上 下
49 / 116

覚悟、いまだならず

しおりを挟む
 爆発の魔法を放つより速く卓人はスコップでアキームに襲いかかっていた。

 しかしアキームは即座に爆発の魔法で吹き飛ばす。十分な大爆発のエネルギーを貯め込めていなかったおかげで卓人は吹き飛ばされても、すぐに立ち上がれる程度だった。

「……きみは、本当にナナリのタクトなのかね? かなりの魔法の使い手だと聞いていたのだが、今の攻撃などタイミング以外に誉めるべきものは何もない」

 それはルイザも感じていたことだった。だが、それは言葉にして表してしまえば何かを失うような気がしていつも躊躇っていた。

「その顔も覚えている。だが、先ほどきみは魔法が使えないと言っていたし……どうも辻褄が合わんが、どういうことかね」

 ルイザはこの至近にありながら目の前の男を討てないでいる自分に歯がゆさを感じていた。

 もしかすると自分自身がこいつは自分たちの敵う相手ではないと無意識に屈服してしまっているのではないか。

 そんなことは許されない。

 しかし、身体は男の背後への攻撃を拒み続ける。

「ただのそっくりさんだとしたら、もっとも面白くないのだが」

「そ、そうよ、タクトはつまらない男よ。殺したって何の意味もないわ」

「いいや、私はきみを連れ去ると決めたのだ。殺さなければ彼が追ってきてしまう」

 どこまで本気なのか推し量ることができないがゆえに、恐怖は増幅する。

「何より、どの攻撃にも人を傷つけることに迷いを抱えている。ナナリのタクトは戦場では当然のように敵兵を殺していたのだろう。人格として一致するところがない」

 アキームは、卓人が地面に転がる火薬の入った袋を手にしようとした瞬間に、魔法で着火して爆発させた。

「ほら。これはもっとたくさんあればかなりの殺傷能力のある道具だったはずだ。なのにきみはこんなわずかな量しか準備してこなかった。本当に殺すつもりで用意したのかね?」

 ――だって、材料が足りなかったから……

 いや、かき集めればおそらく十人程度吹き飛ばす爆薬なら準備できていた。

 今このように戦わずとも、爆薬を山盛りにして、不審に思った敵が集まったところで点火すれば皆殺しにして終われていた。もっとも容赦ない選択をすればもっとも簡潔に問題解決ができたはずだ。

 なぜその選択をしなかった?

 大きな塊にするとむしろこちらにリスクがあるから? 

 爆発による落盤に巻き込まれるのを恐れたから?

 まさか、自分はここに及んでなお、覚悟ができていないのだろうか?

 敵を殺すという覚悟が――!



 谷底から吹き上げる風に軽いエミリの身体は何度も舞い上げられそうになった。

 何度も涙を拭って、目の周りは腫れ上がっていた。

 険しい道が怖いからではない。

 ――このままでは、お兄ちゃんが私の前からいなくなってしまう!

 何かがそう強く訴えかけてくる。

 ついこの前まで、兄は一年間もいなかった。

 戦争に参加したという報告を聞いてもきっと大丈夫だと安心できていた。

 なのに、今回はとてもいやな予感しかしない。

 兄は今、攻め込んできた敵と戦っているのかもしれないし、違うかもしれない。

 自分が行ったところで何になるのだろう。

 むしろ足手まといになるかもしれない。

 兄の同僚らしき美人の兵士には留まるように言われた。

 きっとそれが正しい。

 なのに、行かずにはおれなかった。

 ――兄が向かった鉱山へ。

 エミリは泣きながらも、その歩は決して挫けることはなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

処理中です...