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第一章

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「……。」
「千佳子?どうかした?」
「いや、さっきの人良かったんですか?」
「さっきの人?ん?誰のこと?」

(この人、マジで言ってるんだろうか……。)

 隣を優雅に歩いている不破さんの顔を下から覗き込むと、私の視線に気付いた不破さんがにっこりと笑って私の方へと顔を寄せてくる。

「どうした?そんなかわいい顔して。」

(この人……、ほんとは怖い人なのか?)

 なんでもないです!と言って早歩きになりながら、私は先ほどのホテルであったことを思い出す。


「ねぇ、京一……?」

 妖艶な体をくねらせて不破さんの唇に赤い唇を寄せようとしたその時。

「あぁ、君か?元気にしていたか?その後、仕事は軌道に乗ったか?申し訳ないが、今はプライベートだ。遠慮してもらいたい。」
「えっ?」

不破さんが女性の体を軽く押して、自分から引き離す。女性はぽかんと口を開いて呆然としている。

「仕事関係のことは業務時間内に頼むということだ。今はもう仕事中ではない。」
「なっ、何をいってるのよ京一!私たちあんなに!」
「あんなに?君と俺はビジネスな関係しかなかったはずだが?」
「わっ、私はそう思ってなかったわ!それにあなたも私のことをあんなにパーティーに連れていったり、デートにも誘ってくれて!」
「それは君がビジネスパートナーだったからだ。今、君と俺の会社の取引は終わった。もはや君と俺とは全く関係のない人間だ。」

(なんて冷たい目……。)

 何だか女性に誤解されても迷惑だと思い、少し離れたところから様子を見させてもらっているが、不破さんがあんなに冷たい目ができるとは思わなかった。私と一緒にいる時はいつもニコニコしていて、優しげか表情しか見たことがない。

「京一!?嘘でしょ?待って!私たちあんなにうまくいってたじゃない!」
「うまく?きみはただ俺をアクセサリーとして使っていただけだろう?また新しいジュエリーを見つければいいだけの話だ。…それではごきげんよう。」

 不破さんが、女性の手をとりその甲にキスをして優雅に頬笑む。そして、笑顔で私の方へと歩いてきた。

「すまんな、千佳子。またせてしまった。許してくれるか?」
「えっ?いや、あの!あの人は?」
「ん?なんのこと?」
「え?怖い怖い!あの人泣いてるよ!」
「あー、うそ泣き上手なんだよあの人。千佳子は、気にしなくていいからさ。」
「そっ、そうですか……。」

 あっちで女性が涙目で睨み付けてこられてるんですか、大丈夫なんでしょうか。

「ちょっと!京一の隣にいるあんた!調子に乗らないことね!あんたもすぐ私みたいに捨てられるんだから!」

「千佳子、行こう。」
「あっ……。」

 不破さんが私の目をその大きな手で覆ってしまった。

「千佳子……、俺を信じて。あの女じゃなくて俺を。」
「不破さん……?」

 そのまま手を引かれて、私は不破さんにホテルから連れ出されたのだった。

「千佳子、うちまで送っていく。」
「えっ?いやいや、大丈夫ですから!」
「もう遅い。男に襲われないか心配だ。」
「私なんか襲われませんから……。」

 必死に断るも、不破さんは首を縦には降ってくれない。これはオッケー出すまで粘るパターンのやつだろう。

「はぁ……、分かりましたよ。でも最寄り駅まででいいですから!」
「分かった。ありがとう、千佳子。なぁ、手をつないでもいいか?」
「っ!手、ですか?」
「あぁ、そうだ。だめか?」
「んと……。」

 人通りもある道で、不破さんが体を寄せてくる。

「千佳子の体温を感じたい。ほんとならこの場で抱き締めたいくらいだ。頼む。」
「そんな言い方ズルいです……。不破さんのバカ。」

 おずおずと右手を差し出すと、不破さんが目を細めて私の手をとってくれる。

「千佳子の手、小さくて可愛いな。」
「普通の手ですよ!他の人と何も変わりませんから!」
「そんなことない。小さくて、可愛くて、咥えこみたい。」
「んっ……。」

 不破さんの大きな手が私の手を包み込む。恋人岬繋ぎにされて、指で甲をさすられて、変な声が出てしまった。

「千佳子、かわいい……。」
「うっ、うるさいですよ、ほら、早く帰りましょう!不破さん、明日も仕事なんじゃないんですか?」
「明日は休みだよ。土日は仕事はしないようにしてる。」
「へぇ、ベンチャー企業っていったら、結構馬車馬のように働いてるイメージですけど?」
「そんなことしたら人が集まらないだろ?」

 不破さんと手を繋いで歩き出す。

「それに土日休みだったら、千佳子のことデートに誘えるだろ?」
「もう!そんなことばっかり考えてないでちゃんと仕事のことも考えてください!」
「仕事の時は仕事のこと考えてるよ。でも、プライベートの時は千佳子のことだけ考えたい。」

「もう!ばか!!!」

 私の目を見てとんでもなく恥ずかしいことを言ってくる不破さんに、私は子供のようにむくれてしまったのだった。



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