に向けて鍛錬に励んでいた。彼の場合、モテたいとかそういう発想よりも、魔法が使えないからこそこういう場面で少しは活躍して兵学校を馘首単語くびにならないよう評価を上げたいというのがある。

 チームメイトでもある寮の同室七人とともに芝生の上で一列に並び、右の肘と左の膝を地面につき、反対の腕と足を地面に対し水平に伸ばして静止する。

「タ、タクト。こ……このポーズに、いったい何の意味があるにゃん」

「体幹を……鍛えるんだよ」

 これを続けるのはたった一分でもかなりきつい。それを見る者は何を不思議なことやっているのやらといった目を向けてくる。

「ぐあー、肩がつる!」

 七人の中でもっとも大柄で筋肉質なレヴァンニも悲鳴を上げる。

「バランスを崩したらダメだ!」

 体幹トレーニングを取り入れたいと発案したのは卓人だった。意外にも仲間たちは反発せずに卓人のトレーニングメニューをこなしていった。

「ふぁー、やれやれ」

 一通りの鍛錬を終え、少年たち七人は輪になって芝生の上に腰を下ろした。

 夏の日差しが汗の水滴に屈折して、さわやかな輝きとなる。

「こんなことやってて、優勝なんかできるのか?」

「うーん、一対一の試合をどっちかが三勝するまで行うルールだよね。いつもの集団戦の訓練とは違うから、いつもの鍛錬と同じことをやってても意味がないと思うんだ」

「なるほどな」

 日頃の訓練は集団で動きながら誰かの足を踏んだりしないように、味方を斬りつけたりしないようにきちんと距離をとる訓練にものすごい時間をかけるため、剣術そのものの訓練などないに等しい。ゆえにあちこちで剣闘会に向けた鍛錬をしているものの、剣に振り回されているような者も決して少なくない。

「おや、あいつはなかなか筋がいいな」

 遠くで誰が見てもわかる美しい剣術を披露している者がいた。

「あいつって、あの人先輩だぞ」

「アラミオ先輩なのにゃん」

 すらりとした体格に知的な印象の顔立ち。器用にくるくると剣を回している様は剣舞と言った方が適切なほどに鮮やかだった。

「なかなかどころじゃない。すごいな」

「あの人、幹部養成学校への推薦が確実だって噂だぜ」

「きれいな剣捌きなのにゃん」

 卓人も皆と同じように美しい剣舞を観察していた。

 ――美しいとは、どういうことなのだろうか?

「ぶふっ、男を見てきれいとか言ってんじゃねえよ!」

「女の乳と尻にしか美感をおぼえない残念な奴には理解ができないにゃん」

 さっきから語尾に「にゃん」をつけてしゃべっているのはヤノという卓人の同室である。小柄でひょろっとして間抜けな顔つきだが、魔法は得意でこの七人の中で唯一、回復魔法以外の水の魔法が使える。ちなみに、語尾につける「にゃん」はみんなからうざいと思われているのだが、自分の中ではトレンドとなっており一向にやめる気配はない。

「なんだと!?」

 レヴァンニが怒りを向けようとしたそのときだった。

「お兄ちゃん!」

 軍服でない少女が駆け寄ってきて、卓人の背中に隠れた。

「エミリちゃんにゃ!」

 卓人は、はっと我に返った。後ろに隠れるエミリはとても困惑していた。

「どうしたんだ。エミリ?」

 その様子を察して、ふとエミリがきた方向を見ると、二人組の男が歩み寄ってくるのが見えた。

 近づいてくる二人の男はにたにたといやらしい笑みを浮かべていた。いずれも体格がよいが、一方は二メートル以上の巨漢で、なおかつ肉団子のように筋肉で膨れ上がっている。もう一方はそれと比較すれば細身な印象だがやはり大柄で筋肉質だ。

 しかし、それ以上に下品なまでの悪意に満ちた表情は強烈だった。
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