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:第7章 「捜査」
・7-9 第168話:「一閃:1」
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・7-9 第168話:「一閃:1」
敵に悟られることなく、証拠品だけ奪取する。
そのためにラウルは小夜風と協力することにした。
作戦は単純だ。まず、坑道に迷い込んだ野生動物のフリをした善狐が囮となって部屋に侵入し、傭兵たちから適当に、取られたら困るモノを奪い取る。そして相手がそれに気を取られている間に犬頭が気づかれないように接近し、木箱から贋金に加工されている途中の物証を何枚か奪い取る。
そうして後はさっさと逃げるだけ、というものだ。
こんなところに野生動物が? と、違和感を抱かれるのに違いなかったが、小夜風はどこからどう見てもキツネにしか見えないため、正常性バイアスが働いて、気づかれないだろう。
「どうだ? 行けそうか? 」
口頭で説明してみたものの、さすがに見た目がキツネにしか見えない小夜風がちゃんと理解してくれたか心配になったラウルが念を押すと、善狐はうなずいてみせた。
偶然、そういう仕草を見せているだけには思えない。
やはり彼は完璧にこちらの言っていることを理解しているのだろう。尻尾を一度振ると、それを合図にしたかのように物陰から飛び出し、てててて、と駆けていく。
「うぉっ、なんだ? 」
「ど、どうした!? ……って、オイ、キツネか? 」
暗がりから突然姿をあらわした小夜風に、傭兵たちは驚いていた。
しかし、彼が贋金作りの証拠を得るために潜入してきたのだとは気づかない。外見は完全にどこにでもいるアカギツネであり、それが警戒するべき敵であるとは認識されないのだ。
それを分かっているのか、小夜風は速攻を仕掛けた。
「あっ、おい! オレの財布を!? 」
善狐は素早く傭兵の一人に駆けよると、その腰から硬貨の詰まった財布を奪い取って部屋の奥の方へダッシュする。
小さい小袋だが、中身はしっかり詰まっている。どうやらシュリュード男爵は給与をケチってはいないらしかった。
「待てッ、このっ! そいつには食い物なんて入っちゃいないんだぞ! 」
身軽に逃げ回る小夜風を、財布の持ち主であった傭兵が必死に追いかける。なかなかの金額が入っている分、絶対に失いたくないモノなのだろう。
そしてその様子を、もう一人の傭兵はハラハラとしながら見守っている。
(今、だな)
木箱から注意がそれた瞬間を、ラウルは見逃さなかった。
思い切りよく物陰から飛び出すと、姿勢を低くしたまま忍び足で駆けより、木箱の中からプリーム鉄貨を数枚つかみ取る。
ちらり、と視線を走らせて確認すると、手にした硬貨には魔法陣が刻み込まれていて、まるで金貨のようにずっしりとした重みがあった。
(これでとうとう、シュリュード男爵を追い詰められる! )
ニヤリと微笑んだ犬頭だったが、気は抜かない。
傭兵たちに気づかれないようにまた静かに物陰へと走り込み、安全を確保した。
すると、それを見計らったように小夜風も口にくわえていた財布を放り出し、あたかも傭兵たちに追いかけ回されて怖がりながら逃げ出したといった態度でラウルの方へ逃げて来る。
「ったく、迷いギツネめ! さわがせやがって……! 」
翻弄された傭兵は憎々しげにそう言葉を吐き捨てたが、無理に追ってこようとはしなかった。
大切な財布は無事に戻って来たし、持ち場を離れることもできないと考えているのだろう。
きちんと給与が支払われているために、傭兵たちは職務に忠実であるらしかった。
(マメなシュリュード男爵に、感謝、だな)
自分たちの狙いが気づかれていないことを確認し、小夜風とも合流したラウルは、すぐさまこの場を離れることにし、来た道を引き返し始める。
後は脱出さえしてしまえば、任務を完遂できるはずだった。
────────────────────────────────────────
ラウルと小夜風は、複雑な坑道の中を迷うことなく、正確に元の道筋をたどって脱出しようとしていた。
途中で道が分からなくなるかもしれないと危惧していたのだが、潜入して来た時とは逆に、外からの空気のにおいをたどることで迷うことなく進むことが出来ている。
(順調、だな……! )
まだ坑道から抜け出した後、どうやって源九郎たちと合流するか、という問題はあったものの、犬頭は楽観的だった。
敵に気取られずにうまく証拠だけ確保して戻って来られた以上、警戒態勢に変化は生じていないはずだからだ。
だとすれば、潜入した時と逆の手順、経路で、脱出ることは容易にできる。
すでに、ラウルの頭の中は王都に帰還する日程のことでいっぱいだった。
潜入に気づかれずに逃げ出せそうだったが、しかし、後でシュリュード男爵が異変に気づくこともあり得るかもしれない。
結局は、一刻も早く王都に帰りつき、男爵が証拠隠滅をしたり逃亡したりする前に身柄を抑えなければならないのだ。帰りの行程は大急ぎで、来た時よりも素早く消化しなければならないだろう。
最短でパテラスノープルに帰り着くためには、どんな経路、日程で臨むべきか。
キン、と小気味の良い音を犬頭が聞いたのは、彼が今後の予定に思いを巡らしつつ、潜入する時に利用した古い坑道へと続く木板の壁に作った隙間をくぐり抜けようとした時のことだった。
(はて? どこかで、聞き覚えがある音だ)
あまり馴染みはないが、しかし、まったく知らないわけでもない。
自分がその音をどこで聞いたのか。ラウルは一瞬、考え込む。
そしてその一瞬が、彼の反応を遅らせた。
———鋭い痛みが神経を駆け巡り、自身の皮が、肉が割かれる感触を覚える。
熱を帯びたような激痛と共に、ぬめった体液があふれ出し、びっしりと身体を覆い尽くしている体毛が濡れて重くなっていく。
(そうだ……、これは、刀を抜く時の音だ!!! )
直前に聞こえた音が日本刀を鞘から抜く時の音、鯉口を切る音だと気づいたのは、ラウルが、自分が斬られたのだと理解するのと同時だった。
敵に悟られることなく、証拠品だけ奪取する。
そのためにラウルは小夜風と協力することにした。
作戦は単純だ。まず、坑道に迷い込んだ野生動物のフリをした善狐が囮となって部屋に侵入し、傭兵たちから適当に、取られたら困るモノを奪い取る。そして相手がそれに気を取られている間に犬頭が気づかれないように接近し、木箱から贋金に加工されている途中の物証を何枚か奪い取る。
そうして後はさっさと逃げるだけ、というものだ。
こんなところに野生動物が? と、違和感を抱かれるのに違いなかったが、小夜風はどこからどう見てもキツネにしか見えないため、正常性バイアスが働いて、気づかれないだろう。
「どうだ? 行けそうか? 」
口頭で説明してみたものの、さすがに見た目がキツネにしか見えない小夜風がちゃんと理解してくれたか心配になったラウルが念を押すと、善狐はうなずいてみせた。
偶然、そういう仕草を見せているだけには思えない。
やはり彼は完璧にこちらの言っていることを理解しているのだろう。尻尾を一度振ると、それを合図にしたかのように物陰から飛び出し、てててて、と駆けていく。
「うぉっ、なんだ? 」
「ど、どうした!? ……って、オイ、キツネか? 」
暗がりから突然姿をあらわした小夜風に、傭兵たちは驚いていた。
しかし、彼が贋金作りの証拠を得るために潜入してきたのだとは気づかない。外見は完全にどこにでもいるアカギツネであり、それが警戒するべき敵であるとは認識されないのだ。
それを分かっているのか、小夜風は速攻を仕掛けた。
「あっ、おい! オレの財布を!? 」
善狐は素早く傭兵の一人に駆けよると、その腰から硬貨の詰まった財布を奪い取って部屋の奥の方へダッシュする。
小さい小袋だが、中身はしっかり詰まっている。どうやらシュリュード男爵は給与をケチってはいないらしかった。
「待てッ、このっ! そいつには食い物なんて入っちゃいないんだぞ! 」
身軽に逃げ回る小夜風を、財布の持ち主であった傭兵が必死に追いかける。なかなかの金額が入っている分、絶対に失いたくないモノなのだろう。
そしてその様子を、もう一人の傭兵はハラハラとしながら見守っている。
(今、だな)
木箱から注意がそれた瞬間を、ラウルは見逃さなかった。
思い切りよく物陰から飛び出すと、姿勢を低くしたまま忍び足で駆けより、木箱の中からプリーム鉄貨を数枚つかみ取る。
ちらり、と視線を走らせて確認すると、手にした硬貨には魔法陣が刻み込まれていて、まるで金貨のようにずっしりとした重みがあった。
(これでとうとう、シュリュード男爵を追い詰められる! )
ニヤリと微笑んだ犬頭だったが、気は抜かない。
傭兵たちに気づかれないようにまた静かに物陰へと走り込み、安全を確保した。
すると、それを見計らったように小夜風も口にくわえていた財布を放り出し、あたかも傭兵たちに追いかけ回されて怖がりながら逃げ出したといった態度でラウルの方へ逃げて来る。
「ったく、迷いギツネめ! さわがせやがって……! 」
翻弄された傭兵は憎々しげにそう言葉を吐き捨てたが、無理に追ってこようとはしなかった。
大切な財布は無事に戻って来たし、持ち場を離れることもできないと考えているのだろう。
きちんと給与が支払われているために、傭兵たちは職務に忠実であるらしかった。
(マメなシュリュード男爵に、感謝、だな)
自分たちの狙いが気づかれていないことを確認し、小夜風とも合流したラウルは、すぐさまこの場を離れることにし、来た道を引き返し始める。
後は脱出さえしてしまえば、任務を完遂できるはずだった。
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ラウルと小夜風は、複雑な坑道の中を迷うことなく、正確に元の道筋をたどって脱出しようとしていた。
途中で道が分からなくなるかもしれないと危惧していたのだが、潜入して来た時とは逆に、外からの空気のにおいをたどることで迷うことなく進むことが出来ている。
(順調、だな……! )
まだ坑道から抜け出した後、どうやって源九郎たちと合流するか、という問題はあったものの、犬頭は楽観的だった。
敵に気取られずにうまく証拠だけ確保して戻って来られた以上、警戒態勢に変化は生じていないはずだからだ。
だとすれば、潜入した時と逆の手順、経路で、脱出ることは容易にできる。
すでに、ラウルの頭の中は王都に帰還する日程のことでいっぱいだった。
潜入に気づかれずに逃げ出せそうだったが、しかし、後でシュリュード男爵が異変に気づくこともあり得るかもしれない。
結局は、一刻も早く王都に帰りつき、男爵が証拠隠滅をしたり逃亡したりする前に身柄を抑えなければならないのだ。帰りの行程は大急ぎで、来た時よりも素早く消化しなければならないだろう。
最短でパテラスノープルに帰り着くためには、どんな経路、日程で臨むべきか。
キン、と小気味の良い音を犬頭が聞いたのは、彼が今後の予定に思いを巡らしつつ、潜入する時に利用した古い坑道へと続く木板の壁に作った隙間をくぐり抜けようとした時のことだった。
(はて? どこかで、聞き覚えがある音だ)
あまり馴染みはないが、しかし、まったく知らないわけでもない。
自分がその音をどこで聞いたのか。ラウルは一瞬、考え込む。
そしてその一瞬が、彼の反応を遅らせた。
———鋭い痛みが神経を駆け巡り、自身の皮が、肉が割かれる感触を覚える。
熱を帯びたような激痛と共に、ぬめった体液があふれ出し、びっしりと身体を覆い尽くしている体毛が濡れて重くなっていく。
(そうだ……、これは、刀を抜く時の音だ!!! )
直前に聞こえた音が日本刀を鞘から抜く時の音、鯉口を切る音だと気づいたのは、ラウルが、自分が斬られたのだと理解するのと同時だった。
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