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仕事
第4話
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(なんであの方がこんな場所にいらっしゃるの?)
先日のラシードとの婚約が決まって以来、ファニアは時の人となった。多くの貴族や令嬢が出席するパーティーに引っ張りだこで、息つく暇もないと聞いている。そして、めったにとれない休みの際はラシードと仲睦まじく過ごしているということも。
アリアネスの心にどす黒い感情が広がるが、何とか気を散らした。
(今、考えるべきことはそんなことではないわ!早くあの方の安全を確保しなければ!)
アリアネス自身も見回りをしてみてわかったことだが、この歓楽街は本当に治安が悪い。武術の心構えがある自分ならまだしも、天真爛漫で暴力とは無縁のファニアが男に捕まればひとたまりもない。
(本当はあの方がどうなっても構わないのだけれど…。)
愛する女性が危険な目にあえば、ラシードが悲しむかもしれない。そう思うとほおってはおけなかった。
「確かこの路地に入られたわよね。」
ファニアの姿が消えた薄暗い路地裏に到着し、アリアネスはゆっくりとその中へ入る。木箱が山積みになっていたり、酒のボトルが散乱していて、酷い有様だ。こんな場所から早くファニアを連れ出さなければならない。
「…ファニア様?いらっしゃるの?」
囁くような小さい声で呼びかけながら前に進むと、大樽のそばに誰かがうずくまっている。
「ファニア様!」
アリアネスは膝を抱え、ぼんやりと宙を見つめるファニスのそばに駆け寄る。
「こんなところで何をされているの!」
「あら?アリアネス様ではありませんか?あらあら!その髪はどうされたの?」
ファニアがその大きな瞳をさらに見開き、アリアネスに尋ねる。
「そんなことはどうでもよいのです。どうしてこんな所にいらっしゃるのですか?」
「こんなとこ?あら、ここはどこかしら?」
ぽややんと話すファニアにアリアネスはがっくりと脱力した。
「…ここは歓楽街ですわ。治安が悪い場所ですので、早めに帰られたほうがよろしいかと。お付きのものはどちらに?」
「お付きはいないわ。子猫を追いかけていたらこんなところに来てしまったのね。」
「お付きもなしにこんな所に来られては危険ですわ。わたくしが屋敷までお送りしますので、お帰りください。」
「お付きもなしにということであれば、あなたもですわアリアネス様。」
ファニアが立ち上がり、にっこりと笑う。
「そのような町娘の姿で何をなされているの?」
「…わたくしは騎士団に入団いたしました。ですからお付きのものなど必要ありません。」
アリアネスが自分よりも小さいファニアを見下ろしながら言うと、ファニアはあらと口元に手を当てる。
「騎士団に入団されたのですか?あなたに楽をさせてくれる騎士を探すために?」
「…。」
アリアネスは微笑して、ファニアの言葉を受け流す。
「とにかく、ファニア様を屋敷までお送りしますわ。」
「いえ、わたくしは子猫が見つかるまで帰りません。」
ファニアが頬を膨らませ、ぷいっと顔をそむける。
「治安が悪いのであれば、子猫ちゃんも危ない目に合うかもしれません。ラシード様に見ていただく子猫なのですから、絶対に見つけますわ。」
ファニアの口から出たラシードという言葉にアリアネスの体がびくりと反応する。それに気づいたファニアの口元がわずかに吊り上がった。
「ラシード様とアリアネス様の婚約の解消は非常に残念です。でもこれからはわたくしがラシード様を支えますから安心なさって。」
ファニアの言葉にプライドもかなぐり捨てて怒鳴ってしまいそうになるが、こぶしを握り締め、なんとか抑える。
「ラシード様もわたくしのことをとてもかわいがってくださいます。すぐにでも結婚式を挙げたいと言われて困っていますの。」
ですから騎士団長などを目指されても無駄ですわと耳元で囁かれ、アリアネスはファニアから急いで距離をとった。
怒りに震えるアリアネスの姿を見て、ファニアはうふふと意味深に笑う。
「あまり危ないことばかりされていると、体に傷を作って妻に迎えてくださる方がいなくなりますわよ。家に戻って淑女らしく過ごされてくださいな。」
「…余計なお世話ですわ。」
「あら、うふふ。」
「アリアネス様!」
アリアネスがファニアを睨み付けていると、大通りの方からセレーナが急いで走ってくる。
「ひとりで行動されると危険です!いったいどうされたのですかっ!!」
アリアネスのそばまで寄ってきたセレーナがファニアの存在に気づき、形ばかりの礼をする。
「これはファニア様。」
「ごきげんよう、アリアネスの従者。アリアネス様、わたくし子猫ちゃんも帰ってきたことですし、屋敷に戻りますわ。ごきげんよう。」
「えっ?」
アリアネスがファニアに視線を移すと、その腕には小さな子猫が抱えられていた。そして、その近くにはファニアの従者と思われる男が頭を下げて控えている。
ファニアはよしよしと子猫の頭をなでながら、大通りに向かう。
(なんだかつかみどころのない方…。)
アリアネスがその様子を眺めていると、「そういえば」とファニアが振り返った。
「妖精の加護などというおとぎ話に振り回されているうちは騎士団長などにはなれませんわ。妖精のことは妖精にしかわかりません。そんなに話が聞きたいなら妖精自身にお聞きすればよいのです。」
「どうしてその話を…。」
アリアネスが茫然として尋ねると「さて、どうしてでしょう。」とファニアが再び笑い、大通りに止めてある馬車に乗り込んで去って行った。
「結局、手がかりは見つからなかったわね…。」
夜間の歓楽街での見回りを終え、騎士団の自室に帰ってきたアリアネスは溜息をつく。結局、アリアネスを含めた全員が妖精の加護に関する情報を何も手にすることはできなかった。
「あの、女…。自分のことは棚に上げお嬢様のことを好き放題…。殺してやればよかったでしょうか?」
容姿しか取り柄のない女だとアリアネスに罵声を浴びせたキウラのことを思い出し、セレーナがぎりっと唇をかみしめる。
「おやめさない。それよりも…。」
ベッドに倒れこんだアリアネスはファニアの言葉を思い出す。
(妖精のことは妖精にしかわかりませ。)
「…妖精なんて単なるおとぎ話よ。建国時の加護もオルドネア帝国の権威を高めるために後付けされたものだと言われているし。」
「そうですね。妖精なんて子供だけが信じる存在です。…悔しいですがファニア様の言うとおり、そんな与太話に振り回されるべきではないのかもしれません。」
夜着に着替えながらセレーナが言う。
「…そうなのかしら。」
どうしてもファニアの言葉がひっかかる。うんうんとうなりながら考えるが、疲れからか思考がうまくまとまらない。明日も早いので早く寝ましょうとセレーナに促され、アリアネスはいつのまにか眠りについていた。
明朝の訓練と昼間の町の巡回、そして夜間の歓楽街での情報収集を続け、気づけば初めての休みの日になった。
相変わらず、アリアネスたちをからかってくる騎士には訓練中に教育的指導を行い、昼間は多発する強盗などを警戒。夜は妖精の加護に関する聞き込み。さすがのアリアネスも疲れ切って、自室の椅子にぐったりと座り込んでいた。
「やっぱり騎士団の仕事は厳しいわ。でも自分が成長できていると思えばそんなに悪くないわね。」
「…お嬢様は本当に変わっておられますね。脳みそが筋肉でできておられるのかも、んん!失礼いたしまいた。」
「セレーナ、騎士団に入ってあなたの口の悪さも助長されたのではない?」
「申し訳ありません。」
全く申し訳なく思っていない顔でセレーナが謝る。
「それにしても、妖精の加護っていったいなんなのかしら。」
アリアネスはセレーナが入れてくれたお茶を飲みながらつぶやく。第10支団を上げて歓楽街での情報収集にあたっているにも関わらず、未だに手がかりは見つかっていない。
「妖精…妖精…。」
「お嬢様、仕事のことは忘れて、本日はゆっくりされた方が…。」
「そうだわ!!!!」
突然アリアネスが勢いよく立ち上がる。
「そうよ!妖精よ!誰よりも妖精に詳しい方がいるのを忘れていたわ!!」
アリアネスがバタバタとあわてて服を着替える。
「お嬢様!?どちらに?」
「セレーナ急いで準備を。『妖精狂い』の屋敷に行くわよ。」
先日のラシードとの婚約が決まって以来、ファニアは時の人となった。多くの貴族や令嬢が出席するパーティーに引っ張りだこで、息つく暇もないと聞いている。そして、めったにとれない休みの際はラシードと仲睦まじく過ごしているということも。
アリアネスの心にどす黒い感情が広がるが、何とか気を散らした。
(今、考えるべきことはそんなことではないわ!早くあの方の安全を確保しなければ!)
アリアネス自身も見回りをしてみてわかったことだが、この歓楽街は本当に治安が悪い。武術の心構えがある自分ならまだしも、天真爛漫で暴力とは無縁のファニアが男に捕まればひとたまりもない。
(本当はあの方がどうなっても構わないのだけれど…。)
愛する女性が危険な目にあえば、ラシードが悲しむかもしれない。そう思うとほおってはおけなかった。
「確かこの路地に入られたわよね。」
ファニアの姿が消えた薄暗い路地裏に到着し、アリアネスはゆっくりとその中へ入る。木箱が山積みになっていたり、酒のボトルが散乱していて、酷い有様だ。こんな場所から早くファニアを連れ出さなければならない。
「…ファニア様?いらっしゃるの?」
囁くような小さい声で呼びかけながら前に進むと、大樽のそばに誰かがうずくまっている。
「ファニア様!」
アリアネスは膝を抱え、ぼんやりと宙を見つめるファニスのそばに駆け寄る。
「こんなところで何をされているの!」
「あら?アリアネス様ではありませんか?あらあら!その髪はどうされたの?」
ファニアがその大きな瞳をさらに見開き、アリアネスに尋ねる。
「そんなことはどうでもよいのです。どうしてこんな所にいらっしゃるのですか?」
「こんなとこ?あら、ここはどこかしら?」
ぽややんと話すファニアにアリアネスはがっくりと脱力した。
「…ここは歓楽街ですわ。治安が悪い場所ですので、早めに帰られたほうがよろしいかと。お付きのものはどちらに?」
「お付きはいないわ。子猫を追いかけていたらこんなところに来てしまったのね。」
「お付きもなしにこんな所に来られては危険ですわ。わたくしが屋敷までお送りしますので、お帰りください。」
「お付きもなしにということであれば、あなたもですわアリアネス様。」
ファニアが立ち上がり、にっこりと笑う。
「そのような町娘の姿で何をなされているの?」
「…わたくしは騎士団に入団いたしました。ですからお付きのものなど必要ありません。」
アリアネスが自分よりも小さいファニアを見下ろしながら言うと、ファニアはあらと口元に手を当てる。
「騎士団に入団されたのですか?あなたに楽をさせてくれる騎士を探すために?」
「…。」
アリアネスは微笑して、ファニアの言葉を受け流す。
「とにかく、ファニア様を屋敷までお送りしますわ。」
「いえ、わたくしは子猫が見つかるまで帰りません。」
ファニアが頬を膨らませ、ぷいっと顔をそむける。
「治安が悪いのであれば、子猫ちゃんも危ない目に合うかもしれません。ラシード様に見ていただく子猫なのですから、絶対に見つけますわ。」
ファニアの口から出たラシードという言葉にアリアネスの体がびくりと反応する。それに気づいたファニアの口元がわずかに吊り上がった。
「ラシード様とアリアネス様の婚約の解消は非常に残念です。でもこれからはわたくしがラシード様を支えますから安心なさって。」
ファニアの言葉にプライドもかなぐり捨てて怒鳴ってしまいそうになるが、こぶしを握り締め、なんとか抑える。
「ラシード様もわたくしのことをとてもかわいがってくださいます。すぐにでも結婚式を挙げたいと言われて困っていますの。」
ですから騎士団長などを目指されても無駄ですわと耳元で囁かれ、アリアネスはファニアから急いで距離をとった。
怒りに震えるアリアネスの姿を見て、ファニアはうふふと意味深に笑う。
「あまり危ないことばかりされていると、体に傷を作って妻に迎えてくださる方がいなくなりますわよ。家に戻って淑女らしく過ごされてくださいな。」
「…余計なお世話ですわ。」
「あら、うふふ。」
「アリアネス様!」
アリアネスがファニアを睨み付けていると、大通りの方からセレーナが急いで走ってくる。
「ひとりで行動されると危険です!いったいどうされたのですかっ!!」
アリアネスのそばまで寄ってきたセレーナがファニアの存在に気づき、形ばかりの礼をする。
「これはファニア様。」
「ごきげんよう、アリアネスの従者。アリアネス様、わたくし子猫ちゃんも帰ってきたことですし、屋敷に戻りますわ。ごきげんよう。」
「えっ?」
アリアネスがファニアに視線を移すと、その腕には小さな子猫が抱えられていた。そして、その近くにはファニアの従者と思われる男が頭を下げて控えている。
ファニアはよしよしと子猫の頭をなでながら、大通りに向かう。
(なんだかつかみどころのない方…。)
アリアネスがその様子を眺めていると、「そういえば」とファニアが振り返った。
「妖精の加護などというおとぎ話に振り回されているうちは騎士団長などにはなれませんわ。妖精のことは妖精にしかわかりません。そんなに話が聞きたいなら妖精自身にお聞きすればよいのです。」
「どうしてその話を…。」
アリアネスが茫然として尋ねると「さて、どうしてでしょう。」とファニアが再び笑い、大通りに止めてある馬車に乗り込んで去って行った。
「結局、手がかりは見つからなかったわね…。」
夜間の歓楽街での見回りを終え、騎士団の自室に帰ってきたアリアネスは溜息をつく。結局、アリアネスを含めた全員が妖精の加護に関する情報を何も手にすることはできなかった。
「あの、女…。自分のことは棚に上げお嬢様のことを好き放題…。殺してやればよかったでしょうか?」
容姿しか取り柄のない女だとアリアネスに罵声を浴びせたキウラのことを思い出し、セレーナがぎりっと唇をかみしめる。
「おやめさない。それよりも…。」
ベッドに倒れこんだアリアネスはファニアの言葉を思い出す。
(妖精のことは妖精にしかわかりませ。)
「…妖精なんて単なるおとぎ話よ。建国時の加護もオルドネア帝国の権威を高めるために後付けされたものだと言われているし。」
「そうですね。妖精なんて子供だけが信じる存在です。…悔しいですがファニア様の言うとおり、そんな与太話に振り回されるべきではないのかもしれません。」
夜着に着替えながらセレーナが言う。
「…そうなのかしら。」
どうしてもファニアの言葉がひっかかる。うんうんとうなりながら考えるが、疲れからか思考がうまくまとまらない。明日も早いので早く寝ましょうとセレーナに促され、アリアネスはいつのまにか眠りについていた。
明朝の訓練と昼間の町の巡回、そして夜間の歓楽街での情報収集を続け、気づけば初めての休みの日になった。
相変わらず、アリアネスたちをからかってくる騎士には訓練中に教育的指導を行い、昼間は多発する強盗などを警戒。夜は妖精の加護に関する聞き込み。さすがのアリアネスも疲れ切って、自室の椅子にぐったりと座り込んでいた。
「やっぱり騎士団の仕事は厳しいわ。でも自分が成長できていると思えばそんなに悪くないわね。」
「…お嬢様は本当に変わっておられますね。脳みそが筋肉でできておられるのかも、んん!失礼いたしまいた。」
「セレーナ、騎士団に入ってあなたの口の悪さも助長されたのではない?」
「申し訳ありません。」
全く申し訳なく思っていない顔でセレーナが謝る。
「それにしても、妖精の加護っていったいなんなのかしら。」
アリアネスはセレーナが入れてくれたお茶を飲みながらつぶやく。第10支団を上げて歓楽街での情報収集にあたっているにも関わらず、未だに手がかりは見つかっていない。
「妖精…妖精…。」
「お嬢様、仕事のことは忘れて、本日はゆっくりされた方が…。」
「そうだわ!!!!」
突然アリアネスが勢いよく立ち上がる。
「そうよ!妖精よ!誰よりも妖精に詳しい方がいるのを忘れていたわ!!」
アリアネスがバタバタとあわてて服を着替える。
「お嬢様!?どちらに?」
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