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戦いの後

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 強権と蹂躙による支配は現地民の反感を呼び、長続きしないことは多くの論者が語る。

 そんな中で侵略戦争をするならば、反感さえ抱かぬほどの圧倒的な侵略をしてみせるか、より絶対的な正義を見せつけたうえでの解放という名の侵略を演出しなければならない。エルゲニアはドマニス侵攻に際し、前者を選択したわけだが結局失敗に終わった。

 エルゲニア帝国は三五〇年前までドマニスやバルツを含めた広大な領土を侵略によって獲得していたが、内部クーデターにより崩壊し、それを機にさまざまな国が独立を果たすことを許した。そこから現在まで何度も革命によって支配者が変わり、そのたびに国力は衰退していった。

 しかし現皇帝ヘイズ三世が政権を手にすると、まず内政を盤石なものとするために産業を推進し失業率を低下させ、安定的な経済の成長に成功した。その後に過去の栄光を取り戻すため旧支配下にあった近隣国を武力と金で威圧して水面下で支配していった。

 しかしドマニスとバルツは従わなかった。これらの国には天誅を下す必要があった。まずはバルツだ。支配下の四つの国家を通って隠密かつ堂々と進軍し、バルツの街を焼き払った。この惨劇は世界的にバルツの勝利と嘘が広められたが、協力したすべての国は事実を知りながら口を噤んだ。

 以降、実質的な属国にしたバルツ兵を海から攻撃させつつ、同時に山脈を穿つ坑道作戦を実行した。

 だが大軍を移動させる前に見破られ、ドマニス軍が出口を塞いでしまった。狭い坑道ではいくら兵力を注いでも各個撃破されてしまえば死体の山を築くだけで、防御する側に圧倒的な利がある。

 このたびのエルゲニアの戦略は人道的に多くの国々から批判され、ヘイズ三世はドマニス国王へ正式な謝罪の書簡を送った。

 そこには、軍の一部が勝手に軍事行動を起こし、それを把握できていなかったことを心より陳謝すると記されていた。つまり、自分は責任を取らないと暗に宣言したわけだが、少なくとも実質的な終戦を意味していた。

 その報はドマニスの国民も知ることとなり、人々は大いに喜んだ。

 ――エルゲニアの坑道作戦を潰したのは、一人の少年兵だ!

 その噂は国民に新たな英雄の誕生を期待させたが、軍は少年を祭り上げることはしなかった。結果として秘匿された英雄は人々の想像を膨らませ、軍に対する期待は一層大きくなった。



「孤児院を閉鎖する?」

 ナタリアの発言に卓人はさほど驚かなかった。

 先日の集落全滅事件によって、孤児院の子供たちによる自立的な生活を支援する見通しが立たなくなったことが最大の理由である。さらに坑道が山脈を貫いてしまったことにより、隣国エルゲニアとの徒歩による越境が理論上可能になってしまった。それにより正式な外交調停がなされるまでスズ鉱山は軍の管轄下に置かれ、その途上にある孤児院にも軍が常駐することになった。

 子供たちが安心して暮らせるというには程遠い。

 そのことについて、孤児院監督のナタリアと行政関係者たちがテーブル囲んで話し合っている。

「安心して。お父様が子供たちの処遇については必ずいいようにしてくれるから」

 そう言ったのは同席したルイザだった。領主の娘である彼女は行政と無縁ではない。この件について積極的に取り計らってくれている。

「それなりの身分の家の人達に使用人として雇ってもらうか、あるいは里親になってもらえる信頼できる人を探してる。すでに心当たりはいくつかあるわ」

 ナタリア先生の教育の賜物とでもいうべきか、ここの子供たちはみな素直で働き者である。受け入れ先でも喜んで迎えられるだろう。

「ショータくんとゲオルギくんは寄宿舎のある幼年学校を勧めることにしている。タマラちゃんは私の家で使用人として住み込みで働いてもらうことになっているわ」

「よかったじゃないか。普通ならこんな待遇ありえないからね」

 ナタリアはそう言うものの、子供たちはあまり喜んでいるようではなかった。生活環境の変化や慣れ親しんだ人たちとの離別の不安のほうが大きいらしい。

「……それで、エミリちゃんなんだけど」

 エミリもうれしそうな顔はしなかった。

 というより、ぼんやりしているようにも見える。

「あなたはすでに成人しているし生活力もあるから、働き口を探して独立するという選択肢もある。もちろん、あなたくらいしっかりした子なら使用人として雇いたい、いいえ、養女にしたいという貴族もいると思うの」

 エミリはちゃんちゃんと話を進めていく美しい女性の姿を見て混乱していた。

『あなたは……汚れる必要はない……』

 あのときのこの女性の表情は、兄とのただならぬ関係を窺わせるものだった。

『この人がお兄ちゃんの将来のお嫁さんなんだ……』

 勝手にそう思い込んでショックを受けていた。兄の人生の妨げになることはやめようと過去に誓ったときから、そういうこともあるだろうと考えたことはあるが、実際に当の人物に出会ってみると、どうにも心の置き場所を定められないでいた。しかし念を押しておくがあくまでもエミリの勝手な思い込みである。

「俺の嫁になるって選択肢もあるんだぜ」

 レヴァンニのその言葉は、エミリを我に返させた。そして否定の意味を込めて兄の背中に隠れた。レヴァンニはルイザと違ってこの場にいる理由などなかったのだが、なぜかきてしまっている。

 しばらく何も言わなかったエミリだが、あるところで恥ずかしそうに意見を述べ始めた。

「……私は、魔法の勉強がしたい……」

 言ってしまうと吹っ切れるものがあったのか、以降は次々と言葉をつないだ。

「お兄ちゃんが……魔法を教えてくれて……熱いの反対は冷たいだから、火の魔法と反対になるように魔法を使ってみると本当に冷たくなったんです。誰も教えてくれなかったことを、お兄ちゃんが教えてくれました。魔法ってすごいんだって、そのとき初めて思いました。魔法についてもっと知りたいって……」

 自分の思いを吐露して、エミリは改めて顔を赤くした。

 ルイザとレヴァンニは驚いたような顔をして卓人を見た。火の魔法で冷たくするという発想はなかったからである。魔法が使えなくなったはずの男がどうやってそんなことを思いつくのか。

「じゃあ、ティフリスの魔法学校に行くといい」

 そう言ったのはナタリアだった。

「きちんとした魔法の勉強をするにはたいてい、軍に入るか、独自で研究している変人のところへ弟子入りするかだ。だけどもう一つ、魔法の基礎理論を体系的に研究しているヴァザリア研究所が運営する魔法学校がある」

「へえ、そんなのがあるんだ」

 いかにも知らないといった口調で言ったのはレヴァンニだ。実際には各地に魔法学校と呼ばれる学校はあるが、国内トップレベルの研究者がそろった魔法学校はここしかない。

「流行り廃りを追いかけてるわけじゃないからね。地味な研究をコツコツ積み重ねているようなところさ。ただ、魔法を戦争のために使うことを目的としていない。エミリには向いていると思うよ」

 それを聞いてエミリは嬉しそうな笑みを浮かべたが、すぐに卓人の方を見て困ったような顔をした。

 首都ティフリスは遠い。

 ここからアイア兵学校の距離の比にならないほど遠い。自分に選択権があるからこそ、自らの意志で兄のもとを離れるのは嫌だった。

「まぁ、ここが閉鎖されるまでまだ時間はある。じっくり考えるといいさ」
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