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魔法を使った戦争
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風は凪いでいる。なのに敵の帆船は徐々に加速しているように見える。陽の落ちたこれからの時間帯はむしろ陸風のほうが吹くはずで、あり得ない。卓人は遠近感を錯覚したと思ったが、確かに加速している。
『そうか、風の魔法か!』
例えば、何十人もの魔法使いが風を起こせば、このような大きな帆船でも加速することができるはずだ。近づいてくるのは七隻のうち二隻。その加速は尋常ではなかった。みるみる海岸線に迫ってくると、そのままの勢いで上陸しようとしてきた。
これは揚陸船だ。
「その対策なら講じてきたわ!」
そう叫ぶと、最前線の支援部隊の髭の指揮官が命令した。卓人の目には何をしているかわからなかったが、風の魔法を繰り出しているらしい。
敵船の一隻の船首が不規則に暴れ出した。そして上陸しようかというその直前、船首はそのまま持ち上がり大きく天へ向かってその方向を変えたかと思うと、全長十五メートルほどの船がそのままひっくり返ってしまった。
卓人は理解した。
風の魔法で高速で突っ込んでくる船に対し、ドマニス軍はその船底に向けて同じくらいの風の魔法を仕掛けたのである。揚陸船であるがゆえに船底は平らである。船底に風の魔法で多量の空気塊が入り込んだせいで浮き上がってしまったのだ。魔法使いたちによる局所的な空気圧の操作と船速によってこれだけ大きな船でも転覆してしまった。
卓人は魔法による戦争のやり方に驚いた。
その効果は絶大で、無様に腹を見せる船からは何人もの敵兵が必死になって泳ぎ出てきているが、すでに動かなくなって海に浮いている敵兵も何十人といた。
だが、もう一隻はうまくひっくり返せなかったようだ。ものすごい速度で浜に突っ込むと、つんざくような軋む音を響かせて上陸し、丸太のバリケードを蹴散らしていった。
バルツ兵は船の勢いそのままに奇声を上げて突撃したかったはずだが、すぐさま彼らの前に擁壁が立ちふさがる。
火の魔法で燃やしても簡単には焼け落ちず、足止めを食らう。そこへドマニス軍の矢と火の魔法が降り注ぐ。数人掛かりでタックルをかけ、高く積まれた擁壁を倒しにかかってきたが、高さよりも厚みが大きく、壊すことは不可能だった。その上から配備していた兵士たちが容赦のない攻撃を放ち、死体の絨毯ができる。ここを担当した兵はある程度のところで、敵が入り込んでしまう前に撤退する。引き際を間違えた部隊は擁壁の間を抜けた敵兵に取り囲まれることになる。
擁壁の効果は覿面であったが完全ではない。
次々とバルツ兵がその間を通って攻め込んでくる。もちろんそこは矢や魔法に狙われている。次々と敵兵は倒れていったが、それを乗り越えて新しい敵がわいてくる。
こうなると、続いて上陸を仕掛けようとする敵船にまで手が回らなくなる。ほんの数分の時差をつけて上陸を試みた二隻は次々と浜に乗り上げることに成功した。
火の魔法をこれでもかとくらわせて船を炎上させても、完全な阻止とはならない。
擁壁を抜け始めたと見るや敵船後衛の三隻から投石機を使って、なんと兵士を投げつけてきた。
およそ二〇〇メートル遠方からの人間の投擲である。敵兵は卓人たちの頭上を越え、戦列中央まで次々と飛んでいった。この速度で着地して生きていられるのは偶然以外にありえない。しかし彼らは体術によって空中で姿勢を整えると、何かクッションでもあったかのごとく減速してあっさりと着地してみせた。
おそらくは風の魔法だ。
これは前代未聞の戦術であり、驚くドマニス軍を確認するや飛び込んだ敵兵はさらに次の魔法で周囲のドマニス軍を吹き飛ばした。密集体系であるがゆえに、一人が倒れるとドミノ倒し的に何人もが巻き込まれる。この攻撃は効果的で、ドマニス軍は大いに混乱した。
中央の戦列が乱されたことにより、後方部隊が前線を支援することが難しくなった。
「ニコライ、後ろが!」
「あっちはあっちでどうにかするはずだ! 戦列を乱すな!」
この隙をついてバルツ軍は擁壁と塹壕をかいくぐって突撃してくる。ドマニスの最前線の兵と魔法使いは歩兵部隊と入れ替わるように撤退する。
薄暮の時間、すでに塹壕の認識は難しくなり、何人もの敵兵は塹壕に落ちていった。そしてそこには容赦ない巨大な火球や雷撃が撃ち込まれる。風の魔法を受けてバランスを崩した者も同じ運命をたどる。爆発的なエネルギーによって丸焦げに焼けただれた肉体は、いずれその生命機能を停止することになる。
これが魔法を使った戦いだった。
ドマニス軍の防御策のあらゆるものは効果を発揮していた。それは残酷なショーでもあったが、バルツ軍の進撃はそれをかき消すほどの狂気を帯びていた。敵軍はその兵力を確かに削られていたが、確実にドマニス軍本体へと迫っていた。
卓人の部隊は最前線でありながら、これだけ敵兵が迫ってきてもまだ動く指示がなかった。卓人はこのまま戦わずに終わればいいと思って、隊長のニコライの顔を見た。
しかし、彼の目は見定めていた。
完全なる勝利の機会を。
擁壁や塹壕をくぐり抜けた敵兵は戦列が細長くなって、集団としての攻撃力も防御力もほとんど失っていた。それでも突撃してこざるを得ない。進まなければ魔法や矢の格好の的となるからだ。バルツ軍が何本かの縦線で突っ込んでくるのに対し、ドマニス軍が厚みのある横陣の面で受ける構図になっている。
ニコライはその敵をもっとも効果的、効率的に打ち取るために可能な限り戦列が伸びきるのを待って部隊に合図を出した。
「今だ! 突っ込むぞ!」
「よっしゃあ!」
『そうか、風の魔法か!』
例えば、何十人もの魔法使いが風を起こせば、このような大きな帆船でも加速することができるはずだ。近づいてくるのは七隻のうち二隻。その加速は尋常ではなかった。みるみる海岸線に迫ってくると、そのままの勢いで上陸しようとしてきた。
これは揚陸船だ。
「その対策なら講じてきたわ!」
そう叫ぶと、最前線の支援部隊の髭の指揮官が命令した。卓人の目には何をしているかわからなかったが、風の魔法を繰り出しているらしい。
敵船の一隻の船首が不規則に暴れ出した。そして上陸しようかというその直前、船首はそのまま持ち上がり大きく天へ向かってその方向を変えたかと思うと、全長十五メートルほどの船がそのままひっくり返ってしまった。
卓人は理解した。
風の魔法で高速で突っ込んでくる船に対し、ドマニス軍はその船底に向けて同じくらいの風の魔法を仕掛けたのである。揚陸船であるがゆえに船底は平らである。船底に風の魔法で多量の空気塊が入り込んだせいで浮き上がってしまったのだ。魔法使いたちによる局所的な空気圧の操作と船速によってこれだけ大きな船でも転覆してしまった。
卓人は魔法による戦争のやり方に驚いた。
その効果は絶大で、無様に腹を見せる船からは何人もの敵兵が必死になって泳ぎ出てきているが、すでに動かなくなって海に浮いている敵兵も何十人といた。
だが、もう一隻はうまくひっくり返せなかったようだ。ものすごい速度で浜に突っ込むと、つんざくような軋む音を響かせて上陸し、丸太のバリケードを蹴散らしていった。
バルツ兵は船の勢いそのままに奇声を上げて突撃したかったはずだが、すぐさま彼らの前に擁壁が立ちふさがる。
火の魔法で燃やしても簡単には焼け落ちず、足止めを食らう。そこへドマニス軍の矢と火の魔法が降り注ぐ。数人掛かりでタックルをかけ、高く積まれた擁壁を倒しにかかってきたが、高さよりも厚みが大きく、壊すことは不可能だった。その上から配備していた兵士たちが容赦のない攻撃を放ち、死体の絨毯ができる。ここを担当した兵はある程度のところで、敵が入り込んでしまう前に撤退する。引き際を間違えた部隊は擁壁の間を抜けた敵兵に取り囲まれることになる。
擁壁の効果は覿面であったが完全ではない。
次々とバルツ兵がその間を通って攻め込んでくる。もちろんそこは矢や魔法に狙われている。次々と敵兵は倒れていったが、それを乗り越えて新しい敵がわいてくる。
こうなると、続いて上陸を仕掛けようとする敵船にまで手が回らなくなる。ほんの数分の時差をつけて上陸を試みた二隻は次々と浜に乗り上げることに成功した。
火の魔法をこれでもかとくらわせて船を炎上させても、完全な阻止とはならない。
擁壁を抜け始めたと見るや敵船後衛の三隻から投石機を使って、なんと兵士を投げつけてきた。
およそ二〇〇メートル遠方からの人間の投擲である。敵兵は卓人たちの頭上を越え、戦列中央まで次々と飛んでいった。この速度で着地して生きていられるのは偶然以外にありえない。しかし彼らは体術によって空中で姿勢を整えると、何かクッションでもあったかのごとく減速してあっさりと着地してみせた。
おそらくは風の魔法だ。
これは前代未聞の戦術であり、驚くドマニス軍を確認するや飛び込んだ敵兵はさらに次の魔法で周囲のドマニス軍を吹き飛ばした。密集体系であるがゆえに、一人が倒れるとドミノ倒し的に何人もが巻き込まれる。この攻撃は効果的で、ドマニス軍は大いに混乱した。
中央の戦列が乱されたことにより、後方部隊が前線を支援することが難しくなった。
「ニコライ、後ろが!」
「あっちはあっちでどうにかするはずだ! 戦列を乱すな!」
この隙をついてバルツ軍は擁壁と塹壕をかいくぐって突撃してくる。ドマニスの最前線の兵と魔法使いは歩兵部隊と入れ替わるように撤退する。
薄暮の時間、すでに塹壕の認識は難しくなり、何人もの敵兵は塹壕に落ちていった。そしてそこには容赦ない巨大な火球や雷撃が撃ち込まれる。風の魔法を受けてバランスを崩した者も同じ運命をたどる。爆発的なエネルギーによって丸焦げに焼けただれた肉体は、いずれその生命機能を停止することになる。
これが魔法を使った戦いだった。
ドマニス軍の防御策のあらゆるものは効果を発揮していた。それは残酷なショーでもあったが、バルツ軍の進撃はそれをかき消すほどの狂気を帯びていた。敵軍はその兵力を確かに削られていたが、確実にドマニス軍本体へと迫っていた。
卓人の部隊は最前線でありながら、これだけ敵兵が迫ってきてもまだ動く指示がなかった。卓人はこのまま戦わずに終わればいいと思って、隊長のニコライの顔を見た。
しかし、彼の目は見定めていた。
完全なる勝利の機会を。
擁壁や塹壕をくぐり抜けた敵兵は戦列が細長くなって、集団としての攻撃力も防御力もほとんど失っていた。それでも突撃してこざるを得ない。進まなければ魔法や矢の格好の的となるからだ。バルツ軍が何本かの縦線で突っ込んでくるのに対し、ドマニス軍が厚みのある横陣の面で受ける構図になっている。
ニコライはその敵をもっとも効果的、効率的に打ち取るために可能な限り戦列が伸びきるのを待って部隊に合図を出した。
「今だ! 突っ込むぞ!」
「よっしゃあ!」
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