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スカートめくりに関する考察①

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 馬車は孤児院を出発した。

 エミリに馬車の運転を勧められた卓人は全神経を総動員することになった。山を下っているのでブレーキを踏みながら進まないと荷台がロバを轢いてしまう。大した勾配に見えなくとも結構な速さで転がってしまう。かといって踏みすぎるとロバが歩くのを妨げるし、場合によってはブレーキが壊れることもある。初めは戸惑ったが、ロバの賢さも手伝ってしばらくやっていると要領をつかむことができた。

 馬車に合わせてエミリが隣を歩く。ロバの負担を減らすこともそうだが、本当にブレーキが壊れたときには緊急手動ブレーキを引く役割でもある。

「やっぱり、こういうのって身体が覚えてるんだね。お兄ちゃん、小さい頃から馬車の運転上手だったから」

 エミリの声が弾んでいる。こうやってお出かけできたことが楽しいのだろう。だけど、当然ことながら覚えているどころか初めての経験だ。心にチクリと刺さるものがある。

 街まではおよそ十五キロ。歩いて四時間ほどの距離で幼い子供には困難な道のりである。一キロほど下ると木々の生い茂る森になり、さらに進むと特徴的な大きな岩がそびえ立っておりその向こうに集落が見えた。あそこの住人がちょくちょく孤児院の世話を見てくれるそうだ。道沿いには他にもいくつかの集落があり、それぞれの生活文化を形成しているとのことだ。一時間ほど下ったところで運転を替わった。緊急用ブレーキのロープを握って馬車の横を歩く。道は森に覆われているが、時折開けた所に出ると美しく広大な風景を見下ろすことができた。

 てくてくと馬車に合わせて歩くだけになると精神的余裕が出てくることもあり、いつしか左手をあごにそえて考え始めていた。


 ――なぜ子供はスカートめくりをするのか?


 その謎の解明をするには初めに事実を整理する必要がある。

 まず、その行動をする者は子供である。大人はしないものと仮定する。

 子供といっても五~八歳が主たる年齢層と推定してもかまわないだろう。それより下の年齢層で見かけられないのは肉体的な不可能性と、そもそも関心がないからだろう。それ以上の年齢層の子供、あるいは大人がしないのは端的に犯罪だからである。ただし犯罪だからという理由で行動に制限がかかる者はごく一部であり、ほぼすべての者は迷惑行動をしたくない、あるいはその行動に価値を求めないからだ。より厳密性が求められるなら実地観察に基づく統計をとる必要があるが、ひとまず仮説を構築するための前提条件としては十分だろう。

 ここで確実に正しいと言えることを整理すると、行為者Aが被行為者Bのスカートをめくるという系を考えるとき、Aには物質的な獲得はなく精神的な獲得がありうる。同時にBは物質な損失はなく精神的な損失がありうる。またAには社会的な損失はありうるが、年齢的にその過失を強く責められる可能性は低い。
 これらから、AはBに対してスカートめくりという能動的な刺激(Stimulation)をBに与え、Bはその行為に対して何らかの反応(Response)を示すことでAは報酬を得るという系を想定できる。これはS-R結合が生じていると推定できる。よってこれはAにとっての学習行動のひとつとして考えることができる。このときのAにとっての報酬とは何か、何を獲得しようとしているのかを究明できれば、なぜ子供がスカートめくりをするのかという謎を解くことができる。

 とりあえずはこんなところだろうか。

「……お兄ちゃんってば!」

 大きな声をかけられて我に返る。

「もう、考え事してるの?」

 無言のまま馬車の横を歩くだけになってしまい、エミリとしてはつまらなかったようだ。

「え、ごめん、ごめん。そんなことはないよ」

 返事はしてきたが、そのうちまた左手をあごにそえて何か考えているみたいだ。何か変だと兄の顔を覗き込んだエミリはドキッとして思わず目をそらした。

 その瞳はどこでもない遥か遠くを見つめるかのようだった。

 ――こんな凛々しい兄を見たことがあっただろうか?

 それをずっと見続けてしまえば、吸い込まれてしまうのではないかと錯覚するほどであった。とりたてて整った顔でもない卓人だが、ひとたび考え始めるとそれは妹を自認するエミリであっても魅了してしまう。

 思いがけない兄のかっこよさに動揺する妹をよそに、卓人の頭の中ではスカートめくりのシミュレーションが行われていた。

 スカートには様々な材質の布が使われている。ひらひらとしたものもあれば、エミリが今着ているような防寒目的の厚手で踝まで隠すくらいの長さのものもある。例えばこれを翻らせようとしたとき、このような布は質量に対して表面積が非常に大きく空気抵抗を受けやすいので、目的ために要するエネルギーは小さなものではない。ゆえに効果的にその行為を達成するためには一定以上の技術が必要であろうことは間違いない。

 卓人はおもむろに素振りを始めた。

「お兄ちゃん、何やってるの?」
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