理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

文字の大きさ
上 下
53 / 116

あなたは汚れる必要はない

しおりを挟む
 強敵を倒した後、ルイザは卓人に回復魔法をかけた。相手はとても不愉快な奴だが、この中ではルイザが最も回復魔法がうまかったし、個人的な好き嫌いで大けがを負った味方を捨て置くようなことはできない。

 レヴァンニと熟練兵で動けないエルゲニア兵を後ろ手にして捕縛していった。魔法の発動にはある一定の動作が必要とされ、こうすると魔法が使えなくなるからだ。しかし、修練次第では使える者もいるらしい。この兵士たちがそのような訓練を受けていたとしたら、回復と同時に反撃してくる可能性もある。

 それでも現時点でできる最善の手段であるといえた。その間に外で待機していたもう一人の連絡兵がニコライに現時点での暫定的な勝利を報告し、捕縛した敵兵の処遇について判断を仰いだ。

 作業の間、誰も言葉を交わさなかった。

 彼らにとってあまりに衝撃が大きく、何を口にすればよいかわからなかったのだ。

 自分たちの知るタクトはあんな哀れな戦い方などしない。

 魔法が使えないというのはあるにしても、あの爆発物を用いた戦い方など誰も知らない。以前ベラが「人が変わったみたい」と評したが、それ以外の合理的な結論が見いだせないほどに別人だった。

 妹のエミリにしても常軌を逸していた。タクトの指示を受けていたようだが、爆発の魔法を打ち消してしまっていた。

 一体どうやって?

 いや、それよりも爆発からタクトを救い出したのはなんだったのか。明らかに遅れて爆発の中に飛び込んだのに無事だった。

 理解不能の連続で思考が混乱し、自分でもわからない感情が湧いてくる。

 当のタクトはくたびれて眠っているようだった。エミリはその兄を心配そうに見つめながら必死にルイザのまねごとをしていた。彼女にはまだ回復魔法を使うだけの技量はないが、今できることといえばほんのわずかでもいいので、こうすることでボロボロの兄が遠くへ行ってしまわないことを祈ることだった。

 エルゲニア兵すべてを捕らえ、残るは炭となった爆発の魔法使いの始末だった。

 ぴくりとも動かないのでおそらくは死んでいるのだろうが、もしもということもある。ひとまずは縄で縛り、その後完全な死を確認してから埋葬してやらなければならない。連絡兵が警戒を怠らず剣を構えてアキームに近づく。

 しかし、その警戒は無意味に終わった。

 突然空気が爆ぜ、連絡兵は坑道の天井へ叩きつけられ、意識を失って地面へ落ちた。

 その間、アキームは一切動かなかったのに。

 レヴァンニたちが次の動作をしようと思ったときには、次の爆発が襲ってきた。広範囲で爆発したため威力そのものは苛烈ではなかったが、それでも捕縛作業をしていた三人は簡単に吹き飛ばされた。

 アキームの目がぎょろりと見開かれ、卓人の方を睨む。

「これは……とんでもないものを見つけてしまった。本当の脅威は……少なくとも、今の段階での脅威は……ナナリのタクトではない。あの……少女だ!」

 それはアキームの矜持だろうか。その必要はないだろうに敢えて立ち上がった。動いたことによって全身をかばっていた炭化した皮膚が剥がれ落ち、赤い真皮がむき出しになる。

 もはや立つことさえもままならぬその佇まいに、見た者はそれぞれ戦慄を覚えずにはいられなかった。

「この作戦は失敗だ。だが、せめて……脅威は、取り除いて……」

 アキームは少女を見た。

 聞こえていたのかいなかったのか、エミリはその言葉が自分に向けられたものだとは考えなかった。ただ兄を守ろうとかばう姿勢を見せつけた。

 しかし兄はその肩をそっと押して立ち上がった。そして、連絡兵が落とした剣を拾い、妹を脅かさんとする男のほうへ肉体を引きずるように歩き始めた。

「エミリに……エミリを傷つけることは絶対に許さない……」

 アキームは卓人の姿を見て、待っていたかのように微笑んだ。

「くくくく……その剣で私を刺し殺すかね……きみにそれができるのかね?」

「戦いに身を置いた以上、その覚悟はしなくちゃならないんだ……」

 その返答はどこかうつろで、一つ覚えの念仏のようでもあった。

 肩が爆発で弾ける。次に脇腹あたりから火を吹いた。だがいずれも小さな爆発で卓人をよろめかせる程度に過ぎなかった。次の爆発はねずみ花火の最後にも劣るほどだった。

「ぐは……ははは……見る影もないな……」

 自嘲しつつアキームはゆっくりと崩れ落ち、ひざまずいた。もはや限界だった。百戦錬磨のこの男は、あらゆる生命が迎えうる流砂についに自らも足を踏み入れてしまったことを悟っていた。もはや這い上がることなど叶うまい。

 だからこそ、死ぬ前に見たいと思った。

 この謎の少年と、その妹という少女のもつ何かを……

 この子達は何かが違う。

 もはや立つのが精一杯といった少年が自分の前に立ち、手にもった剣を振りかざす。自分を殺すことで一皮むけるならそれはそれでよいことではないか。そこには奇妙な親心のようなものさえあった。

 だが、剣はいつまでも振り下ろされることはなかった。

 見上げると、少年は構えたまま涙を流していた。

 憎しみなどない―――。

 ただ、生かしておけば危険だから殺さなくてはならない。

 自分はこの男を殺したいほど憎いと思えなかった。

 ただの敵だ。

 だけど、命を脅かすような敵は……敵は――――

 剣を振り上げた卓人に、押しとどめようもないほどの思考が怒涛のように駆け巡った。それは人を殺すのはいやだという、個人的なわがままではない。いや、おそらくそれも含まれているに違いないが、割り切れぬ何かがあふれ出して止まらない。

 そしてそれは、涙となって実体化していた。

「……そうか、残念……だったな……」

 目の前の黒焦げにうずくまった男は、最期の力を振り絞って腕を振り上げた。

 爆発の魔法?

 ニヤリと笑った。

 しかし、それが繰り出される前に、剣はアキームの心臓を貫いていた。

「ぐぁ……」

 男は倒れ、二度と動くことはなかった。その表情は満足しているようにも、悔恨しているようにも見えた。戦場でいくつも見た死者のそれと同じようでもあった。

 貫いたのはルイザだった。

 自らの戦いを否定されたような、重圧から解放されたような気分でもあった。

 卓人は振りかざした剣を何もないどこかへ下ろすしかなかった。そして目の前で人を殺してみせた哀しげな少女の姿を、信じられないほど美しいと思った。

「あなたは……汚れる必要はない……」
しおりを挟む
お気に入りに追加、感想、♡マーク是非是非よろしくお願いします。
感想 3

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~

恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん) は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。 しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!? (もしかして、私、転生してる!!?) そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!! そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

処理中です...