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惨劇

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 時間は少し戻る。

 卓人が夜中歩き回って疲れ果てて野原で眠ったころ、ヨシフは作業場で目覚めた。

 外の賑わいなど気にすることもなく、ヨシフは舞子の衣装の仕立てに情熱を注いでいた。布の繊維の目をしっかりと見て針を通す。少しでも布を傷つければ、そのほころびからほつれてしまうかもしれない。そんなものを神に捧げるわけにはいかない。

 窓から差し込む明かりにほのかに照らされた渾身の作は、自画自賛と言われるかもしれないが、神が下りてくるんじゃないかと錯覚するほどに美しく仕上がった。ここ数日、ほとんど眠らずにやりきった甲斐があるというものだ。

 実際のところ、ここまでこだわる必要はなかったかもしれない。だが、エミリがこれを着て舞うことを考えると、可能な限り美しさを引き出せるものにしたくて、眠っている場合ではなかった。まだ頭は寝ぼけた感があるが、自分の仕事に満足できるまでやれたことにヨシフは嬉しく思った。この経験は今後の仕事でもきっと生かされるだろう。

 今日は祭りの本番だ。

「今夜、この衣装を着てエミリが踊るんだ……そしたら、その後……」

 ヨシフは一生のうちのすべての勇気を振り絞って伝えることがあった。その顔は浮かれるというよりは、責任ある男として覚悟を決めていた。

「さすがに祭りの朝までは酒盛りはしないか」

 今朝は随分と静かだ。昼からは神輿を担いだり、腕相撲大会やら子供向けの出し物があったりと何かと忙しい。今日一日のことを考え、ヨシフはすがすがしい気持ちで外へ出た。

 だらしなく多くの者が酔っぱらったまま外で寝ている。

「やれやれ、祭りとなると相変わらずだな。夜はまだ冷え込むし、凍え死んだらどうするんだ、ってね」

 それは毎年の光景だと言えたかもしれない。

 ……ただ、何かが違った。

 汚らしいいびきが聞こえなかった。

 みっともなく腹をかいて寝る者もいなかった。

 だらしない彼らを、起こす女や子供たちもいなかった。

 異常なほど、静かだった。

 そして、ヨシフは目を疑った。

 皆が皆、吐瀉物をこぼし苦しみもがいたような顔で動かなくなっていた。

 彼らは絶命していたのだ。

「ごめんなさいね。この毒はかなり時間が経ってから効くから、どうしても苦しみながら死ぬことになってしまうの。そうしないとすぐにばれちゃうから、一度で全員を殺すことができないでしょ」

 見知らぬ髪の短い女が無表情に立っていた。その向こうでは、ヨシフの両親も兄弟も皆同じように死んでいた。何人かは首を掻き切られているようにも見える。

「今、夕べの料理を食べなかった人をすべて殺して回っているところ」

 お人好しで平和主義者のヨシフがこの状況を理解できないのは無理からぬことだった。ナイフを持った女がゆっくりと歩み寄ってきても、逃げることも戦うことも考えられなかった。ただうろたえるだけだった。

「ごめんなさいね」

 目の前に迫った女に何をするでもなく、そのまま喉を斬られた。

 ヨシフは消えゆく意識の中で、家の扉の鍵をかけていた。

『これだけは……守らなければならない……!』

 この集落の住民は、すべて死んだ。


 鮮血の滴るナイフを拭うその女は、ソフィアだった。

 今、絶命した男が鍵をかけたのはとても奇妙な行動に思えた。

 あと一人、白衣だけを着た変な女だけは殺せていない。彼女を匿ったということだろうか。

 死体をどかして鍵を破壊する。開けた中には誰もいなかった。ただ、一着のドレスのような衣装が掛けてあるだけだった。この男が祭りのために一生懸命つくったものなのだろうか。祭りに相応しい、神聖さを覚える純白の衣装だった。

 ソフィアは窓からの朝日に映える衣装を、なぜかずっと眺めていた。

 彼女の使命は山頂付近の比較的大きな集落の住民をすべて排除し、いずれ山脈を渡ってくる大軍隊の駐留拠点を確保することにあった。

 万一にもこの大量殺戮が周辺に知れ渡れば、計画は水泡に帰してしまうだろう。川沿いに点在する集落はそこだけで生活が完結してしまうように発達した性質上、原則的に他の集落との交流が少ないことは確認している。とくに行事があるときは、よそ者は極力顔を出さないことが礼儀となっている。

 だから祭りがある日を狙った。

 不安要素を一つひとつ消してゆくことで、冷静を保つよう心掛ける。殺し損ねた白衣の女はこの上にある孤児院からきていたはずだ。

 そしてその孤児院に住む者もやはり片づけなければならない。
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