理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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悪い人

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 目覚めたエミリはすでに部屋は陽光で明るくなっていることに驚いた。いつもならもっと早くに起きて朝食の準備をしているはずなのに。

 昨晩はあれだけの騒動があったのだから子供たちの精神状態が気がかりで一緒にいることにした。

「ベッドの中の藁を床に広げて、今日は布団をくっつけてみんなで寝よっか」

 お祭りがなくなった代わりのパーティーでもやるみたいで子供たちは喜んだ。兄もナタリアもそうした。安心できたからか疲れたからなのかはわからないが、案外子供たちはすぐに眠ってしまった。

 逆にエミリは考え込んでしまって眠れなかった。

 あまりにもいろいろなことがありすぎた。

 殺されそうになったこと、殺しそうになったこと。

 集落の人々が皆殺しにされ、祭りも中止になったこと。

 そして、その犯人である女をナタリアが助けたこと――。

 兄のおかげで一命をとりとめた殺人鬼はふらつきながら出ていった。その後下山の途中で倒れたのを見つけたナタリアが孤児院に連れ帰った。武器などは身ぐるみをはがして調べ上げすべて没収したが、その後は風呂も食事も与えた。現在は鍵のかかる地下倉庫に拘束しているものの、許されざるべき女に対して信じられないほど寛容で、裏切られたような気分だった。

「大事なのはそこじゃないよ」

 軍と連絡を取ったから朝には引き取りにくる、この女にはすべてを話してもらわないといけないから生かしておく必要がある、というナタリアの言を理解することはできたが、感情的にはとても受け入れることはできなかった。

 でも、自分が無茶苦茶なことを考えているのも事実だ。

 自分が女を殺してしまったと思ったときには、生きていてほしいと願った。

 ところが、生きているとわかった途端に、死を与えてほしいと願った。

 ――自分が汚れるのが嫌だから、誰かがやってくれることを期待している。

 随分と都合のいい話だ。

 そう考えると、エミリは自分がすごく悪い人間のように思えた。

 子供たちを起こさないようじっとしていないといけないが、怒りと自己嫌悪は爆発しそうな衝動を与えてくる。それでもいつの間にか眠ってしまい、気づけば昼前だった。

 子供たちのうち何人かはすでに目を覚ましていたが、エミリかナタリアに寄り添って誰も布団から出ようとはしなかった。睡眠によって記憶が整理されたことで、事件の恐怖は起こった直後よりも大きくなっているかもしれない。

 そんな理屈などエミリは知らないが、その観察力で察することはできた。エミリは子供の頭を撫でて笑ってやると、子供もぎこちなく笑みを返してくれた。

 日が少し高くなってから軍関係者が女を連行しにやってきた。女はやはり無表情だったが昨日とは違うと思った。このときはなぜかあの人殺しが可哀想だと思った。

 代表者の話によれば、夕方には子供たちを保護するための車を寄こすので待っておいてほしいとのことで、警護の兵を五名ほど残して去っていった。女が連れて行かれたというのがひとつの区切りとなったのだろう。子供たちも明るさを取り戻していった。これによってエミリも気がかりだったことに気を回すだけの心の余裕が出てきた。


 ――兄はどこへ行ったのだろう?


「タクトは出て行ったよ」

「え?」

「夜明け前にね。何やらあれこれと荷物ももって行ったみたいだが、あたしも動けなかったからね。何をもって行ったのかはわからないけど」

 ナタリアの答えはいつも以上にエミリの心を強く抉った。昨日の件でもっともひどい目に遭ったのはエミリだ。そんなときは誰かに縋りたくもなるだろうに、一番頼りにしている兄がここにいないのは足元が崩れるような思いだった。

 いや、それだけではない。

「お兄ちゃん、お兄ちゃん……!」

 崩れた足元からいやな何かが絡まるように上ってくるような感じがした。

 震えが止まらない。

 うずくまりそうになった自分を何とか堪え、離れへ走った。

 階段を駆け上がって兄妹の寝室を見ると、奥の収納棚から以前兄が着ていた毛皮の上着がなくなっていた。

「なんで……山へ?」

 つまりここより寒い場所。この山の先にあるものといえばスズ鉱山だけだ。道はもろく険しく、川が穏やかになってから舟で行かなければならないようなところだ。だが、わざわざこの時季に毛皮の服をもっていくとするならあそこぐらいしかない。

 エミリのいやな予感はますます強まった。

 外では、別の軍人がちょうど訪れたところだった。

 ――あれは。

 レヴァンニだ。それとびっくりするほど美人の女性と、壮年の兵士二名。

「やあ、エミリちゃん。タクトは?」

「今はいないの。出かけちゃって」

「へえ、どこ行ったかわかる?」

 不安に駆られる自分に対してレヴァンニの口ぶりはのんきなものだった。

「きっと、お兄ちゃんは……山に……」

 レヴァンニは連れの美人と顔を見合わせた。

「独りで行ったのか?」

「敵が……きてるかもしれないのに?」

「敵?」

「いいえ、あなたは気にしなくていいわ。ここで待っていて。お兄ちゃんと様子を見てきたら、すぐ戻るから」

 美人の顔に鋭さが加わった。

 エミリは自分の予感が確信に近いことを察した。
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