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正しい選択は常に存在しうるか

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 夜になって子供たちを集めて外へ出た。

「何このちっこい箱?」

 子供の手で握れるほどの小さな箱がいくつも置いてある。卓人は焚き火でろうそくに火を点した。そして小さな箱をひとつだけ別の場所に置いてろうそくの火を近づけた。

 箱から火が噴き出した。

「うわあ!」

 火はしぶきを散らしながら人の背丈ほどにまで立ち上がる。

「きれい!」

「すげえ、いろんな色の火が出るぞ!」

 卓人がつくったのは噴出し花火だった。本当は手持ち花火にしたかったが、素人がつくって事故でも起こしたらいけないのでやめた。そもそも花火自体事故が起こりうるから元の世界で無資格でつくれば犯罪だ。だけど異世界だからまあいいかと思った。

 火薬をつくって困ったのが火をつけると一瞬で全部が燃えてしまうことだった。これでは花火にならない。燃焼を遅くするために乾いた粘土を加えてみるとうまくいった。ナトリウム、カリウム、カルシウム、銅といった炎色反応を示すえんは簡単に手に入った。鉛やスズの塩でも青っぽい炎色反応が見られたのは個人としては新しい発見だった。

 どんどん火をつければ子供たちは大喜びだ。

「火の粉がかかるから近づいちゃダメだぞ」

 何度も安全性を確かめたがそれでも爆発の不安は拭えない。卓人は子供たちを遠ざけた。それを見てエミリが指揮を執ると花火を囲んでのお遊戯会が始まった。適度な距離を保ちながら楽しそうに踊っている。

 ほっとして焚き火の熱がちょうどいいところに腰掛けると、ナタリアが後ろに立った。

「これはあんたの世界でやってることかい?」

「花火っていいます」

「いいね、きれいじゃないか」

「そうですね」

「魔法は使えそうな見込みはあるかい?」

「いえ、全然」

「でも、火の魔法で水を氷らせちまった。私もそんなこと思いついたことないよ」

「元の世界での知識で、できないかなって」

 今日も涼しげな恰好のナタリアに対し、卓人は感動のない答えをした。単にしくみを解明し、その証明をしたかっただけだ。それがたまたまこの世界の常識とは違った位置にあっただけのことだ。

「でも、魔法も使えないのになんで戦場に戻ろうなんて思ったんだい? ずっとここにいるって選択肢もあったのに」

「やっぱり……エミリには本当のお兄ちゃんを返してあげないといけないと思うんです」

「返してあげる……そうかい。どうやって?」

「……わかりません」

「じゃあ、行く意味はないように思うけどね」

「そうかもしれません」

「だけど、あの子はあんたのことをお兄ちゃんだと信じているよ」

「やっぱり、そうなんでしょうか」

 嘘をつき続けるのはつらい。

 だけど、大好きな人を奪ってしまうのもつらい。

 どっちもつらいなら、より合理的な方を選ぶべきだ。

「やっぱり、あんたはあいつとは全然違うね」

 卓人は花火の鮮やかな光に照らされるエミリと子供たちを見ていた。

「あんたは、あいつよりずっといい奴だ」

 閉じた口にぐっと力がこもってしまって頭を垂れた。

「ありがとね、タクト」

 そして、目頭を指でこすった。


 二日後。

 一通りの支度を終えたら、エミリが馬車で送ってくれることになった。集合場所の兵学校は、歩けば半日以上かかるほどの距離にあるというから卓人は甘えることにした。タマラが一緒についていくと言い出すと、そのほかの子も行きたがったが、馬車の負担を考えると三人が限度だった。

 しばらく下ると、すぐに暖かくなった。

 森の鳥たちのさえずりはいかにも幸せそうに聞こえた。

 先日きたばかりの街を通ると、その活気が別世界のことのように思えた。

 街を抜け、ブドウ畑が続く道を通る。その間とくに会話はなかった。

 昼過ぎに馬車は兵学校に着いた。

「ありがとう」

 何か次の言葉を探したが、卓人は何も思いつかなかった。

 タマラは御者台から降りると、卓人のズボンの裾をつまんだ。そのまま何も言わずにうつむいたままでいるので、卓人はそっとその頭をなでた。

「すぐに……帰ってくるのです」

「ああ、戦争が終わったらすぐに戻るよ」

 戻るのは本当のタクトであってほしいと、卓人は思った。

「死んだらだめだよ」

 エミリはあっさりとした笑みで言葉をかけた。卓人は笑顔で返した。タマラは結局顔を上げないままだった。

 兄は手を振りながら兵学校の校門の奥へと消えていった。姿が見えなくなると、タマラはついに泣き始めた。声を殺すように泣いていた。エミリは頭をなでてその気持ちを察した。そしてタマラに自らを投影して顧みた。

『一年前、お兄ちゃんにはお兄ちゃんの人生があることも理解できなかった私は、すごく悲しくて寂しくて毎日のように泣いていた。でもいつまでも一緒にいられるわけがない、そんな当たり前のことに気づくのにどれだけかかったのだろう。でも私は成長したんだ。泣いたりしたら、お兄ちゃんが困る』

 エミリは口を一度固く結んだ。

『記憶をなくしたお兄ちゃんは、どこか遠慮しているようで他人行儀だった。いつも自信満々だったのがちょっと小さく見えた。私を呼ぶときだって不安気味で寂しかった。でも昨日の「なぁ、エミリ」という呼び方は、昔のまんまだった気がした。いつものお兄ちゃんが帰ってきたような気がしてうれしかった。だけど、不思議なことばっかりやっていた』

 なんだか……不思議……


 エミリはそのときになってようやく、自分が涙を流していたことに気づいた。悲しんではいけないはずなのに、何を洗い流そうとしているのかわからなかった。タマラに悟られないように必死で拭っても止まらなかった。

「……お兄ちゃん……」
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