181 / 226
:第8章 「窮地」
・8-7 第182話:「観念しろ! 」
しおりを挟む
・8-7 第182話:「観念しろ! 」
どうして、シュリュード男爵は正確にこちら見つけ出すことが出来たのか。
顔を知られているわけではないはずだった。源九郎は一度、敵の傭兵たちの前に姿をさらしていたが、一瞬のことだったし、いくら少し目立つ風貌だからといって数千もの人々の中からこうも容易く見つけ出すことはできないはずだ。
小夜風のことを目印にしたのかもとも思ったが、彼は足元にいて、上から探しても見えない位置にいる。
珠穂はそもそも敵にまだ顔を知られていないはずだったし、フィーナもそうだ。
セシリアだけは過去にシュリュード男爵と面識があったらしいが、その時は着飾ったドレス姿だった。今の彼女はどこからどう見ても貧しい旅の放浪者という姿であり、遠目で気づけるはずがない。
いったい、なぜ。
そう戸惑っている間にも、男爵に命じられて、兵士たちがこちらへと向かって来ている。
さっ、と人混みが源九郎たちの周囲からはけて行った。
なにが起こっているのかは皆目見当もつかないが、とにかくトラブルに巻き込まれるのはごめんだということなのだろう。
そして代わりに前に出てきたのは兵士たちで、ぞろぞろと集まって来た彼らにすっかり取り囲まれてしまった。
「これは……、マズいことになったのぅ」
自分の判断ミスでこうなってしまったのではないか。
珠穂は責任を感じているのか、いつでも鉄扇を取り出せるように巫女服の懐に手を突っ込みつつ、苦しそうに呟く。
「フィーナ! お嬢ちゃん! しっかり俺の背中に隠れていろよ! 」
源九郎も、すでに臨戦態勢だった。左足を後ろに引き、やや腰を落として前傾姿勢を取りながら、いつでも抜刀できるように刀の柄に手をかける。
背中に、不安そうなフィーナの手が触れた。
(……ピンチだな、こりゃ)
なんとか、彼女を守らなければならない。
そう思いつつも、焦燥感が大きくなるばかりだった。
なにしろ、多勢に無勢だ。
周囲を取り囲んでいる兵士だけでも二十人はいるし、城壁城には弓や弩をかまえている兵士までいる。
そしてこちらは、実質的な戦力は二人と一匹だけだった。元村娘はもちろん、お嬢様も戦闘に関してはまったく員数外なのだ。
一斉に攻め込まれたら、さすがになすすべがない。
「珠穂さん。小夜風の術で、なんとかできねぇかな? 」
「難しいの。敵の層が厚すぎる。攪乱して表面を突き抜けることが出来ても、絡め取られてしまうであろう。なにより、上から矢が追って来る」
一縷(いちる)の望みをかけてたずねてみたが、巫女から返って来た言葉は冷酷なものだった。
幸いなのは、こちらを囲んでいる兵士たちもまだ状況を飲みこめ切れていない様子で、すぐには攻めかかって来なさそうだ、ということだけだ。
みな男爵に言われたから囲んでいるものの、なんでそんなことをしなければならないのか、対峙している相手はいったい何者なのか、ひとつもわからないでいるのだ。
このまま問答無用で攻撃していいのか。剣や槍、盾といった装備をかまえつつも、兵士たちはお互いに視線をかわし合い、様子をうかがっている。
「ワァッハッハッハ! ぬかったな、ネズミどもが! 」
その時、高笑いをしながらシュリュード男爵が階段を下りて来る。すると自然に兵士たちは道をあけ、彼を源九郎たちの前まで通した。
セシリアから以前聞いていた通り、欲深そうな男だ。
よく太っているだけでなく肌が脂ぎって、松明の明かりを反射してギラギラとしている。そしてその様子には、彼の内なる野心があらわれているように見える。
「ボヤ騒ぎを起こして、その混乱の隙に逃げ出そうとでもいうのだろうが、このワシの目はごまかされんぞ! 」
「……さぁて、な。俺たちには、なにがなにやら」
サムライは往生際悪く、とぼけて見せた。
少しでも時間を稼ぎたいという一心だ。
今は良い案などなにも浮かんでこないが、考える時間があればなにか思い浮かぶかもしれないという、淡い期待。
「フン! しらばっくれおって! 」
すると、男爵は勝ち誇ったように嘲笑した。
「火事だと騒いで、他の者たちはみな、着の身着のままで逃げ出して来ておる! それなのに貴様らときたら、今すぐにでも旅立てますと、準備万端といったいでたちではないか! つまり、街で火事が起こることを事前に知っていたのだ! そしてそれを知っているのは、スパイの仲間以外にはおらぬ! 」
シュリュード男爵の頭脳の明晰さは、本物であるらしかった。
その推理は、的を射ている。
「チッ」
時間稼ぎもできないと知って、源九郎は思わず舌打ちをしていた。
「くくくく! さぁ、観念するがいい! 」
表の顔は、王国の有能な臣。
しかしその実態は、己の栄達を望み、そのためならばどんな汚いことでもするという貪欲で強欲な悪漢。
勝ち誇ったシュリュード男爵はその精神の邪悪さを体現した笑みを浮かべていた。
———正直なところ、打てる手がなかった。
もはやなにをどう言ってもごまかすことなど不可能だったし、戦うにしても、十人や二十人は倒してみせるつもりではあったが、結局は数の差で押し切られるのが目に見えてしまっている。
(……最低限、か)
ふと脳裏をよぎったのは、かつて自身の村を守るために命をかけ、無残に命を奪われた、フィーナの育ての親でもある老人の姿だった。
一所懸命という言葉がある。
サムライも、農民も変わらない。
自身にとって大切なものを守るためにこそ、懸命になるのだ。
そして今の源九郎にとっての一所とは間違いなく、彼の背中に触れながら、心細そうにしている少女であった。
「お待ちなさい! 観念するのは貴方の方よ! シュリュード! 」
自分はどうなってもかまわない。
フィーナたちだけでも、逃がす。
そう覚悟を決めた、瞬間。———セシリアが凛とした声をあげ、サムライの背中を押しのけて矢面に立っていた。
どうして、シュリュード男爵は正確にこちら見つけ出すことが出来たのか。
顔を知られているわけではないはずだった。源九郎は一度、敵の傭兵たちの前に姿をさらしていたが、一瞬のことだったし、いくら少し目立つ風貌だからといって数千もの人々の中からこうも容易く見つけ出すことはできないはずだ。
小夜風のことを目印にしたのかもとも思ったが、彼は足元にいて、上から探しても見えない位置にいる。
珠穂はそもそも敵にまだ顔を知られていないはずだったし、フィーナもそうだ。
セシリアだけは過去にシュリュード男爵と面識があったらしいが、その時は着飾ったドレス姿だった。今の彼女はどこからどう見ても貧しい旅の放浪者という姿であり、遠目で気づけるはずがない。
いったい、なぜ。
そう戸惑っている間にも、男爵に命じられて、兵士たちがこちらへと向かって来ている。
さっ、と人混みが源九郎たちの周囲からはけて行った。
なにが起こっているのかは皆目見当もつかないが、とにかくトラブルに巻き込まれるのはごめんだということなのだろう。
そして代わりに前に出てきたのは兵士たちで、ぞろぞろと集まって来た彼らにすっかり取り囲まれてしまった。
「これは……、マズいことになったのぅ」
自分の判断ミスでこうなってしまったのではないか。
珠穂は責任を感じているのか、いつでも鉄扇を取り出せるように巫女服の懐に手を突っ込みつつ、苦しそうに呟く。
「フィーナ! お嬢ちゃん! しっかり俺の背中に隠れていろよ! 」
源九郎も、すでに臨戦態勢だった。左足を後ろに引き、やや腰を落として前傾姿勢を取りながら、いつでも抜刀できるように刀の柄に手をかける。
背中に、不安そうなフィーナの手が触れた。
(……ピンチだな、こりゃ)
なんとか、彼女を守らなければならない。
そう思いつつも、焦燥感が大きくなるばかりだった。
なにしろ、多勢に無勢だ。
周囲を取り囲んでいる兵士だけでも二十人はいるし、城壁城には弓や弩をかまえている兵士までいる。
そしてこちらは、実質的な戦力は二人と一匹だけだった。元村娘はもちろん、お嬢様も戦闘に関してはまったく員数外なのだ。
一斉に攻め込まれたら、さすがになすすべがない。
「珠穂さん。小夜風の術で、なんとかできねぇかな? 」
「難しいの。敵の層が厚すぎる。攪乱して表面を突き抜けることが出来ても、絡め取られてしまうであろう。なにより、上から矢が追って来る」
一縷(いちる)の望みをかけてたずねてみたが、巫女から返って来た言葉は冷酷なものだった。
幸いなのは、こちらを囲んでいる兵士たちもまだ状況を飲みこめ切れていない様子で、すぐには攻めかかって来なさそうだ、ということだけだ。
みな男爵に言われたから囲んでいるものの、なんでそんなことをしなければならないのか、対峙している相手はいったい何者なのか、ひとつもわからないでいるのだ。
このまま問答無用で攻撃していいのか。剣や槍、盾といった装備をかまえつつも、兵士たちはお互いに視線をかわし合い、様子をうかがっている。
「ワァッハッハッハ! ぬかったな、ネズミどもが! 」
その時、高笑いをしながらシュリュード男爵が階段を下りて来る。すると自然に兵士たちは道をあけ、彼を源九郎たちの前まで通した。
セシリアから以前聞いていた通り、欲深そうな男だ。
よく太っているだけでなく肌が脂ぎって、松明の明かりを反射してギラギラとしている。そしてその様子には、彼の内なる野心があらわれているように見える。
「ボヤ騒ぎを起こして、その混乱の隙に逃げ出そうとでもいうのだろうが、このワシの目はごまかされんぞ! 」
「……さぁて、な。俺たちには、なにがなにやら」
サムライは往生際悪く、とぼけて見せた。
少しでも時間を稼ぎたいという一心だ。
今は良い案などなにも浮かんでこないが、考える時間があればなにか思い浮かぶかもしれないという、淡い期待。
「フン! しらばっくれおって! 」
すると、男爵は勝ち誇ったように嘲笑した。
「火事だと騒いで、他の者たちはみな、着の身着のままで逃げ出して来ておる! それなのに貴様らときたら、今すぐにでも旅立てますと、準備万端といったいでたちではないか! つまり、街で火事が起こることを事前に知っていたのだ! そしてそれを知っているのは、スパイの仲間以外にはおらぬ! 」
シュリュード男爵の頭脳の明晰さは、本物であるらしかった。
その推理は、的を射ている。
「チッ」
時間稼ぎもできないと知って、源九郎は思わず舌打ちをしていた。
「くくくく! さぁ、観念するがいい! 」
表の顔は、王国の有能な臣。
しかしその実態は、己の栄達を望み、そのためならばどんな汚いことでもするという貪欲で強欲な悪漢。
勝ち誇ったシュリュード男爵はその精神の邪悪さを体現した笑みを浮かべていた。
———正直なところ、打てる手がなかった。
もはやなにをどう言ってもごまかすことなど不可能だったし、戦うにしても、十人や二十人は倒してみせるつもりではあったが、結局は数の差で押し切られるのが目に見えてしまっている。
(……最低限、か)
ふと脳裏をよぎったのは、かつて自身の村を守るために命をかけ、無残に命を奪われた、フィーナの育ての親でもある老人の姿だった。
一所懸命という言葉がある。
サムライも、農民も変わらない。
自身にとって大切なものを守るためにこそ、懸命になるのだ。
そして今の源九郎にとっての一所とは間違いなく、彼の背中に触れながら、心細そうにしている少女であった。
「お待ちなさい! 観念するのは貴方の方よ! シュリュード! 」
自分はどうなってもかまわない。
フィーナたちだけでも、逃がす。
そう覚悟を決めた、瞬間。———セシリアが凛とした声をあげ、サムライの背中を押しのけて矢面に立っていた。
0
お気に入りに追加
100
あなたにおすすめの小説
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。

転生した体のスペックがチート
モカ・ナト
ファンタジー
とある高校生が不注意でトラックに轢かれ死んでしまう。
目覚めたら自称神様がいてどうやら異世界に転生させてくれるらしい
このサイトでは10話まで投稿しています。
続きは小説投稿サイト「小説家になろう」で連載していますので、是非見に来てください!
[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!
どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入!
舐めた奴らに、真実が牙を剥く!
何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ?
しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない?
訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、
なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト!
そして…わかってくる、この異世界の異常性。
出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。
主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。
相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。
ハーレム要素は、不明とします。
復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。
追記
2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。
8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。
2024/02/23
アルファポリスオンリーを解除しました。

異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる