理系少年の異世界考察

ヴォルフガング・ニポー

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本物の自分

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 翌朝、爽やかな陽光のもとエミリと子供たちは昨晩からのシカの骨の煮込みを再開しつつ、また歌ったり踊ったりして楽しんでいた。

「ああ、全然問題ないよ。ただの買い物だろ?」

 その間、卓人はナタリア先生に回復魔法をかけてもらった。今日もやはり扇情的な恰好をしているが、会話をしてみるといつも素っ気ない。別に何か期待をしいるわけではないが、年頃の少年には接し方に多大な苦労がある。

「あの……ナタリア先生。少し質問いいですか」

「ほう、なんだい?」

「なんで僕はこの世界にやってきたんでしょうか? こっちの世界に呼び寄せる魔法とかあるんですか」

「噂では召喚の魔法もあるっていうけどね。でも、とんでもなくレベルの高い魔法だよ。タクトも魔法が得意だったけど、さすがにそんなのができたとは思えないけどね」

「じゃあ、元の世界に帰るのは無理でしょうか」

「私にできるならやってるけどね。やっぱり帰りたいかい?」

「うーん……もう半分諦めてるんですが、僕がいなくなって親や友達が心配してると思うとやっぱり心苦しいです」

「……だろうねぇ」

 珍しく同情するような声だった。

「先生は、なんで僕が別の人に入れ替わってしまっていることがわかったんですか? 先生以外、誰も気づいてなさそうなのに」

 ナタリアだけが卓人が異世界からきたことを知っている。

「……エーテルが変わっていたからね」

「エーテルですか……」

 エーテルといえば有機化合物だったり光の媒質として信じられていたものだったりが科学用語として存在するが、察するにそれらとは違うようだ。

「人にはそれぞれその肉体を覆うエーテルがあるのさ。それは、その人の『あるべき姿』となるように肉体にはたらきかけているものだと考えればいい」

「霊とか、魂とか……そういったものですか」

「イメージとしては近いけど、ちょっと違うね。ちなみに修行を積むと見えるようになる。見えるのはここでは私だけだ。エーテルがある程度わからないと回復魔法は使えない。だから私だけが回復魔法を使える」

 新しい概念を即座に理解することはなかなか難しい。

「あんたのエーテルはこの世界のものとは違ったからね」

「どうやったらわかるんですか?」

「エミリは風の魔法が使えるからそれなりにはわかってるけど回復魔法は使えるほどにはわかってない。私が見えるのはそういう家系だからね。それを言語化するのは難しいね」

 才能ということか。それをもつ者ともたない者とでは見えているものがそもそも違う。突き放されたようで面白くなかった。

「あんたは学者に向いてるのかね」

「え、何でですか?」

「タクトは物覚えが速い反面、あんまりじっくり考えるとかなかったように思うね。エーテルの感覚もすぐに身につけたけど、それが何かなんて興味なさそうだったね」

「……元の僕は、どんな人物だったんでしょうか」

「そうだね。やっぱりタクトとあんたは性格が全然違うと思うよ。あんたはかなり慎重な性格だけど、タクトは大雑把な性格だったね」

 自分のほうがネガティブに評価されているように聞こえるのは気にしすぎだろうか。

「それと絵がうまかった。あと白目細工とかね。街では結構売れてたね」

 卓人も絵にはそれなりに自信がある。だけど白目細工なんてやったことなどない。(白目とは低融点のスズ合金のことで、融解して鋳型に流して造形できる。)

「とくに女の裸の絵やらが人気でね」

「え?」

「街に行ったら一部ではかなりの有名人だからね」

 健全な高校生として女性に興味がないわけではないが、堂々とあけっぴろげにする勇気などない。これから街に行くのに、春画を描いてくれとか頼まれたらどうしよう。

「ある日エミリに見つかってね。『変態!』ってボコボコに殴られてからは動物の絵とかも描くようになったね。それと同じ頃だね、エミリが刺繍やら覚えて稼ぐようになったのは」

 つまり兄に変なことをさせないようにはたらき始めたということだ。学生の卓人には若い頃から積極的に働く意識をもつというのは想像できなかった。

「ほぉら、タクト」

 ナタリアはあえて胸を強調するかのように迫ってきた。

「ち、ちょっと……やめてください!」


「あははは、やっぱり違うね。ここは喜んで観察してくれなきゃ」

 なぜここで自分は敗北感を覚えているのだろう。

「そんな恰好で寒くないんですか?」

「魔法で暖かくしてるのさ。常に使ってる状態だからすごい魔法技術なんだよ」

「教育上よろしくないと思いますが」

「わかってないね、教育的指導をきちんとやるには大人はガキとは違うってのを見せつけてやらないと。エミリは子供目線のやさしいいい子だからなめられてるのさ」

 一理あるような気もするが……

「僕は魔法を使えるようになりますか?」

「十三才を過ぎると覚えるのが難しくなると言うね。みんなにいいとこ見せたいかい?」

「というより、失望させたくないです」

 それっぽいことをやってみたが毛ほども使える気がしない。それは本物とは違うということであり、卓人に少なからず焦りをもたらしていた。

「……僕は本当にこのまんまでいいんでしょうか?」

「あんたは一生懸命エミリのお兄ちゃんになろうと努力してくれてるじゃないか。私はとても感謝してるんだよ。あんなに明るいエミリを見るのは久しぶりだからね」

 このときのナタリアの表情はまさに保護者のもので、その意味で自分は役立っているという気持ちになれた。

「あんたはあんた。タクトはタクトだからね。あんたのできるようにしかならないんだ。それでもエミリが『お兄ちゃん』って呼んでいるうちは、あんたは『お兄ちゃん』なんだ」

 それだけ言うとナタリアは自分の部屋に戻った。

 本物は魔法がうまかった……

 それは「魔法のイデア」なるものの扉が開けば可能になるのだろうか。

 今は皆目見当がつかない。

 まずは本物のタクトについてもっと知りたい。

 卓人は離れの一階の倉庫へ訪れていた。ここをタクトは工房として使っていたというが、他人の部屋を荒らすみたいでこれまでは近寄ってこなかった。一年間使われずにいたのにほこりをかぶっている様子はなかった。多分兄がいつ帰ってもいいようにエミリが掃除してくれているのだ。

 積まれた紙に目を通すとそこには様々な動物が描かれており、棚には白目細工が置かれている。どれも目を見張るような精巧さだ。白目細工の中には竜などの空想上の動物もある。竜はトカゲに羽が生えた西洋風のものだが、ファンタジー作品などで見かけるものとおおむね同じだ。いや、この異世界なら竜は実在しているかもしれない。そう思うと心躍るものがあった。

 ふと引き出しを開けてみると、今度はあられもない姿の裸婦画が何枚も出てきた。掃除中のエミリがこれを見つけたのではないかと思うと、自分が描いたわけでもないのにいたたまれないほどの恥ずかしさが襲ってくる。

 ……だけどどうだろう。

 この立体感や躍動感、難しいポーズを自分は描くことができるのだろうか。絵の経験があるからこそわかる技術の高さだ。自分のものが稚拙な遊びでしかなかったことを思い知るとともに、作者への崇敬の念がふつふつとわいてくるようであった。

 その後に奇妙な寂寥感が訪れる。

「まるで、遺品だな……」
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