21 / 116
剣の鍛錬
しおりを挟む
「疲れた……」
ベラはとてもかわいらしかったのに、話しているとガリガリと精神を削ってきた。
「ナナリのタクト」
図書館を出たところで一人の男に呼び止められた。かっちりと油で固めた髪が印象的で、背は卓人よりも低いのだが、その佇まいだけで圧倒的な貫禄を感じさせる。見た目は二十代前半くらいだが、醸し出す雰囲気は戦場のすべてを知り尽くしたかのようでもある。この精悍な顔は見たことがあった。司令部で幹部として並んでいた男だった。
正直もう今日は閉店ですと言いたいところだったが、卓人はさっと敬礼をした。
「タクト。魔法の勉強をしていたところを見ると、役に立てるなら何でもする、と言ったのは嘘ではないようだな」
男は名乗らなかった。既知であるならばその義務もない。
「今の貴様を軍に残すべきかどうかで幹部でもいろいろ意見があった」
「え?」
「当然だ。軍人ならば魔法は必須だ。そもそも入学試験で魔法の技量が問われるのだ。現状の貴様は入学資格すらない状態だ」
「あう……」
魔法について調べるためにここにきたのに、追い出されるのは困る。
「まず聞いておこう。おそらく近いうちにまた戦争となるだろう。そのとき戦争に参加する意思はあるか?」
本来、予科生である卓人に必ずしもその義務はない。しかし、それは訓練によってその後の戦力となる見込みによって猶予されるものである。魔法が使えないまま、戦力とならない人間を置いておくわけにはいかないだろう。
「……もちろんです」
少しためらいつつも卓人は自らの意思を示した。
「ならば回復魔法だけは使えるようになっておけ」
「回復魔法ですか?」
「戦場で傷を負ったときに自らを回復できなければ、それはそのまま小隊の戦力を低下させることにつながる。これは予科生が戦闘に参加するための最低条件だ」
極めて合理的な理由だ。しかし魔法について感覚的理解が全く及んでいないのにできるのだろうか。エミリは魔法の感性が優れていると思ったが、それでも回復魔法は使えなかった。つまり火の魔法よりも難しいということだ。
「わかりました」
それでも答えは一択だった。
「ならば、貴様が魔法を取り戻すまでは私の麾下で戦ってもらうことになる」
「そうなんですか」
「回復魔法ができるようになったという前提でだ。貴様が他の魔法が使えなかった場合、魔法部隊にはおけない。だが配置によってはほぼ剣だけで戦うこともある。そういうことだ」
「よろしくお願いいたします!」
「時間はあるな」
「今からですか?」
これから剣の訓練をするということだ。断れるはずもなかった。
卓人は武道場ほどの大きさの部屋に連れてこられた。十メートルはあろうかという天井のあたりに採光の窓があるだけで、あとは石壁だけで覆われた極めて無機質な部屋だ。湿っぽさこそないものの、閉塞的な圧迫感をおぼえずにいられない。
男は卓人に剣を渡した。大きな鉈のような、日本刀の脇差をいかつくしたような感じだ。ゲームで出てくるようなかっこいいものではなく、実用性を重視しているようだ。刃の部分は木製で丸くなっている。おそらく訓練用の剣だ。
「こい」
しかしまともに当たれば大怪我をするのは間違いない。しかも顔つきは怖いが、教官の背丈は自分よりもちょっと低く見下ろせてしまう。本当にいいのか迷いつつ、卓人は遠慮がちに剣を振った。その軌道は男の剣によってあっさりと目的とは違う方向へはじかれ、代わりに剣の柄がみぞおちをえぐった。
「かっ」
一瞬息ができなくなり跪きたくなったが、ここはそれを許される場所ではないと思った。
「ぬるい」
男の発言はいたって端的だ。だが言外の意図は理解できた。卓人は今度こそ思い切って剣をたたきつけてみた。しかし、これもはじかれた。
「……いかに記憶がないとはいえ、訓練してきたものは肉体に染みついているものだと思っていたがな」
その通りだ。
その人が繰り返してきた行動は、小脳が司る無意識によって自動化される。しばらく泳いだり自転車に乗ってなかったとしても、一度覚えれば自然にそれができてしまうのは無意識が補助してくれるからだ。この肉体がタクトのものならば、彼が覚えた通りに剣を振るうことができてもおかしくないだろうに。
「何をしている。さっさとこい」
卓人はこのままではどうにも埒が明かないと悟った。
中段で構えて臍下丹田に気を集中させた。
「きえぇぇぇぇぇぇぇ!」
思いつくのは体育でやった剣道だけだった。授業で習ったときは何の効果があるのか理解できなかったが、発声によって身体が動いた。なにより意表を突かれたのか、教官は一瞬だが身じろいだ。
卓人はもっとも小さなモーションで相手の剣を薙ぐと、そこから面を入れる動作に入った。しかしこれでは怪我をさせると思って躊躇したところで腕に激痛が走った。自分の剣が転がった。
「なかなか変わったことをする。貴様、本当にナナリのタクトか?」
その問いに卓人が答えられなかったのは、腕の痛みによるものだけではなかった。
「貴様のやろうとしたことは、一対一の戦いにおいてならばある程度は有効かもしれん。しかし戦場では何の役にも立たん」
それは、教えたはずのことが全く残されていないことへの苦言でもあった。
「戦場では敵の戦闘能力を奪うことが肝要だ。敵の利き腕を落とせ。剣を握る指の骨を折れ。足の腱を切れ。視力を奪え。殺すことに時間をかけるくらいなら、素早く敵の戦意を打ち砕くのだ」
どちらかといえば凛々しいという印象の男であったが、それは違ったのかもしれない。その冷徹な表情と残酷な言葉は戦場で何人もの敵を殺してきたことをうかがわせた。
結局、教官の訓練は三時間ほど続き、門限直前に寮に戻った。そこではレヴァンニら同室の七人の仲間が歓待してくれたが、卓人はまともに口を交わすどころか食事もとらずに倒れこむとそのまま泥のように眠った。
「疲れた……」
今日二度目のこの言葉は、精神だけでなく肉体的にも削られた最後のひとしぼりだった。こうして、卓人の兵学校での一日目は終わった。
本当にここでやっていけるのだろうか。
ベラはとてもかわいらしかったのに、話しているとガリガリと精神を削ってきた。
「ナナリのタクト」
図書館を出たところで一人の男に呼び止められた。かっちりと油で固めた髪が印象的で、背は卓人よりも低いのだが、その佇まいだけで圧倒的な貫禄を感じさせる。見た目は二十代前半くらいだが、醸し出す雰囲気は戦場のすべてを知り尽くしたかのようでもある。この精悍な顔は見たことがあった。司令部で幹部として並んでいた男だった。
正直もう今日は閉店ですと言いたいところだったが、卓人はさっと敬礼をした。
「タクト。魔法の勉強をしていたところを見ると、役に立てるなら何でもする、と言ったのは嘘ではないようだな」
男は名乗らなかった。既知であるならばその義務もない。
「今の貴様を軍に残すべきかどうかで幹部でもいろいろ意見があった」
「え?」
「当然だ。軍人ならば魔法は必須だ。そもそも入学試験で魔法の技量が問われるのだ。現状の貴様は入学資格すらない状態だ」
「あう……」
魔法について調べるためにここにきたのに、追い出されるのは困る。
「まず聞いておこう。おそらく近いうちにまた戦争となるだろう。そのとき戦争に参加する意思はあるか?」
本来、予科生である卓人に必ずしもその義務はない。しかし、それは訓練によってその後の戦力となる見込みによって猶予されるものである。魔法が使えないまま、戦力とならない人間を置いておくわけにはいかないだろう。
「……もちろんです」
少しためらいつつも卓人は自らの意思を示した。
「ならば回復魔法だけは使えるようになっておけ」
「回復魔法ですか?」
「戦場で傷を負ったときに自らを回復できなければ、それはそのまま小隊の戦力を低下させることにつながる。これは予科生が戦闘に参加するための最低条件だ」
極めて合理的な理由だ。しかし魔法について感覚的理解が全く及んでいないのにできるのだろうか。エミリは魔法の感性が優れていると思ったが、それでも回復魔法は使えなかった。つまり火の魔法よりも難しいということだ。
「わかりました」
それでも答えは一択だった。
「ならば、貴様が魔法を取り戻すまでは私の麾下で戦ってもらうことになる」
「そうなんですか」
「回復魔法ができるようになったという前提でだ。貴様が他の魔法が使えなかった場合、魔法部隊にはおけない。だが配置によってはほぼ剣だけで戦うこともある。そういうことだ」
「よろしくお願いいたします!」
「時間はあるな」
「今からですか?」
これから剣の訓練をするということだ。断れるはずもなかった。
卓人は武道場ほどの大きさの部屋に連れてこられた。十メートルはあろうかという天井のあたりに採光の窓があるだけで、あとは石壁だけで覆われた極めて無機質な部屋だ。湿っぽさこそないものの、閉塞的な圧迫感をおぼえずにいられない。
男は卓人に剣を渡した。大きな鉈のような、日本刀の脇差をいかつくしたような感じだ。ゲームで出てくるようなかっこいいものではなく、実用性を重視しているようだ。刃の部分は木製で丸くなっている。おそらく訓練用の剣だ。
「こい」
しかしまともに当たれば大怪我をするのは間違いない。しかも顔つきは怖いが、教官の背丈は自分よりもちょっと低く見下ろせてしまう。本当にいいのか迷いつつ、卓人は遠慮がちに剣を振った。その軌道は男の剣によってあっさりと目的とは違う方向へはじかれ、代わりに剣の柄がみぞおちをえぐった。
「かっ」
一瞬息ができなくなり跪きたくなったが、ここはそれを許される場所ではないと思った。
「ぬるい」
男の発言はいたって端的だ。だが言外の意図は理解できた。卓人は今度こそ思い切って剣をたたきつけてみた。しかし、これもはじかれた。
「……いかに記憶がないとはいえ、訓練してきたものは肉体に染みついているものだと思っていたがな」
その通りだ。
その人が繰り返してきた行動は、小脳が司る無意識によって自動化される。しばらく泳いだり自転車に乗ってなかったとしても、一度覚えれば自然にそれができてしまうのは無意識が補助してくれるからだ。この肉体がタクトのものならば、彼が覚えた通りに剣を振るうことができてもおかしくないだろうに。
「何をしている。さっさとこい」
卓人はこのままではどうにも埒が明かないと悟った。
中段で構えて臍下丹田に気を集中させた。
「きえぇぇぇぇぇぇぇ!」
思いつくのは体育でやった剣道だけだった。授業で習ったときは何の効果があるのか理解できなかったが、発声によって身体が動いた。なにより意表を突かれたのか、教官は一瞬だが身じろいだ。
卓人はもっとも小さなモーションで相手の剣を薙ぐと、そこから面を入れる動作に入った。しかしこれでは怪我をさせると思って躊躇したところで腕に激痛が走った。自分の剣が転がった。
「なかなか変わったことをする。貴様、本当にナナリのタクトか?」
その問いに卓人が答えられなかったのは、腕の痛みによるものだけではなかった。
「貴様のやろうとしたことは、一対一の戦いにおいてならばある程度は有効かもしれん。しかし戦場では何の役にも立たん」
それは、教えたはずのことが全く残されていないことへの苦言でもあった。
「戦場では敵の戦闘能力を奪うことが肝要だ。敵の利き腕を落とせ。剣を握る指の骨を折れ。足の腱を切れ。視力を奪え。殺すことに時間をかけるくらいなら、素早く敵の戦意を打ち砕くのだ」
どちらかといえば凛々しいという印象の男であったが、それは違ったのかもしれない。その冷徹な表情と残酷な言葉は戦場で何人もの敵を殺してきたことをうかがわせた。
結局、教官の訓練は三時間ほど続き、門限直前に寮に戻った。そこではレヴァンニら同室の七人の仲間が歓待してくれたが、卓人はまともに口を交わすどころか食事もとらずに倒れこむとそのまま泥のように眠った。
「疲れた……」
今日二度目のこの言葉は、精神だけでなく肉体的にも削られた最後のひとしぼりだった。こうして、卓人の兵学校での一日目は終わった。
本当にここでやっていけるのだろうか。
90
お気に入りに追加、感想、♡マーク是非是非よろしくお願いします。
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説


少し冷めた村人少年の冒険記
mizuno sei
ファンタジー
辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。
トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。
優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。
1×∞(ワンバイエイト) 経験値1でレベルアップする俺は、最速で異世界最強になりました!
マツヤマユタカ
ファンタジー
23年5月22日にアルファポリス様より、拙著が出版されました!そのため改題しました。
今後ともよろしくお願いいたします!
トラックに轢かれ、気づくと異世界の自然豊かな場所に一人いた少年、カズマ・ナカミチ。彼は事情がわからないまま、仕方なくそこでサバイバル生活を開始する。だが、未経験だった釣りや狩りは妙に上手くいった。その秘密は、レベル上げに必要な経験値にあった。実はカズマは、あらゆるスキルが経験値1でレベルアップするのだ。おかげで、何をやっても簡単にこなせて――。異世界爆速成長系ファンタジー、堂々開幕!
タイトルの『1×∞』は『ワンバイエイト』と読みます。
男性向けHOTランキング1位!ファンタジー1位を獲得しました!【22/7/22】
そして『第15回ファンタジー小説大賞』において、奨励賞を受賞いたしました!【22/10/31】
アルファポリス様より出版されました!現在第四巻まで発売中です!
コミカライズされました!公式漫画タブから見られます!【24/8/28】
*****************************
***毎日更新しています。よろしくお願いいたします。***
*****************************
マツヤマユタカ名義でTwitterやってます。
見てください。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる