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天使救出編

町へ

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 バレルさん達の会談は短時間で終わったけど、支援の準備時間は執事さんが言った通りになった。
 スータの町が三日間もスタンピードに耐えられるのかはわからないけど、まず難しい。
 俺が町に到着した時点でも門を破壊されそうになってたし。
 今この瞬間にも門が破られてるかもしれない。
 だからさっさと助けに行きたいのだが、それを我慢しているのには理由がある。

 会談が終わる前。
 カジェフさんが力を貸してくれる事になって、自動的に“光の剣”が来てくれる事になり、更にカジェフさんが他の冒険者達にも協力をお願いしに行く事になった。
 依頼はまだ発行されておらず、事が終わり次第報酬を出すという形なので、協力してくれる人が居るのかと疑問に思ったが、カジェフさんは街で結構な支持があるらしく、ある程度は集まるだろうとの事。
 なんでもカジェフさんはお人好しで、困ってる人を見たら誰でも助けてしまうらしい。

 実は“光の剣”のメンバーは、みんなカジェフさんに助けられて仲間になったそうだ。
 今回もその一環だと、メンバー達が笑いながら話してくれた。
 暗めの人はこっちをジッと見るだけだったが。

 と、そんな訳でカジェフさん達が冒険者を集めるので、彼らを俺が魔法で移動させる為に待機しているという事だ。
 まだ解散してから時間は経ってないけど、ジリジリとした焦りがある。
 けど、時間がかかるのは俺としてもメリットがあった。
 影落ちは範囲魔法じゃないので、大勢を移動させるとなると無駄に魔力を消費してしまう。
 だから賢者先生には範囲移動魔法の開発を現在頼んでいる。
 なので少し時間が欲しかったのだ。


「ユウトくーん!待たせたー!」

 そこから更に暫く待っていると、遠くからカジェフさんが走って来るのが見えた。
 後ろには大勢の人達が。
 彼らが協力者らしい。

「すまないッ、時間がかかってしまった」

 俺の前まで来ると汗を拭く仕草をしながらそう言ってきた。
 いや、どちらかと言うと短時間で集めたとは思えない人数だから逆に驚いてる。
 カジェフさんの人徳というやつだろうか……?
 そんな俺の考えを証明するかのように――

「カジェフさんの頼みだから仕方ねぇよ」
「助けになりたいしな」
「恩を返すのは当然ですから」

 などの声が周りの冒険者達から聞こえてきた。
 みんなキッチリ武装を整えていて、準備は万端らしい。
 チラチラとこちらを伺う視線もある。
 まぁ、俺の事を知ってる人はいないだろうし、気になるか。
 カジェフさんが俺の方へやって来て周囲に響くように話し始める。

「まず、俺の急な申し出に応諾してくれて感謝する!ありがとう!」

 そう言って頭を下げるカジェフさんに皆が頷く。
 カジェフは俺の方へ手を向けて更に続ける。

「今回、ここにいる俺達の仲間であるユウト君に移動を担ってもらう。魔法をかけるからある程度抵抗するなよ!」

 再び頷く皆。
 ただし、こちらを見る視線が増えた。
 というか、俺いつの間に仲間になった?
 冒険者仲間って事か?
 うむ、全然わからん。
 とりあえず集まった皆に自己紹介して、周りを確認。
 そして、ほんの少し前に丁度完成した魔法を発動させる。

「【暗黒空間ブラックルーム】」

 冒険者達の足下の地面に暗闇が広がっていく。
 ザワつく冒険者達に構わず広がっていく闇は、四角い絨毯のように皆の足下に満ちた。
 そしてスッと落ちるように全員が消える。

「やはり素晴らしい腕ですね」

 後ろから執事さんが歩いてきた。
 一応、出発を確認する為に近くに居てくれてたのだ。
 腕と言われても、俺じゃなくて賢者先生の力だからちょっと罪悪感が……。
 俺が心を痛めていると、執事さんは続けて話す。

「それでは私はバレル様の下へ戻りますね」

「はい、わかりました」

 執事さんも含め、領主であるバレルさん達は忙しい身なので時間が無い。
 執事さんは最後に「どうかご武運を」と言い残し、去っていった。
 俺は執事さんから目を離し、影落ちして地面に潜る。
 地面の空間には四角い空間が浮いており、そこで冒険者達が周りをキョロキョロしていた。
 それを見ながら俺はそのままスータの町へ移動を開始する。
 すると、空間がそのまま引っ張られるように移動を開始した。
 多数を移動させる為の【暗黒空間ブラックルーム】。
 実は、この魔法はただの移動魔法ではないのだ。
 移動するというだけならば、賢者先生はそこまで時間をかけずにこの魔法を開発出来ただろう。
 時間をかけた理由は一つ。
 街へ救援を求めに来た時に警戒していた敵対者に対応する為だ。
 俺としてはここまで来て何もして来ないなら大丈夫じゃない?とは思うのだが賢者先生はそうじゃないらしい。
 内外問わず襲撃、あるいは妨害をしてくるヤツがいるかもしれないと。
 外はともかく、内というのは今一緒に移動している冒険者達の事。
 もし、冒険者達の中に敵対者が紛れ込んでいた場合、このタイミングで、行動を起こす可能性があると賢者先生が報告してきたのだ。
 その為の結界であり檻であるのが【暗黒空間ブラックルーム】である。
 外からの襲撃に関しては結界で冒険者達を守り、中で何かあれば瞬時に行動を縛れる隔離空間になる……らしい。
 中の冒険者達は賢者先生が監視下に置いているので、何か変な行動を取れば直ぐに隔離されるという寸法だ。

 と、そんな事を思っていると町の近くまであと少しの所まで来た。
 町に着いてからの行動は既に決めてあるし、冒険者達もカジェフさんから伝えられて準備をしてると思うから大丈夫。
 相変わらず精度の低くなった感知能力で確認すると、幸いにもまだ壁は破られてない事がわかった。
 これはラッキーだ。
 もし破られてたら町の外に冒険者を展開させて、魔物を引き離す作戦を取らなくちゃいけなかったからな。
 とりあえず町の中に移動して、まず俺だけが地面から出る。
 冒険者ギルドの前にいたヤテ君の前だ。

「えッ!?何!?」

 急に目の前に人が現れたらそうなるよね……。
 めちゃくちゃ驚いてるヤテ君には申し訳ないけど伝えないといけない事がある。

「ヤテさん!応援を連れて戻ってきました!」

「え、ユウト君……え、その……」

 まだ混乱の中にあるヤテ君を一旦置いといて、とりあえず【暗黒空間】を解除する。
 ヤテ君の背後にあるギルドの床に闇が拡がり、中の冒険者達を解放して消えていった。

「なんだ!?急に地面から……!」

 ギルドにいる人達から驚きと、同時に警戒の声が広がる。
 だけどカジェフさんを筆頭にそれぞれのチームのリーダーが名乗りを上げ、今回の騒動の協力をすると宣言すると、すぐにギルド職員達が対応に入る。

「“光の剣”に“群青の戦士達”に“霧雨”に……名の知れた冒険者ばかりか……」

 一人がそう感心するように呟いた。
 よく見るとギルド長っぽかったけど、あんまり会ったことないのでスルー。
 カジェフさん達は既に行動に移っている。
 ギルドに居るものから現在の情報を貰い、そこからそれぞれの役割を担う為にバラバラに走り去っていった。
 去り際に皆、

「すげぇ魔法だな!」

「こんなに早く着くなんて……我々のとこに入りませんか?」

「助かった!ユウトさん!」

 等などの声を俺にかけて行く。
 それに対応しているとヤテ君が複雑な顔でこちらを見ていたのに気付く。

「ユウト君……」

 悲しいのか嬉しいのか、それとも怒っているのか。
 喜怒哀楽が混ざったような顔のヤテ君が俺の肩を両手でガッシリと掴んだ。
 な、なんだ?
 というか、めっちゃ肩がギシギシいってない?
 痛いんですけど……。

「なんで戻ってきてしまったんだ……」

「え?」

 ヤテ君の口から零れた言葉は驚くもので。
 そもそも領主の人達を避難させて、救援を呼ぶという案を出したのはヤテ君だったはずだ。
 なのになんでそんな事を言うんだろう?
 そんな俺の疑問を察したのか、ヤテ君は苦しむように顔を歪め、ポツポツと語り出した。

 ヤテ君が言うには、もう諦めていたのだと。
 これだけの魔物が来て、町が耐えられるわけがない。
 ギルド職員として出来る限りの事をしながらもそう思っていたらしい。
 それなのに俺が町に帰ってきてしまった。
 ヤテ君からすれば遠くの安全な場所にいるはずの知り合いが無駄死にに来たようなものだ。
 だからこそ俺を助ける為に、領主を助けるという表向きの案を出し、俺を遠ざけたという事らしい。
 救援の準備に時間がかかるだろう事も予想し、すぐに戻って来られない状態をつくる、というのがヤテ君の考えだったようだ。

「なのに、こんなに早く帰って来るなんて予想外だ……はは、これじゃあ縋りたくなってしまうよ……」

 肩に置く手が震え、最後には泣きそうな顔でそう言ったヤテ君を俺は自然と抱き締めた。
 なぜかヤテ君が凄く子供のように小さく見えたから。
 背中に回された腕は強く、肩に埋められた顔からは嗚咽が漏れる。
 抱き締めたはいいものの、人のあやし方なんて知らない俺はぎこちない動きでヤテ君の背中を撫でる。

「大丈夫です、なんとかなります……きっと。俺も頑張ります、だから大丈夫です」

 気の利いた事が言えない……けど、ヤテ君が泣き止むまではこうしていようと、俺は抱き締め続けた。


・・・


「ごめんね……ちょっと気が弱ってたみたいだ」

 暫くの後、ヤテ君が腕の力を抜きどちらともなく離れる。
 ヤテ君は少し赤くなった目を擦って笑った。
 気が弱ってた、ってそれは普通だと思う。
 町の周りに魔物がいて逃げられない、町に魔物が入ってくるのは時間の問題、そして自身では解決出来ない、そんな状況で気を強く持てる人なんて中々いないって。

「それで……大丈夫だとは思うけど、ユウト君も行くんだよね……?」

「はい、このまま町の防衛に加わる感じです」

 俺がそう答えるとヤテ君はそう、と頷いた。
 そして俺を見つめて、

「気を付けて」

 そう言った。
 俺はそれに頷いて目的の場所へ走り出す。

「ユウト君!」

 振り向くとヤテ君が笑顔でこちらに手を振っていた。

「ありがとうッ!」

 何に関してなのか、ぼんやりとだけどわかった。
 大きな声で聞こえたそれに、同じように笑顔で手を振り返し再び前を見据え進む。
 そんな俺を、見えなくなるまでヤテ君は見送り続けたのだった。

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