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殺人鬼として
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人の気配に細心の注意を払いながら、さらに山を登っていく。ひとつ森を抜けると、その先は森林限界だった。広大なツンドラに春の暖かさで美しい花々を咲かせていた。木の柵の向こうにはブタやヤギなどがおり、人の手による飼育をうかがわせた。
さらに進むと木造の建築が見える。幼い子供たちの姿が遠目にも確認できた。
可哀想だが、この子たちにも死んでもらわなければならない。
「こんにちは、この辺りはきれいな花が咲くのね」
確実に遂行するには、初動は穏やかに信頼関係を築き、対象の場所の全容を把握することが重要である。
「いい季節にいらっしゃいましたね。今は花の咲きごろです。これはオニゲシで、こっちはリンドウです。えっと、それからこれは……」
十歳くらいの金髪の三つ編みの女の子は、年齢に見合わず随分と大人びた口ぶりで話す。自分も大人になりたくて背伸びしていた時期を思い出した。
「ピロスムね」
「ああ、そうです。そうです」
ソフィアが植物学者だというのは嘘ではない。ただし、バルツの出身である。
ドマニス、バルツ両軍に多大な被害を出した第四回目の侵攻の際、激戦の混乱に乗じてもぐりこんだ。その後は、警戒されないよう共通言語を用いるフラミア出身であると偽りながら諜報活動を続けていた。
「ここには白衣を着た女性はいらっしゃるかしら」
それとなく取り逃がした獲物の居場所を探る。
「あら、ナタリア先生なら朝早くに森に出かけたのです。お祭りの供え物を採りに行って、今日はもう戻らないのです。私たちもお昼を過ぎたらお祭りに行くのです」
なるほど。だとするとあの女と入れ違いになったようだ。この子たちが何も知らないということは、あの女も気づいてないはずだ。
ソフィアは選択を迫られた。
白衣の女を探すか、それともまずはここの子供たちを始末するか。
もし、女が今あの集落に着いたなら、すぐに下の集落に連絡してしまうだろう。しかし探すのに手間取れば、この子供たちも昼には集落へ下りる。連絡能力のある子供も何人かいるようだし、今確実にこちらを片づけてしまえば不確定要素はあの女ただ一人になる。
ならばこちらを先に始末すべきだ。
しかもできるだけ速やかに。
「うおー! でかい」
「ボインボインだ!」
もう少し幼い男の子二人組が「こんにちは!」と声をかけてきたと思うと、いきなり胸とお尻に抱きついてきた。
「こら、ゲオルギ、ショータ!」
三つ編みの女の子が叱り飛ばすが、いたずら小僧たちは笑いながら軽やかに逃げ去ってしまった。子供はうるさいから嫌いだ。だから、子供を殺すのも大人を殺すのも、良心の呵責として大差はない。
「大変失礼なことをしましたです。不躾で申し訳ないです」
「うふふふ。じゃあ、私も不躾だけど、お水をもらっていいかしら」
「あら、でしたらこちらへくるといいのです」
建物に案内される途中、十五歳くらいの女の子がきれいな舞を踊り、それを幼い子供たちが十人ほど楽しそうに見物していた。
「エミリちゃんは今日のお祭りの主役なのです」
「あら、タマラ。お客さん?」
長い黒髪の少女は踊りをやめて話しかけた。
「あの、この地域の……お花を見にきたの」
ソフィアは頼まれたわけでもないのに自ら答えた。しかも、なぜか弁解するかのように慌ててしまっていた。
「この辺りは珍しい花が咲くでしょう。とってもきれいなんですよ」
黒髪の少女は透き通るような笑顔だった。
「ここで暮らしているのは、さっきの子たちで全員なのかな?」
「はい。ナタリア先生がいませんが、今はこれで全員なのです」
ということは全部で十五人。そのうち十一人は五歳ほどで生活能力すらない。この少女と先ほどの黒髪の少女、あとは腕白盛りといった二人の男の子に連絡の能力があるだろう。まずはこの四人を確実に始末すれば、その後はどうとでもなる。それから白衣の女を探し出せばすべては終わる。
ソフィアは一呼吸おいて自分のすべきことを確認した。
金髪の三つ編みの少女は屋内に招き入れると、甕の中の水を汲むべく背を向けた。
その後ろ姿は妙に切なく思えた。
ここの子供たちはあまりに純真無垢だ。
それを手にかけようとしている自分に、今更ながら罪悪感がこみ上げてくる。
――なぜ?
しかし、自分がやらなければ大切なものは守れない。すでに汚れてしまった自分に罪悪感など意味をなさない。いつものように気取られることなく少女の背後に立ち、そっとナイフを抜いた。
バルツはドマニスに比べると魔法後進国であると言える。魔法は軍事に偏っていて一般生活で使う人はほとんどいない。ソフィアも魔法は覚えなかった。
大学では薬草および毒草を主に各地を歩き回っていた。過去の論文を読んで様々な毒の調合の知識も得ていた。
その経験を買われてこの任務をたまわった。
その研究はあくまでも知的好奇心を満たすためのものであり、実用刷る記などさらさらなかった。それでも家族の命を人質に取られれば従わざるを得ない。可哀想だという気持ち握りつぶすことにはもう慣れた。
以前は植物たちと会話ができるとさえ思っていたのに、今その声は聞こえない。
そして、不意に思い出した。
今朝殺した男がつくっていた純白の衣装を。
美しいと思った。
比喩とかでなく、心が洗われるような思いだった。
なぜ、今になってそんなことを思い出しているのだろうか?
――なぜ?
そのとき、すさまじい勢いの矢が目の前の空気を貫き、壁に突き刺さった。
「あなた、何をしているの!」
扉の前には弓を構えた黒髪の少女が立っていた。
さらに進むと木造の建築が見える。幼い子供たちの姿が遠目にも確認できた。
可哀想だが、この子たちにも死んでもらわなければならない。
「こんにちは、この辺りはきれいな花が咲くのね」
確実に遂行するには、初動は穏やかに信頼関係を築き、対象の場所の全容を把握することが重要である。
「いい季節にいらっしゃいましたね。今は花の咲きごろです。これはオニゲシで、こっちはリンドウです。えっと、それからこれは……」
十歳くらいの金髪の三つ編みの女の子は、年齢に見合わず随分と大人びた口ぶりで話す。自分も大人になりたくて背伸びしていた時期を思い出した。
「ピロスムね」
「ああ、そうです。そうです」
ソフィアが植物学者だというのは嘘ではない。ただし、バルツの出身である。
ドマニス、バルツ両軍に多大な被害を出した第四回目の侵攻の際、激戦の混乱に乗じてもぐりこんだ。その後は、警戒されないよう共通言語を用いるフラミア出身であると偽りながら諜報活動を続けていた。
「ここには白衣を着た女性はいらっしゃるかしら」
それとなく取り逃がした獲物の居場所を探る。
「あら、ナタリア先生なら朝早くに森に出かけたのです。お祭りの供え物を採りに行って、今日はもう戻らないのです。私たちもお昼を過ぎたらお祭りに行くのです」
なるほど。だとするとあの女と入れ違いになったようだ。この子たちが何も知らないということは、あの女も気づいてないはずだ。
ソフィアは選択を迫られた。
白衣の女を探すか、それともまずはここの子供たちを始末するか。
もし、女が今あの集落に着いたなら、すぐに下の集落に連絡してしまうだろう。しかし探すのに手間取れば、この子供たちも昼には集落へ下りる。連絡能力のある子供も何人かいるようだし、今確実にこちらを片づけてしまえば不確定要素はあの女ただ一人になる。
ならばこちらを先に始末すべきだ。
しかもできるだけ速やかに。
「うおー! でかい」
「ボインボインだ!」
もう少し幼い男の子二人組が「こんにちは!」と声をかけてきたと思うと、いきなり胸とお尻に抱きついてきた。
「こら、ゲオルギ、ショータ!」
三つ編みの女の子が叱り飛ばすが、いたずら小僧たちは笑いながら軽やかに逃げ去ってしまった。子供はうるさいから嫌いだ。だから、子供を殺すのも大人を殺すのも、良心の呵責として大差はない。
「大変失礼なことをしましたです。不躾で申し訳ないです」
「うふふふ。じゃあ、私も不躾だけど、お水をもらっていいかしら」
「あら、でしたらこちらへくるといいのです」
建物に案内される途中、十五歳くらいの女の子がきれいな舞を踊り、それを幼い子供たちが十人ほど楽しそうに見物していた。
「エミリちゃんは今日のお祭りの主役なのです」
「あら、タマラ。お客さん?」
長い黒髪の少女は踊りをやめて話しかけた。
「あの、この地域の……お花を見にきたの」
ソフィアは頼まれたわけでもないのに自ら答えた。しかも、なぜか弁解するかのように慌ててしまっていた。
「この辺りは珍しい花が咲くでしょう。とってもきれいなんですよ」
黒髪の少女は透き通るような笑顔だった。
「ここで暮らしているのは、さっきの子たちで全員なのかな?」
「はい。ナタリア先生がいませんが、今はこれで全員なのです」
ということは全部で十五人。そのうち十一人は五歳ほどで生活能力すらない。この少女と先ほどの黒髪の少女、あとは腕白盛りといった二人の男の子に連絡の能力があるだろう。まずはこの四人を確実に始末すれば、その後はどうとでもなる。それから白衣の女を探し出せばすべては終わる。
ソフィアは一呼吸おいて自分のすべきことを確認した。
金髪の三つ編みの少女は屋内に招き入れると、甕の中の水を汲むべく背を向けた。
その後ろ姿は妙に切なく思えた。
ここの子供たちはあまりに純真無垢だ。
それを手にかけようとしている自分に、今更ながら罪悪感がこみ上げてくる。
――なぜ?
しかし、自分がやらなければ大切なものは守れない。すでに汚れてしまった自分に罪悪感など意味をなさない。いつものように気取られることなく少女の背後に立ち、そっとナイフを抜いた。
バルツはドマニスに比べると魔法後進国であると言える。魔法は軍事に偏っていて一般生活で使う人はほとんどいない。ソフィアも魔法は覚えなかった。
大学では薬草および毒草を主に各地を歩き回っていた。過去の論文を読んで様々な毒の調合の知識も得ていた。
その経験を買われてこの任務をたまわった。
その研究はあくまでも知的好奇心を満たすためのものであり、実用刷る記などさらさらなかった。それでも家族の命を人質に取られれば従わざるを得ない。可哀想だという気持ち握りつぶすことにはもう慣れた。
以前は植物たちと会話ができるとさえ思っていたのに、今その声は聞こえない。
そして、不意に思い出した。
今朝殺した男がつくっていた純白の衣装を。
美しいと思った。
比喩とかでなく、心が洗われるような思いだった。
なぜ、今になってそんなことを思い出しているのだろうか?
――なぜ?
そのとき、すさまじい勢いの矢が目の前の空気を貫き、壁に突き刺さった。
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