上 下
5 / 116

魔法が使える世界

しおりを挟む
 薄暮となり、屋内で夕食を囲もうとしていた。

 ひとまず卓人は今日の安息を得られたことに感謝することにした。

「なに? タクト君みんな忘れちゃってるの?」

「記憶喪失? かっこいい!」

 食卓に座るとまたしても子供たちにまとわりつかれることになった。暖炉でも薪をくべているから暑苦しい。

 最善かどうかはわからないが、ナタリアの機転で驚くほどあっさり『戦争で記憶をなくしたお兄ちゃん』として周囲が受け入れた。

 ここが孤児の養護施設だということはすぐにわかった。そして自分も同じく孤児ということだ。この世界での親がいたりしないのは身軽な感じがするし、あっけらかんとした子供たちの様子も気持ちを楽にさせた。

 いけない白衣姿の女性がナタリア先生で、この孤児院の監督といったところだ。子供たちはエミリが十五歳、そのほかの子は年長が十歳で一番幼い子が四歳だ。卓人も含めて十六人が暮らす建物は手狭な印象を受ける。部屋中央の大きな食卓と脇の機織り機がほとんどを占めているからだ。

「ちょっと、みんなも手伝ってよ」

 エミリが厨房から声をかけても子供たちは完全に無視していた。ずいぶんとなめられているようだ。というよりむしろ甘やかしてしまっているのだろう。教育上適切な状況とは思えないが監督のナタリア先生は暇そうに眺めているのみだった。

「じゃあ、僕も手伝おう」

「いいよ、お兄ちゃんは座ってて」

 子供たちにまとわりつかれるのが面倒だから申し出たのだが、やさしさに満ち溢れた笑顔であっさりと断られた。結果として卓人は子供にまとわりつかれ続け、エミリは一人で夕食をつくることになった。それでもさすがに料理ができあがると、早く食欲を満たそうと配膳を手伝い始めた。食卓にはとけたチーズのかかったパン、肉の煮込み料理と水餃子のようなものが入ったスープが並んだ。馴染みのある食事ではないがおいしそうだ。

「さぁ、食べようか。お祈りをしない子は許さないからね」

 ナタリア先生が上座に座りみんなが食卓を囲む。軽く握った右手を胸の前に捧げて言葉をつぶやく。日本でいう「いただきます」なのだろう。祈りの沈黙は神聖な空気を醸した。静けさもつかの間、次の瞬間には子供たちは食事に貪りついて騒がしくなる。

「灯りをつけようね」

 エミリは食事より先に、テーブルの上にぶら下げられたランプに手を伸ばした。ガラスの風防を開けると灯心に火を点けた。

「え?」

 卓人は驚きの声を漏らした。

「どうしたの、お兄ちゃん?」

「なんで……?」

 それは何気ない一連の行動にすぎなかったのだが、卓人は不思議そうな顔をした。

「……今、どうやった?」

「何が?」

 立ち上がってランプをつかむ。

「あつっ!」

 思わず高温になっている部分を触ってしまった。

 明らかに異様な行動に子供たちは驚いた。

「どうしたの、タクト君?」

 子供たちの心配など関係なく、卓人はランプを念入りに観察した。

「発火石がついてるわけでもなし……これ、どうやって火を点けたんだ?」

「え? どうやってって……普通に……」

 ランプは植物の繊維をってつくった灯心で油を吸い上げ、着火すれば油がなくなるまで灯し続ける一般的な構造であった。しかしランプには肝心の着火装置がなく、エミリの手にマッチなどが握られているわけでもない。

「ちょっと、お兄ちゃん?」

「教えてほしいんだ!」

 エミリはこれまでにない兄の強引さに困惑した。

「だから、こう」

 人差し指を立てると、その先にポッと火が灯る。

「は?」

 理解不能の現象が目の前で起こる。しかも彼女らからすると「普通に」。

「なんだよ、魔法だよ」

「魔法?」

「そうだよ。ほら、えい、えい、えい」

 子供たちが火の玉を投げつけてきた。

「うわ、あっつっ!」

「あははは、タクトくん何やってんのさ」

「何やってんのはお前らだ! 火事になるだろ!」

 ナタリアが怒鳴る。

「魔法って……そんなことあるの?」

「それそれそれ! ぎゃはははは!」

 子供たちは悪乗りして、先生の注意など聞かずに火の玉を卓人に向かってじゃんじゃん投げつけ始めた。火はすぐに消えるが、やはり熱い。ついには天井からぶら下がっている藁の縄に引火してボヤが発生した。

「うわー!」

 その火はナタリア先生が魔法で消して大事には至らなかったが、悪さをした子供たちは延々と説教を食らうことになった。

 そんな孤児院の日常の一片を見ながら、卓人は異世界ならではの特有の文化に関心をもち始めていた。


 魔法――――。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」

はっけよいのこっ太郎
恋愛
ギャルゲーの親友ポジションに憧れて奮闘するラブコメ小説!! それでもきっと、”恋の魔法”はある!! そう、これは、俺が”粋な親友”になる物語。 【あらすじ】 主人公、新川優希《しんかわゆうき》は裏原高等学校に通う高校2年生である。 特に趣味もなく、いわるゆ普通の高校生だ。 中学時代にとあるギャルゲーにハマりそこからギャルゲーによく出てくる時に優しく、時に厳しいバカだけどつい一緒にいたくなるような親友キャラクターに憧れて、親友の今井翼《いまいつばさ》にフラグを作ったりして、ギャルゲーの親友ポジションになろうと奮闘するのである。 しかし、彼には中学時代にトラウマを抱えておりそのトラウマから日々逃げる生活を送っていた。 そんな彼の前に学園のマドンナの朝比奈風夏《あさひなふうか》、過去の自分に重なる経験をして生きてきた後輩の早乙女萌《さおとめもえ》、トラウマの原因で大人気読モの有栖桃花《ありすももか》など色々な人に出会うことで彼は確実に前に進み続けるのだ! 優希は親友ポジになれるのか! 優希はトラウマを克服できるのか! 人生に正解はない。 それでも確実に歩いていけるように。 異世界もギルドなければエルフ、冒険者、スライムにドラゴンも居ない! そんなドタバタ青春ラブコメ!! 「ギャルゲーの親友ポジに憧れた俺が、なぜかモテてしまう話。」開幕‼️‼️

【3部完結】ダンジョンアポカリプス!~ルールが書き変った現代世界を僕のガチャスキルで最強パーティーギルド無双する~

すちて
ファンタジー
謎のダンジョン、真実クエスト、カウントダウン、これは、夢であるが、ただの夢ではない。――それは世界のルールが書き変わる、最初のダンジョン。  無自覚ド善人高校生、真瀬敬命が眠りにつくと、気がつけばそこはダンジョンだった。得たスキルは『ガチャ』! クラスメイトの穏やか美少女、有坂琴音と何故か共にいた見知らぬ男性2人とパーティーを組み、悪意の見え隠れする不穏な謎のダンジョンをガチャスキルを使って善人パーティーで無双攻略をしていくが…… 1部夢現《ムゲン》ダンジョン編、2部アポカリプスサウンド編、完結済。現代ダンジョンによるアポカリプスが本格的に始まるのは2部からになります。毎日12時頃更新中。楽しんで頂ければ幸いです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

【完結】マギアアームド・ファンタジア

こすもすさんど(元:ムメイザクラ)
ファンタジー
ハイファンタジーの広大な世界を、魔法装具『マギアアームド』で自由自在に駆け巡る、世界的アクションVRゲーム『マギアアームド・ファンタジア』。  高校に入学し、ゲーム解禁を許された織原徹矢は、中学時代からの友人の水城菜々花と共に、マギアアームド・ファンタジアの世界へと冒険する。  待ち受けるは圧倒的な自然、強大なエネミー、予期せぬハーレム、そして――この世界に花咲く、小さな奇跡。  王道を以て王道を征す、近未来風VRMMOファンタジー、ここに開幕!

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...