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兵学校のエミリ②
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「その実部と虚部をそれぞれ分けて複素平面上に点を打って線を結ぶと正三角形になるでしょう?」
「わぁ、すごい。四次方程式だと正方形になるんだ」
夜、エミリはルイザから勉強を教わっていた。受験の話を聞いてルイザが指導を買って出たのである。
それ以外にも社会に出てのマナーなども教わることができた。受験するヴァザリア魔法学校は貴族が多いということで、これらの作法を身につけておかないと学校生活でいろいろ困る。
エミリは真剣に学んだ。
ピンクを基調に飾られた十二畳ほどの部屋にベッドと机が占拠する八人部屋には、ぬいぐるみなどが置かれていかにも女子部屋らしい。
厳格であるべき兵学校の寮の一室をこんなにも勝手に飾り立てたのは、今は亡きルイザの親友ベラだった。彼女を偲んで現在も無法状態のままだ。
ルイザの丁寧な講義を同室の女子も一緒に見ている。たまにあえて質問したりして、より講義の内容に深みをもたらしてくれる。
魔法学校の試験科目は数学と語学、魔法史、芸術についての四科目であるが、どの程度の問題が出るのかは公表されていない。
ルイザはエミリの実力を私見で分析したところ、芸術については文句なしだったし、語学も文語の体裁についていくつか指摘する必要があったがとくに難点はない。孤児院にいながらきちんとした教育がされていたのだ。
魔法史はまったく知識がなかったので兵学校の教科書を与えると、言われた範囲をしっかり覚えてくる。
問題は数学だ。
この世界では数秘術と魔法の関連性が重要であると考えられているため数学の発展は著しい。難度を上げようと思えばいくらでも上げられる。孤児院でも数学は習っていたというが、初歩の代数学や幾何学程度であった。
ちょっと学問に関心のある平民なら誰でも身につけている程度の問題ばかりが出るとは考えにくかった。
そこでルイザは数学を主に講義を行うことにした。今日の内容は複素平面と図形や回転についてだ。
『この子、ものすごく賢いんじゃないかしら……』
ところが、ルイザが何年もかけて身につけた内容をエミリはこの二ヶ月で理解していた。教える側が自信を無くしてしまうほどの勢いだ。
「五次の式は正五角形になるんですか?」
「そうだよ」
「冴えてるね、エミリちゃん」
ルイザの同室の女子たちも好意的に反応する。エミリは新しい発見ができて嬉しそうに笑った。ここでの勉強会は楽しかった。
「単純な式だけでなくて、もう少し違う式でもどうなるか試してみるといいわ。でも、そろそろ時間ね。今日はここまでにしましょう」
「じゃあね、エミリちゃん」
「はい、ありがとうございました」
勉強道具を片づけ、部屋の出口で一礼する。
ふと顔を上げたエミリの目に映ったのは扉の所で見送ってくれた寝間着姿のルイザだった。部屋の穏やかな明かりを逆光に受けて肩から胸元へ水のように流れる髪。その姿はまるで神話に出てくる女神のようだ。
「う!」
やにわに声を漏らしたかと思うと、その笑顔は微妙に潤みはじめる。
「どうしたの?」
「う……なんでもないです」
エミリは逃げるように去って行った。
ルイザはかなり困った顔をした。これは今回に限ったことではない。
時折、自分を見るときすごく悲しそうな顔をする。
理由はだいたい察しがついている。
この子は「このきれいな人とお兄ちゃんは結婚するんだ」と思っている。
なぜかって、それは自分があまりにも美しいからに他ならない。
とんでもない論理飛躍だが、子供に特有の短絡的な決め込みだ。それならそれで「お兄ちゃんを取らないで」とでも言えばまだ「そんなことはしない」と返すのだが、それもできないでお預けを食らった犬のような顔をする。
自分が美人なのは間違いないが、むしろこの子の兄については憎んでさえいる。
エミリのような素直でかわいい妹がいたらどれだけ素敵なのだろうと思う反面、同時に面倒くさいとも思うのであった。
『またやってしまった……』
エミリはさっきの自分の行動を反省しながら誰もいない八人分の広さの部屋に帰る。
兄には兄の人生があるのだから、未来のお嫁さんを見て泣きそうになるなんていけないことだ。部屋が兄と一緒でないことを寂しがるのもいけないことだ。
毎日のように誰も見てないところで踊ったり、布団の中で歌を口ずさんだりしながら自分の気持ちに整理をつけている。
だけど兵学校での生活は楽しかった。
初めはこんな多くの人に囲まれるなんて不安で怖くて仕方なかったが、住んでみればみんな親切だった。
安心して暮らすことができる。
なにより毎日兄に会うことができる。
離ればなれになった孤児院の子供たちは心配だったが、明日は何が学べるのだろうと思えるのはとても幸せなことだった。
「わぁ、すごい。四次方程式だと正方形になるんだ」
夜、エミリはルイザから勉強を教わっていた。受験の話を聞いてルイザが指導を買って出たのである。
それ以外にも社会に出てのマナーなども教わることができた。受験するヴァザリア魔法学校は貴族が多いということで、これらの作法を身につけておかないと学校生活でいろいろ困る。
エミリは真剣に学んだ。
ピンクを基調に飾られた十二畳ほどの部屋にベッドと机が占拠する八人部屋には、ぬいぐるみなどが置かれていかにも女子部屋らしい。
厳格であるべき兵学校の寮の一室をこんなにも勝手に飾り立てたのは、今は亡きルイザの親友ベラだった。彼女を偲んで現在も無法状態のままだ。
ルイザの丁寧な講義を同室の女子も一緒に見ている。たまにあえて質問したりして、より講義の内容に深みをもたらしてくれる。
魔法学校の試験科目は数学と語学、魔法史、芸術についての四科目であるが、どの程度の問題が出るのかは公表されていない。
ルイザはエミリの実力を私見で分析したところ、芸術については文句なしだったし、語学も文語の体裁についていくつか指摘する必要があったがとくに難点はない。孤児院にいながらきちんとした教育がされていたのだ。
魔法史はまったく知識がなかったので兵学校の教科書を与えると、言われた範囲をしっかり覚えてくる。
問題は数学だ。
この世界では数秘術と魔法の関連性が重要であると考えられているため数学の発展は著しい。難度を上げようと思えばいくらでも上げられる。孤児院でも数学は習っていたというが、初歩の代数学や幾何学程度であった。
ちょっと学問に関心のある平民なら誰でも身につけている程度の問題ばかりが出るとは考えにくかった。
そこでルイザは数学を主に講義を行うことにした。今日の内容は複素平面と図形や回転についてだ。
『この子、ものすごく賢いんじゃないかしら……』
ところが、ルイザが何年もかけて身につけた内容をエミリはこの二ヶ月で理解していた。教える側が自信を無くしてしまうほどの勢いだ。
「五次の式は正五角形になるんですか?」
「そうだよ」
「冴えてるね、エミリちゃん」
ルイザの同室の女子たちも好意的に反応する。エミリは新しい発見ができて嬉しそうに笑った。ここでの勉強会は楽しかった。
「単純な式だけでなくて、もう少し違う式でもどうなるか試してみるといいわ。でも、そろそろ時間ね。今日はここまでにしましょう」
「じゃあね、エミリちゃん」
「はい、ありがとうございました」
勉強道具を片づけ、部屋の出口で一礼する。
ふと顔を上げたエミリの目に映ったのは扉の所で見送ってくれた寝間着姿のルイザだった。部屋の穏やかな明かりを逆光に受けて肩から胸元へ水のように流れる髪。その姿はまるで神話に出てくる女神のようだ。
「う!」
やにわに声を漏らしたかと思うと、その笑顔は微妙に潤みはじめる。
「どうしたの?」
「う……なんでもないです」
エミリは逃げるように去って行った。
ルイザはかなり困った顔をした。これは今回に限ったことではない。
時折、自分を見るときすごく悲しそうな顔をする。
理由はだいたい察しがついている。
この子は「このきれいな人とお兄ちゃんは結婚するんだ」と思っている。
なぜかって、それは自分があまりにも美しいからに他ならない。
とんでもない論理飛躍だが、子供に特有の短絡的な決め込みだ。それならそれで「お兄ちゃんを取らないで」とでも言えばまだ「そんなことはしない」と返すのだが、それもできないでお預けを食らった犬のような顔をする。
自分が美人なのは間違いないが、むしろこの子の兄については憎んでさえいる。
エミリのような素直でかわいい妹がいたらどれだけ素敵なのだろうと思う反面、同時に面倒くさいとも思うのであった。
『またやってしまった……』
エミリはさっきの自分の行動を反省しながら誰もいない八人分の広さの部屋に帰る。
兄には兄の人生があるのだから、未来のお嫁さんを見て泣きそうになるなんていけないことだ。部屋が兄と一緒でないことを寂しがるのもいけないことだ。
毎日のように誰も見てないところで踊ったり、布団の中で歌を口ずさんだりしながら自分の気持ちに整理をつけている。
だけど兵学校での生活は楽しかった。
初めはこんな多くの人に囲まれるなんて不安で怖くて仕方なかったが、住んでみればみんな親切だった。
安心して暮らすことができる。
なにより毎日兄に会うことができる。
離ればなれになった孤児院の子供たちは心配だったが、明日は何が学べるのだろうと思えるのはとても幸せなことだった。
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