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第2話 もっと強ぇカスがきた
しおりを挟む高笑いをしていたのは、日に焼けた浅黒い肌で、筋骨隆々とした同世代らしき男だった。
ピチピチの白Tシャツをまとって、さぞ鍛えあげたのであろうおのれの筋肉を誇負しながら、こちらへやってくる。
「チカちゃーん、心は決まった? こぉーんなザコしかいない会は見捨ててさぁ、おれらんとこ来なって」
そう言いながら、なれなれしく会長代行の肩を抱いた。
チカというのは、どうやら彼女の名まえらしい。
代行はその手をはらいながら唾棄した。
「あいかわらずクソおもしろくもないカスジョークですね。だれがあなたのところなんかに……!」
「ハハッ、こういう強がってる女が落ちたときが一番おもしろいんだよなぁ。来週の『天下一カス部会』、楽しみにしてるからねぇ~」
男はレロレロと蛇のように舌をうごめかして挑発する。
と、男は先ほどご開帳したおれの荷物に目をとめると、「へぇ」と目をほそめた。
「<絶対王宮での叛逆>の使い手か……。牛乳2本買ってるところ見ると、オーソドックススタイルだな。肉のビニールの破れかたの自然さ、加えて汁もこぼれているところを見ると、堅実ながら計算しつくされたすごみを感じる……旧会のザコカスどもじゃできねぇ。おまえか?」
男は一転して雰囲気を変え、興味深そうにおれに目を向けてきた。
一目しただけでここまで見抜くとは、どうやらただのカスではなさそうだ。
おれは視線をまじわらせて肯定する。
「おまえが、来週の『天カス』に出んのかい?」
「……さぁな」
「おまえなら、そこそこ楽しめそうだな。たたきつぶしてやるから、あがってこいよ」
そう言い置いて、手をあげながら去っていく。
会長代行はくちびるを噛み、握りこぶしをぶるぶるとふるわせていた。
「……あれは、だれなんだ」
だれにともなく、問う。
「名字が鹿土なんですが……まわりにはカドって呼ばれてます。あいつが所属しているのは<真・カスのライフハック研究会>っていう会でして……」
とりまきの男のひとりが、サングラスをはずして丸メガネにかけかえながらこたえる。
どうやらサングラスはただのポーズでそろえていただけらしい。
丸メガネは最後、ことばをにごしながら、気まずそうにちらりと会長代行を見やる。
「うちから……<偉大なるカス>から逃げたあげく、彼がいなくなったあとあてつけみたいにつくった団体よ。しかも、言ってみれば本家である私たちのことを『旧会』だなんて呼びかたをして……!」
と憤怒の表情とともに、彼女があとを継いだ。
「……『天カス』ってのは?」
「『天下一カス部会』のことです。要は、カスのライフハックを実践して生きるものたちの全国大会みたいなことですね。いや全国大会っていってもこんな団体そうそうないんで今回はうちとあの真のほうが出るだけなんですけど」
「……あんな邪道の会を『真』だなんて言わないで!」
「す、すみません……」
単なる呼び分けにすぎなかったのだろうが、そう説明してくれた丸メガネは感情にとらわれた代行に怒声を浴びせられる。
しかしふた組しか出てないのに「決勝まで来いよ」みたいなノリで「あがってこいよ」は少々恥ずかしくはないか。
「アイツは、カドは本当のカスなんです! カスのライフハックだなんて名のるのもおこがましい、ただのクソカス行為……私たちみたいに『道徳的・倫理的観点におけるカス行為』だなんて規範は考えもせず、平気で一線を越えたカス的ふるまいをするんです……。<偉大なるカス>にそれをとがめられたときも、シュンとしたそぶりだけして見せて、彼がいなくなったら大きい顔でクソカス行為をくり返す! アイツが私の愛する<カスのライフハック>を名のることも、うちを旧会だなんて呼ぶことも、くやしい、くやしい、くやしい……!」
「でも――並のカスじゃないんだろう」
おれがそう言うと、涙にくれていた会長代行は、ピタリと動きをとめた。
腹のなかで臓腑が破れていくかと思うほど、くやしさを全身からこぼしながら、うなずく。
「さっき、おれはあんたたちに買ったものを見せて『なにか感じるか』と訊いたな。あんたたちは答えられず、あいつはパッと見ただけで的確におれのカス行為を見抜いた。あいつはありうべから……なんかややこしい気どった名まえをつけてたが、おれはこの技法を<カゴの中の怒濤>と名づけている」
おれは荷物のところまで行き、研究会の面々に説明してやる。
「そう難しいことじゃない。会長代行、あんた、おれが牛乳を2本買っていたことに少しおどろいていたな。それもそのはず、おれは『買いものカゴの底に牛乳を1本置いておいて、ほかの買いものをし、最後にもう1本の牛乳を上から置いた』んだ。最後を見ただけのあんたからしたら、1本買っているだけに見えただろうよ。そして、この2本の牛乳のあいだには、食パン、菓子パンなどがあった……するとどうなるか、わかるか?」
丸メガネに話をうながすと、メガネをクイッとあげておどろきつつ、こたえた。
「どうなるもなにも、牛乳パックの重みでパンがぐしゃぐしゃにつぶれてしまうのでは……」
「そう、そのとおりだ。するとどうなるか。バーコードが読みとりにくくなるな。これはつまり、店員へのカス行為ということだ。しかも、同じ商品を並べておくと、店員は『2』と押して2回バーコードを読む手間をはぶけるが、こんなふうに上と下に分けて置いてあれば2回バーコードを読みこまざるを得ない。また、牛乳は固くて重いので、レジを通してカゴを移動させるときに整理の難易度がムダにあがってしまうわけだ」
「し、しかしそんなことをしたら自分が食べるパンがつぶれてしまうだけです……! メリットは、メリットなんですか。得られるメリットと、自分が負うデメリットがあまりにも釣りあわない!」
「<カゴの中の怒濤>を行うことで、店員がおれにかける時間が長くなる。店員の時間というのは、人件費、つまりコストだ。わかるか、おれと同じものを買った人間とくらべて、おれは『よりコストのかかった充実した買いものをした』ことになる……! そして、だからこそ、そのカス行為で生じたすべての不利益はおれが負う。それこそが、おのれがカスを為すうえでの真剣勝負というものだろう」
「この肉、ビニール袋が破けて汁がバッグをぬらしていますが……」
「それも、『テキトーに置いといたら破けちゃいました』という自然さをいかに演出するかが重要だ。カス行為を、故意だと悟られてはならない。しかもあからさまに大きく破れていては、親切な店員さんだと『とりかえましょうか』と聞かれてしまう。穴は小さく、気づかれないほど自然に。これが鉄則だ。ほら、バーコードの位置とは対角線に穴があるだろう。持ち帰るときにほかのすべての荷物を肉汁まみれにしてでも、カス行為をつらぬく。この多大な代償を要する過酷さを内包してこその<カゴの中の怒濤>なんだ。そして、これを一瞬で見抜いたあのカドという男も、おそらくこの程度の芸当はしてみせるだろうよ」
「ここまで、ここまでおれたちとは、ちがうのか……!」
「ちくしょう、人は、人はこんなにもカスになれるのかよ!」
「技名がダサいだけだと思ってた……」
男たちは口々にくやしがり、テーブルをこぶしで叩く。ひとりいやに技名がダサいことにこだわるヤツがいるけどそこまでダサくはないだろ。
「あの……」
おずおずと口をはさんできたのは、会長代行だった。
「あなたに、会長になっていただきたいという、私の願いは変わりません。ただ、もしそれが、難しいのなら……」
「……来週の『天カス』に出て、カドに勝ってくれ、とでも言いたいのかい?」
図星をつかれ、代行が息をのむ音が聞こえた。
おれはあえて煮えきらない返事をする。
「どうかなぁ、おれは部外者だし、さっきクソカスゴミ野郎とまで言われちゃったしなぁ」
「それは、われわれの界隈ではほめ言葉で……! いやほんとはそんなこともないですけどちょっとテンションあがってちゃってなんか勢いで……!」
「あの!」
丸メガネが、決死の表情で会話に割って入る。
「代行は、『天カス』に負けたら代行は……」
「あのカドのほうの会に移らなきゃいけない、とかだろ?」
「なぜそれを……!」
「さっきの会話を聞いてりゃなんとなくわかるだろ。なんでそんなことになったんだ?」
「それは、私が、あまりにもこの『カスのライフハック研究会』を侮辱されたのが、ゆるせなくて、つい売り言葉に買い言葉で……」
「ハハッ!」
ふがいなさそうに経緯を告白する会長代行の、しおらしい姿がおもしろくなってきたおれは、つい笑ってしまった。
「それで、その尻ぬぐいを完全なる部外者のおれに頼もうってか? あんた、さっき『自分は大したカスじゃない』みたいに言ってたけど、もう立派なカスじゃないか」
「……っ!」
「いいじゃねぇか、カス野郎上等だよ。なぁ、『自分が何者でもない』なんて、そんなに気にしなきゃいけないことなのか? そりゃまわりを見たらすげーヤツばっかで、自分がイヤんなるのはわかるさ。でもさ、そいつらって、『何者かになる!』って決めてそうなったんかな。どっちかっていったら、なにかやりたいこととか好きなものがあって、それを突きつめていったら結果的に『何者かになってた』ってだけなんじゃねぇかな。順番がちがうっていうかさ……おれはいま、カス行為がおもしろくてしかたねぇんだ。法にふれない範囲で、おれ自身がどこまで行けるのか、知りたいんだよ……おもしれぇじゃねぇか。おれの<カゴの中の怒濤>をあそこまで見抜いたヤツははじめてだ。やってやるよ、『天カス』。さっきから、おれのなかのカスの血が沸いて沸いて、肉くさくってしかたねぇからな……!」
丸メガネが「肉くさいのはもしや豚コマ肉汁のせいでは……」とつぶやくのが聞こえた気がしたが、
「うおお、カス、カスゥ!」
「こんなに心強い味方はいないぜ!」
「技名はダサいけど心意気は最高だぜ!」
という熱狂する声にまぎれた。
会長代行がまた泣きそうになるも、涙をこらえて笑う。その姿が、おれの目にジュージューと焼き肉のようにこげついてはなれない。
――今夜は焼き肉だな。
「そういえば、あの……お名まえは」
代行に問われ、自分がまだ名まえも言っていなかったことに気がつく。
「カラハだ……羽賀空羽。『天カス』なんてもんがあるんなら、いずれ、カス界で崇拝される男になる予定だ、おぼえとけ」
そうこたえるおれの視界には、澄んだ青空と、カスみたいにこまかくちぎれた雲がどこか道のように広がっていて、まるでおれのカス道をその蘊奥まで導くかのように、おれは感じたのだった。
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