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第一章

帰り道

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「ふっ、不破さん!ちょっとどういうことなんですか!?私、今日は舞のおうちにお泊まりの予定だったんですよ!」

 私の手を引いて先を歩く不破さんに頬を膨らませながら文句を言う。すると口笛を吹くくらいに上機嫌だった不破さんがピタリと立ち止まった。

「それはさっき舞さんに確認取っただろ?連れて帰ってもいいかって聞いたらいいって言ってただろ?」
「私本人に了解とってないじゃないですか!そんなもの無効ですよ!」
「無効?」

 不破さんが寄ってきて、ぐぐぐっとその端正な顔を近づけてくる。

「無効にしていいのか?」
「はっ、はぁ!?」

 ニコニコと笑っている不破さんの表情に怒りが湧いてくる。

(私が断らないって思ってるのね!)

「無効です!こんなの無効です!私はもう帰ります!このまま店に帰っても舞に迷惑なので!!不破さん、さよなら!」

 お酒がかなり入っているからか、強気でいられる。というか、この人にはこのくらい強く出てもいいんじゃないだろうか。これまでの人生で何でも思い通りになってきたような人だ。ひとつぐらい思い通りにならないことがあったっていいはずだ。

 カツカツとヒールを鳴らして先を急ぐ。

「千佳子。」

 後ろから不破さんの声が聞こえてくるが無視して歩き続ける。

「千佳子。こっち向いて……。」
「嫌です。帰るんです。私は帰るんです!」
「千佳子……。」

「あっ!いたいた、しゃちょー!」

 二人で言い合いをしていると、甘ったるい声が聞こえてくる。言い合いと言っても、私だけがわがままを言っていて、それを不破さんが宥めるような構図になってしまっているのが気に入らないが。

「しゃちょー!先に帰っちゃうなんてひどいですよぉ。私、まだ社長に聞いてもらいたい話がいっぱいあったのに!」

 後ろを振り返ると、不破さんの腕にふわふわの髪に甘い香りを見にまとった女性が絡み付いていた。

「あぁ、和田さん。追いかけてきたのか?まだ三次会があっただろ?」
「社長がいないのに三次会なんか行ったって仕方ないですよ。私は社長とだけ飲めれば十分なんですから!これから仕事って訳じゃないですよね?私と飲みなおししましょ?」

(うわぁ……、すごい。)

 和田さんと呼ばれた女性のアプローチがものすごい。不破さんの逞しい腕に自慢なんだろう豊かなバストをこれでもかと擦り付けている。身長の低さを生かして上目使いで不破さんの顔をじっと見つめている。

「和田さん、そんなに体が近いとセクハラだと思われるから離れて。」
「えぇー!セクハラなんかじゃないですよ!それに、不破さんからなら逆に嬉しいです!セクハラされたぁーい!」

(うわぁ……。)

 女性の目は、明らかにハンターのそれになったいる。顔は笑顔を浮かべているのに、「絶対に逃がさない!」というオーラが伝わってくる。

(私のこと、見えてないのかな……?)

 何より、和田さんが私の存在を完璧に無視しているということが怖い。不破さんの片手が私の腕を掴んでいるのに、まるで私なんていないかのように不破さんに話しかけている。

「和田さん、悪いけど俺はこれから用事があるから飲みに行くのはまた今度だ。」
「えー?用事ってなんですかぁ?」
「プライベートのことはそんなに話さない主義なんだよ。タクシー呼んでやるから気をつけて帰れ。」
「やだ!私、帰りません!不破さんが一緒に飲みに行ってくれるまで帰りませんからーー!」

 和田さんが、不破さんの体にぎゅうっと抱きつく。

「わぁ!」

 その勢いで私の体がはね飛ばされて前につんのめってしまい、転んでしまった。

「いてて……。」

 少し膝を擦りむいてしまったみたいだ、じんわりと血がにじんでしまっている。

「あちゃぁ……。」

 履いていたストッキングも破けてしまった。慌ててカバンの中からハンカチを取り出して、膝に当てて血をぬぐう。怪我をしたのは膝ぐらいで、足を捻った感じもない。運が悪かったなぁと思いながら立ち上がろうとする。

「っ千佳子!!」
「うひゃあ!」

体がふわりと持ち上がる。気づけば、まるで米俵のように不破さんの小脇に抱えられてしまっている。

「ふっ、不破さん!?」
「ちょっと待て!あっちにベンチがある!」
「不破さーーーん!?」

 上を向いて不破さんの顔を見ると、今まで見たこともないような必死な表情で、全速力で走っている。

「あっ!ちょっと社長!」

 しばらく呆けた顔をしていた和田さんは、我にかえったようで後ろから追いかけてくるが、不破さんの足の早さに追い付けないようでどんどん見えなくなっていく。

「不破さん!ちょっと!大丈夫ですから!私、ちょっと膝を擦りむいただけですから!」

なんとか説得を試みるも、不破さんは全く私の話を聞いてくれない。そしていつの間にかお目当てのベンチを見つけたようで、ゆっくりと座らせられた。

「あぁ、千佳子!血が出てる!くそっ!」
「大したことないって言ったじゃないですか。唾でも付けてれば治りますって!」
「唾?俺のでも治る?」
「きゃーーー!ちょ、やめて!治らない!不破さんのじゃ治らないですって、言葉のあやですから!」

 ベンチに座った私の前に膝まずいた不破さんが私の膝に唇を寄せてきたので慌てて制止する。口に手のひらを当てて、不破さんを阻止すると、恨みがましい表情で私を見上げてくる。

「何するんだ、千佳子?はやく消毒しないと。」
「自分でできますから!」

 不破さんが連れてきてくれたのは公園のようで、座っているベンチの近くに水道があるのが見える。そこでハンカチを濡らせばいいだろう。

「ちょっと水道行ってきますね?」
「俺が行く。」
「あっ!不破さん!」

 私が立ち上がる前に、不破さんが私のハンカチを持って水道に行ってしまった。

「なんかあんな必死な不破さんって新鮮だなぁ……。」

「ちょっといいですか、あなた!」

「はい?」

 声をかけられて振り返ると、そこには般若のような表情で仁王立ちする多田さんがいた。
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