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第3話 カスとカスの頂上決戦1
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『天カス』当日、われわれが集まったのは、回転寿司のチェーン店であるカッス寿司のまえでした。
もう開始時刻ですが、試合を戦う選手であるふたり――羽賀カラハとカドは、ともに姿を見せていません。
会長代行は、緊張したようすで、祈るように両手を組みあわせて待っています。
ムリもありません。
この試合にまけてしまえば、あのカドの待つ真――じゃない、とにかくあっちの研究会に移籍せねばならないのですから、当然のことでしょう。
私はゴクリとつばを飲んで、じまんの丸メガネをクイッとあげました。
先日は、思わぬ出会いから熱が高まってカラハというどこぞの馬の骨にたのんでしまいましたが、あれから彼とは連絡がとれておらず、本当にきょう来るのかどうか、来てもカドの相手になるのかどうか、なにもわからないのです。
私は「ミーティングが必要では……『天カス』の傾向や対策をお伝えしますので、作戦を練りましょう」と伝えたのですが、カスさだけはたしかなあの男――カラハは、私の連絡に未読スルーをかましたまま一週間がたってしまったのです。
もしも、彼が来ない場合は、現研究会ではナンバーワンカスを自称する私が出るしかありません……が、カドには逆立ちしても勝てるとは思えないので、どうせ負けるならカラハ、あんたが来て、負けて、どうか自分の代わりにすべての汚名をひっかぶってくれ! とカス丸出しの願いを心中でさけびます。
そんな私のカス願望に呼応するように、ザッ、ザッと足音がひびきました――
私たちは、一斉に、そちらを向きます。
まず、先に集合場所におとずれたのは――カラハでした。
開始時刻から2分遅刻――開幕カスを決めてきます。
「おや、もうみんな集まってたのかい。気が早いな」
どことなく気どったダサいしゃべりかたをすることに瞬間イラッとしますが、しかし、これもこの男の才能なんだと考え気分を落ちつかせます。
すると、鬨の声を思わせる絶叫が、空間をふるわせました。
「1カス、1ポイント!」
――そう、すでに勝負ははじまっているのです。
声をあげたのは、ストライプの審判服を身にまとったちょびひげ中年の男性、<公正なるカス神の天秤>。
KJA――日本カス審判協会から派遣された、『天カス』においては絶対神ともいえる審判です。
「なにこれ?」
カラハがきいてくるので、会長代行が腰に手をあて、ふうとため息をつきます。
この男、なにも勉強してこなかったのか……
「きょうの試合の審判、カス・ザ・ジャッジです。あなたは2分の遅刻をしてきたため、カス行為として1ポイントが入ったんです」
「へぇ、どう勝敗を決めるのかなと思ってたが、まさか審判がくるとはねぇ。どうも、ひとつよろしく」
「礼儀正しい若者、ノンカス、-1ポイント!」
まさしく鐘のごとく打てばひびく、<公正なるカス神の天秤>の雄叫び。
私はあわててカラハに注意をうながします。
「ちょっ、カラハさんまずいですよ! きょうは徹底的にカス行為をしていただかないと、きょうのふるまいすべてで判定がなされるんですから、こまります。ポイントの合計で勝負がつくんですからまけちゃいますよ!」
きいてもカラハは「なんだこれおもしれぇ」とカラカラ笑っています。
なんという緊張感のない……これでだいじょうぶなのかと私の不安の雲はますますふくらんでいきます。
「1カス、2ポイント!」
さらにジャッジの声がひびき、われわれはそろってふりむきます。
離れていてもわかるクソカスオーラ――カドがやってきました。
「なんだ、このまえのヤツがいるから少しは楽しめるのかと思ったが……オープニングカスも決められねぇのか。こりゃあなんの苦労もなくチカちゃんゲットできそうだなぁ」
また舌を出し、いやらしい目で会長代行をなめまわすように熟視します。
「オープニングカスって?」
「5分の遅刻ギリギリを攻めることです。カスは放っておくと無制限に遅刻をするため、『遅刻は5分まで』と厳密に決められています。5分を1秒でもすぎれば失格。しかし、ぴったり5分の遅刻をすることで、例外的に2ポイント得られるんです」
「へぇ」
「あーあ、こりゃあ大差で勝っちまうかもなぁ。10ポイント以上差がついたら、そうだな、チカちゃんにはバニーガールの衣装をユニフォームとして真会に通ってもらうって特典をつけるのはどうだい?」
「ははっ、こんなちゃちなポイント稼ぎで勝ったつもりになるなんて、よっぽど自信がないんだな。弱い犬ほどよく吠える……いやカスなカスほどすごくカスってことか。必死に自分をふるい立たせて足ガクガクしてないでちゅか? 歩行器さがしてきてあげまちょうかねぇ」
「……んだてめぇ」
カドとカラハが、にらみ合います。
キッスさえできそうなほどの至近距離に立って、おたがい一歩もひきません。
「煽り合い、両者1ポイント!」
ジャッジの声がひびいて、ようやくふたりが離れました。
と思ったら、カドがなれなれしくジャッジの肩に手をまわします。
「オッサン……おれに有利な判定をしろよな。それがアンタの役目だぜ」
とささやきながら、さっとジャッジのポケットになにかを突っ込んだような……。
「無礼な若者、1カス、1ポイント!」
と考えるまもなく、さらにポイントの宣告がなされます。
これで、カラハが合計1ポイント、カドはすでに4ポイント……
お店に入るまえから3ポイントもの差がついてしまったことに、私はあせりをおぼえます。
ジャッジにうながされ、カッス寿司の店内に入るわれわれ。
試合としてはなるべくほかのお客さんに迷惑をかけないよう、比較的すいている平日15時が開始時刻であるため、店内にはまばらにしかお客さんがいません。
カスのライフハック研究会のわれわれは、試合のジャマにならないよう、ジャッジも含めて入口近くのテーブル席に座ります。
そのあと先攻として、ひとり客を装って店内に入ってきたカラハは、いつのまにかワイヤレスイヤホンをつけていました。
なにか音楽でもきいているのか、ムダにノリノリでからだを波打たせています。
若い女性の店員さんにカウンター席をすすめられるカラハ。
うなずいたものの、それは音楽に応じたダンスにすぎなかったらしく、ノリノリでおどりながらキッチンに一番近いテーブル席へ勝手に座りました。
店員さんは一瞬マニュアルどおりにカウンター席へ誘導すべきか迷うようなそぶりを見せましたが、店内がすいているため不要と判断したのか「ご注文はテーブルのタッチパネルで」とだるそうに案内をして去っていきました。
カラハはわざわざ持参したらしい簡素なスマホスタンドをテーブルに置き、あいかわらず熱いグルーヴにからだをゆだねてうなずいてるんだかわからない動きをします。
通路をはさんで向かいに座っていたお客さんが「なんだコイツ」という顔で少しまゆを曇らせました。
「2カス、3ポイント!」
ジャッジの声がひびきます。
「……いまの、どういうポイント配分かしら」
会長代行がつぶやきますが、ジャッジがその判定の内容について教えてくれることは基本的にありません。
私は丸メガネを光らせて口をはさみました。
「おそらく、勝手にテーブル席に座った行為に1ポイント、音楽をきいてからだをゆらし、不審者感をふりまいたことに2ポイントが入ったものと予想できます」
「……丸、すごいわね。勉強したの?」
「ええ、私、実はいま<公正なるカス神の天秤>認定試験を受けるための勉強をしておりまして……」
「えっ、そうだったの?」
「……はい。カラハがあらわれたとき、私は『私ではカスにはなりきれない』ことを痛感しました。それでも、私の魂にきざまれたカスの傷は、私をカスから離れることをゆるしてはくれません……。せめて、カスたちの行いを、その行く末を近くで見ていられる存在になろうと、勉強をはじめたところなんです」
「あなたも……カスにとらわれし、悲しきカスのひとりだったのね……」
会長代行が、そっと涙をぬぐいます。
横から「なに言ってんだこいつら」という声がきこえてきましたがきっと幻聴でしょう。
「……きたぞ」
仲間の声に入口を向くと、時間差でカドがやってきました。
あらためて見ても、なんというまがまがしいクソカスオーラ……。
人格はくらぶるべくもありませんが、<偉大なるカス>にはなかった別種の才能が彼に存するという事実は、認めざるををえないでしょう。
カドはイヤホンをつけてはいませんが、カラハと同様、カウンター席に案内された店員さんの声をシンプルに無視してテーブル席へドカリと腰をおろします。
位置は、定石どおりカラハから斜めの席で、お互いに状況がうかがえる距離。おそらく、彼のカス行為を視界に入れておく腹づもりでしょう。
「いきなりしかけたぞ!」
その声で、一気に緊張が走ります。
なんと、カドは、いきなりスニーカーを脱ぎ出し、ムワンという擬音さえ見えるような悪臭ほとばしるくつ下を座席に置いたのです!
その強烈な腐敗臭たるや、離れたわれわれにもすぐに届くほどでした。
「食べもの屋さんで、これはあまりにもカスすぎるわ!」
会長代行が、ハンケチーフで鼻をおさえながら苦言を呈します。
「2カス、4ポイント!」
が、<公正なるカス神の天秤>が無情にも高ポイントを絶叫します。
「カラハさんよりポイントが高いとは……そうか!」
私はなぜその高ポイントになったのかを考え、カドの周囲を注視してみました。
そうか、カドの目的はひとつではなく――
「なにがそうかなの?」
首をかしげる会長代行に、自分の推論を披露します。
「私は最初、カドは、カラハさんのカス行為を見張るためにあの席を選んだのだと思っていました。いや、もちろんそれもあるのかもしれませんが、カドの両どなりを見てください。現在の店内で、唯一両方ともお客さんが埋まっています。つまり、カドは自分のカス行為で周囲により迷惑がかかるポジションを確保してみせた、ということでしょう。対して、カラハさんの位置は通路をはさんだ向かいにこそお客さんがいますが、店の端であり、しかもとなりは空席です。たとえ同じカス行為をしても、これでは被害の広がりかたが異なる……」
「じゃ、じゃあいまのポイントは……」
「おそらく、カラハさんと同様勝手にテーブル席に座った行為に1ポイント、そしてあの悪臭を周囲にふりまいた行為が3ポイントと評価された、と解するほかないでしょう……」
「で、でも、そんなのカスすぎるじゃない! ほかの人のおいしい食事をジャマするだなんて……ああっ!」
ことばの途中で、代行が雷にでもうたれたように、背骨をのけぞらせて悲鳴をあげました。
「代行、どうしました!」
「なにか、なにか嗅いだことがあるような気がした……あれは、あれは<偉大なるカス>が考えた技よ! たしか、彼は<馥郁たる腐敗臭>と名づけていた……。一週間同じくつ下をはきつづけることで、まるで納豆を発酵させるように、あの強烈なニオイに育てあげるのよ。おそらく、きょうのために準備してきたんでしょう。でも、彼は、<偉大なるカス>は『思いついたはいいものの、この技はあまりにカスすぎる。とくにメリットもないし』と周囲の迷惑を考えて封印した技だったのよ! それを、こんなふうに悪用するなんて、あの男、ゆるせない……っ!」
代行は憎悪に燃えた目で、カドのことをにらみつけます。
だれかが「なんでみんな技名つけるんですか?」と言った気がしますが、カドがこちらを見て舌をぺろりと出して挑発し、それに逆上した代行の「ぐぅぅっ!」といううめき声でかき消されました。
「でも、そうしたら、カラハさんも音楽を大音量で流せば周囲のお客さんの迷惑になって対抗できるんじゃ……おれ、伝えてきます!」
まだ入ってまもない新米が立とうとするのを、必死に制止します。
「いけません! さっきまでとちがい、店内にはいれば完全に試合ははじまっています。もはや、助言であれ妨害であれ、ギャラリーであるわれわれが選手ふたりに接触することはゆるされないんです。それに……」
「それに、あいつと同じクソカスレベルに堕ちてどうするんですっ! 道徳的・倫理的観点におけるカス行為であること……。もちろん彼――カラハさんにはわれわれの規範をまもる義務なんてありませんが、われわれが、<偉大なるカス>がのこしてくれた魂を、けがすわけにはいかないんです……っ」
ぎゅっと自身の腕に爪を立ててこらえる代行の姿に、私は自分にまで痛みが伝わってきたように思いました。
そんなわれわれの苦しみを知ってか知らずか、カラハはのんきに真鯛を頼んでいます。
「うまいな」
そんなつぶやきが聞こえてきますが、なにかカス行為をしているようなけはいはなく、やきもきとした気もちにさせられます。
一方で――
「また動いたぞ!」
その声で、われわれのテーブルに緊張が走ります。
そちらを見やると――カドが回転寿司のレーンにのった皿をふたつ手にとったところでした。
「あいつも、食事タイムか。まあ最低限食ってないとおかしいしな……」
という安堵がもれたのですが、見ていると、どうもおかしい。
カドは、さらにふたつの皿をとりましたが――なぜか食べていないのです。
「あっ!」
あまりにもすばやい動きに私の心臓は戦慄し、ほんのわずかのあいだ、停止してしまいました。
カドは、カドは――あろうことか、取った皿をレーンにもどしたのです。
「そ、そんな……」
新米がとなりで、腰をぬかしています。
カドは、疾風迅雷、あまりにもすばやい動きで、レーンの皿を取ってはもどし、取ってはもどしをくりかえしはじめました。
「なにを、なにを考えているの! ほかの人が取ったお皿なんて、ほかのお客さんが食べたくないでしょう! まちがえてひと皿取ってしまってもどしただけならまだしも、クソカス、あのクソカス、最低限の一線ぐらい考えなさいよ!!」
ただでさえ目にもとまらぬスピードだったカドの動きですが、さらに加速していき、お皿を上へ下へと置くその音が店内に鳴りひびいていきます――
それは、まるで、熱情あふるるひとつの音楽を思わせる――ボンゴひとつでオーディエンスを舞わせる一流奏者のごとしで――
カッカンカンカン、カッカッカッカ、カンカンカカッカカンカン……
皿とテーブル、皿とレーンのたえまない衝突音は、天衣無縫、まさしく音楽としか形容しようのない極上のひびきで、巨大な天使の羽のごとく、この店舗のすべてをつつみこんでいきます――
しごく耳心地のいいリズムに、離れた座席に座っているまだ3歳にもならないであろう幼児が、キャッキャとからだをゆらしはじめました。
店内を歩く店員さんも、こんな陽気な曲流したかしらと首をかしげ、しかし無意識に肩をゆすり、指をはじいてからだがおどり出すのをとめることができていません。
「なんということ、これは……」
代行が、おでこに手をあて、目を伏せました。
そのさまは、からだが勝手にビートをきざんでしまうのを、必死におさえこんでいるかのようです。
それは私も同様、丸メガネをクイッとあげ、強く歯を食いしばらなければならないほどに、からだが熱くうずいて、うずいて――
「1カス、5ポインツッッ!」
――そのとき、一団のオーケストラがシンバルでその壮大な世界を閉じゆくように、ジャッジの絶叫がとどろきました。
これで、カドとカラハとの差は――9ポイント。
絶望的な、点差です。
「1カスで5ポイントなんて、聞いたことないわ! 判定どうなってんのよ、あなた、あのクソカスに買収でもされたんじゃないの!?」
代行が喰ってかかったとおり、5ポイントなんて大技、そうそう認められるものではありません。
しかし――
「代行、ここはおさえて……!」
私は必死で代行をとめます。
ジャッジは、代行の猛抗議にも無言で首をふって応じただけでした。
うかつな抗議にはペナルティがつくこともあるので、それが認定されなかっただけでも幸運というべきか……
――買収?
ふと、代行の放った言葉が、私の脳内にひとつの光景を想起させます。
たしか、先ほどカドがジャッジのポケットに手を入れていたような……
あれがワイロだとしたら?
といって、これまでのジャッジの判定が、そこまで不公平だったとも思えない……
仮に2ポイント程度上乗せされていたとしても、それでくつがえるような点差でもないし……
どう考えるべきか、私が思案にくれていると――
「あいつ、ただ寿司食ってるだけじゃねぇか!」
だれかがさけんだので顔をあげます。
見れば、カラハはマイペースにお寿司を食べて、お皿を積んでいるところでした。
曲でも変更しているのか、ときどきイヤホンのズレを直し、テーブルに置いたスマホを操作しつつ、またひとりの世界でリズムにからだをゆだねています。
「たしか同じ行為じゃポイントも入らないって言ってましたよね!? おどってるだけでなにもしないし、あいつに頼んだの、失敗だったんじゃ……」
新米が、顔をゆがめて問いかけます。
たしかに、フードファイターのように食べあさって店中の食材を食いつくすでもなく、もちろんわれわれの理念には反しますがお皿を手裏剣代わりに投げてあそぶでもなく、食べた8皿を行儀よく積みあげているだけで、なんのカス行為の形跡も見られません。
口だけのクソカス野郎だったのか――
私の手から、失望で、ちからが抜けていきます。
それは代行も同様だったのでしょう、歯を食いしばって、ひとりごちます。
「いえ、私の……私の責任です。どのみち、私たちのだれが参加しても、きょうのカドには、勝てなかったでしょう。思えば、私は、『自分にカスの才能はない』と挫折したことに、そのかなしみの大きさに甘えて、カスをみがくことをしてきませんでした……。逆に、あのクソカスは、カドは、きょうの洗練された動きを見るかぎり、自分のカス魂――<黄金のカスの魂>を、自分なりに、みがきつづけてきたのでしょう。あのクソカスしぐさを認めることは、したくありませんが、それでも甘えて歩くことをやめた私への、罰なのだと、そう思うしかありません……」
その失意に満ちた独白に、われわれはみなうつむくことしかできませんでした。
ポタ、ポタと、代行のまえのテーブルに、水滴が増えていきます。
「……それでも! それでも私は、あいつのところへ行きたくなかった! <偉大なるカス>を愚弄するあいつらの会へ、行きたくなんて……なかった。できるかぎり自分はなんにもせず、みんながちやほやしてくれるこの会に居座って、ものすごくラクをしつつ、とくに報酬も払わなくていい無関係の第三者に阻止してほしかった……!!」
「代行……!」
代行のみごとなカス告白に、私は涙を禁じえませんでした。
「立派な、立派なカスに……!」
「みなさん、どうか、どうか私がカドの会へ移っても、<偉大なるカス>の教えだけは、忘れないでください……それだけが、私の願い――」
代行がそこまで言ったところで、ぞくりとおぞけ立つような身ぶるいがして、とっさに顔をあげます。
そこには――カドが来ていました。
「あと1ポイント取りゃ10ポイント差だなぁ……チカちゃん、バニーガールの約束、忘れんなよ」
「なっ、約束なんてしてません……!」
「ヒャハハハ言ったもん勝ちだねぇ。おれは勝負のまえにちゃあんと宣言して、そのときチカちゃんは異議の申し立てもしなかった。10ポイント差で勝つなんてそう簡単にできるようなもんじゃないってことは、あんたらもわかってるだろ? で、その条件どおりにおれが勝とうとしてる――おれはこの点に関してなーんにもねじまげてねぇのに、その約束もまもらねぇってのは『一線を越えたカス』なんじゃねぇのかい? へへ、あのザコカス、結局なんにもできねぇザコだったが、多少の点を取っても10ポイント以上の差で終わるよう圧倒してやるよ……!」
そう言って、意気揚々と席にもどっていくカドを見ていた私は――目をうたがいました。
「なっ……!!」
あろうことか、いつのまにか食べていた自分の皿を3つ、目にもとまらぬ速さでほかのテーブルに押しつけたのです。
「あんなの、あんなのって……!」
「えっ、あれ、ああするとどうなるんですか?」
「ここの会計は、食べたあと、テーブルのお皿を店員さんに機械でカウントしてもらうことで料金を算出します。ということは、あの、いまトイレで席をはずしているであろうお客さんに、あの3皿分の料金を押しつけたということです……!」
脂汗がにじみ、ブレーキのぶっこわれた暴走機関車が眼前を通過していくような、ひとつまちがえれば自分がむざんに轢き殺されていたのではと錯覚させるような恐怖にふるえながら、私は新米に説明しました。
「あれは、あんなの、ただの犯罪行為じゃない! 詐欺っていうのか、罪状はよくわからないけど、一線を越えるにもほどがあるわ! ねぇ、KJAは――日本カス審判協会は、あんなクソカス犯罪行為認めませんよね? カスのなかでも、正義を重んじるほうの、犯罪はあんまりしないほうのカスですよね……?」
くるったようにわめく会長代行の懇願に、しばし、ジャッジは迷っているようにも見えました。
瞑目し、その目をひらいた数瞬ののち――
「1カス、3ポイント!」
カドが獲得したポイントを……宣言しました。
「ウソでしょ!? ああクソカスだった。KJAもまたクソカスだったんだ! 正義は死んだ、神は死んだ。もはや、私が神になるほかない。すべてを裁くカスの神に、カスというカスを殺して気に入らない人間であればカスじゃなくても殺す感じの無慈悲な神に……」
勝ちほこったようにテーブル席でふんぞりかえり、こちらをニヤニヤと見つめるカドと、もはや正気をうしなったようにぶつぶつとひとりごとをつむぐ会長代行――
私は完敗が決定した無力感から脱力し、ただ、どうせならバニーガールの代行を見てみたい、代行はそんなに胸が豊かなほうではないけれど、だからこそ非常におもむきがあるところもあるというか、カドはその点に関してはよくわかってるところもあるなぁっていうか、こうなれば自分も移籍してカドにヘコヘコ媚びでも売ろうかなぁとカス思案におぼれはじめていたころ……
「なあ……あれ」
だれかが――声をあげました。
もう開始時刻ですが、試合を戦う選手であるふたり――羽賀カラハとカドは、ともに姿を見せていません。
会長代行は、緊張したようすで、祈るように両手を組みあわせて待っています。
ムリもありません。
この試合にまけてしまえば、あのカドの待つ真――じゃない、とにかくあっちの研究会に移籍せねばならないのですから、当然のことでしょう。
私はゴクリとつばを飲んで、じまんの丸メガネをクイッとあげました。
先日は、思わぬ出会いから熱が高まってカラハというどこぞの馬の骨にたのんでしまいましたが、あれから彼とは連絡がとれておらず、本当にきょう来るのかどうか、来てもカドの相手になるのかどうか、なにもわからないのです。
私は「ミーティングが必要では……『天カス』の傾向や対策をお伝えしますので、作戦を練りましょう」と伝えたのですが、カスさだけはたしかなあの男――カラハは、私の連絡に未読スルーをかましたまま一週間がたってしまったのです。
もしも、彼が来ない場合は、現研究会ではナンバーワンカスを自称する私が出るしかありません……が、カドには逆立ちしても勝てるとは思えないので、どうせ負けるならカラハ、あんたが来て、負けて、どうか自分の代わりにすべての汚名をひっかぶってくれ! とカス丸出しの願いを心中でさけびます。
そんな私のカス願望に呼応するように、ザッ、ザッと足音がひびきました――
私たちは、一斉に、そちらを向きます。
まず、先に集合場所におとずれたのは――カラハでした。
開始時刻から2分遅刻――開幕カスを決めてきます。
「おや、もうみんな集まってたのかい。気が早いな」
どことなく気どったダサいしゃべりかたをすることに瞬間イラッとしますが、しかし、これもこの男の才能なんだと考え気分を落ちつかせます。
すると、鬨の声を思わせる絶叫が、空間をふるわせました。
「1カス、1ポイント!」
――そう、すでに勝負ははじまっているのです。
声をあげたのは、ストライプの審判服を身にまとったちょびひげ中年の男性、<公正なるカス神の天秤>。
KJA――日本カス審判協会から派遣された、『天カス』においては絶対神ともいえる審判です。
「なにこれ?」
カラハがきいてくるので、会長代行が腰に手をあて、ふうとため息をつきます。
この男、なにも勉強してこなかったのか……
「きょうの試合の審判、カス・ザ・ジャッジです。あなたは2分の遅刻をしてきたため、カス行為として1ポイントが入ったんです」
「へぇ、どう勝敗を決めるのかなと思ってたが、まさか審判がくるとはねぇ。どうも、ひとつよろしく」
「礼儀正しい若者、ノンカス、-1ポイント!」
まさしく鐘のごとく打てばひびく、<公正なるカス神の天秤>の雄叫び。
私はあわててカラハに注意をうながします。
「ちょっ、カラハさんまずいですよ! きょうは徹底的にカス行為をしていただかないと、きょうのふるまいすべてで判定がなされるんですから、こまります。ポイントの合計で勝負がつくんですからまけちゃいますよ!」
きいてもカラハは「なんだこれおもしれぇ」とカラカラ笑っています。
なんという緊張感のない……これでだいじょうぶなのかと私の不安の雲はますますふくらんでいきます。
「1カス、2ポイント!」
さらにジャッジの声がひびき、われわれはそろってふりむきます。
離れていてもわかるクソカスオーラ――カドがやってきました。
「なんだ、このまえのヤツがいるから少しは楽しめるのかと思ったが……オープニングカスも決められねぇのか。こりゃあなんの苦労もなくチカちゃんゲットできそうだなぁ」
また舌を出し、いやらしい目で会長代行をなめまわすように熟視します。
「オープニングカスって?」
「5分の遅刻ギリギリを攻めることです。カスは放っておくと無制限に遅刻をするため、『遅刻は5分まで』と厳密に決められています。5分を1秒でもすぎれば失格。しかし、ぴったり5分の遅刻をすることで、例外的に2ポイント得られるんです」
「へぇ」
「あーあ、こりゃあ大差で勝っちまうかもなぁ。10ポイント以上差がついたら、そうだな、チカちゃんにはバニーガールの衣装をユニフォームとして真会に通ってもらうって特典をつけるのはどうだい?」
「ははっ、こんなちゃちなポイント稼ぎで勝ったつもりになるなんて、よっぽど自信がないんだな。弱い犬ほどよく吠える……いやカスなカスほどすごくカスってことか。必死に自分をふるい立たせて足ガクガクしてないでちゅか? 歩行器さがしてきてあげまちょうかねぇ」
「……んだてめぇ」
カドとカラハが、にらみ合います。
キッスさえできそうなほどの至近距離に立って、おたがい一歩もひきません。
「煽り合い、両者1ポイント!」
ジャッジの声がひびいて、ようやくふたりが離れました。
と思ったら、カドがなれなれしくジャッジの肩に手をまわします。
「オッサン……おれに有利な判定をしろよな。それがアンタの役目だぜ」
とささやきながら、さっとジャッジのポケットになにかを突っ込んだような……。
「無礼な若者、1カス、1ポイント!」
と考えるまもなく、さらにポイントの宣告がなされます。
これで、カラハが合計1ポイント、カドはすでに4ポイント……
お店に入るまえから3ポイントもの差がついてしまったことに、私はあせりをおぼえます。
ジャッジにうながされ、カッス寿司の店内に入るわれわれ。
試合としてはなるべくほかのお客さんに迷惑をかけないよう、比較的すいている平日15時が開始時刻であるため、店内にはまばらにしかお客さんがいません。
カスのライフハック研究会のわれわれは、試合のジャマにならないよう、ジャッジも含めて入口近くのテーブル席に座ります。
そのあと先攻として、ひとり客を装って店内に入ってきたカラハは、いつのまにかワイヤレスイヤホンをつけていました。
なにか音楽でもきいているのか、ムダにノリノリでからだを波打たせています。
若い女性の店員さんにカウンター席をすすめられるカラハ。
うなずいたものの、それは音楽に応じたダンスにすぎなかったらしく、ノリノリでおどりながらキッチンに一番近いテーブル席へ勝手に座りました。
店員さんは一瞬マニュアルどおりにカウンター席へ誘導すべきか迷うようなそぶりを見せましたが、店内がすいているため不要と判断したのか「ご注文はテーブルのタッチパネルで」とだるそうに案内をして去っていきました。
カラハはわざわざ持参したらしい簡素なスマホスタンドをテーブルに置き、あいかわらず熱いグルーヴにからだをゆだねてうなずいてるんだかわからない動きをします。
通路をはさんで向かいに座っていたお客さんが「なんだコイツ」という顔で少しまゆを曇らせました。
「2カス、3ポイント!」
ジャッジの声がひびきます。
「……いまの、どういうポイント配分かしら」
会長代行がつぶやきますが、ジャッジがその判定の内容について教えてくれることは基本的にありません。
私は丸メガネを光らせて口をはさみました。
「おそらく、勝手にテーブル席に座った行為に1ポイント、音楽をきいてからだをゆらし、不審者感をふりまいたことに2ポイントが入ったものと予想できます」
「……丸、すごいわね。勉強したの?」
「ええ、私、実はいま<公正なるカス神の天秤>認定試験を受けるための勉強をしておりまして……」
「えっ、そうだったの?」
「……はい。カラハがあらわれたとき、私は『私ではカスにはなりきれない』ことを痛感しました。それでも、私の魂にきざまれたカスの傷は、私をカスから離れることをゆるしてはくれません……。せめて、カスたちの行いを、その行く末を近くで見ていられる存在になろうと、勉強をはじめたところなんです」
「あなたも……カスにとらわれし、悲しきカスのひとりだったのね……」
会長代行が、そっと涙をぬぐいます。
横から「なに言ってんだこいつら」という声がきこえてきましたがきっと幻聴でしょう。
「……きたぞ」
仲間の声に入口を向くと、時間差でカドがやってきました。
あらためて見ても、なんというまがまがしいクソカスオーラ……。
人格はくらぶるべくもありませんが、<偉大なるカス>にはなかった別種の才能が彼に存するという事実は、認めざるををえないでしょう。
カドはイヤホンをつけてはいませんが、カラハと同様、カウンター席に案内された店員さんの声をシンプルに無視してテーブル席へドカリと腰をおろします。
位置は、定石どおりカラハから斜めの席で、お互いに状況がうかがえる距離。おそらく、彼のカス行為を視界に入れておく腹づもりでしょう。
「いきなりしかけたぞ!」
その声で、一気に緊張が走ります。
なんと、カドは、いきなりスニーカーを脱ぎ出し、ムワンという擬音さえ見えるような悪臭ほとばしるくつ下を座席に置いたのです!
その強烈な腐敗臭たるや、離れたわれわれにもすぐに届くほどでした。
「食べもの屋さんで、これはあまりにもカスすぎるわ!」
会長代行が、ハンケチーフで鼻をおさえながら苦言を呈します。
「2カス、4ポイント!」
が、<公正なるカス神の天秤>が無情にも高ポイントを絶叫します。
「カラハさんよりポイントが高いとは……そうか!」
私はなぜその高ポイントになったのかを考え、カドの周囲を注視してみました。
そうか、カドの目的はひとつではなく――
「なにがそうかなの?」
首をかしげる会長代行に、自分の推論を披露します。
「私は最初、カドは、カラハさんのカス行為を見張るためにあの席を選んだのだと思っていました。いや、もちろんそれもあるのかもしれませんが、カドの両どなりを見てください。現在の店内で、唯一両方ともお客さんが埋まっています。つまり、カドは自分のカス行為で周囲により迷惑がかかるポジションを確保してみせた、ということでしょう。対して、カラハさんの位置は通路をはさんだ向かいにこそお客さんがいますが、店の端であり、しかもとなりは空席です。たとえ同じカス行為をしても、これでは被害の広がりかたが異なる……」
「じゃ、じゃあいまのポイントは……」
「おそらく、カラハさんと同様勝手にテーブル席に座った行為に1ポイント、そしてあの悪臭を周囲にふりまいた行為が3ポイントと評価された、と解するほかないでしょう……」
「で、でも、そんなのカスすぎるじゃない! ほかの人のおいしい食事をジャマするだなんて……ああっ!」
ことばの途中で、代行が雷にでもうたれたように、背骨をのけぞらせて悲鳴をあげました。
「代行、どうしました!」
「なにか、なにか嗅いだことがあるような気がした……あれは、あれは<偉大なるカス>が考えた技よ! たしか、彼は<馥郁たる腐敗臭>と名づけていた……。一週間同じくつ下をはきつづけることで、まるで納豆を発酵させるように、あの強烈なニオイに育てあげるのよ。おそらく、きょうのために準備してきたんでしょう。でも、彼は、<偉大なるカス>は『思いついたはいいものの、この技はあまりにカスすぎる。とくにメリットもないし』と周囲の迷惑を考えて封印した技だったのよ! それを、こんなふうに悪用するなんて、あの男、ゆるせない……っ!」
代行は憎悪に燃えた目で、カドのことをにらみつけます。
だれかが「なんでみんな技名つけるんですか?」と言った気がしますが、カドがこちらを見て舌をぺろりと出して挑発し、それに逆上した代行の「ぐぅぅっ!」といううめき声でかき消されました。
「でも、そうしたら、カラハさんも音楽を大音量で流せば周囲のお客さんの迷惑になって対抗できるんじゃ……おれ、伝えてきます!」
まだ入ってまもない新米が立とうとするのを、必死に制止します。
「いけません! さっきまでとちがい、店内にはいれば完全に試合ははじまっています。もはや、助言であれ妨害であれ、ギャラリーであるわれわれが選手ふたりに接触することはゆるされないんです。それに……」
「それに、あいつと同じクソカスレベルに堕ちてどうするんですっ! 道徳的・倫理的観点におけるカス行為であること……。もちろん彼――カラハさんにはわれわれの規範をまもる義務なんてありませんが、われわれが、<偉大なるカス>がのこしてくれた魂を、けがすわけにはいかないんです……っ」
ぎゅっと自身の腕に爪を立ててこらえる代行の姿に、私は自分にまで痛みが伝わってきたように思いました。
そんなわれわれの苦しみを知ってか知らずか、カラハはのんきに真鯛を頼んでいます。
「うまいな」
そんなつぶやきが聞こえてきますが、なにかカス行為をしているようなけはいはなく、やきもきとした気もちにさせられます。
一方で――
「また動いたぞ!」
その声で、われわれのテーブルに緊張が走ります。
そちらを見やると――カドが回転寿司のレーンにのった皿をふたつ手にとったところでした。
「あいつも、食事タイムか。まあ最低限食ってないとおかしいしな……」
という安堵がもれたのですが、見ていると、どうもおかしい。
カドは、さらにふたつの皿をとりましたが――なぜか食べていないのです。
「あっ!」
あまりにもすばやい動きに私の心臓は戦慄し、ほんのわずかのあいだ、停止してしまいました。
カドは、カドは――あろうことか、取った皿をレーンにもどしたのです。
「そ、そんな……」
新米がとなりで、腰をぬかしています。
カドは、疾風迅雷、あまりにもすばやい動きで、レーンの皿を取ってはもどし、取ってはもどしをくりかえしはじめました。
「なにを、なにを考えているの! ほかの人が取ったお皿なんて、ほかのお客さんが食べたくないでしょう! まちがえてひと皿取ってしまってもどしただけならまだしも、クソカス、あのクソカス、最低限の一線ぐらい考えなさいよ!!」
ただでさえ目にもとまらぬスピードだったカドの動きですが、さらに加速していき、お皿を上へ下へと置くその音が店内に鳴りひびいていきます――
それは、まるで、熱情あふるるひとつの音楽を思わせる――ボンゴひとつでオーディエンスを舞わせる一流奏者のごとしで――
カッカンカンカン、カッカッカッカ、カンカンカカッカカンカン……
皿とテーブル、皿とレーンのたえまない衝突音は、天衣無縫、まさしく音楽としか形容しようのない極上のひびきで、巨大な天使の羽のごとく、この店舗のすべてをつつみこんでいきます――
しごく耳心地のいいリズムに、離れた座席に座っているまだ3歳にもならないであろう幼児が、キャッキャとからだをゆらしはじめました。
店内を歩く店員さんも、こんな陽気な曲流したかしらと首をかしげ、しかし無意識に肩をゆすり、指をはじいてからだがおどり出すのをとめることができていません。
「なんということ、これは……」
代行が、おでこに手をあて、目を伏せました。
そのさまは、からだが勝手にビートをきざんでしまうのを、必死におさえこんでいるかのようです。
それは私も同様、丸メガネをクイッとあげ、強く歯を食いしばらなければならないほどに、からだが熱くうずいて、うずいて――
「1カス、5ポインツッッ!」
――そのとき、一団のオーケストラがシンバルでその壮大な世界を閉じゆくように、ジャッジの絶叫がとどろきました。
これで、カドとカラハとの差は――9ポイント。
絶望的な、点差です。
「1カスで5ポイントなんて、聞いたことないわ! 判定どうなってんのよ、あなた、あのクソカスに買収でもされたんじゃないの!?」
代行が喰ってかかったとおり、5ポイントなんて大技、そうそう認められるものではありません。
しかし――
「代行、ここはおさえて……!」
私は必死で代行をとめます。
ジャッジは、代行の猛抗議にも無言で首をふって応じただけでした。
うかつな抗議にはペナルティがつくこともあるので、それが認定されなかっただけでも幸運というべきか……
――買収?
ふと、代行の放った言葉が、私の脳内にひとつの光景を想起させます。
たしか、先ほどカドがジャッジのポケットに手を入れていたような……
あれがワイロだとしたら?
といって、これまでのジャッジの判定が、そこまで不公平だったとも思えない……
仮に2ポイント程度上乗せされていたとしても、それでくつがえるような点差でもないし……
どう考えるべきか、私が思案にくれていると――
「あいつ、ただ寿司食ってるだけじゃねぇか!」
だれかがさけんだので顔をあげます。
見れば、カラハはマイペースにお寿司を食べて、お皿を積んでいるところでした。
曲でも変更しているのか、ときどきイヤホンのズレを直し、テーブルに置いたスマホを操作しつつ、またひとりの世界でリズムにからだをゆだねています。
「たしか同じ行為じゃポイントも入らないって言ってましたよね!? おどってるだけでなにもしないし、あいつに頼んだの、失敗だったんじゃ……」
新米が、顔をゆがめて問いかけます。
たしかに、フードファイターのように食べあさって店中の食材を食いつくすでもなく、もちろんわれわれの理念には反しますがお皿を手裏剣代わりに投げてあそぶでもなく、食べた8皿を行儀よく積みあげているだけで、なんのカス行為の形跡も見られません。
口だけのクソカス野郎だったのか――
私の手から、失望で、ちからが抜けていきます。
それは代行も同様だったのでしょう、歯を食いしばって、ひとりごちます。
「いえ、私の……私の責任です。どのみち、私たちのだれが参加しても、きょうのカドには、勝てなかったでしょう。思えば、私は、『自分にカスの才能はない』と挫折したことに、そのかなしみの大きさに甘えて、カスをみがくことをしてきませんでした……。逆に、あのクソカスは、カドは、きょうの洗練された動きを見るかぎり、自分のカス魂――<黄金のカスの魂>を、自分なりに、みがきつづけてきたのでしょう。あのクソカスしぐさを認めることは、したくありませんが、それでも甘えて歩くことをやめた私への、罰なのだと、そう思うしかありません……」
その失意に満ちた独白に、われわれはみなうつむくことしかできませんでした。
ポタ、ポタと、代行のまえのテーブルに、水滴が増えていきます。
「……それでも! それでも私は、あいつのところへ行きたくなかった! <偉大なるカス>を愚弄するあいつらの会へ、行きたくなんて……なかった。できるかぎり自分はなんにもせず、みんながちやほやしてくれるこの会に居座って、ものすごくラクをしつつ、とくに報酬も払わなくていい無関係の第三者に阻止してほしかった……!!」
「代行……!」
代行のみごとなカス告白に、私は涙を禁じえませんでした。
「立派な、立派なカスに……!」
「みなさん、どうか、どうか私がカドの会へ移っても、<偉大なるカス>の教えだけは、忘れないでください……それだけが、私の願い――」
代行がそこまで言ったところで、ぞくりとおぞけ立つような身ぶるいがして、とっさに顔をあげます。
そこには――カドが来ていました。
「あと1ポイント取りゃ10ポイント差だなぁ……チカちゃん、バニーガールの約束、忘れんなよ」
「なっ、約束なんてしてません……!」
「ヒャハハハ言ったもん勝ちだねぇ。おれは勝負のまえにちゃあんと宣言して、そのときチカちゃんは異議の申し立てもしなかった。10ポイント差で勝つなんてそう簡単にできるようなもんじゃないってことは、あんたらもわかってるだろ? で、その条件どおりにおれが勝とうとしてる――おれはこの点に関してなーんにもねじまげてねぇのに、その約束もまもらねぇってのは『一線を越えたカス』なんじゃねぇのかい? へへ、あのザコカス、結局なんにもできねぇザコだったが、多少の点を取っても10ポイント以上の差で終わるよう圧倒してやるよ……!」
そう言って、意気揚々と席にもどっていくカドを見ていた私は――目をうたがいました。
「なっ……!!」
あろうことか、いつのまにか食べていた自分の皿を3つ、目にもとまらぬ速さでほかのテーブルに押しつけたのです。
「あんなの、あんなのって……!」
「えっ、あれ、ああするとどうなるんですか?」
「ここの会計は、食べたあと、テーブルのお皿を店員さんに機械でカウントしてもらうことで料金を算出します。ということは、あの、いまトイレで席をはずしているであろうお客さんに、あの3皿分の料金を押しつけたということです……!」
脂汗がにじみ、ブレーキのぶっこわれた暴走機関車が眼前を通過していくような、ひとつまちがえれば自分がむざんに轢き殺されていたのではと錯覚させるような恐怖にふるえながら、私は新米に説明しました。
「あれは、あんなの、ただの犯罪行為じゃない! 詐欺っていうのか、罪状はよくわからないけど、一線を越えるにもほどがあるわ! ねぇ、KJAは――日本カス審判協会は、あんなクソカス犯罪行為認めませんよね? カスのなかでも、正義を重んじるほうの、犯罪はあんまりしないほうのカスですよね……?」
くるったようにわめく会長代行の懇願に、しばし、ジャッジは迷っているようにも見えました。
瞑目し、その目をひらいた数瞬ののち――
「1カス、3ポイント!」
カドが獲得したポイントを……宣言しました。
「ウソでしょ!? ああクソカスだった。KJAもまたクソカスだったんだ! 正義は死んだ、神は死んだ。もはや、私が神になるほかない。すべてを裁くカスの神に、カスというカスを殺して気に入らない人間であればカスじゃなくても殺す感じの無慈悲な神に……」
勝ちほこったようにテーブル席でふんぞりかえり、こちらをニヤニヤと見つめるカドと、もはや正気をうしなったようにぶつぶつとひとりごとをつむぐ会長代行――
私は完敗が決定した無力感から脱力し、ただ、どうせならバニーガールの代行を見てみたい、代行はそんなに胸が豊かなほうではないけれど、だからこそ非常におもむきがあるところもあるというか、カドはその点に関してはよくわかってるところもあるなぁっていうか、こうなれば自分も移籍してカドにヘコヘコ媚びでも売ろうかなぁとカス思案におぼれはじめていたころ……
「なあ……あれ」
だれかが――声をあげました。
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