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魔法と生命と散逸構造の関連性についての考察

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 それから数日、ベラは謎の書籍『魂の変成について』を一緒に読むのに付き合ってくれた。

 読んでいるうちに気づいたのは、『それを認めよ。認めるとは、虚ろなるやも知れぬが、虚は虚をもって実となす』というくだりは量子論における観測が与える影響について語っているのではないかと直感した。

 原子より小さい領域の研究を総じて量子論というが、代表的なものに波と粒子の性質が同時に存在するというものがある。電子が波のように広がりながら存在するというのはなかなか想像が難しいが、とりあえずそういうものだと理解するしかない。しかしその波の性質は誰かが観測することによって粒子へと収縮するのだという。実際、卓人も本で読んだだけで量子論についてはよくわかっていないところが多い。だけど「虚ろな」、すなわち実態がはっきりしていないものを「認める」、すなわち観測することで「実となす」、すなわち実体としての粒子をなすと捉えると、まさに量子論だ。


「何かわかったの?」

「うーん、こういう解釈なのかなってくらいには」

「すごーい」

 そして、観測には「それを観測しよう」という観測者の意思が伴う。魔法はそれを使おうとする者の意思がどのようにかして関わっているのは間違いない。魔法とは量子論だと解釈することができる。

『己が尾を喰らうドラコーン。
 いずれは自らを食い尽して無に帰すや、
 あるいは永劫に食み続けるや。
 魂は永劫なれ、変成しつつ、変成しつつ、魂は永劫なれ。
 魂は、他の秩序を壊してその秩序得るなり。
 その変成とは、秩序を失うこと甚だしくも、
 新たな秩序をもたらすはドラコーン。
 その口の先には異なる秩序の世界がある』

「ドラコーンってドラゴンのこと?」

「違いはしないかな。自分の尻尾を食べてる竜のことだよ。自分でつながって環っかになってるの。そんなのすごくマヌケなのに永遠の象徴として昔から崇められてるんだよ。変だよねー」

「『その口の先には異なる秩序の世界がある』って、まさか……」

「うわー、なんかガチで『召喚の魔法』っぽくない? 別の世界の人を召喚って」

 ベラは核心に迫ったと感じて卓人を見たとき、その表情に驚いた。

 まるで恐怖に凍りついたようだ。

「どうしたの?」

「え、いや、何でもない」

 この異世界にきたとき、竜に食われたと思った。

 もちろんそれは錯覚かもしれない。

 だけど、この一文が述べているのはまさにあのことではないか。

 あのときの感覚は一瞬卓人を青ざめさせたが、そのことに気づくと過去の恐怖など消えていた。竜に食われたということはいつもくわえている自らの尾を吐き出し、食らいついたということだ。常に環をなしているのに、それがほどかれる。

 そのときに召喚の魔法が完成する……?

 環とはなんだ?

 そう思うと、その前の『魂は、他の秩序を壊してその秩序得るなり。その変成とは、秩序を失うこと甚だしくも、新たな秩序をもたらすはドラコーン』の部分が気になる。


 ――これは散逸構造のことだろうか。


 卓人はいつしか左手をあごにそえていた。

 散逸構造とは持続的に気体や液体に流入したエネルギーが散逸していくときに現れる組織的な構造で、例えば海流がぶつかり合うときにできる渦潮などはその例である。その他にも油の中に微粉末を適量入れて持続的に熱すると、対流によって微粉末がハチの巣のような形を描くなどの例がある。何より、生命現象そのものがまさに散逸構造をもつと考えられているということである。生命はある秩序をもったエネルギーとして栄養分を体内に取り込み、分解して排出する。すなわち散逸している。その過程を経てエネルギーを取り込むとともに秩序だった自らの生物構造を形成している。

 すなわち、この部分は生命のことを論じているということだろうか。

 ――生命の環?

 そして、ドラコーンの環……

 確かに、食物連鎖などは生命活動の循環であり、環と見なすことが可能である。

「……ね、ねーぇ、タクト……」

 不意にベラが声をかけてきた。そして、ぐりぐりと机の上をこすった後、そっと軍服の袖をつまむ。

「私、子供五人くらいほしいかなって……」

「はい?」

 思考にふけるときの卓人は女性を魅了してしまう。そして隣にいるベラはもろにそんな彼を直視してしまっていた。

「ここは図書館です。私語は慎みなさい」

 直後、危険な空気感を察した司書官に二人はつまみ出された。
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