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舞い子の衣装
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「というわけでね、今日はエミリちゃんの採寸にきたんだ」
ヨシフは巻尺を取り出した。
「今からあの衣装つくるの?」
「神様に捧げるものだからね。毎年つくらないと」
「ううん、でも間に合わないよね」
「ああ、大まかなところはもう半年前から準備しててでき上がってるんだ。あとは細かい調整と仕上げだから」
いよいよ自分は代役なのだなと思い知らされた。
「エミリちゃんのための最高の一着をつくるからね」
ヨシフはそう言って飾らない笑顔を見せた。その言葉はエミリの心に温かく届いた。ふわりと巻尺を肩口から指先に当てる。急に二人の距離が縮まって、エミリは自分の鼻息が聞こえてしまうのがためらわれた。
「ごめんね」
ヨシフはそう断ると、首から腰まで、腰からかかとまで、胸まわり、腰まわりを手際よく測っていった。図ったサイズを紙にメモする真剣なまなざしは、彼もあの頃より大人になったんだと思わせた。
その後、いくつか話をしたあと、里長とヨシフは帰っていった。
「じゃあ、エミリ。さっそく舞の練習始めるよ」
「えー、今から?」
「そりゃそうさ。時間はないんだから」
ナタリアはそう言って、日も暮れかけた外へ連れ出した。
「何するの? 何するの?」
「エミリちゃん踊るの?」
エミリが舞を奉納することを聞きつけた子供たちも見物に集まってきた。
「エミリは精霊になるんだ。神様に大人になったことを報告するためにね」
「うわー、すごい!」
子供たちのまなざしが期待に輝く。
「練習だから、みんな見ないでいいよ」
「見たい、見たい」
「エミリちゃん、かっこいい!」
「そこは精霊なんだから、もっとなめらかに」
「こう?」
「もっともっと」
ナタリアに言われるままに動作をしてみる。自分の動きを他人の目線で見ることはできないが明らかに覚束ない。正しいのか間違っているのかわからないが子供たちにはすべての動作が興味の対象であった。好奇のまなざしを受けて急に恥ずかしくなった。
『本番じゃ、もっともっとたくさんの人が見てるんだ……』
そんな確定的未来に今更ながら気づくと、エミリは青ざめた。
だから同い年の子たちはお役目をやりたがらなかったのだ。
この段階に至ってエミリは初めて後悔したが、もはや代わってくれる人もいないだろう。
『お兄ちゃんが見ててくれたらいいのに……お祭りの日は帰ってきてくれないかなぁ』
ヨシフの母の家は代々衣類をつくってきた。紡績された糸を買い取り、それ以降の機織りから仕立てまですべてを行っている。仕立てを生業とする家はほかにも二軒あるが、祭りの舞子の衣装を担当するのは昔からヨシフの家だと決まっている。
この家に林業をしている父が婿入りし、四人の子供はすべて男子だった。その中でもっともおとなしいヨシフが母親の家業を継ぐことになった。服の仕立ては好きだし、自分にも合っていると思っているが、『お前は気が弱い』と幼いころから言われ続け、森で逞しくはたらく兄弟たちと比べると自分は劣っているように思えて仕方なかった。だから四兄弟の中で結婚していないのもヨシフだけだった。
『エミリちゃんのための最高の一着をつくるからね』
あれはヨシフとしては最大級にまで勇気をふりしぼって発した言葉だった。
『エミリちゃんなんてどうだい? あの子はいい子だしかわいいし。うちに嫁にきてくれたら、仕事は楽になるし』
三年前、エミリが家に通っていた頃は考えもしないことだった。だけど母親にそう言われてから、久しぶりの再会を果たしてみればどうだろう。ただの子供にしか見えなかった少女は成長し、女性へと変貌しつつあった。母の言葉のせいで意識しているからかもしれないが、集落の年頃の誰よりも美しいと思った。
彼女もやっぱり、強引なくらいの力強さをもった男のほうがいいのだろうか。
七つも年が違えば嫌がられはしないだろうか。
職人になると決めた自分は魔法など覚えなかったが、タクトのように魔法が使えない自分をどう思うのだろう。あの子は昔からお兄ちゃん子だったし……
いや、そんなことを悩んでいても仕方がない。
舞子の衣装の仕立ては、今回初めて任された大きな仕事である。それは母親が自分を認めてくれたという証でもある。自分はこれに誇りをもって臨まなければならない。
「まずはいい仕事をしよう」
ヨシフは作業台の上に広げられた衣装を見つめた。そして、先ほど取ったメモに目を通し、丁寧に長さを合わせ、待ち針を打った。あでやかに舞うエミリの姿を想像し、その動きを妨げることのない完璧な衣装をつくろうと思った。
『……祭りが終わったら、結婚を申し込んでみよう』
ヨシフは巻尺を取り出した。
「今からあの衣装つくるの?」
「神様に捧げるものだからね。毎年つくらないと」
「ううん、でも間に合わないよね」
「ああ、大まかなところはもう半年前から準備しててでき上がってるんだ。あとは細かい調整と仕上げだから」
いよいよ自分は代役なのだなと思い知らされた。
「エミリちゃんのための最高の一着をつくるからね」
ヨシフはそう言って飾らない笑顔を見せた。その言葉はエミリの心に温かく届いた。ふわりと巻尺を肩口から指先に当てる。急に二人の距離が縮まって、エミリは自分の鼻息が聞こえてしまうのがためらわれた。
「ごめんね」
ヨシフはそう断ると、首から腰まで、腰からかかとまで、胸まわり、腰まわりを手際よく測っていった。図ったサイズを紙にメモする真剣なまなざしは、彼もあの頃より大人になったんだと思わせた。
その後、いくつか話をしたあと、里長とヨシフは帰っていった。
「じゃあ、エミリ。さっそく舞の練習始めるよ」
「えー、今から?」
「そりゃそうさ。時間はないんだから」
ナタリアはそう言って、日も暮れかけた外へ連れ出した。
「何するの? 何するの?」
「エミリちゃん踊るの?」
エミリが舞を奉納することを聞きつけた子供たちも見物に集まってきた。
「エミリは精霊になるんだ。神様に大人になったことを報告するためにね」
「うわー、すごい!」
子供たちのまなざしが期待に輝く。
「練習だから、みんな見ないでいいよ」
「見たい、見たい」
「エミリちゃん、かっこいい!」
「そこは精霊なんだから、もっとなめらかに」
「こう?」
「もっともっと」
ナタリアに言われるままに動作をしてみる。自分の動きを他人の目線で見ることはできないが明らかに覚束ない。正しいのか間違っているのかわからないが子供たちにはすべての動作が興味の対象であった。好奇のまなざしを受けて急に恥ずかしくなった。
『本番じゃ、もっともっとたくさんの人が見てるんだ……』
そんな確定的未来に今更ながら気づくと、エミリは青ざめた。
だから同い年の子たちはお役目をやりたがらなかったのだ。
この段階に至ってエミリは初めて後悔したが、もはや代わってくれる人もいないだろう。
『お兄ちゃんが見ててくれたらいいのに……お祭りの日は帰ってきてくれないかなぁ』
ヨシフの母の家は代々衣類をつくってきた。紡績された糸を買い取り、それ以降の機織りから仕立てまですべてを行っている。仕立てを生業とする家はほかにも二軒あるが、祭りの舞子の衣装を担当するのは昔からヨシフの家だと決まっている。
この家に林業をしている父が婿入りし、四人の子供はすべて男子だった。その中でもっともおとなしいヨシフが母親の家業を継ぐことになった。服の仕立ては好きだし、自分にも合っていると思っているが、『お前は気が弱い』と幼いころから言われ続け、森で逞しくはたらく兄弟たちと比べると自分は劣っているように思えて仕方なかった。だから四兄弟の中で結婚していないのもヨシフだけだった。
『エミリちゃんのための最高の一着をつくるからね』
あれはヨシフとしては最大級にまで勇気をふりしぼって発した言葉だった。
『エミリちゃんなんてどうだい? あの子はいい子だしかわいいし。うちに嫁にきてくれたら、仕事は楽になるし』
三年前、エミリが家に通っていた頃は考えもしないことだった。だけど母親にそう言われてから、久しぶりの再会を果たしてみればどうだろう。ただの子供にしか見えなかった少女は成長し、女性へと変貌しつつあった。母の言葉のせいで意識しているからかもしれないが、集落の年頃の誰よりも美しいと思った。
彼女もやっぱり、強引なくらいの力強さをもった男のほうがいいのだろうか。
七つも年が違えば嫌がられはしないだろうか。
職人になると決めた自分は魔法など覚えなかったが、タクトのように魔法が使えない自分をどう思うのだろう。あの子は昔からお兄ちゃん子だったし……
いや、そんなことを悩んでいても仕方がない。
舞子の衣装の仕立ては、今回初めて任された大きな仕事である。それは母親が自分を認めてくれたという証でもある。自分はこれに誇りをもって臨まなければならない。
「まずはいい仕事をしよう」
ヨシフは作業台の上に広げられた衣装を見つめた。そして、先ほど取ったメモに目を通し、丁寧に長さを合わせ、待ち針を打った。あでやかに舞うエミリの姿を想像し、その動きを妨げることのない完璧な衣装をつくろうと思った。
『……祭りが終わったら、結婚を申し込んでみよう』
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