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:第11章 「凱旋」
・11-12 第224話:「国王ニコラウス:2」
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・11-12 第224話:「国王ニコラウス:2」
国王ニコラウスの兄。
これまでのもてなしにずっと同席していたが、言葉少なで、王と交わされる会話にも滅多に入って来なかった、見るからに病弱そうな男性。
会食の最中も食が細く、ほとんどの料理を少しずつしか食べず、多くを残していた。
(確か……、カリストス、って名前だっけ? )
ゲホゲホ、と大きく咳き込んでいる王兄(おうけい)に心配そうな給仕が寄り添い、ナプキンを渡す様子を見つめながら、源九郎はすでに記憶の彼方に忘却されそうになっていた彼のことを思い出す。
「……辺境の村々の窮状については、確かに、聞き届けた。ひとまずの策として食料の支援を行うが、それだけにとどめず、国としてなにができるのか、必ず策を講じさせてもらおう」
カリストスの咳がおさまり、「ありがとう」とか細い声で給仕にナプキンを返却する横で、ニコラウスがあらためてそう言った。
(……おや? )
さきほど感じたものとは別の違和感がある。
農業国であるセペド王国から麦を輸入し、それを辺境の村々に配る。
それで、十分だろう。
そんな風に軽く考えていた様子だったのに、ニコラウスはまるで、それでは不十分なのだと急に気がついた様子で、さらなる支援策を追加で行うと約束してくれたのだ。
源九郎の頭の中で、なんとなくつながるものがある。
カリストスの咳は、少しわざとらしいものに感じた。
謁見(えっけん)の最中も、食事の時も、ずっと一緒にいたのにあんなに激しく咳き込むことなどなかったのだ。
タイミングも良かった。
国王が事態の深刻さを理解していないことに失望しかけたところで、突然、全員の注目を集めている。
———仮説にすぎなかったが、王兄は、弟に助け舟を出したのだ。
直接指摘しては王のメンツが丸つぶれになってしまうし、かといって、なにも言わなければ、不十分な支援を約束しただけで、メイファ王国のために良い働きをした功績のある人々に不満を残したまま帰してしまうことになる。
だから、咳き込む、という形で、間接的にニコラウスに諌言(かんげん)したのだ。
それではいけない、と。
国王は農村の暮らしぶりをよくわかっていないから認識が甘かったのだが、少なくとも、カリストスの行動の意味を察せる聡明さは持っていた。
あるいは、普段からこういうことが行われているのだろう。
すぐに前の発言を修正し、詳細はまだ具体的には決まってはいないものの、真剣に問題に取り組むという約束をしてくれた。
「王様。感謝します」
とにかく、辺境の人々にきちんと手を差し伸べられることになったのだ。
そう理解して安心した源九郎は、ちらり、と横目でフィーナの方を見やり、彼女もほっとしている様子なのを確かめると、深々と頭を下げ、それから着席し直す。
すっかり、肩の荷が下りた気分だった。
あのタイミングで国王に諌言(かんげん)できたということは、少なくともカリストスはそういう実務に明るいというか、辺境の民を救うためにはもっと抜本的な対策を講じねばならないと考えることができる人物なのだろう。
ニコラウスは、実際の行政について察しが悪い面はあったが、少なくとも誠実で、民衆に対する思いやりは持っている。
セシリアもいることだし、多少時間はかかろうとも、しっかりとした支援策と、困窮する人々の暮らしを立て直すための取り組みを行ってくれるはずだった。
———少し、この国の王家の事情が見えてきた気がする。
ずっと、なぜ国王の隣に王兄がいて、嫡子であるはずの彼が王冠を被っていないのか不思議だったのだが、ちゃんと理由がありそうだった。
王としてふさわしい品格と思いやりは持っているものの、どこか現場を知らない気配のある国王・ニコラウス。
それを、常に傍らで王兄・カリストスが支えているのだろう。
王位の継承順がおかしなことになっているのは、もしかすると、兄が病弱で、弟が健康であったからなのかもしれない、とも思った。
指導者の身体が弱く、健康不安があると、なかなか政治というのは安定しない。
諸外国が野心を持っていた場合これ幸いと策謀を巡らせてくるかもしれなかったし、臣下の中にも、王が満足に活動できない隙を狙って好き放題にする輩も出て来る。そして民衆はそんな安定しない政情を心配して、安穏と暮らすことができず、それぞれの生業(なりわい)に集中できなくなってしまう。
そういった事態を回避するために、変則的な王位継承が行われたのかもしれなかった。
(ま、俺には、関係のねー話だけどよ)
人々の困窮(こんきゅう)を知らせるために長々としゃべったために乾いてしまった喉をハーブティーで潤しながら、源九郎は自身の詮索(せんさく)を打ち切る。
ケストバレーの事件と、セシリアを通じて王家と接点を持ったが、かといって、自分は別に、彼らの臣下になったわけでもなんでもない。
流浪のサムライ。
それが、今の自分だ。
王家の継承問題には興味がないし首を突っ込む必要性もないし、それに、あれこれ探ろうとするのは、[余計なお世話]になってしまうだろう。
とにかく、旅の目的は果たされたのだ。
悪事を働いていたシュリュード男爵は捕らわれの身となったし、辺境地域の窮状(きゅうじょう)について無知だった国家の中枢にいる人々は、そこに問題があることを認識し、自分たちの誤りを認め、解決するために動いてくれると、はっきりと約束をしてくれた。
今はそのことを素直に喜び、そして、無事にあの村人たちが救われることを祈り、実際に自分自身の目で確かめることができれば、それで十分だった。
国王ニコラウスの兄。
これまでのもてなしにずっと同席していたが、言葉少なで、王と交わされる会話にも滅多に入って来なかった、見るからに病弱そうな男性。
会食の最中も食が細く、ほとんどの料理を少しずつしか食べず、多くを残していた。
(確か……、カリストス、って名前だっけ? )
ゲホゲホ、と大きく咳き込んでいる王兄(おうけい)に心配そうな給仕が寄り添い、ナプキンを渡す様子を見つめながら、源九郎はすでに記憶の彼方に忘却されそうになっていた彼のことを思い出す。
「……辺境の村々の窮状については、確かに、聞き届けた。ひとまずの策として食料の支援を行うが、それだけにとどめず、国としてなにができるのか、必ず策を講じさせてもらおう」
カリストスの咳がおさまり、「ありがとう」とか細い声で給仕にナプキンを返却する横で、ニコラウスがあらためてそう言った。
(……おや? )
さきほど感じたものとは別の違和感がある。
農業国であるセペド王国から麦を輸入し、それを辺境の村々に配る。
それで、十分だろう。
そんな風に軽く考えていた様子だったのに、ニコラウスはまるで、それでは不十分なのだと急に気がついた様子で、さらなる支援策を追加で行うと約束してくれたのだ。
源九郎の頭の中で、なんとなくつながるものがある。
カリストスの咳は、少しわざとらしいものに感じた。
謁見(えっけん)の最中も、食事の時も、ずっと一緒にいたのにあんなに激しく咳き込むことなどなかったのだ。
タイミングも良かった。
国王が事態の深刻さを理解していないことに失望しかけたところで、突然、全員の注目を集めている。
———仮説にすぎなかったが、王兄は、弟に助け舟を出したのだ。
直接指摘しては王のメンツが丸つぶれになってしまうし、かといって、なにも言わなければ、不十分な支援を約束しただけで、メイファ王国のために良い働きをした功績のある人々に不満を残したまま帰してしまうことになる。
だから、咳き込む、という形で、間接的にニコラウスに諌言(かんげん)したのだ。
それではいけない、と。
国王は農村の暮らしぶりをよくわかっていないから認識が甘かったのだが、少なくとも、カリストスの行動の意味を察せる聡明さは持っていた。
あるいは、普段からこういうことが行われているのだろう。
すぐに前の発言を修正し、詳細はまだ具体的には決まってはいないものの、真剣に問題に取り組むという約束をしてくれた。
「王様。感謝します」
とにかく、辺境の人々にきちんと手を差し伸べられることになったのだ。
そう理解して安心した源九郎は、ちらり、と横目でフィーナの方を見やり、彼女もほっとしている様子なのを確かめると、深々と頭を下げ、それから着席し直す。
すっかり、肩の荷が下りた気分だった。
あのタイミングで国王に諌言(かんげん)できたということは、少なくともカリストスはそういう実務に明るいというか、辺境の民を救うためにはもっと抜本的な対策を講じねばならないと考えることができる人物なのだろう。
ニコラウスは、実際の行政について察しが悪い面はあったが、少なくとも誠実で、民衆に対する思いやりは持っている。
セシリアもいることだし、多少時間はかかろうとも、しっかりとした支援策と、困窮する人々の暮らしを立て直すための取り組みを行ってくれるはずだった。
———少し、この国の王家の事情が見えてきた気がする。
ずっと、なぜ国王の隣に王兄がいて、嫡子であるはずの彼が王冠を被っていないのか不思議だったのだが、ちゃんと理由がありそうだった。
王としてふさわしい品格と思いやりは持っているものの、どこか現場を知らない気配のある国王・ニコラウス。
それを、常に傍らで王兄・カリストスが支えているのだろう。
王位の継承順がおかしなことになっているのは、もしかすると、兄が病弱で、弟が健康であったからなのかもしれない、とも思った。
指導者の身体が弱く、健康不安があると、なかなか政治というのは安定しない。
諸外国が野心を持っていた場合これ幸いと策謀を巡らせてくるかもしれなかったし、臣下の中にも、王が満足に活動できない隙を狙って好き放題にする輩も出て来る。そして民衆はそんな安定しない政情を心配して、安穏と暮らすことができず、それぞれの生業(なりわい)に集中できなくなってしまう。
そういった事態を回避するために、変則的な王位継承が行われたのかもしれなかった。
(ま、俺には、関係のねー話だけどよ)
人々の困窮(こんきゅう)を知らせるために長々としゃべったために乾いてしまった喉をハーブティーで潤しながら、源九郎は自身の詮索(せんさく)を打ち切る。
ケストバレーの事件と、セシリアを通じて王家と接点を持ったが、かといって、自分は別に、彼らの臣下になったわけでもなんでもない。
流浪のサムライ。
それが、今の自分だ。
王家の継承問題には興味がないし首を突っ込む必要性もないし、それに、あれこれ探ろうとするのは、[余計なお世話]になってしまうだろう。
とにかく、旅の目的は果たされたのだ。
悪事を働いていたシュリュード男爵は捕らわれの身となったし、辺境地域の窮状(きゅうじょう)について無知だった国家の中枢にいる人々は、そこに問題があることを認識し、自分たちの誤りを認め、解決するために動いてくれると、はっきりと約束をしてくれた。
今はそのことを素直に喜び、そして、無事にあの村人たちが救われることを祈り、実際に自分自身の目で確かめることができれば、それで十分だった。
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