上 下
32 / 116

お祭り

しおりを挟む
 その頃、タクトがいなくなった孤児院は寂しさを抱えつつもいつものように皆が元気に過ごしていた。

 エミリは卓人から教わった冷却の魔法を自在に使えるようになり、頻繁に料理にこの魔法を用いた。地下の氷室でもいいのだが、思ったように冷やせるのはやはり魔法ならではだ。子供たちが好きなお菓子をいろいろ冷やしてみるとおいしくなるものがあった。ただ、甘みを感じにくくなるので高価な砂糖を多めにしなければならないのは困った問題だった。最大の発見は、卵をゆでて魔法で即座に冷やしてやると殻が簡単にむけるようになるということだった。これには子供たちも驚いて、するするとむける卵の殻が面白くて一時期は毎日のようにゆで卵を食べていた。

 兄が自分のもとを去ってもう二週間になろうとしている。その前は一年も会わない生活をしていたのだから慣れてもよさそうなものだが、それでもやはり虚しいものがある。兄のために料理をつくりたかった。兄に自分の成長を見てほしかった。

「お祭りだ!」

 この孤児院から山を下った集落には四〇軒ばかり二〇〇人ほどが暮らしており、少し汗ばむこの時季になると豊穣の女神アドギリスを祭った催しが行われる。飲んで食っての二日間を過ごし、孤児院の子供たちも呼ばれる。

 集落の里長がやってくるのがその報せとなっている。

 まだ重ね着の欠かせない気候の下、いつものように白衣一枚(正確には下着も着ているが)で過ごすナタリアの職業は巫女であり、この地域に根付く多神教宗教の祭祀一切をとり仕切っている。ちなみに、孤児院の監督も巫女としての仕事というか慈善事業の一環である。ただしナタリアの日頃の服装は巫女という職業に一切関係ない。

 里長はナタリアと祭りの打ち合わせにきたのだ。そしてもう一人若いのを連れてきていた。

「あら、ヨシフ」

「やあ。大きくなったね、エミリちゃん」

 細面の二十二歳はいかにも素朴な男だ。

「おばさんは元気?」

「あはははは、商売敵が増えちゃったから困っているよ」

 ヨシフはそう言ってエミリを指さした。

 三年ほど前、エミリはこのヨシフの母のところへ機織りと刺繍を習うために毎日通っていた。その期間は一ヶ月ほどだったが、その間にヨシフともよく話し、遊んだりした。その頃の親切だが頼りない印象と変わってはいないが、ちょっとだけ逞しくなった感じがする。

「エミリちゃんは、今年が成人だね」

「え? ……そうか」

 里長に言われるまでまるで考えたこともないような口ぶりだ。この地域では十五歳を成人として独立を促される。タクトが兵学校に行くことを決めたのも成人を迎えたからにほかならない。

「今年のお祭りはね、エミリちゃんが主役だからね」

「主役?」

「そうだよ。神様たちに成人したことを報告しなきゃならない」

 エミリは思い出した。

 星空の下、篝火に照らされて美しく舞う女性の姿を。

「え、私がやるんですか?」

「うん。同い年の子はいないわけじゃないけど、みんな結婚しちゃってるからね。お役目は未婚の女性と決まっているんだ」

 エミリは三つのことに驚いた。

 自分に舞の奉納のお鉢が回ってくるとは思っていなかったこと。

 同い年の子たちがみな結婚してしまっていること。

 そして、自分がそう言った年齢に達してしまっていること。

 ここの高地性集落では住民たちだけで生活していくだけのシステムをつくりあげてきた。それぞれの家が農業、建築業、衣料製造など役割分担をし、時として互いに協力しながら家業を代々受け継いできた。もちろん山を下って街で品物を調達することもあるが、基本的にはその地域だけで生活は完結してしまうため人生の選択肢は極めて少ない。そのことに不満もないし、まして住民すべてがそれを当たり前だと思っているため人生の決定も早い。

 だから十五歳までに結婚することはここに暮らす女子としては普通のことである。この観点でエミリはすでに適齢期であり、もっと言えばナタリアはかなり行き遅れてしまっているということになる。当のナタリアはそれを気にし
ている風ではないが。

 祭りでは、集落は色とりどりに飾り付けられ、中央広場には切り出した大きな木を塔にして神々を祭る。男子は大人も子供もレスリングや腕相撲をして競う。女子はみんなで集まって食事をつくる。家族的な雰囲気の中、みんなが楽しそうに過ごす。日が暮れたころ、篝火かがりびが灯され、塔の下に設けられた舞台で美しい衣装をまとった少女の舞いが披露される。

 エミリはその美しさには心惹かれた。

 その他の人々も声を失ってしまったかのように見入り、音楽の演奏だけが流れる。舞いが続くうちにいつの間にか、少女はどこからともなく集まってきた精霊たちと戯れているかのようにさえ見えた。

 豊穣の女神様もきっと喜んでいるに違いない、自分もあんな風に精霊たちと会話をしてみたい、きれいな衣装を着てみたいと思った。しかし孤児院で暮らす自分はお客として祭りに参加させてもらっているだけなので、決してあの舞台に立つことはできないと思っていた。

 ところがそのお役目が自分に回ってきたことに心は高鳴った。

「舞はナタリアさんがしっかり教えてくれるからね」

「任せときな」

「あはは、お祭りはいつですか?」

「一週間後だよ」

「え? それだけしか時間がないんですか」

「なに、ほかの子なら一ヶ月仕込まないといけないことでも、エミリなら一週間あればできるはずだよ。いっつも踊ってるんだから」

 なんとも無茶を言う。多分、急遽自分に白羽の矢が立ったのだろう。ということは、本来の子はせっかくこの役目が当たったというのに、結婚してその資格を失ってしまったということなのだろうか。

 ――自分なら絶対に役目をしてから結婚するんだけどな。

 しかしどんな事情であっても機会を与えられたことはとてもうれしいことだった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」

はっけよいのこっ太郎
恋愛
ギャルゲーの親友ポジションに憧れて奮闘するラブコメ小説!! それでもきっと、”恋の魔法”はある!! そう、これは、俺が”粋な親友”になる物語。 【あらすじ】 主人公、新川優希《しんかわゆうき》は裏原高等学校に通う高校2年生である。 特に趣味もなく、いわるゆ普通の高校生だ。 中学時代にとあるギャルゲーにハマりそこからギャルゲーによく出てくる時に優しく、時に厳しいバカだけどつい一緒にいたくなるような親友キャラクターに憧れて、親友の今井翼《いまいつばさ》にフラグを作ったりして、ギャルゲーの親友ポジションになろうと奮闘するのである。 しかし、彼には中学時代にトラウマを抱えておりそのトラウマから日々逃げる生活を送っていた。 そんな彼の前に学園のマドンナの朝比奈風夏《あさひなふうか》、過去の自分に重なる経験をして生きてきた後輩の早乙女萌《さおとめもえ》、トラウマの原因で大人気読モの有栖桃花《ありすももか》など色々な人に出会うことで彼は確実に前に進み続けるのだ! 優希は親友ポジになれるのか! 優希はトラウマを克服できるのか! 人生に正解はない。 それでも確実に歩いていけるように。 異世界もギルドなければエルフ、冒険者、スライムにドラゴンも居ない! そんなドタバタ青春ラブコメ!! 「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」開幕‼️‼️

【3部完結】ダンジョンアポカリプス!~ルールが書き変った現代世界を僕のガチャスキルで最強パーティーギルド無双する~

すちて
ファンタジー
謎のダンジョン、真実クエスト、カウントダウン、これは、夢であるが、ただの夢ではない。――それは世界のルールが書き変わる、最初のダンジョン。  無自覚ド善人高校生、真瀬敬命が眠りにつくと、気がつけばそこはダンジョンだった。得たスキルは『ガチャ』! クラスメイトの穏やか美少女、有坂琴音と何故か共にいた見知らぬ男性2人とパーティーを組み、悪意の見え隠れする不穏な謎のダンジョンをガチャスキルを使って善人パーティーで無双攻略をしていくが…… 1部夢現《ムゲン》ダンジョン編、2部アポカリプスサウンド編、完結済。現代ダンジョンによるアポカリプスが本格的に始まるのは2部からになります。毎日12時頃更新中。楽しんで頂ければ幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】マギアアームド・ファンタジア

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
ハイファンタジーの広大な世界を、魔法装具『マギアアームド』で自由自在に駆け巡る、世界的アクションVRゲーム『マギアアームド・ファンタジア』。  高校に入学し、ゲーム解禁を許された織原徹矢は、中学時代からの友人の水城菜々花と共に、マギアアームド・ファンタジアの世界へと冒険する。  待ち受けるは圧倒的な自然、強大なエネミー、予期せぬハーレム、そして――この世界に花咲く、小さな奇跡。  王道を以て王道を征す、近未来風VRMMOファンタジー、ここに開幕!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...