上 下
33 / 95

舞い子の衣装

しおりを挟む
「というわけでね、今日はエミリちゃんの採寸にきたんだ」

 ヨシフは巻尺を取り出した。

「今からあの衣装つくるの?」

「神様に捧げるものだからね。毎年つくらないと」

「ううん、でも間に合わないよね」

「ああ、大まかなところはもう半年前から準備しててでき上がってるんだ。あとは細かい調整と仕上げだから」

 いよいよ自分は代役なのだなと思い知らされた。

「エミリちゃんのための最高の一着をつくるからね」

 ヨシフはそう言って飾らない笑顔を見せた。その言葉はエミリの心に温かく届いた。ふわりと巻尺を肩口から指先に当てる。急に二人の距離が縮まって、エミリは自分の鼻息が聞こえてしまうのがためらわれた。

「ごめんね」

 ヨシフはそう断ると、首から腰まで、腰からかかとまで、胸まわり、腰まわりを手際よく測っていった。図ったサイズを紙にメモする真剣なまなざしは、彼もあの頃より大人になったんだと思わせた。

 その後、いくつか話をしたあと、里長とヨシフは帰っていった。

「じゃあ、エミリ。さっそく舞の練習始めるよ」

「えー、今から?」

「そりゃそうさ。時間はないんだから」

 ナタリアはそう言って、日も暮れかけた外へ連れ出した。

「何するの? 何するの?」

「エミリちゃん踊るの?」

 エミリが舞を奉納することを聞きつけた子供たちも見物に集まってきた。

「エミリは精霊になるんだ。神様に大人になったことを報告するためにね」

「うわー、すごい!」

 子供たちのまなざしが期待に輝く。

「練習だから、みんな見ないでいいよ」

「見たい、見たい」

「エミリちゃん、かっこいい!」

「そこは精霊なんだから、もっとなめらかに」

「こう?」

「もっともっと」

 ナタリアに言われるままに動作をしてみる。自分の動きを他人の目線で見ることはできないが明らかに覚束ない。正しいのか間違っているのかわからないが子供たちにはすべての動作が興味の対象であった。好奇のまなざしを受けて急に恥ずかしくなった。

『本番じゃ、もっともっとたくさんの人が見てるんだ……』

 そんな確定的未来に今更ながら気づくと、エミリは青ざめた。

 だから同い年の子たちはお役目をやりたがらなかったのだ。

 この段階に至ってエミリは初めて後悔したが、もはや代わってくれる人もいないだろう。

『お兄ちゃんが見ててくれたらいいのに……お祭りの日は帰ってきてくれないかなぁ』


 ヨシフの母の家は代々衣類をつくってきた。紡績された糸を買い取り、それ以降の機織りから仕立てまですべてを行っている。仕立てを生業とする家はほかにも二軒あるが、祭りの舞子の衣装を担当するのは昔からヨシフの家だと決まっている。

 この家に林業をしている父が婿入りし、四人の子供はすべて男子だった。その中でもっともおとなしいヨシフが母親の家業を継ぐことになった。服の仕立ては好きだし、自分にも合っていると思っているが、『お前は気が弱い』と幼いころから言われ続け、森で逞しくはたらく兄弟たちと比べると自分は劣っているように思えて仕方なかった。だから四兄弟の中で結婚していないのもヨシフだけだった。

『エミリちゃんのための最高の一着をつくるからね』

 あれはヨシフとしては最大級にまで勇気をふりしぼって発した言葉だった。

『エミリちゃんなんてどうだい? あの子はいい子だしかわいいし。うちに嫁にきてくれたら、仕事は楽になるし』

 三年前、エミリが家に通っていた頃は考えもしないことだった。だけど母親にそう言われてから、久しぶりの再会を果たしてみればどうだろう。ただの子供にしか見えなかった少女は成長し、女性へと変貌しつつあった。母の言葉のせいで意識しているからかもしれないが、集落の年頃の誰よりも美しいと思った。

 彼女もやっぱり、強引なくらいの力強さをもった男のほうがいいのだろうか。

 七つも年が違えば嫌がられはしないだろうか。

 職人になると決めた自分は魔法など覚えなかったが、タクトのように魔法が使えない自分をどう思うのだろう。あの子は昔からお兄ちゃん子だったし……

 いや、そんなことを悩んでいても仕方がない。

 舞子の衣装の仕立ては、今回初めて任された大きな仕事である。それは母親が自分を認めてくれたという証でもある。自分はこれに誇りをもって臨まなければならない。

「まずはいい仕事をしよう」

 ヨシフは作業台の上に広げられた衣装を見つめた。そして、先ほど取ったメモに目を通し、丁寧に長さを合わせ、待ち針を打った。あでやかに舞うエミリの姿を想像し、その動きを妨げることのない完璧な衣装をつくろうと思った。

『……祭りが終わったら、結婚を申し込んでみよう』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余りモノ異世界人の自由生活~勇者じゃないので勝手にやらせてもらいます~

藤森フクロウ
ファンタジー
 相良真一(サガラシンイチ)は社畜ブラックの企業戦士だった。  悪夢のような連勤を乗り越え、漸く帰れるとバスに乗り込んだらまさかの異世界転移。  そこには土下座する幼女女神がいた。 『ごめんなさあああい!!!』  最初っからギャン泣きクライマックス。  社畜が呼び出した国からサクッと逃げ出し、自由を求めて旅立ちます。  真一からシンに名前を改め、別の国に移り住みスローライフ……と思ったら馬鹿王子の世話をする羽目になったり、狩りや採取に精を出したり、馬鹿王子に暴言を吐いたり、冒険者ランクを上げたり、女神の愚痴を聞いたり、馬鹿王子を躾けたり、社会貢献したり……  そんなまったり異世界生活がはじまる――かも?    ブックマーク30000件突破ありがとうございます!!   第13回ファンタジー小説大賞にて、特別賞を頂き書籍化しております。  ♦お知らせ♦  余りモノ異世界人の自由生活、コミックス3巻が発売しました!  漫画は村松麻由先生が担当してくださっています。  よかったらお手に取っていただければ幸いです。    書籍のイラストは万冬しま先生が担当してくださっています。  7巻は6月17日に発送です。地域によって異なりますが、早ければ当日夕方、遅くても2~3日後に書店にお届けになるかと思います。  今回は夏休み帰郷編、ちょっとバトル入りです。  コミカライズの連載は毎月第二水曜に更新となります。  漫画は村松麻由先生が担当してくださいます。  ※基本予約投稿が多いです。  たまに失敗してトチ狂ったことになっています。  原稿作業中は、不規則になったり更新が遅れる可能性があります。  現在原稿作業と、私生活のいろいろで感想にはお返事しておりません。  

転生したら、ステータスの上限がなくなったので脳筋プレイしてみた

Mr.Six
ファンタジー
大学生の浅野壮太は神さまに転生してもらったが、手違いで、何も能力を与えられなかった。 転生されるまでの限られた時間の中で神さまが唯一してくれたこと、それは【ステータスの上限を無くす】というもの。 さらに、いざ転生したら、神さまもついてきてしまい神さまと一緒に魔王を倒すことに。 神さまからもらった能力と、愉快な仲間が織りなすハチャメチャバトル小説!

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

【完結】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~

くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
その攻撃、収納する――――ッ!  【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。  理由は、マジックバッグを手に入れたから。  マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。  これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。

罪なき人の成り上がり~罪人と呼ばれた一族の生き残りが世界の真実を究明するまで~

今崎セイ
ファンタジー
この世界はどのようにしてできたのか、、、 この国はどうしてできたのか、、、 この世に生きる生物はどのようにして生まれたのか、、、 神はいるのかいないのか、、、 自分は何者なのか、、、 少年ラクレスは何も知らない。 しかし、偶然か必然か、物語は彼を中心に回っていく。 歴史の全てを知ったとき、ラクレスは何を思い、どんな行動を起こすのか。 これは、ある少年の物語。 そして、それは世界中を巻き込む物語。

異世界漫遊記 〜異世界に来たので仲間と楽しく、美味しく世界を旅します〜

カイ
ファンタジー
主人公の沖 紫惠琉(おき しえる)は会社からの帰り道、不思議な店を訪れる。 その店でいくつかの品を持たされ、自宅への帰り道、異世界への穴に落ちる。 落ちた先で紫惠琉はいろいろな仲間と穏やかながらも時々刺激的な旅へと旅立つのだった。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

しにかけの転生者~しにかけた中年はしにかけた青年に転生し異世界で魔剣使いになる~

根上真気
ファンタジー
3サイト50000pv達成!自殺未遂から死にかけたところに〔謎の声〕より選択を迫られ、異世界に転生した主人公。彼は新たな人生を歩もうとするも、転生した人間は〔神の呪い〕に侵された余命いくばくもない青年だった。彼はヤケになって遊び狂い時間を浪費していく。そんなある日、彼に突然の危機が訪れる。『理不尽に殺されるか、殺してでも生き残るか、どうしますか?』再び主人公に選択が迫られる。〔魔導剣〕を手にした主人公は、残りわずかな人生で、何に向かい何を為すのか?彼に待ち受ける出会い、戦い、そして運命とは?衝撃の結末が死にかけの転生者を待ち受ける!新たなダークファンタジーが今、幕を開ける......! 【作者より】 冒頭の自殺未遂からの転生より一転、序盤は主人公の遊びまくる日々がコミカルに描かれます。 そして、突如として訪れる危機。 ここからいよいよ、主人公が剣を手に取り、バトルファンタジーへの火蓋が切って落とされます。 その後、主人公は旅に出ます。先には様々な者達との出会いと戦いが待っています。 やがて、彼の運命の歯車は、世界を巻き込む大いなる戦いへと誘われていくのですが......。 というわけで......。 新感覚の異世界ファンタジー、スタートです!

処理中です...