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英雄 タクト
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仮司令室を出たときには、幹部たちの顔色は完全に失望色に染まっていた。レヴァンニが、戦争のほとんどが魔法でされていることを教えてくれた。元の世界でいえば戦闘機とか鉄砲のようなものだろう。そこへ単刀で突入しますと言っているのだから、ナンセンスにも程があるというものだ。
「お前は英雄だったんだぜ」
「英雄?」
卓人は率直に驚いた。
「ああ。のぞきの天才、俺たち男の英雄だった」
「…………」
「おっと、すまん。これは今すべき話じゃなかったな」
謝りながらも悪びれた様子がかけらもない。この男は何を考えているのかわかりにくい。
「幹部の人たちは、この長引き始めた戦争をお前の力で止めることができたらと考えていたんだろう。ところがその魔法を全部忘れたとなれば、がっかりもするわな」
「僕に……そんな力が?」
孤児院では魔法が得意だったとは聞いていたが、どうもそれどころではないみたいだ。
「初めてバルツ軍が攻めてきたとき、お前は上陸させる前に、敵の船三隻を一人で沈めて全滅させたんだぜ」
二ヶ月ほど前のことである。
兵学校のあるこの地から西の海沿いの小さな漁村に敵軍が現れた。攻撃してきたのはバルツという国の軍である。海のずっと向こうの国で、当時は野蛮な国としての認識はされていなかった。そこが何の理由もなく宣戦布告すらせずに沖に出ていた漁民を殺害し上陸を試みようとしたのだ。全くの想定外で待機する兵の数が十分でなく、予想される三〇〇人の敵兵に対応するため、兵学校の予科生一五十人が半強制的に駆り出されることになった。いずれも能力を認められた者ばかりだったが、心の準備さえままならない初陣に浮足立っていた。いよいよ軍艦が近づき、上陸用の船に乗り換えて迫ってくれば魔法の射程範囲となるのを誰もが見ているだけのときだった。瞬間、軍艦三隻はいずれも、真ん中から真っ二つに割れた。沈没の渦に敵兵のほとんどが呑み込まれた。こうして、第一次バルツ軍侵攻はあっさりと終結した。
第二次バルツ軍侵攻は五日後の深夜であった。前回は未遂に終わったからこそ次があると考え、警戒は厳重にしていたため正規軍の数は確保できていた。それでもなおかつ、今回は予科生の中でも能力の高い者で希望する者のみに対して強制でなく、許可制として参加させた。これは兵学校創設からの理念である。これに対し予科生は三十名ほど参加した。敵兵はわずか一〇〇名ほどの小規模編成により、夜陰に乗じた上陸を許すことになった。警備に参加していたタクトは広範囲に魔法で炎の矢をまき散らすと、上陸部隊の姿はありありと映し出され、数的優位であったこちらの圧勝に終わった。
その八日後に第三次侵攻があったが、ことごとく撃退したらしい。このときにレヴァンニは負傷し、戦線を離脱しているので詳しいことは聞けなかった。それでもタクトが顕著な活躍をしたのは間違いないらしい。
そして、くだんの第四次侵攻である。
ついにバルツ軍は、揚陸専用の平底船を軍艦にして二十隻、およそ一五〇〇人で一気に勢いをつけて上陸してきた。この攻撃に対し軍は後手に回った。乱戦となった挙句、漁村は焼け野原となり、バルツ軍を全滅させた後には、両軍合わせて二〇〇〇名を超える死傷者が出る始末となった。
「このときには敵に爆発の魔法使いがいた。とんでもない使い手だったらしいぜ」
卓人がこの世界にきて初めての体験は、爆発に吹き飛ばされたことだった。
さらにほとんど時間を置くことなく第五次侵攻があって現在に至るが、これに関してはレヴァンニも卓人も参加していないので詳細はわからない。バルツ軍は五〇〇名ほどの小規模で、これを撃退するのにこちらも七十名ほどの犠牲があったという。このことについて幹部は、タクトがいれば犠牲はもっと少なかったのではないかと評価しているとのことだった。
レヴァンニが教えてくれたのは以上だった。
よくわかったのは本来のタクトは自分が想像した以上の魔法使いだったということだ。しかも簡単に船を沈めてしまうとか、軍幹部が頼らざるを得ないほどの能力だったということだ。その他のことについてはつい最近までただの高校生だった卓人に理解の及ぶものではなかった。歴史の勉強のようにただの情報と化したたくさんの死がそこにあった。
「レヴァンニは戦場に出ても平気だったの?」
「まあ、死ぬのは嫌だけどよ。兵士のおっさんたちが予科生は死なないように援護してくれるからな。それに敵もそんなにすげえ魔法使ってくるわけでもなかったし。五分もあれば慣れちまったさ」
その言外には戦場で人を殺した経験も含まれている。
「すごいね……」
「何言ってんだよ。お前がほとんど手柄をもってってるから、俺なんか楽勝だったぜ」
「でも、大けがしたんだよね……」
「ああ、どうしても戦えない敵が現れてな……ざっくりやられちまった」
「戦えない敵?」
「ああ……」
そのときのレヴァンニの顔は深刻だった。
「バルツの女兵は、なぜかみんなおっぱいがでかかったんだ!」
「は?」
「そんなの、攻撃できるわけないだろう!」
「お前は英雄だったんだぜ」
「英雄?」
卓人は率直に驚いた。
「ああ。のぞきの天才、俺たち男の英雄だった」
「…………」
「おっと、すまん。これは今すべき話じゃなかったな」
謝りながらも悪びれた様子がかけらもない。この男は何を考えているのかわかりにくい。
「幹部の人たちは、この長引き始めた戦争をお前の力で止めることができたらと考えていたんだろう。ところがその魔法を全部忘れたとなれば、がっかりもするわな」
「僕に……そんな力が?」
孤児院では魔法が得意だったとは聞いていたが、どうもそれどころではないみたいだ。
「初めてバルツ軍が攻めてきたとき、お前は上陸させる前に、敵の船三隻を一人で沈めて全滅させたんだぜ」
二ヶ月ほど前のことである。
兵学校のあるこの地から西の海沿いの小さな漁村に敵軍が現れた。攻撃してきたのはバルツという国の軍である。海のずっと向こうの国で、当時は野蛮な国としての認識はされていなかった。そこが何の理由もなく宣戦布告すらせずに沖に出ていた漁民を殺害し上陸を試みようとしたのだ。全くの想定外で待機する兵の数が十分でなく、予想される三〇〇人の敵兵に対応するため、兵学校の予科生一五十人が半強制的に駆り出されることになった。いずれも能力を認められた者ばかりだったが、心の準備さえままならない初陣に浮足立っていた。いよいよ軍艦が近づき、上陸用の船に乗り換えて迫ってくれば魔法の射程範囲となるのを誰もが見ているだけのときだった。瞬間、軍艦三隻はいずれも、真ん中から真っ二つに割れた。沈没の渦に敵兵のほとんどが呑み込まれた。こうして、第一次バルツ軍侵攻はあっさりと終結した。
第二次バルツ軍侵攻は五日後の深夜であった。前回は未遂に終わったからこそ次があると考え、警戒は厳重にしていたため正規軍の数は確保できていた。それでもなおかつ、今回は予科生の中でも能力の高い者で希望する者のみに対して強制でなく、許可制として参加させた。これは兵学校創設からの理念である。これに対し予科生は三十名ほど参加した。敵兵はわずか一〇〇名ほどの小規模編成により、夜陰に乗じた上陸を許すことになった。警備に参加していたタクトは広範囲に魔法で炎の矢をまき散らすと、上陸部隊の姿はありありと映し出され、数的優位であったこちらの圧勝に終わった。
その八日後に第三次侵攻があったが、ことごとく撃退したらしい。このときにレヴァンニは負傷し、戦線を離脱しているので詳しいことは聞けなかった。それでもタクトが顕著な活躍をしたのは間違いないらしい。
そして、くだんの第四次侵攻である。
ついにバルツ軍は、揚陸専用の平底船を軍艦にして二十隻、およそ一五〇〇人で一気に勢いをつけて上陸してきた。この攻撃に対し軍は後手に回った。乱戦となった挙句、漁村は焼け野原となり、バルツ軍を全滅させた後には、両軍合わせて二〇〇〇名を超える死傷者が出る始末となった。
「このときには敵に爆発の魔法使いがいた。とんでもない使い手だったらしいぜ」
卓人がこの世界にきて初めての体験は、爆発に吹き飛ばされたことだった。
さらにほとんど時間を置くことなく第五次侵攻があって現在に至るが、これに関してはレヴァンニも卓人も参加していないので詳細はわからない。バルツ軍は五〇〇名ほどの小規模で、これを撃退するのにこちらも七十名ほどの犠牲があったという。このことについて幹部は、タクトがいれば犠牲はもっと少なかったのではないかと評価しているとのことだった。
レヴァンニが教えてくれたのは以上だった。
よくわかったのは本来のタクトは自分が想像した以上の魔法使いだったということだ。しかも簡単に船を沈めてしまうとか、軍幹部が頼らざるを得ないほどの能力だったということだ。その他のことについてはつい最近までただの高校生だった卓人に理解の及ぶものではなかった。歴史の勉強のようにただの情報と化したたくさんの死がそこにあった。
「レヴァンニは戦場に出ても平気だったの?」
「まあ、死ぬのは嫌だけどよ。兵士のおっさんたちが予科生は死なないように援護してくれるからな。それに敵もそんなにすげえ魔法使ってくるわけでもなかったし。五分もあれば慣れちまったさ」
その言外には戦場で人を殺した経験も含まれている。
「すごいね……」
「何言ってんだよ。お前がほとんど手柄をもってってるから、俺なんか楽勝だったぜ」
「でも、大けがしたんだよね……」
「ああ、どうしても戦えない敵が現れてな……ざっくりやられちまった」
「戦えない敵?」
「ああ……」
そのときのレヴァンニの顔は深刻だった。
「バルツの女兵は、なぜかみんなおっぱいがでかかったんだ!」
「は?」
「そんなの、攻撃できるわけないだろう!」
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