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過去の汚点
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「あららー、それは禁句だったわねー」
にこにことそのときの状況を分析するのはベラだった。どうやら昨夜のやり取りを見かけたらしく、昼の休み時間にその詳細を聞きにきたのだった。
「ルイザって、領主の娘だからプライド高いからね」
確かに差し出がましいことは言ったと思う。それが彼女に致死寸前の雷撃を放たせるほどのプライドを傷つけるものだったのだろうか。
「っていうかね……これも忘れちゃってるのかな」
ベラは過去にあったことを話した。
本来のタクトは一時期、兵学校の女学生をモデルに絵を描いて売ろうとしていた。服を着たままポーズをとって、それをもとに裸の絵を描くというものだった。
それはほとんどの女子にとっては気分の良いことではない上に兵学校内の風紀を乱す行為でもあったため、協力者は誰一人としていなかった。
しかし、「声をかけられるということは美人の証」と、いつしか女子の間でひとつのステータスとなっていた。ちなみにベラにも声をかけたことがあるらしい。
この兵学校で一番の美女とささやかれていたのはルイザだった。
それについては本人も自覚するところであったが、いつになってもタクトから声がかかることはなかった。しびれをきらせ、ある日彼女はそれとなく遠回しに誘ってみたのだが、このときタクトは次のように答えた。
『胸が小さいと売れねぇんだよな』
この日以来、ルイザの美しくしなやかな肉体はコンプレックスへと転じた。
「……そ、そんなひどいことを!」
「それからかな、ルイザがタクトにあんな態度をとるようになったのは」
卓人は頭を抱えずにはおれなかった。
「でもね、ルイザの名誉のために一応言っておくと、多分それだけじゃないんだな」
「というと?」
「あの子は領主の娘だから、家族とか領民の期待をすごく背負っているのよ。だから、首席でティフリスへ転属されたいと考えているわ。一年目の去年は三番手の成績で推薦されたけど断ってるの」
ティフリスとはこのドマニス王国の首都のことで、ここではそこにある幹部養成学校のことを指す。実力主義なのでそこでの教育に推薦順位など関係ないはずなのだが、学生間ではそれが顕然と表れることになる。成績上位者は威圧的な態度をとる傾向になり、発言力が増す。これは上位者のほうが優れているという錯覚からくるものと考えられるが、結局、同期の間ではその人間関係がずっと変わることなく、就役後も役職が逆転した例はほとんどなく、それが老いて退役するまで続くことさえある。
入学一年目で推薦されたのはルイザだけであり、抜群の能力を示すものだったが、このことを知っていたので断った。
「だから今年に賭けていたのに、折からの戦争でルイザより活躍した人がいるでしょ」
ベラは卓人を指さした。
「あなたがもう少し軍人として本気ならルイザもすっきりするんだろうけど」
この兵学校にはさまざまな目的をもった者が入学してくる。
出世してこの国のために人生を尽くそうとする者。
とりあえず魔法が得意だから生活費目的でそれなりに過ごす者。
もちろん、上昇志向のないものでも軍である以上一定水準の勤勉さと正義感は求められる。卓人はここにきてから実に多くの男友達に囲まれることになった。彼らのほとんどが出世というものを意識していない。
レヴァンニもそうだ。規律を守り、訓練には真面目に取り組んで軍人としてあるべき姿を見せているが、私生活では下世話な話をして喜んでいる。ということは、本来のタクトも軍人として成功したいという願望をもっていたわけではないと推測された。
出世に意義を感じるグループは決してこちら側には属そうとはせず、蔑むようなまなざしを送ってくる。機を見れば出し抜こうという姿勢が露わで、いかにも姑息な態度は卓人も好ましいとは思えなかった。
仲間たちは「あいつらはいやな奴らだ」と言う。向こうは、「税金泥棒」だの「国家への帰属意識が足りない」などと言う。
態度はどうであれ、少なくともそれで国に尽くそうと懸命になっているのだ。ところが自分たちは収入源の一つとしてしか軍を見ていないのかもしれない。どちらが正しいとも思えなかった。
卓人は複雑な気分になった。
「ベラは……なんで軍に入ったのかな……?」
「えー、なにそれ?」
「ごめん、変なこと聞いちゃった……」
自分でもなぜそんな質問をしたのかが明瞭でない。
「私はね、お父さんが死んじゃったから、幼い弟と妹を養うためのお金が必要だからかな。だから、養ってくれる人がいるならすぐにでも辞めてもいいんだけどなぁ」
彼女も今の戦争に参加している。それだけの能力がある。だけどすぐにでも辞めてもいいと思っている。その能力を生かす場を求めていないということだ。いや、誰だって戦争なんていやに決まっているだろう。
「?」
ふと気づくとベラが自分をじっと見つめていたことに気づく。だけどすぐに目をそらせてしまった。そのそぶりが彼女とは思えないほど冷たく映り、何か悪いことでもしたのかと思った。
「ルイザは頑張り屋さんだから、たまにはやさしい言葉でもかけてあげてよね」
「え……?」
昨日のやりとりから考えると、それはとても難しいことのように思えた。
にこにことそのときの状況を分析するのはベラだった。どうやら昨夜のやり取りを見かけたらしく、昼の休み時間にその詳細を聞きにきたのだった。
「ルイザって、領主の娘だからプライド高いからね」
確かに差し出がましいことは言ったと思う。それが彼女に致死寸前の雷撃を放たせるほどのプライドを傷つけるものだったのだろうか。
「っていうかね……これも忘れちゃってるのかな」
ベラは過去にあったことを話した。
本来のタクトは一時期、兵学校の女学生をモデルに絵を描いて売ろうとしていた。服を着たままポーズをとって、それをもとに裸の絵を描くというものだった。
それはほとんどの女子にとっては気分の良いことではない上に兵学校内の風紀を乱す行為でもあったため、協力者は誰一人としていなかった。
しかし、「声をかけられるということは美人の証」と、いつしか女子の間でひとつのステータスとなっていた。ちなみにベラにも声をかけたことがあるらしい。
この兵学校で一番の美女とささやかれていたのはルイザだった。
それについては本人も自覚するところであったが、いつになってもタクトから声がかかることはなかった。しびれをきらせ、ある日彼女はそれとなく遠回しに誘ってみたのだが、このときタクトは次のように答えた。
『胸が小さいと売れねぇんだよな』
この日以来、ルイザの美しくしなやかな肉体はコンプレックスへと転じた。
「……そ、そんなひどいことを!」
「それからかな、ルイザがタクトにあんな態度をとるようになったのは」
卓人は頭を抱えずにはおれなかった。
「でもね、ルイザの名誉のために一応言っておくと、多分それだけじゃないんだな」
「というと?」
「あの子は領主の娘だから、家族とか領民の期待をすごく背負っているのよ。だから、首席でティフリスへ転属されたいと考えているわ。一年目の去年は三番手の成績で推薦されたけど断ってるの」
ティフリスとはこのドマニス王国の首都のことで、ここではそこにある幹部養成学校のことを指す。実力主義なのでそこでの教育に推薦順位など関係ないはずなのだが、学生間ではそれが顕然と表れることになる。成績上位者は威圧的な態度をとる傾向になり、発言力が増す。これは上位者のほうが優れているという錯覚からくるものと考えられるが、結局、同期の間ではその人間関係がずっと変わることなく、就役後も役職が逆転した例はほとんどなく、それが老いて退役するまで続くことさえある。
入学一年目で推薦されたのはルイザだけであり、抜群の能力を示すものだったが、このことを知っていたので断った。
「だから今年に賭けていたのに、折からの戦争でルイザより活躍した人がいるでしょ」
ベラは卓人を指さした。
「あなたがもう少し軍人として本気ならルイザもすっきりするんだろうけど」
この兵学校にはさまざまな目的をもった者が入学してくる。
出世してこの国のために人生を尽くそうとする者。
とりあえず魔法が得意だから生活費目的でそれなりに過ごす者。
もちろん、上昇志向のないものでも軍である以上一定水準の勤勉さと正義感は求められる。卓人はここにきてから実に多くの男友達に囲まれることになった。彼らのほとんどが出世というものを意識していない。
レヴァンニもそうだ。規律を守り、訓練には真面目に取り組んで軍人としてあるべき姿を見せているが、私生活では下世話な話をして喜んでいる。ということは、本来のタクトも軍人として成功したいという願望をもっていたわけではないと推測された。
出世に意義を感じるグループは決してこちら側には属そうとはせず、蔑むようなまなざしを送ってくる。機を見れば出し抜こうという姿勢が露わで、いかにも姑息な態度は卓人も好ましいとは思えなかった。
仲間たちは「あいつらはいやな奴らだ」と言う。向こうは、「税金泥棒」だの「国家への帰属意識が足りない」などと言う。
態度はどうであれ、少なくともそれで国に尽くそうと懸命になっているのだ。ところが自分たちは収入源の一つとしてしか軍を見ていないのかもしれない。どちらが正しいとも思えなかった。
卓人は複雑な気分になった。
「ベラは……なんで軍に入ったのかな……?」
「えー、なにそれ?」
「ごめん、変なこと聞いちゃった……」
自分でもなぜそんな質問をしたのかが明瞭でない。
「私はね、お父さんが死んじゃったから、幼い弟と妹を養うためのお金が必要だからかな。だから、養ってくれる人がいるならすぐにでも辞めてもいいんだけどなぁ」
彼女も今の戦争に参加している。それだけの能力がある。だけどすぐにでも辞めてもいいと思っている。その能力を生かす場を求めていないということだ。いや、誰だって戦争なんていやに決まっているだろう。
「?」
ふと気づくとベラが自分をじっと見つめていたことに気づく。だけどすぐに目をそらせてしまった。そのそぶりが彼女とは思えないほど冷たく映り、何か悪いことでもしたのかと思った。
「ルイザは頑張り屋さんだから、たまにはやさしい言葉でもかけてあげてよね」
「え……?」
昨日のやりとりから考えると、それはとても難しいことのように思えた。
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