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あなたは汚れる必要はない
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強敵を倒した後、ルイザは卓人に回復魔法をかけた。相手はとても不愉快な奴だが、この中ではルイザが最も回復魔法がうまかったし、個人的な好き嫌いで大けがを負った味方を捨て置くようなことはできない。
レヴァンニと熟練兵で動けないエルゲニア兵を後ろ手にして捕縛していった。魔法の発動にはある一定の動作が必要とされ、こうすると魔法が使えなくなるからだ。しかし、修練次第では使える者もいるらしい。この兵士たちがそのような訓練を受けていたとしたら、回復と同時に反撃してくる可能性もある。
それでも現時点でできる最善の手段であるといえた。その間に外で待機していたもう一人の連絡兵がニコライに現時点での暫定的な勝利を報告し、捕縛した敵兵の処遇について判断を仰いだ。
作業の間、誰も言葉を交わさなかった。
彼らにとってあまりに衝撃が大きく、何を口にすればよいかわからなかったのだ。
自分たちの知るタクトはあんな哀れな戦い方などしない。
魔法が使えないというのはあるにしても、あの爆発物を用いた戦い方など誰も知らない。以前ベラが「人が変わったみたい」と評したが、それ以外の合理的な結論が見いだせないほどに別人だった。
妹のエミリにしても常軌を逸していた。タクトの指示を受けていたようだが、爆発の魔法を打ち消してしまっていた。
一体どうやって?
いや、それよりも爆発からタクトを救い出したのはなんだったのか。明らかに遅れて爆発の中に飛び込んだのに無事だった。
理解不能の連続で思考が混乱し、自分でもわからない感情が湧いてくる。
当のタクトはくたびれて眠っているようだった。エミリはその兄を心配そうに見つめながら必死にルイザのまねごとをしていた。彼女にはまだ回復魔法を使うだけの技量はないが、今できることといえばほんのわずかでもいいので、こうすることでボロボロの兄が遠くへ行ってしまわないことを祈ることだった。
エルゲニア兵すべてを捕らえ、残るは炭となった爆発の魔法使いの始末だった。
ぴくりとも動かないのでおそらくは死んでいるのだろうが、もしもということもある。ひとまずは縄で縛り、その後完全な死を確認してから埋葬してやらなければならない。連絡兵が警戒を怠らず剣を構えてアキームに近づく。
しかし、その警戒は無意味に終わった。
突然空気が爆ぜ、連絡兵は坑道の天井へ叩きつけられ、意識を失って地面へ落ちた。
その間、アキームは一切動かなかったのに。
レヴァンニたちが次の動作をしようと思ったときには、次の爆発が襲ってきた。広範囲で爆発したため威力そのものは苛烈ではなかったが、それでも捕縛作業をしていた三人は簡単に吹き飛ばされた。
アキームの目がぎょろりと見開かれ、卓人の方を睨む。
「これは……とんでもないものを見つけてしまった。本当の脅威は……少なくとも、今の段階での脅威は……ナナリのタクトではない。あの……少女だ!」
それはアキームの矜持だろうか。その必要はないだろうに敢えて立ち上がった。動いたことによって全身をかばっていた炭化した皮膚が剥がれ落ち、赤い真皮がむき出しになる。
もはや立つことさえもままならぬその佇まいに、見た者はそれぞれ戦慄を覚えずにはいられなかった。
「この作戦は失敗だ。だが、せめて……脅威は、取り除いて……」
アキームは少女を見た。
聞こえていたのかいなかったのか、エミリはその言葉が自分に向けられたものだとは考えなかった。ただ兄を守ろうとかばう姿勢を見せつけた。
しかし兄はその肩をそっと押して立ち上がった。そして、連絡兵が落とした剣を拾い、妹を脅かさんとする男のほうへ肉体を引きずるように歩き始めた。
「エミリに……エミリを傷つけることは絶対に許さない……」
アキームは卓人の姿を見て、待っていたかのように微笑んだ。
「くくくく……その剣で私を刺し殺すかね……きみにそれができるのかね?」
「戦いに身を置いた以上、その覚悟はしなくちゃならないんだ……」
その返答はどこかうつろで、一つ覚えの念仏のようでもあった。
肩が爆発で弾ける。次に脇腹あたりから火を吹いた。だがいずれも小さな爆発で卓人をよろめかせる程度に過ぎなかった。次の爆発はねずみ花火の最後にも劣るほどだった。
「ぐは……ははは……見る影もないな……」
自嘲しつつアキームはゆっくりと崩れ落ち、ひざまずいた。もはや限界だった。百戦錬磨のこの男は、あらゆる生命が迎えうる流砂についに自らも足を踏み入れてしまったことを悟っていた。もはや這い上がることなど叶うまい。
だからこそ、死ぬ前に見たいと思った。
この謎の少年と、その妹という少女のもつ何かを……
この子達は何かが違う。
もはや立つのが精一杯といった少年が自分の前に立ち、手にもった剣を振りかざす。自分を殺すことで一皮むけるならそれはそれでよいことではないか。そこには奇妙な親心のようなものさえあった。
だが、剣はいつまでも振り下ろされることはなかった。
見上げると、少年は構えたまま涙を流していた。
憎しみなどない―――。
ただ、生かしておけば危険だから殺さなくてはならない。
自分はこの男を殺したいほど憎いと思えなかった。
ただの敵だ。
だけど、命を脅かすような敵は……敵は――――
剣を振り上げた卓人に、押しとどめようもないほどの思考が怒涛のように駆け巡った。それは人を殺すのはいやだという、個人的なわがままではない。いや、おそらくそれも含まれているに違いないが、割り切れぬ何かがあふれ出して止まらない。
そしてそれは、涙となって実体化していた。
「……そうか、残念……だったな……」
目の前の黒焦げにうずくまった男は、最期の力を振り絞って腕を振り上げた。
爆発の魔法?
ニヤリと笑った。
しかし、それが繰り出される前に、剣はアキームの心臓を貫いていた。
「ぐぁ……」
男は倒れ、二度と動くことはなかった。その表情は満足しているようにも、悔恨しているようにも見えた。戦場でいくつも見た死者のそれと同じようでもあった。
貫いたのはルイザだった。
自らの戦いを否定されたような、重圧から解放されたような気分でもあった。
卓人は振りかざした剣を何もないどこかへ下ろすしかなかった。そして目の前で人を殺してみせた哀しげな少女の姿を、信じられないほど美しいと思った。
「あなたは……汚れる必要はない……」
レヴァンニと熟練兵で動けないエルゲニア兵を後ろ手にして捕縛していった。魔法の発動にはある一定の動作が必要とされ、こうすると魔法が使えなくなるからだ。しかし、修練次第では使える者もいるらしい。この兵士たちがそのような訓練を受けていたとしたら、回復と同時に反撃してくる可能性もある。
それでも現時点でできる最善の手段であるといえた。その間に外で待機していたもう一人の連絡兵がニコライに現時点での暫定的な勝利を報告し、捕縛した敵兵の処遇について判断を仰いだ。
作業の間、誰も言葉を交わさなかった。
彼らにとってあまりに衝撃が大きく、何を口にすればよいかわからなかったのだ。
自分たちの知るタクトはあんな哀れな戦い方などしない。
魔法が使えないというのはあるにしても、あの爆発物を用いた戦い方など誰も知らない。以前ベラが「人が変わったみたい」と評したが、それ以外の合理的な結論が見いだせないほどに別人だった。
妹のエミリにしても常軌を逸していた。タクトの指示を受けていたようだが、爆発の魔法を打ち消してしまっていた。
一体どうやって?
いや、それよりも爆発からタクトを救い出したのはなんだったのか。明らかに遅れて爆発の中に飛び込んだのに無事だった。
理解不能の連続で思考が混乱し、自分でもわからない感情が湧いてくる。
当のタクトはくたびれて眠っているようだった。エミリはその兄を心配そうに見つめながら必死にルイザのまねごとをしていた。彼女にはまだ回復魔法を使うだけの技量はないが、今できることといえばほんのわずかでもいいので、こうすることでボロボロの兄が遠くへ行ってしまわないことを祈ることだった。
エルゲニア兵すべてを捕らえ、残るは炭となった爆発の魔法使いの始末だった。
ぴくりとも動かないのでおそらくは死んでいるのだろうが、もしもということもある。ひとまずは縄で縛り、その後完全な死を確認してから埋葬してやらなければならない。連絡兵が警戒を怠らず剣を構えてアキームに近づく。
しかし、その警戒は無意味に終わった。
突然空気が爆ぜ、連絡兵は坑道の天井へ叩きつけられ、意識を失って地面へ落ちた。
その間、アキームは一切動かなかったのに。
レヴァンニたちが次の動作をしようと思ったときには、次の爆発が襲ってきた。広範囲で爆発したため威力そのものは苛烈ではなかったが、それでも捕縛作業をしていた三人は簡単に吹き飛ばされた。
アキームの目がぎょろりと見開かれ、卓人の方を睨む。
「これは……とんでもないものを見つけてしまった。本当の脅威は……少なくとも、今の段階での脅威は……ナナリのタクトではない。あの……少女だ!」
それはアキームの矜持だろうか。その必要はないだろうに敢えて立ち上がった。動いたことによって全身をかばっていた炭化した皮膚が剥がれ落ち、赤い真皮がむき出しになる。
もはや立つことさえもままならぬその佇まいに、見た者はそれぞれ戦慄を覚えずにはいられなかった。
「この作戦は失敗だ。だが、せめて……脅威は、取り除いて……」
アキームは少女を見た。
聞こえていたのかいなかったのか、エミリはその言葉が自分に向けられたものだとは考えなかった。ただ兄を守ろうとかばう姿勢を見せつけた。
しかし兄はその肩をそっと押して立ち上がった。そして、連絡兵が落とした剣を拾い、妹を脅かさんとする男のほうへ肉体を引きずるように歩き始めた。
「エミリに……エミリを傷つけることは絶対に許さない……」
アキームは卓人の姿を見て、待っていたかのように微笑んだ。
「くくくく……その剣で私を刺し殺すかね……きみにそれができるのかね?」
「戦いに身を置いた以上、その覚悟はしなくちゃならないんだ……」
その返答はどこかうつろで、一つ覚えの念仏のようでもあった。
肩が爆発で弾ける。次に脇腹あたりから火を吹いた。だがいずれも小さな爆発で卓人をよろめかせる程度に過ぎなかった。次の爆発はねずみ花火の最後にも劣るほどだった。
「ぐは……ははは……見る影もないな……」
自嘲しつつアキームはゆっくりと崩れ落ち、ひざまずいた。もはや限界だった。百戦錬磨のこの男は、あらゆる生命が迎えうる流砂についに自らも足を踏み入れてしまったことを悟っていた。もはや這い上がることなど叶うまい。
だからこそ、死ぬ前に見たいと思った。
この謎の少年と、その妹という少女のもつ何かを……
この子達は何かが違う。
もはや立つのが精一杯といった少年が自分の前に立ち、手にもった剣を振りかざす。自分を殺すことで一皮むけるならそれはそれでよいことではないか。そこには奇妙な親心のようなものさえあった。
だが、剣はいつまでも振り下ろされることはなかった。
見上げると、少年は構えたまま涙を流していた。
憎しみなどない―――。
ただ、生かしておけば危険だから殺さなくてはならない。
自分はこの男を殺したいほど憎いと思えなかった。
ただの敵だ。
だけど、命を脅かすような敵は……敵は――――
剣を振り上げた卓人に、押しとどめようもないほどの思考が怒涛のように駆け巡った。それは人を殺すのはいやだという、個人的なわがままではない。いや、おそらくそれも含まれているに違いないが、割り切れぬ何かがあふれ出して止まらない。
そしてそれは、涙となって実体化していた。
「……そうか、残念……だったな……」
目の前の黒焦げにうずくまった男は、最期の力を振り絞って腕を振り上げた。
爆発の魔法?
ニヤリと笑った。
しかし、それが繰り出される前に、剣はアキームの心臓を貫いていた。
「ぐぁ……」
男は倒れ、二度と動くことはなかった。その表情は満足しているようにも、悔恨しているようにも見えた。戦場でいくつも見た死者のそれと同じようでもあった。
貫いたのはルイザだった。
自らの戦いを否定されたような、重圧から解放されたような気分でもあった。
卓人は振りかざした剣を何もないどこかへ下ろすしかなかった。そして目の前で人を殺してみせた哀しげな少女の姿を、信じられないほど美しいと思った。
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