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魔法が使える世界
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薄暮となり、屋内で夕食を囲もうとしていた。
ひとまず卓人は今日の安息を得られたことに感謝することにした。
「なに? タクト君みんな忘れちゃってるの?」
「記憶喪失? かっこいい!」
食卓に座るとまたしても子供たちにまとわりつかれることになった。暖炉でも薪をくべているから暑苦しい。
最善かどうかはわからないが、ナタリアの機転で驚くほどあっさり『戦争で記憶をなくしたお兄ちゃん』として周囲が受け入れた。
ここが孤児の養護施設だということはすぐにわかった。そして自分も同じく孤児ということだ。この世界での親がいたりしないのは身軽な感じがするし、あっけらかんとした子供たちの様子も気持ちを楽にさせた。
いけない白衣姿の女性がナタリア先生で、この孤児院の監督といったところだ。子供たちはエミリが十五歳、そのほかの子は年長が十歳で一番幼い子が四歳だ。卓人も含めて十六人が暮らす建物は手狭な印象を受ける。部屋中央の大きな食卓と脇の機織り機がほとんどを占めているからだ。
「ちょっと、みんなも手伝ってよ」
エミリが厨房から声をかけても子供たちは完全に無視していた。ずいぶんとなめられているようだ。というよりむしろ甘やかしてしまっているのだろう。教育上適切な状況とは思えないが監督のナタリア先生は暇そうに眺めているのみだった。
「じゃあ、僕も手伝おう」
「いいよ、お兄ちゃんは座ってて」
子供たちにまとわりつかれるのが面倒だから申し出たのだが、やさしさに満ち溢れた笑顔であっさりと断られた。結果として卓人は子供にまとわりつかれ続け、エミリは一人で夕食をつくることになった。それでもさすがに料理ができあがると、早く食欲を満たそうと配膳を手伝い始めた。食卓にはとけたチーズのかかったパン、肉の煮込み料理と水餃子のようなものが入ったスープが並んだ。馴染みのある食事ではないがおいしそうだ。
「さぁ、食べようか。お祈りをしない子は許さないからね」
ナタリア先生が上座に座りみんなが食卓を囲む。軽く握った右手を胸の前に捧げて言葉をつぶやく。日本でいう「いただきます」なのだろう。祈りの沈黙は神聖な空気を醸した。静けさもつかの間、次の瞬間には子供たちは食事に貪りついて騒がしくなる。
「灯りをつけようね」
エミリは食事より先に、テーブルの上にぶら下げられたランプに手を伸ばした。ガラスの風防を開けると灯心に火を点けた。
「え?」
卓人は驚きの声を漏らした。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「なんで……?」
それは何気ない一連の行動にすぎなかったのだが、卓人は不思議そうな顔をした。
「……今、どうやった?」
「何が?」
立ち上がってランプをつかむ。
「あつっ!」
思わず高温になっている部分を触ってしまった。
明らかに異様な行動に子供たちは驚いた。
「どうしたの、タクト君?」
子供たちの心配など関係なく、卓人はランプを念入りに観察した。
「発火石がついてるわけでもなし……これ、どうやって火を点けたんだ?」
「え? どうやってって……普通に……」
ランプは植物の繊維を撚ってつくった灯心で油を吸い上げ、着火すれば油がなくなるまで灯し続ける一般的な構造であった。しかしランプには肝心の着火装置がなく、エミリの手にマッチなどが握られているわけでもない。
「ちょっと、お兄ちゃん?」
「教えてほしいんだ!」
エミリはこれまでにない兄の強引さに困惑した。
「だから、こう」
人差し指を立てると、その先にポッと火が灯る。
「は?」
理解不能の現象が目の前で起こる。しかも彼女らからすると「普通に」。
「なんだよ、魔法だよ」
「魔法?」
「そうだよ。ほら、えい、えい、えい」
子供たちが火の玉を投げつけてきた。
「うわ、あっつっ!」
「あははは、タクトくん何やってんのさ」
「何やってんのはお前らだ! 火事になるだろ!」
ナタリアが怒鳴る。
「魔法って……そんなことあるの?」
「それそれそれ! ぎゃはははは!」
子供たちは悪乗りして、先生の注意など聞かずに火の玉を卓人に向かってじゃんじゃん投げつけ始めた。火はすぐに消えるが、やはり熱い。ついには天井からぶら下がっている藁の縄に引火してボヤが発生した。
「うわー!」
その火はナタリア先生が魔法で消して大事には至らなかったが、悪さをした子供たちは延々と説教を食らうことになった。
そんな孤児院の日常の一片を見ながら、卓人は異世界ならではの特有の文化に関心をもち始めていた。
魔法――――。
ひとまず卓人は今日の安息を得られたことに感謝することにした。
「なに? タクト君みんな忘れちゃってるの?」
「記憶喪失? かっこいい!」
食卓に座るとまたしても子供たちにまとわりつかれることになった。暖炉でも薪をくべているから暑苦しい。
最善かどうかはわからないが、ナタリアの機転で驚くほどあっさり『戦争で記憶をなくしたお兄ちゃん』として周囲が受け入れた。
ここが孤児の養護施設だということはすぐにわかった。そして自分も同じく孤児ということだ。この世界での親がいたりしないのは身軽な感じがするし、あっけらかんとした子供たちの様子も気持ちを楽にさせた。
いけない白衣姿の女性がナタリア先生で、この孤児院の監督といったところだ。子供たちはエミリが十五歳、そのほかの子は年長が十歳で一番幼い子が四歳だ。卓人も含めて十六人が暮らす建物は手狭な印象を受ける。部屋中央の大きな食卓と脇の機織り機がほとんどを占めているからだ。
「ちょっと、みんなも手伝ってよ」
エミリが厨房から声をかけても子供たちは完全に無視していた。ずいぶんとなめられているようだ。というよりむしろ甘やかしてしまっているのだろう。教育上適切な状況とは思えないが監督のナタリア先生は暇そうに眺めているのみだった。
「じゃあ、僕も手伝おう」
「いいよ、お兄ちゃんは座ってて」
子供たちにまとわりつかれるのが面倒だから申し出たのだが、やさしさに満ち溢れた笑顔であっさりと断られた。結果として卓人は子供にまとわりつかれ続け、エミリは一人で夕食をつくることになった。それでもさすがに料理ができあがると、早く食欲を満たそうと配膳を手伝い始めた。食卓にはとけたチーズのかかったパン、肉の煮込み料理と水餃子のようなものが入ったスープが並んだ。馴染みのある食事ではないがおいしそうだ。
「さぁ、食べようか。お祈りをしない子は許さないからね」
ナタリア先生が上座に座りみんなが食卓を囲む。軽く握った右手を胸の前に捧げて言葉をつぶやく。日本でいう「いただきます」なのだろう。祈りの沈黙は神聖な空気を醸した。静けさもつかの間、次の瞬間には子供たちは食事に貪りついて騒がしくなる。
「灯りをつけようね」
エミリは食事より先に、テーブルの上にぶら下げられたランプに手を伸ばした。ガラスの風防を開けると灯心に火を点けた。
「え?」
卓人は驚きの声を漏らした。
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「なんで……?」
それは何気ない一連の行動にすぎなかったのだが、卓人は不思議そうな顔をした。
「……今、どうやった?」
「何が?」
立ち上がってランプをつかむ。
「あつっ!」
思わず高温になっている部分を触ってしまった。
明らかに異様な行動に子供たちは驚いた。
「どうしたの、タクト君?」
子供たちの心配など関係なく、卓人はランプを念入りに観察した。
「発火石がついてるわけでもなし……これ、どうやって火を点けたんだ?」
「え? どうやってって……普通に……」
ランプは植物の繊維を撚ってつくった灯心で油を吸い上げ、着火すれば油がなくなるまで灯し続ける一般的な構造であった。しかしランプには肝心の着火装置がなく、エミリの手にマッチなどが握られているわけでもない。
「ちょっと、お兄ちゃん?」
「教えてほしいんだ!」
エミリはこれまでにない兄の強引さに困惑した。
「だから、こう」
人差し指を立てると、その先にポッと火が灯る。
「は?」
理解不能の現象が目の前で起こる。しかも彼女らからすると「普通に」。
「なんだよ、魔法だよ」
「魔法?」
「そうだよ。ほら、えい、えい、えい」
子供たちが火の玉を投げつけてきた。
「うわ、あっつっ!」
「あははは、タクトくん何やってんのさ」
「何やってんのはお前らだ! 火事になるだろ!」
ナタリアが怒鳴る。
「魔法って……そんなことあるの?」
「それそれそれ! ぎゃはははは!」
子供たちは悪乗りして、先生の注意など聞かずに火の玉を卓人に向かってじゃんじゃん投げつけ始めた。火はすぐに消えるが、やはり熱い。ついには天井からぶら下がっている藁の縄に引火してボヤが発生した。
「うわー!」
その火はナタリア先生が魔法で消して大事には至らなかったが、悪さをした子供たちは延々と説教を食らうことになった。
そんな孤児院の日常の一片を見ながら、卓人は異世界ならではの特有の文化に関心をもち始めていた。
魔法――――。
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