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高速回転のための考察
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徹底的にしごかれた後は、鉛のような我が身を引きずって寮に帰り、回復魔法をかけてもらったらすぐさま眠るのがすでに日々のルーティーンになっている。
本来ならレヴァンニをはじめとした同室の仲間と下世話な会話でもして自由な時間を過ごすのだろうが、くたくたになって帰ってきた卓人を無神経にも寝かせずにつきあわせるような友人でなかったのはありがたかった。それでなくとも兵学校の一日は座学よりも肉体的な鍛錬のほうが多い。仲間が回復魔法をかけてくれなかったら次の朝は起きることができないだろう。
そんなある夜、へとへとになりながら寮へ戻る途中で月明かりの中庭で舞う美しい影を見かけた。
くるくると身体を軸に回転しながら剣の素振りをする様は妖精と見まがうほどだ。逆光なので誰なのかわからないが、月明かりに映える長い髪としなやかなシルエットから女性であることはわかる。
剣の描く軌道は極めて理に適っており、力点が支点に無理なく作用し、水が流れるように、ときとして雪崩が押し流すかのようになめらかかつ力強い印象を与えた。
卓人は疲れ切っていることも忘れて、その華麗な剣さばきに見入っていた。しばらく見ていると、相手もこちらの存在に気づいたようで動きを止めた。その女性がおもむろに剣をこちらへ向けると、いきなりしびれるような激痛が体中に走った。
「ぐえっ?」
卓人は一瞬前後不覚に陥ったものの、即座に正気を取り戻すことができた。
「この変態。人の鍛錬をのぞいてるんじゃないわよ」
少しだけ聞き覚えのある冷たい声の主が歩み寄ってくる。すらりとした長身の美しい少女は、確かルイザといった。ボディスーツのような身体のラインがくっきりと表れる服を着ているので、確かにまじまじと見ていれば変態扱いされても仕方ない。
「ご、ごめん。失礼だったかな? きれいでつい見入ってしまった」
「へぇ、随分と殊勝なことを言うようになったものね。でも気持ち悪いからさっさとどっか行ってくれない?」
先日会ったときもそうだが、これは確実に嫌われているようだ。
「わかったよ。あ、でもその前に、さっきのビリってなったのは、きみの魔法かい?」
「残念ね。本当に記憶がなくなったんだ。私が雷撃使いだってことも覚えてないなんて」
「雷撃か……それは風の魔法に属するの?」
雷は大気の擾乱によって起こる現象なので、直感的に思った。
「当たり前でしょ。さっさと行かないともう一発くらわすわよ」
そういうとルイザは剣を突きつけてきた。その眼には殺意に近いものさえ潜んでいるが、月に銀色の髪が溶け込んでその美しさはさらに際立っていた。
無難な人づきあいをしてきた卓人の人生で、これほど露骨に嫌われた覚えはなかった。無理に仲良くしようとしても望むような結果につながらないだろうし、ごたごたする前にさっさと言われるまま帰ろうと背を向けた。
だが、それでもどうしても言わずにおれないことがあり向き直った。
「髪だ!」
「?」
卓人の勢いにルイザは驚いた。
「君の剣舞はとてもきれいだ!」
「きれい?」
「そうだ!」
思いがけない熱のこもった言葉にルイザは頬を赤らめた。
「なななな、な、何をき、ききき、急に言い出すのよ!」
「そのくるくると回る剣技は雷撃を全方向に飛ばすためのものだよね」
「だ、だ、だから何よ」
「回転速度をもっと上げられれば実戦向きなんだろう?」
「そ……それはそうかもしれないわね」
実際その通りであった。
ルイザは、敵兵を一発で確実に仕留められるだけの強力な雷撃使いであり、必要ならばそれ以上に強烈なものも放てる。何百という敵が迫ってくる実戦で、一回の雷撃をより広範囲に放つことができれば、殺傷能力は低下しても数多くの敵兵を戦闘不能にすることができるはずだ。そこで回転しながら魔法を放つことを考えたのだが、雷撃は瞬間的な攻撃であるがゆえに、回転速度が遅いと思ったような範囲に落雷させることができない。自分がイメージしたような回転ができないでルイザはイラついていたのだ。
「髪だよ! 長い髪が君の回転を妨げているんだ」
卓人の口ぶりは、ルイザの悩みをすべて理解しているかのようであった。
「いいかい。回転体は角運動量保存の法則によって回転軸からの半径が大きくなるほど回転が遅くなるんだ」
「かく、うん……?」
さっさと去れと言いながら、ルイザは卓人の勢いに呑まれていた。
「長い髪は回転による遠心力で回転軸の外向きへ流れようとするから、結果として回転を妨げている」
「髪のせいで……」
確かに、回転によって髪が絡みつくのは少し鬱陶しかった。
「その妨げがなくなれば、もっと美しくなる!」
「もっと美しく……」
「ああ!」
「そ、そ、そそそ、それって髪を切ったほうが好みってこと?」
「いや、切る必要なんてないさ。束ねて服の中に入れてもいいし、おだんごにしてまとめてしまうのもいいだろう。そうすることでもっときれいに回転できるはずだ」
「わかったわ」
さっきまでの冷酷さはなりをひそめ、嫌いなはずのタクトに従順に応えた。
簡単に髪をまとめておだんごにし、卓人に見てくれと言わんばかりに剣舞を始めた。その効果は思った以上だった。回転に対する抵抗がほとんどなく、今までのイメージをはるかに超える速さを可能にした。ずっとできなくて悩んでいたことが、たったこれだけのことでできるようになるとは思ってもみなかった。
嬉しくて雷撃さえ放ってみた。
すると、あっという間に自分を中心とした半径二〇メートルばかりの雨でぬれた芝の水滴が弾けるように散った。無数の水滴が月明かりを反射・屈折させて生まれる幻想的な光の中で舞うルイザは妖精、いや天使のようでさえあった。
その瞳は興奮気味に輝いていた。
「どうかしら?」
「素晴らしい!」
ルイザは嬉しさで卓人に抱きついてしまいたくなるほどだったのだが、理性が必死にそれを押しとどめていた。こんな感情はいつ以来だろう。
「こ、こんな簡単なことで、今まで悩んでいたことが解決できてしまうなんてね」
卓人は腕を横に伸ばして回転してみせた。
「こうやって回るよりも、腕を折りたたんだほうが回りやすい」
「そ、そうね」
「逆に回転を止めるには腕を伸ばすといい」
「その通りね」
素直なルイザは美しいだけでなくかわいらしかった。
「回転軸から飛び出しているものが小さければ小さいほど回転を速めることができる。君の体型はすらっとしているから、髪が――」
言いかけたところでルイザが踏み出て卓人の発言を遮った。
「へー」
「?」
一転して、どすの利いたルイザの声が怖かった。
「そ、そそそそ、それって、もしかして、わわわ、わ、私の胸が……胸が小さいってことを言いたいわけ?」
「え? いや、そういうわけじゃないけど……でもそうか、確かに」
ルイザの眼は、今度は殺意で輝いた。
「ぎょえー!」
眼球が飛び出さんばかりの雷撃が卓人の全身を貫いた。
「死ね!」
本来ならレヴァンニをはじめとした同室の仲間と下世話な会話でもして自由な時間を過ごすのだろうが、くたくたになって帰ってきた卓人を無神経にも寝かせずにつきあわせるような友人でなかったのはありがたかった。それでなくとも兵学校の一日は座学よりも肉体的な鍛錬のほうが多い。仲間が回復魔法をかけてくれなかったら次の朝は起きることができないだろう。
そんなある夜、へとへとになりながら寮へ戻る途中で月明かりの中庭で舞う美しい影を見かけた。
くるくると身体を軸に回転しながら剣の素振りをする様は妖精と見まがうほどだ。逆光なので誰なのかわからないが、月明かりに映える長い髪としなやかなシルエットから女性であることはわかる。
剣の描く軌道は極めて理に適っており、力点が支点に無理なく作用し、水が流れるように、ときとして雪崩が押し流すかのようになめらかかつ力強い印象を与えた。
卓人は疲れ切っていることも忘れて、その華麗な剣さばきに見入っていた。しばらく見ていると、相手もこちらの存在に気づいたようで動きを止めた。その女性がおもむろに剣をこちらへ向けると、いきなりしびれるような激痛が体中に走った。
「ぐえっ?」
卓人は一瞬前後不覚に陥ったものの、即座に正気を取り戻すことができた。
「この変態。人の鍛錬をのぞいてるんじゃないわよ」
少しだけ聞き覚えのある冷たい声の主が歩み寄ってくる。すらりとした長身の美しい少女は、確かルイザといった。ボディスーツのような身体のラインがくっきりと表れる服を着ているので、確かにまじまじと見ていれば変態扱いされても仕方ない。
「ご、ごめん。失礼だったかな? きれいでつい見入ってしまった」
「へぇ、随分と殊勝なことを言うようになったものね。でも気持ち悪いからさっさとどっか行ってくれない?」
先日会ったときもそうだが、これは確実に嫌われているようだ。
「わかったよ。あ、でもその前に、さっきのビリってなったのは、きみの魔法かい?」
「残念ね。本当に記憶がなくなったんだ。私が雷撃使いだってことも覚えてないなんて」
「雷撃か……それは風の魔法に属するの?」
雷は大気の擾乱によって起こる現象なので、直感的に思った。
「当たり前でしょ。さっさと行かないともう一発くらわすわよ」
そういうとルイザは剣を突きつけてきた。その眼には殺意に近いものさえ潜んでいるが、月に銀色の髪が溶け込んでその美しさはさらに際立っていた。
無難な人づきあいをしてきた卓人の人生で、これほど露骨に嫌われた覚えはなかった。無理に仲良くしようとしても望むような結果につながらないだろうし、ごたごたする前にさっさと言われるまま帰ろうと背を向けた。
だが、それでもどうしても言わずにおれないことがあり向き直った。
「髪だ!」
「?」
卓人の勢いにルイザは驚いた。
「君の剣舞はとてもきれいだ!」
「きれい?」
「そうだ!」
思いがけない熱のこもった言葉にルイザは頬を赤らめた。
「なななな、な、何をき、ききき、急に言い出すのよ!」
「そのくるくると回る剣技は雷撃を全方向に飛ばすためのものだよね」
「だ、だ、だから何よ」
「回転速度をもっと上げられれば実戦向きなんだろう?」
「そ……それはそうかもしれないわね」
実際その通りであった。
ルイザは、敵兵を一発で確実に仕留められるだけの強力な雷撃使いであり、必要ならばそれ以上に強烈なものも放てる。何百という敵が迫ってくる実戦で、一回の雷撃をより広範囲に放つことができれば、殺傷能力は低下しても数多くの敵兵を戦闘不能にすることができるはずだ。そこで回転しながら魔法を放つことを考えたのだが、雷撃は瞬間的な攻撃であるがゆえに、回転速度が遅いと思ったような範囲に落雷させることができない。自分がイメージしたような回転ができないでルイザはイラついていたのだ。
「髪だよ! 長い髪が君の回転を妨げているんだ」
卓人の口ぶりは、ルイザの悩みをすべて理解しているかのようであった。
「いいかい。回転体は角運動量保存の法則によって回転軸からの半径が大きくなるほど回転が遅くなるんだ」
「かく、うん……?」
さっさと去れと言いながら、ルイザは卓人の勢いに呑まれていた。
「長い髪は回転による遠心力で回転軸の外向きへ流れようとするから、結果として回転を妨げている」
「髪のせいで……」
確かに、回転によって髪が絡みつくのは少し鬱陶しかった。
「その妨げがなくなれば、もっと美しくなる!」
「もっと美しく……」
「ああ!」
「そ、そ、そそそ、それって髪を切ったほうが好みってこと?」
「いや、切る必要なんてないさ。束ねて服の中に入れてもいいし、おだんごにしてまとめてしまうのもいいだろう。そうすることでもっときれいに回転できるはずだ」
「わかったわ」
さっきまでの冷酷さはなりをひそめ、嫌いなはずのタクトに従順に応えた。
簡単に髪をまとめておだんごにし、卓人に見てくれと言わんばかりに剣舞を始めた。その効果は思った以上だった。回転に対する抵抗がほとんどなく、今までのイメージをはるかに超える速さを可能にした。ずっとできなくて悩んでいたことが、たったこれだけのことでできるようになるとは思ってもみなかった。
嬉しくて雷撃さえ放ってみた。
すると、あっという間に自分を中心とした半径二〇メートルばかりの雨でぬれた芝の水滴が弾けるように散った。無数の水滴が月明かりを反射・屈折させて生まれる幻想的な光の中で舞うルイザは妖精、いや天使のようでさえあった。
その瞳は興奮気味に輝いていた。
「どうかしら?」
「素晴らしい!」
ルイザは嬉しさで卓人に抱きついてしまいたくなるほどだったのだが、理性が必死にそれを押しとどめていた。こんな感情はいつ以来だろう。
「こ、こんな簡単なことで、今まで悩んでいたことが解決できてしまうなんてね」
卓人は腕を横に伸ばして回転してみせた。
「こうやって回るよりも、腕を折りたたんだほうが回りやすい」
「そ、そうね」
「逆に回転を止めるには腕を伸ばすといい」
「その通りね」
素直なルイザは美しいだけでなくかわいらしかった。
「回転軸から飛び出しているものが小さければ小さいほど回転を速めることができる。君の体型はすらっとしているから、髪が――」
言いかけたところでルイザが踏み出て卓人の発言を遮った。
「へー」
「?」
一転して、どすの利いたルイザの声が怖かった。
「そ、そそそそ、それって、もしかして、わわわ、わ、私の胸が……胸が小さいってことを言いたいわけ?」
「え? いや、そういうわけじゃないけど……でもそうか、確かに」
ルイザの眼は、今度は殺意で輝いた。
「ぎょえー!」
眼球が飛び出さんばかりの雷撃が卓人の全身を貫いた。
「死ね!」
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