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鬼の教官

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 宇田川卓人がこのアイア兵学校にきて一週間が過ぎようとしていた。

 ここは学校だけあって様々なことを受動的に教わることになる。その上で国家の成り立ちやこの兵学校の沿革を知ることができた。

 ここドマニス王国は、三千年以上前の神話の時代に建国された国家であるが、何度も近隣帝国主義国家による侵略と支配があり、歴史は栄光と屈辱の繰り返しである。三五〇年ほど前に何度目かの独立を勝ち取り、以降現在に至るまでは魔法軍事力を基盤とした中立国家としてその地位を保っている。国家として十万ほどの兵士を抱えているが、これは国土面積や人口に比して他国を圧倒する。常設の軍備をもつには莫大な予算が必要となるが、繊維産業を主軸とした経済力でその維持を支えている。兵力の育成にも力を入れており、国内七つの兵学校では年間合計千名の屈強な兵士を生み出している。

 このアイア兵学校もその一つで、豪奢な建築は熱心な愛国者である地元領主アフレディアニ伯爵の寄付によってなされたものである。十五歳で試験に合格できるだけの魔法及び運動能力をもつ一四〇名の者が入学を許され、以降は四年をかけて厳しい訓練と基本的生活が叩き込まれるが、教わる身でありながら給料をもらうことができる。

 成績の優秀な者は学年に関係なく首都の幹部学校に転属になる。そのような予科生は年に五人ほど推薦によって決定されるが、さらにその中で将来幹部になる者は一人いるかどうかという厳しい競争である。

 他にもいくつか能力に応じた配属があるが、ほとんどの者はその流れには乗れず四年間の訓練を終えたら十年間の兵役義務を各地で過ごす。ここで一定上の昇進をしていれば軍役を続けられるが、そうでない場合はその後の保証はない。必ずしも安定した職業というわけではないが、三十歳までは食えるからという理由で目的意識もなく入学する者も決して少なくはない。そして、そのような態度は必ずしも否定はされない。著しい不適応がない限りその籍は抹消されたりしない。これは軍が貧困層の生活保障を担っているという側面をもつからである。

 さて、魔法が使えず文字もあまり読めない卓人は、著しい不適応に該当する可能性があった。

 それでも卓人は追い出されないよう必死になって励んでいた。講義で習ったことは何度も納得のいくまで反復することで自分の肉体の一部にしていった。歴史や戦略論については教官の評価はまずまずだが、魔法については実感がないせいか理論が全くなじんでこない。

 それでも熱心に励む姿を教官たちは肯定的に受け止めていた。


 灰色と白色がまだらになった空からこぼれた水滴は地面と空気を潤していた。

 高地にある孤児院と違いここはすでに初夏の気配で、梅雨の時季かと思ったがここは日本ではない。そんな感慨に浸る間もなく、日課が終わるとまた例のように特訓が始まる。雨はすでに上がり、月明かりが雲から顔をのぞかせている。気温が上がらなかったため、今日は身体がよく動いた。

「ほう、五日間でここまで変わるか。なかなか筋がいいな」

 しっかりと髪を油で固めた教官が訓練用の剣を肩に言った。戦場で鍛え上げられた肉体と精神をもつこの男は、意外にもその人間性はやわらかかった。その名をニコライ・バランシンという。自らが名乗ったのではなく、仲間が教えてくれたのだ。

 鬼の教官と呼ばれる彼は、年齢は三〇を越えているというが、見た目は二〇代前半にしか見えない。かつては王都の警護を務めていたこともあるらしい。剣術というものについて見識があるわけではないのでこの教官がどれほどのレベルなのか見当がつかないが、多分かなりの使い手なのだろうというのは剣を交えるほどに伝わるようになっていた。

「ではいくぞ」

「はい!」

 これだけ肉体を酷使しても次の日には動けるのは、ひとえに回復魔法のおかげである。運動により傷ついた筋肉には、回復する際に以前よりもより強靭になる超回復という現象が起こる。これを魔法で促進しているわけだから過酷な訓練でも適応が速い。

 それでも金属の剣は重い。もった瞬間は何とかなる気がするが、十秒も振っていればもう腕が上がらなくなる。それでも素早いニコライの攻撃をなんとかしのぎ続けることができるのは、卓人ができるだけ力を必要としない前後運動、あるいは重力を利用した下向きの運動を軸として剣を捌いているからだ。こうすることによって、判断の選択肢を少なくして反応速度を上げることに成功した。

 もう一つ、攻撃にはその直前のモーションがあることを発見していた。何か動作をしようとするとき、相手にはその前段階的な準備の動きが少なからずある。敵の攻撃というのは当然自分に向かってくるわけだから、動作の直前の瞬間的な目線や身体の傾き、筋肉の張りつめ具合からどこを狙っているか、あるいは何を意図しているかをある程度予想できるようになった。

 肉体的にとくに優れているわけでもない卓人が高校の体育で好成績をとれたのは何よりこの合理的な発想と観察力にあった。

「剣に振り回されずによく対応できている。だが……」

 ニコライは必要以上に踏み込んできた。

「戦場とは、勝つこと以外に価値はない場所だぞ」

 一気に顔が近づいて、剣をもつ自分の腕がつくる円軌道よりもさらに内側に距離をとられた。そのまま肩で突き飛ばされると、なすすべもなくよろめいたところに剣を突きつけられる。

「知恵はある」

 それは称賛ではない。力のなさを何とか工夫で補っているだけだと言っている。実戦ならわずかにバランスを崩しただけであの世行きだ。

「筋力はいずれつくだろう。それとは別に貴様に足りないものを何とかして補え」

 それは否定的な表現でありながら、「それさえ補えば何とかなる」と言われているように感じられた。卓人は進歩が認められたと思った。

 これでこの日の訓練は終わったが、ニコライは思いついたように声をかけてきた。

「貴様は、今の戦争をどう思う? 記憶がなくとも内容くらいは聞いていよう」

 なぜそんなことをただの予科生、しかもおそらくはもっとも使えない自分に聞くのだろうか。

 期待の表れ? ……いや、それはないだろう。
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