上 下
184 / 226
:第8章 「窮地」

・8-10 第185話:「殺陣:1」

しおりを挟む
・8-10 第185話:「殺陣:1」

 シュリュード男爵が突如として歯向かって来た理由。
 それは、ただ単に「お約束のパターンだから」ということではなかった。
 メイファ王国の王女、セシリア姫。
 彼女に悪事を知られてしまった以上、もはやどうすることもできない。
 一度はそう観念したものの、しかし、男爵はあることに会話の中で気がついた。
 すなわち、贋金作りの決定的な証拠はラウルという獣人が握っているが、彼は目下のところ行方不明。
 セシリアは今、男爵の悪事を証明できる証拠を何一つ保有しておらず、また、王都にも届いてはいない。
 ———今ならまだ、事件を隠蔽できるかもしれない。
 男爵はそう考えたのだ。
 事件をなかったことにはできないだろう。だがここでセシリアとその一行を亡き者としてしまえれば、少なくとも脱出のための時間を稼ぐことが出来る。
 すでに王国を裏切り、他の勢力に鞍替えすることを決めていた男爵としては、そういう計算に基づいて王族を弑逆することなど、なんてことはない。
 つまりは、お姫様は[しゃべり過ぎて]しまったのだ。
 もっとも、そのことについて深く考えている時間はなかった。

(三人! )

 前に出て刀を正眼にかまえた源九郎は素早く前後左右を確認し、最初に襲いかかって来る相手が誰なのかを見極めた。
 正面、右斜め前、そして背後。
 得物は槍、片手剣(ファルシオン)、長剣(ロングソード)。
 三人がそれぞれの武器をかまえ、前に進み出て来る気配を見せる瞬間、サムライは先手を取って動いていた。

「せいやァッ! 」

 周囲を威圧し、その動きを鈍らせるために鋭い声を発しながら、まずは前に突進して、槍を振り上げてこちらに叩きつけようとしていた兵士を狙う。
 素早く刀を下げ、踏み込みながら両手で振り上げる。さしたる抵抗感もなく槍の柄の中ほどを斬り飛ばした。
 そして、返す刀で二人目の兵士へ狙いを変える。槍の柄を斬り落とした勢いで上にあがっている刀を一瞬で翻(ひるがえ)し、重力の力も借りて相手が振り上げていた剣の横腹を叩く。
 両手で振り下ろされる力を叩きつけられて、兵士の手から剣が弾き飛ばされる。使いやすい片手剣だったが、片手の握力だけでは渾身の力で振り下ろされるサムライの刀の勢いを受け止めきることが出来なかったのだ。
 前側の二人の行動を阻止した源九郎は振り返り、背後の敵に意識を向ける。
 こちらは、まずは珠穂が対処してくれていた。鉄扇で振り下ろされる長剣(ロングソード)を打ち払い、巧みに攻撃を振り払っている。

(やっぱりうまいな! 珠穂さん)

 加勢するべくすり足で駆けよりながら、サムライは巫女の技量に感心していた。
 片手で持った武器で、両手で持った武器をいなすのは難しい技だ。現に、つい先ほど刀を受けた兵士はたまらずに剣を弾き飛ばされてしまっている。
 だが、工夫をすれば、攻撃を防ぐことは可能だ。
 コツはてこの原理を活用してなるべく相手の剣の根元を狙うこと、そして、両手で振り下ろす力を全力で発揮させないよう、所作の途中を遮るように積極的な防御に出ることだ。
 いくら剣の根元を狙ったところで、思いきり振り下ろされる両手剣を打ち払うのは難しい。まして珠穂は小柄な体格の女性で、相手は平均的な体格の男性だ。
 しかし、その膂力(りょりょく)の差を発揮される前にこちらから前に出て、相手の行動を牽制するように対処すれば、やりようはある。
 このまま任せても大丈夫そうではあったが、今は何としてでも、最初に攻撃に入った三人を蹴散らさなければならなかった。
 さすがに周囲を取り囲んだ数十人もの兵士に同時に襲いかかられたら、まともな戦力が二人と一匹しかいない状況では防ぎようがない。
 だから初手で圧倒的な実力差を見せつけ、相手の戦意を削ぐ必要があったのだ。

「セイヤァッ!!! 」

 珠穂によって好きなように剣を振るわせてもらえずたじたじとなっている兵士の横合いから、気合の声と共に源九郎が刀を振り下ろす。
 上段に大きくかまえたところから振り下ろした刀は兵士が振り上げていた長剣(ロングソード)の半(なか)ほどの腹の部分を捉え、そしてそれを、———斬り飛ばしていた。
 金属がぶつかり合う激しい音。火花が舞い散り、斬り飛ばされた長剣(ロングソード)の先端部分がくるくると宙を舞って、プスっ、と滑稽にも思えるあっけない音と共に地面に突き刺さった。
 その瞬間、周囲にいたすべての人々が静止する。
 目の前で起こったことが信じられず、驚き、呆気に取られている。

「マジか……」

 源九郎も目を見張り、数回まばたきをしていた。
 自分でもまさか、同じ鋼鉄でできた剣を斬ってしまえるとは思ってもみなかったのだ。
 だが、あり得ない話ではない。
 そもそも大業物と呼ばれる最高品質の日本刀であれば兜割と言って、鉄製の兜を叩き斬ることは可能であったし、実際、サムライも実践したことがある。
 それに、構造的に剣というのは横腹を叩かれると弱いものだった。使われている鋼鉄の性質や鍛え方によっては簡単に折れ曲がるし、そういった点を考え合わせればこうして斬り落とされてしまうことだって起こり得るだろう。
 日本刀だって、そうだ。数々の逸話の中には、刀鍛冶の職人が、弟子の刀造りの間違いを指摘するために弟子が作った日本刀を何本か並べ、自身が鍛えた名刀で一刀両断した、などというものもあるほどだ。
 ———予期していなかったことではあったが、これを生かさない手はなかった。
 源九郎自身が驚いているのだから、この場にいる誰もが、こんな切れ味のいい刀は目にしたことがないはずだ。

「さっすが、ドワーフの鍛冶職人! いい仕事してるぜ」

 ピッ、と小気味よい風切り音を立てながら刀を振るい、周囲の兵士たちに見せつけるように横に寝かせて水平にかまえながら、サムライは前後左右を鋭い視線で睨みつけ、役者時代につちかった演技力を発揮して獰猛な笑みを浮かべて見せる。

「さて。……次にぶった斬られたいのは、どいつだい? 」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。

越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

目覚めたら地下室!?~転生少女の夢の先~

そらのあお
ファンタジー
夢半ばに死んでしまった少女が異世界に転生して、様々な困難を乗り越えて行く物語。 *小説を読もう!にも掲載中

転生幼女アイリスと虹の女神

紺野たくみ
ファンタジー
地球末期。パーソナルデータとなって仮想空間で暮らす人類を管理するAI、システム・イリスは、21世紀の女子高生アイドル『月宮アリス』及びニューヨークの営業ウーマン『イリス・マクギリス』としての前世の記憶を持っていた。地球が滅びた後、彼女は『虹の女神』に異世界転生へと誘われる。 エルレーン公国首都シ・イル・リリヤに豪商ラゼル家の一人娘として生まれたアイリスは虹の女神『スゥエ』のお気に入りで『先祖還り』と呼ばれる前世の記憶持ち。優しい父母、叔父エステリオ・アウル、妖精たちに守られている。 三歳の『魔力診』で保有魔力が規格外に大きいと判明。魔導師協会の長『漆黒の魔法使いカルナック』や『深緑のコマラパ』老師に見込まれる。

異世界起動兵器ゴーレム

ヒカリ
ファンタジー
高校生鬼島良太郎はある日トラックに 撥ねられてしまった。そして良太郎 が目覚めると、そこは異世界だった。 さらに良太郎の肉体は鋼の兵器、 ゴーレムと化していたのだ。良太郎が 目覚めた時、彼の目の前にいたのは 魔術師で2級冒険者のマリーネ。彼女は 未知の世界で右も左も分からない状態 の良太郎と共に冒険者生活を営んで いく事を決めた。だがこの世界の裏 では凶悪な影が……良太郎の異世界 でのゴーレムライフが始まる……。 ファンタジーバトル作品、開幕!

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~

櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...