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第4話 カスとカスの頂上決戦2
しおりを挟む「なあ……あれ」
だれかが、声をあげました。
顔をあげると、カラハが……いつのまにか席を離れています。
そして、2メートルはあろうかという巨漢に、なにやら話しかけています。
「あれは……店長?」
巨漢の胸を見ると、私の視力では見えませんが、店長の名札をつけているようです。
腕も丸太のようで、あんな腕で殴られては私みたいなヒョロガリ男はふっとんで複雑骨折をする、という程度では済まずに存在ごと消し飛んでしまうかもしれません。
カラハが手にもったスマホを指さすと……店長がのしのしとこちらへ歩いてきました。
「お客さん……こまりますね」
そう、カドの目のまえに立って、言ったのです。
この丸太のまえにあっては、多少きたえているのであろうカドの肉体も、小枝でしかありません。
「……はいぃ?」
顔面蒼白で、カドはそんな情けない声で反応することしかできませんでした。
聞こえてきた店長の話から――私たちはことの顛末を理解しました。
カラハは――音楽をきいているふりをして、テーブルに置いていたスマホでカドの動きを撮影していたのです。
私たちの「一線を越えたカス行為をする」という話から、エスカレートして犯罪行為にまで手を出すのではと予想して……
彼らは、お互いに、お互いが見える位置にいました。
だからこそ、カドがお皿をほかのテーブルに押しつけた決定的証拠をつかむことででき、即座に店長への告げ口をなし得たのです――
「お兄ちゃん、学生さん? 今回は、ちゃんと自分の分を払うんなら、見のがしてやるよ。そのかわり、二度とすんじゃねぇぞ。うちの店とか関係ねぇ、どこの店でもな。もし、したら……」
店長は、顔も大きいのですが、その顔をぐんぐんにカドへと近づけて、「折るぞ。すべての骨を」と短く告げました。
「はい、はい、すみませんでしたぁぁぁ!」
カドは小学生のような半ベソをさらし、しっかりお会計をすませてから、逃げるように走り去っていきました。
「あと、ちゃんと風呂入れよ! 足すげぇニオイだぞ!」
店長がそのうしろ姿へ声をかけ、さらにジャッジは追撃するように、満身のちからをこめて腕をふり――
「クソダサ、1ゴミカス、-53ポインツ!」
と、宣言しました。
-53ポイント、しかもカドは逃げ出した、ということは……
「カラハさんの、勝利……?」
あっけにとられる私たちのまえで、会長代行がよろこびを爆発させ、私たちにとびこんできました。
「やったぁぁぁぁ!!」
涙をほとばしらせる代行に、私たちも涙を流してよろこびを分かちあいます。
ほかの会員はどうか知りませんが、私だけは、涙とともにバニーガールの残像をぬぐいながら……
試合は実質的には終わったのですが、ジャッジはおのれの職務を完遂すべく、さらにカラハのほうへも腕をふり、
「盗撮、告げ口、敵の失点誘引、3カス、7ポイント!」
とポイント獲得を告げました。
「ありがとう、ありがとう、カラハさん、ありがとう……」
顔をくしゃくしゃにしてお礼を言う会長代行に、カラハはポリポリとどこか恥ずかしそうにほおをかきながら、
「じゃ、もうちょい食っておれは帰るわ」
と言って、席にもどっていきます。
どこまでもマイペースな男です。
「ジャッジは、その、わかってたんですか? カラハさんが撮影してたこと」
みんなが落ちつき、席にあらためてもどってから、私は気になって訊いてみました。
ふだんならこたえてくれないのでしょうが、ほぼ試合は終わっているからか、ジャッジはニヤリと笑いました。
「まあ、ある程度予想はしていた。われわれは犯罪を推奨しているわけではないからね、本当は皿の押しつけなんてポイントつかないんだけど、こういう展開になったらおもしろいかと思ってね」
「ちなみに、カドからワイロかなんかもらってませんでした?」
「ワイロ?」
そう言って、ジャッジはポケットから1万円をとり出します。
「たしかに、彼から1万円は受けとった。だが、われわれは賄賂と書いて『チップ』と読んでいる。チップはいただく、でも買収はされない。ジャッジをゆがめることは、審判としての死を意味する。でも同時にできるだけお金もほしい。それが<公正なるカス神の天秤>としての矜持なんだ」
「カスだ……!」
ざわめくわれわれ。
判定をゆがめることはしないのに、お金はチップと解釈してふところにしまってしまうとは、この人もまた、ひとりのカスであったということです。
私のなかで、<公正なるカス神の天秤>にあこがれる気もちが、またひとつ芽生えました。
「きびしい世界だが、選手とちがってわれわれを目指そうという若者は少ない……きみ、来てくれるんなら、歓迎するよ」
そう言って、ジャッジはやさしい目で私の肩をたたきました。
そうか――私は気がつきました。
試合が終わったから話してくれたのではなく、審判を目指そうという私がいたから、あえて内実を話してくれていたのだということを――
「でも、ちょっと」
私がそう感動に身をひたしているとき、新米がぼそりとつぶやきました。
みんなが彼のほうを見ます。
「いや、あの……こんなこと言うのも水をさすんですけど、カラハさん、意外と大したことなかったっていうか、お店でやった単独のカス行為って、テーブル席に座ったのと、おどってたのぐらいじゃないですか? もうちょっと、やってくれる人なのかなぁって、期待してたっていうかなんていうか……」
言われて、ちらりとカラハを見てみます。
きりよく10皿を食べ終え、店員さんを呼んでお会計をしようとしているところのようでした。
「まあ、たしかに……でも勝ったからいいんじゃない?」
「それにしても、あいつ……真鯛ばっか食ってたのか? 白い皿一色じゃん」
「そうとう真鯛が好きなんじゃないの?」
「いやーでも、お皿もきれいに積んじゃってさ、おれならせめてお皿を散らしてカウントしにくくするぐらいのカス行為はしてみせるね」
「おまえ終わってからのカスアピールやめろやぁ~」
気がほぐれ、やいのやいのと楽しそうに仲間うちで話す面々に、私はたしかにと、疑問をいだきます。
私も、ふくれあがっていく不安から彼を信じることができませんが、それでもことが終わって冷静になってみると、あの日、私たちが出会ったときに見せた彼の手腕は本物のように、私には思えました。
本当に、彼はなにもできなかったのだろうか――
「お会計ですねー」
あまりやる気のなさそうなお姉さんが、カラハのテーブルにやってきます。
手にもった機械で、テーブルのお皿をカウントしようとし――お姉さんが首をかしげました。
「おい、さっき、10皿じゃなかった?」
だれかの声に、カラハのテーブルを注視してみると、たしかに、いまは白いお皿が11個積んであるようです……。
記憶をさぐっても、やはり先ほどは10皿だったはず。どこから1皿が出てきたのか……私は好奇心にかられ、テーブルに近づいていきます――
「うわっ、なにこれすごっ! きもっ!」
と、店員のお姉さんが笑いました。
その視線の先を追い、見つけた先には――
シャリでできた幻の1皿が、11皿目として上にのっていたのです。
私は瞬時に理解しました。
彼は時間をかけてお寿司を食べていたように見えていましたが、われわれからもカドからも見えない角度で巧妙に隠しながら、シャリをちょっとずつ分解して残しておいたのでしょう。
奇しくも、このお店では、真鯛は白いお皿にのって提供されます。
そしてとっておいたシャリを丹念にこねあげ、色のそろえた白いお皿にしょうゆをひとたらしして模様をいろどり――伝統工芸品かと見まがうばかりの美しい1皿をつくりあげてみせたのです!
「カウントできるかなと思ったんだけど、機械はだませなかったみたいだね。残念」
そう言って、カラハは、ひょいっとシャリ皿を口に入れてしまいました。
「お兄さんきもすぎ。あたしも知らないお皿があんのかと思っちゃった」
口調のわりに、お姉さんはほがらかに笑っています。
こんな、こんな独創的なカス行為があったなんて……!
「おれは、こいつを<だれも知らない名器>って呼んでる」
と、カラハは私を見てにやりと笑います。
この技名のダサさ、たしかに彼だ……!
私がおどろいていると、彼のとなりのテーブル席に、スウェットを着た若いカップルがやってきました。
入れ違いに、店員さんが出力してくれた伝票をとって、彼が立ちあがりました。私も彼について、研究会が座っているテーブルまで歩いていきます。
すると――
「えー、真鯛売り切れじゃーん」
というカップルの声がきこえ、私は戦慄しました。
彼が食べつづけていたのは、そう、いま売り切れている真鯛のはずです。
「それちょっと高い皿だろ。いいじゃん安いのにしろって」
「えー食べたかったなーじゃあイカ食べるー」
ひらききってしまった目を閉じることができず、ゆっくり、錆びきったロボットのようなぎこちない動作でカラハを見やると、彼は恍惚とした表情で天をあおいでいました。
「売り切れになることが……わかって、いたんですか?」
「え? ああ、キッチンのそばに座ったのは情報を得るためだからな。『真鯛、あと10』って、店員同士のやりとりで言ってたんだよ。そんで白い皿があっちのお客さんに運ばれていってたし、10皿なら食べ切って、売り切れまでもっていけるしいろいろちょうどいいだろ。……ああ、うめぇ、たまらなくうめぇよ。あの子の『食べたかった』聞いたか? 真鯛を味わったあとに、こんなうまみのおかわりまでもらえるなんて、最高だよな。こんなうまみは、ただ生きてたんじゃ味わえねぇ。これだよ、これ、この盤外で味わううまみこそが、またおれをカス行為へ走らせる――」
私は、ことばをうしなって、なにも言うことができなくなっていました。
カラハは、われわれにひと声かけ、尋常に会計をすませ、ゆるりと去っていきます――
「2カス、10ポインツォォ!!」
硬直するわれわれのそばで、ためにためた、ジャッジの追加ポイントの絶叫がひびきわたりました。
私の脳内では、その声が、いつまでも鳴りひびいて――
<完>
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