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教官の問

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 何も答えないわけにもいかず、卓人は答えた。

「奇妙な感じがします」

「ほう、それはどのように?」

「敵国がこれだけ何度も攻めてくるのは変だと思います。攻めては全滅させられているというのは、犠牲をできるだけ少なく戦うという原則に反します。目的がわかりません」

 この原則は基本中の基本としてよく講義で聞かされたことだ。そうではない局面ももちろんありうるが、その場合は犠牲を強いてなお報われるだけの大きな目的が必要だ。

「そうだ、敵の目的が見えてこない。だがそのような行動をする、あるいはせざるを得ん状況をつくり出しているのが何か、これが分析できれば敵の目的が見えてくる」

 卓人はなんとなく察することができた。戦争状態になっているというのに首都からの援軍がくる気配がない、つまりそれは外交部を通して敵の目的の分析が伝わっていないということでもある。現場がそれでも何とかやりくりできてしまっているから放っておかれているのかもしれないが、意味不明な戦いというのはその備えをするだけでも過大な疲弊をもたらす。

「全滅する戦争を続けることに利益はあるのでしょうか? 僕がそこの兵士だとしたら、きっと逃げたくなると思います」

「では、なぜ彼らは戦おうとする?」

「うーん、例えばこっちにすごい恨みがあるとか。それか、無理やりやらされているか……魔法で催眠術でもかけられているのか」

「大量の催眠を行いたいなら、魔法よりも教育のほうが効率的だ」

「そ、そうなんですか……」

 恐ろしいことを簡単に言われると思考がついて行かない。

「しかし、無理やりに……か」

 ニコライは何やら思い当たる節があるようだった。

「それから?」

 期待されていないからこそ素直に思ったことをしゃべったが、ニコライは思いのほか深いところまで聞いてきたので戸惑った。

「えっと……敵には別の目的があるんじゃないでしょうか」

「ほう」

「例えば、ここに攻め込むことによって僕たちの軍を釘づけにし、別のところから大軍で攻め込もうと考えているかもしれません」

「なるほど。では、どこからくると思う?」

「え? いや、テキトーに思いついたことを言っただけで……」

 尻込みするタクトなど無視して、ニコライは壁に掲げられた地図を外してテーブルに置く。中心の南北をそれぞれ大きな山脈に挟まれた区域がこのドマニス王国である。ずっと東には海があり、アイアはその反対、西側の海の近くにある。そしてそこからバルツが攻めてくる。


「敵の狙いは、おそらくその通りだ。だが、どこからくるかがわからん。この国は基本的には天然の要害ともいうべき地形だ。山脈の頂上は万年雪に覆われた極寒の地だ。個人ならいざ知らず、大部隊でこれを越えて攻めてくることはまずありえない」

 初めて地図を見る卓人はバルツの位置を確認して少し驚いた。西でもかなり離れた位置にある。しかもドマニスよりも小さな国である。それがわざわざ殺されるために攻めてくるのだ。

「例えば……山脈にトンネルを掘って攻めてくるとか……いや、山の向こうはバルツじゃないから、軍を動かすことはできませんね。それにこの距離だと時間がかかりすぎるだろうな」

「いや、爆発の魔法ならできるかもしれんな」

 会話をしながらニコライは戦略的な思考を巡らせているのが伝わってくる。そうか、彼は情報を整理するために自分の意見を求めたのか。どうやら一筋縄ではいかない複雑な事情を読み解かないとこの戦争の本質にはたどり着けないようだ。敵の目的という謎を解くことによって失われなくてすむ仲間の命がある。その責任を負う立場というのはどういったものなのか、卓人には想像も及ばなかった。

「もうひとつ変に思うことがあるので聞いてもいいでしょうか」

「なんだ」

「なぜ、攻められてばかりなんでしょうか? こちらからやり返したりはしないのですか」

「それはない」

 ニコライの声には不愉快さが混じっていた。

「我々軍隊は国防のためのみに存在する。他国に赴き、侵略するかのごとき軍事行動は決して行わぬ。あさましき侵略主義国家と同じ道は歩まぬ。それは国王陛下の断固たるご決意だ。そしてそれは、兵学校に入って最初に覚えることだ。いかに記憶がないとはいえ、その発言は許しがたいな」

「す……すみません」

「二度とそのような考えをもつな」

 怒られはしたが、侵略的な行動は絶対にしないという軍の方針は正しいと思った。図らずも属することになった軍に対し、安心感をもつことができた。
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