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第一章 家族
第三話
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まだ朝日が昇って間もない午前6時。ボストンバックを持って、自分の部屋から出る。持っていくものはほとんどない。こっちのものを持って行って、忌々しい事故を思い出すなんて御免だ。母さんたちを起こさないように足音を忍ばせて階段を下り、リビングへ入る。
「父さん…。」
仏壇の前で明るい笑顔を浮かべている父さんの写真に一礼した後、玄関へ向かい靴を履く。
「朝穂…。」
後ろから震える声で呼びかけられる。返事をしないまま、靴ひもを強く結び直した。
「朝穂、今からでもお祖父ちゃんの断って…。」
まだ余計なことを言う母さんの苛立ち、文句を言おうと振り返ると、リビングからパジャマ姿の兄さんが出てきた。
「いいじゃん、母さん。行かせればいいよ。どうせ高校にもほとんど行ってないんだから。」
「満晴!」
兄さんの言葉を母さんが鋭い声音で制止する。しかし、兄さんは言葉を止めない。
「俺たちは家族じゃないんだろ?俺だって家族じゃない人間のことずっと考えてやるほど暇じゃないんだよ!」
「…さよなら。」
「待って!朝穂!朝穂!」
立ち上がって玄関の扉を開ける。朝靄がかかった外へ、僕は足を踏み出し、荒々しく扉を閉めた。
母さんたちと揉めて以来、まともに会話をすることはなくなった。家の雰囲気は最悪となり、沙知もいつも苛立っている僕に近寄らなくなってしまった。そんな状態は良くないと思ったのだろう、ある日母さんが「お父さんの実家で少し休んでみない?」と提案してきた。父さんの実家は同じ僕たちが住む都守町から路線バスで約2時間半ほどかかる山奥だ。もう70歳を超えているのに、毎日山に入っているというお祖父ちゃんと、農作業が趣味のおばあちゃんの2人で暮らしている。あの事故のショックから、高校にもほとんど通っていない僕を見かねたお祖父ちゃんたちが「朝穂を預かろうか」と打診してきたようだ。
(母さんたちから捨てられるってことか…。)
そう思いながらも、ホッとしている自分もいた。あの家にいたら、疎外感で吐いてしまいそうだった。必死に勉強して合格したはずの高校でさえ、何の魅力も感じない。僕は母さんからその話を聞いて、二つ返事で了承した。母さんもホッとしたような顔をしたことを、僕は見逃さなかった。お祖父ちゃんたちが住む椎羽村行きのバスは駅から出ている。ボストンバックを持ち直して、歩き出そうとした時。
「お兄ちゃん!」
悲鳴のような声が聞こえた。ゆっくり振り返ると、家の前にパジャマ姿の沙知がいた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
(馬鹿だな。そんなに大声出したら、朝から近所迷惑だって怒られるぞ。)
「お兄じゃん!いやだぁ!行かないでぇえ!」
(そんなに泣いたら、目が真っ赤になるだろ。)
「沙知、いい子にずるがらぁ!」
ボロボロと涙をこぼす沙知に背を向け、駅へ向かって歩き出す。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね、父さん。」
頬を伝う涙には気づかない振りをした。
「父さん…。」
仏壇の前で明るい笑顔を浮かべている父さんの写真に一礼した後、玄関へ向かい靴を履く。
「朝穂…。」
後ろから震える声で呼びかけられる。返事をしないまま、靴ひもを強く結び直した。
「朝穂、今からでもお祖父ちゃんの断って…。」
まだ余計なことを言う母さんの苛立ち、文句を言おうと振り返ると、リビングからパジャマ姿の兄さんが出てきた。
「いいじゃん、母さん。行かせればいいよ。どうせ高校にもほとんど行ってないんだから。」
「満晴!」
兄さんの言葉を母さんが鋭い声音で制止する。しかし、兄さんは言葉を止めない。
「俺たちは家族じゃないんだろ?俺だって家族じゃない人間のことずっと考えてやるほど暇じゃないんだよ!」
「…さよなら。」
「待って!朝穂!朝穂!」
立ち上がって玄関の扉を開ける。朝靄がかかった外へ、僕は足を踏み出し、荒々しく扉を閉めた。
母さんたちと揉めて以来、まともに会話をすることはなくなった。家の雰囲気は最悪となり、沙知もいつも苛立っている僕に近寄らなくなってしまった。そんな状態は良くないと思ったのだろう、ある日母さんが「お父さんの実家で少し休んでみない?」と提案してきた。父さんの実家は同じ僕たちが住む都守町から路線バスで約2時間半ほどかかる山奥だ。もう70歳を超えているのに、毎日山に入っているというお祖父ちゃんと、農作業が趣味のおばあちゃんの2人で暮らしている。あの事故のショックから、高校にもほとんど通っていない僕を見かねたお祖父ちゃんたちが「朝穂を預かろうか」と打診してきたようだ。
(母さんたちから捨てられるってことか…。)
そう思いながらも、ホッとしている自分もいた。あの家にいたら、疎外感で吐いてしまいそうだった。必死に勉強して合格したはずの高校でさえ、何の魅力も感じない。僕は母さんからその話を聞いて、二つ返事で了承した。母さんもホッとしたような顔をしたことを、僕は見逃さなかった。お祖父ちゃんたちが住む椎羽村行きのバスは駅から出ている。ボストンバックを持ち直して、歩き出そうとした時。
「お兄ちゃん!」
悲鳴のような声が聞こえた。ゆっくり振り返ると、家の前にパジャマ姿の沙知がいた。
「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」
(馬鹿だな。そんなに大声出したら、朝から近所迷惑だって怒られるぞ。)
「お兄じゃん!いやだぁ!行かないでぇえ!」
(そんなに泣いたら、目が真っ赤になるだろ。)
「沙知、いい子にずるがらぁ!」
ボロボロと涙をこぼす沙知に背を向け、駅へ向かって歩き出す。
「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね、父さん。」
頬を伝う涙には気づかない振りをした。
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