上 下
51 / 56
第二部

第15話

しおりを挟む
「山口くん…?」

 四宮部長の惚けた声が聞こえてくるが、今は無視する。瀬尾君の唇から口を離すと、彼もまた惚けた顔でこちらを見ていた。急いでα用の抑制剤と水を口に含み、もう一度激しいキスをお見舞いしてやる。

「んんぅ!」

「はっ…んんぅ…、せお…くん。」

 瀬尾君が舌を絡ませてくる。それに応えるように舌を伸ばすとチュルッという音とともに唾液を啜られた。

「あふっ…んんぅ…ぷあっ…!」

「ん…ゆき、なお…!ふぅっ!」

「…なっ…!」

 自分と瀬尾君の激しいキスを目の前で見せつけられている小鳥遊君はただでさえ赤くなっていた顔を真っ赤にしている。でも視線を外すことはできないようで、ずっとこちらを凝視していた。存分に瀬尾君の唇を味わって、ゆっくりと顔を離すと、涎の糸が2人の間でぷつりと切れる。口から垂れた涎を親指で拭い、小鳥遊君を見下ろす。

「瀬尾君…、時宗は俺のだから手を出すなよ、小鳥遊君。」

「っ!」

 小鳥遊君の顎を手で上げて瞳を見ながら告げる。すると小鳥遊君が息を呑んだ。




「だぁー!もう、駄目!駄目ですよ、幸尚さん!何別のΩ誘惑してるんですか!ほら、お前もさっさと抑制剤飲め!」

「ふぶっ!」

 なぜか三目君に無理やり小鳥遊君から引き剥がされる。威嚇するように小鳥遊君を睨みつけた三目君は、その顔面に抑制剤を叩きつけた。

「な!ぼ、僕はこんなβなんかに誘惑なんて!」

「黙れ、若造!幸尚さんに見惚れてたくせに!やらないからな!幸尚さんのΩは俺だけなんだよ!だから早く薬飲め!」

 三目君の指示通りに小鳥遊君が薬を飲み込む。するとどんどんフェロモンが少なくなってきて、数分後には小鳥遊君の体調も元に戻ったようだった。
 そして、瀬尾君と四宮部長も同じく薬が効いたようで息の荒さもなくなっている。

「…山口、お前あの会社の社長と知り合いだったのか?」

 店の人に事情を説明して謝罪を終わらせてきた四宮部長が尋ねてくる。

「えぇ、実は親戚なんです。仕事で身内びいきされてると思われたくなくてうちの会社にも、あっちにも隠してたんですが、今回は緊急だったので使わせてもらいました。」

「そうか…。でもそのおかげで助かった。ありがとう。」

 四宮部長が頭を下げてくるので慌ててしまう。

「そんな!やめてください!俺はもうさっき会社を辞めましたから、ただの一般人です。一般人がセクハラ親父を成敗しただけですから!」

「君をクビになど絶対にさせない。もしそうなるなら俺も一緒にやめよう。」

「ふふ。なら一緒にリチャードの会社に拾ってもらいますか?」

「それもいいな。」

 2人で笑い合っていると「だから、またたらし込まないでくださいって言ってるんです!」と三目君に注意されてしまった。3人でふふっと笑い合っていた時。


「っ!どうして、どうして邪魔したんだよ!あれが僕の営業のやり方なんだ!邪魔するなよ!!」


 小鳥遊君が絶叫した。またもや涙をボロボロとこぼし、その大きな瞳で自分を睨みつけてくる。

「せっかく!大口の案件が取れたはずだったのに!そしたら、僕は評価されたはずだったんだ!Ωでもしっかり仕事できるって!これしか!この方法しかぼくにはないのに!!!!」

 よろよろと立ち上がって小鳥遊君が歩いてくる。そして縋るように胸ぐらを掴んできた。

「これがΩのやり方なんだよ!βのあんたとは違う!愛玩されるしか利用価値がない僕らはこういうことしか!!!」

「ていっ!」

「いでっ!」

 
 おでこにデコピンをしてやった。やばい。このご時世、これも問題になったりするだろうか。でも伝えないといけない。



「俺は言ったぞ。前の君の方が好きだって。いろんな人に質問してメモを取って。失敗しても涙堪えて食らいついて、教えてくださいって踏ん張ってた君がね。」

「…どうして…!」

「どうしてって。小鳥遊君、数年前にうちにインターンシップ来てただろ?」

「あ、あの時の僕は!」

「うん。苗字も違ったし、今と違ってちょっと髪もモサモサしてたよね。でも俺はあの時の君の方がずっと輝いてたと思うよ。インターンシップに来てくれたから、てっきりうちに就職してくれるもんだと思ってたから、次の年の新入社員にいなくて残念だったんだ。」

「…あの時のダサ男が僕って…分かってたんですか?」

「うん。俺、一度会った人ってほとんど忘れないんだ。それに君の仕事の仕方がすごく好きだったから忘れないよ。どうして変わってしまったの?俺は君と仕事をするの楽しみにしてたのに。」

「っ!僕は僕は!!!!!」

「あんなやり方が君の営業スタイルなもんか。君はとっても努力家で頑張り屋の立派な営業マンなんだからね。」

 涙でぐしゃぐしゃの顔を両手で包み込んで微笑む。



「うわーーーーーー!」

 涙も鼻水も何もかも出しながら、小鳥遊君は自分に縋り付いて号泣した。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

【完結】「奥さまは旦那さまに恋をしました」〜紫瞠柳(♂)。学生と奥さまやってます

天白
BL
誰もが想像できるような典型的な日本庭園。 広大なそれを見渡せるどこか古めかしいお座敷内で、僕は誰もが想像できないような命令を、ある日突然下された。 「は?」 「嫁に行って来い」 そうして嫁いだ先は高級マンションの最上階だった。 現役高校生の僕と旦那さまとの、ちょっぴり不思議で、ちょっぴり甘く、時々はちゃめちゃな新婚生活が今始まる! ……って、言ったら大袈裟かな? ※他サイト(フジョッシーさん、ムーンライトノベルズさん他)にて公開中。

ナッツに恋するナツの虫

珈琲きの子
BL
究極の一般人ベータである辻井那月は、美術品のような一流のアルファである栗栖東弥に夢中だった。 那月は彼を眺める毎日をそれなりに楽しく過ごしていたが、ある日の飲み会で家に来るように誘われ……。 オメガ嫌いなアルファとそんなアルファに流されるちょっとおバカなベータのお話。 *オメガバースの設定をお借りしていますが、独自の設定も盛り込んでいます。 *予告なく性描写が入ります。 *モブとの絡みあり(保険) *他サイトでも投稿

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

ラットから始まるオメガバース

沙耶
BL
オメガであることを隠しながら生活する佳月。しかし、ラットを起こしたアルファを何故か見捨てることができず助けてしまったら、アルファにお世話されるようになって…?

ひとりのはつじょうき

綿天モグ
BL
16歳の咲夜は初めての発情期を3ヶ月前に迎えたばかり。 学校から大好きな番の伸弥の住む家に帰って来ると、待っていたのは「出張に行く」とのメモ。 2回目の発情期がもうすぐ始まっちゃう!体が火照りだしたのに、一人でどうしろっていうの?!

【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!

白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。 現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、 ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。 クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。 正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。 そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。 どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??  BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です) 《完結しました》

そして、当然の帰結

やなぎ怜
BL
β家庭に生まれたαである京太郎(きょうたろう)の幼馴染の在雅(ありまさ)もまたβ家庭に生まれたΩだ。美しい在雅が愛しい相手を見つけるまで守るのが己の役目だと京太郎は思っていた。しかし発情期を迎えた在雅が誘惑したのは京太郎で――。 ※オメガバース。 ※性的表現あり。

処理中です...