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:第4章 「危険なシゴト」
・4-16 第130話 「巫女とキツネ:2」
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・4-16 第130話 「巫女とキツネ:2」
源九郎が自身の刀の柄に手をかけ、鯉口を切ろうとした瞬間だった。
「小夜風! 」
自分自身は戦うことなく、どこか偉そうに身体の前で両腕を組んで戦いの様子を見守っていた巫女が、スッと剣呑に双眸を細め、鋭く叫んだ。
その、直後。
「ぬおっ!? 」「くそっ! 」
源九郎とラウルは空中にいたアカギツネがこちらに突進しながら大太刀を振るうのを目にして、慌ててその場から逃げ出していた。
風圧と、ビュン、と風を切る音。
サムライと犬頭が体勢を整えつつ見上げると、小夜風(さよかぜ)は再びこちらからの攻撃が届かない高さにまで飛び上がり、その背中に大太刀をかまえ直していた。
━━━どうやら、刀を抜かせるつもりはないらしい。
「お主……、いったい、なにを考えておるのじゃ? 」
逃げ出していなければ二人そろって叩き斬られていた。
そう直感し、冷や汗を浮かべる源九郎とラウルのことを睨みつけながら、巫女が静かな、怒りのこもった口調で問いかけて来る。
「そこの獣人どもにわずらわされておるようじゃから、せっかく、わらわが骨折りをしてしんぜようと申すのに……。なにゆえ、その者の言いなりになっておるのじゃ? 」
「そりゃ、俺だって手伝いたくなんかないがよ? 」
正面、そして頭上を同時に注意しながら、サムライは半ば、これは仕方のないことなのだと自分に言い聞かせるように言う。
「こっちも、人質を取られちまってるんだ」
「ほぅ……、人質、とな? 」
その言葉に、巫女から向けられていた視線が緩み、警戒心に同情心がわずかに加わる。
ただ、それはほんの一瞬のことだ。
すぐにそれは消えてなくなり、黒く濡れた瞳は断固とした意志を宿す。
「さりとて、このまま悪人を野放しにするわけには参らぬ! 異国のこととはいえ、見過ごしはせぬぞ! 」
その言葉が終わらないうちに、小夜風が仕掛けて来る。
場所が狭いために大太刀を自由に振るうことができず、単調な攻撃。
しかし、一度でも命中すればそれで決着がつくという、痛烈な一撃だ。
「おい、タチバナ! なにをモタモタしているんだ!? 」
限られた空間を最大限に活用し、身軽に攻撃をかわしながらラウルは源九郎を急かした。
おそらく彼の瞬発力をもってすれば、このまま回避をし続けることは不可能ではないだろう。
だが、一回でも失敗すればそれでゲームオーバーという状況に、焦りを覚えずにはいられない様子だった。
「そ、そんなこと言ったってよ」
サムライは憮然として口をへの字にする。
巫女の言うことは、もっともなことだった。
悪人を見過ごすことなど、たとえ異国のことであろうともできない。
それは、自分は正義の側にいたいと考えている源九郎の考え方と合うものだったし、トパス一味を一網打尽にしてやりたいというのが本音だった。
━━━問題なのは、フィーナを人質に取られてしまっている、ということだ。
ラウルが言った通り、悪人の手下たちがこの街中におり、こちらが歯向かった瞬間にそのことが露見し、元村娘に危害を加えられるという可能性を捨てきれない限り、逆らうことなどできるはずがない。
だから、ラウルに言われた通りにしなければならない。
彼の背中に背負われている刀を引き抜き、共に戦わなければならない。
正義のサムライが聞いて呆れるが、そうせざるを得ない。
得ないのだが、それを実行の移そうとすると、小夜風が邪魔をして来るのだ。
鯉口を切り、柄を握り、鞘から刀を抜く。
たったそれだけの動作だったが、それをしようとするとすかさず、上空から大太刀が振り下ろされるのだ。
「どうした、タチバナ! 早くしてくれ! 」
「分かってるって! けどよ……」
再び、ラウルが催促してくる。
源九郎は返事をしながら、奥歯を噛みしめていた。
━━━隙が、無い。
小夜風は、こちらが少しでも動こうとすると大太刀を振り上げる動作を見せ、牽制してくる。本当に刀に手をかけようとすればすかさず、あの長大な刀身が勢いよく振り下ろされることだろう。
動きたくとも、動けない。
手詰まりの状況だった。
「そなたたち、そろそろあきらめてはくれんかのぅ? 」
その時、戦いはアカギツネに任せて泰然と様子を見守っていた巫女が、おもむろに口を開く。
降伏勧告だ。
「このまま戦い続けていれば、いずれは小夜風の一撃を受けずにはおれなくなるであろう。いくら身のこなしが軽くとも、こちらの攻撃を受け続けねばならぬ以上、必ずそうなる。大けがをする前に、さっさと降参した方が身のためというもの。安心せい、悪人どもはきちんと当局に引き取ってもらい、この国のやり方によって裁いてもらうし、人質も、わらわが助けるのを手伝ってしんぜようぞ」
刀を手にする隙をじっと伺っていた源九郎だったが、ちらり、と横目をラウルの方へと向け、その意志を確認する。
「だ、そうだが……? どうする? 」
「どうするもこうするも、こんなところで捕まってたまるか」
犬頭は、小夜風の一挙手一投足から視線を離さないまま、即答した。
「ま、そうだよなぁ……」
サムライは口の端を吊り上げ、苦しそうに笑った。
笑う他はなかった。
せっかく助けがあらわれたというのに、人質を取られているせいであくまで戦わざるを得ないのだから。
(アレを……、やるしか、ねぇか)
どうすればこの窮地を脱することができるのか。
フィーナを傷つけないようにすることができるのか。
そのなによりの優先事項を達成するための方法を考え抜いた源九郎の脳裏に浮かんできたのは、ある秘技。
できる、とは聞いてはいるものの、自分では未だにやったことのない、少なくとも真剣を相手に実行したことのない技のことだった。
源九郎が自身の刀の柄に手をかけ、鯉口を切ろうとした瞬間だった。
「小夜風! 」
自分自身は戦うことなく、どこか偉そうに身体の前で両腕を組んで戦いの様子を見守っていた巫女が、スッと剣呑に双眸を細め、鋭く叫んだ。
その、直後。
「ぬおっ!? 」「くそっ! 」
源九郎とラウルは空中にいたアカギツネがこちらに突進しながら大太刀を振るうのを目にして、慌ててその場から逃げ出していた。
風圧と、ビュン、と風を切る音。
サムライと犬頭が体勢を整えつつ見上げると、小夜風(さよかぜ)は再びこちらからの攻撃が届かない高さにまで飛び上がり、その背中に大太刀をかまえ直していた。
━━━どうやら、刀を抜かせるつもりはないらしい。
「お主……、いったい、なにを考えておるのじゃ? 」
逃げ出していなければ二人そろって叩き斬られていた。
そう直感し、冷や汗を浮かべる源九郎とラウルのことを睨みつけながら、巫女が静かな、怒りのこもった口調で問いかけて来る。
「そこの獣人どもにわずらわされておるようじゃから、せっかく、わらわが骨折りをしてしんぜようと申すのに……。なにゆえ、その者の言いなりになっておるのじゃ? 」
「そりゃ、俺だって手伝いたくなんかないがよ? 」
正面、そして頭上を同時に注意しながら、サムライは半ば、これは仕方のないことなのだと自分に言い聞かせるように言う。
「こっちも、人質を取られちまってるんだ」
「ほぅ……、人質、とな? 」
その言葉に、巫女から向けられていた視線が緩み、警戒心に同情心がわずかに加わる。
ただ、それはほんの一瞬のことだ。
すぐにそれは消えてなくなり、黒く濡れた瞳は断固とした意志を宿す。
「さりとて、このまま悪人を野放しにするわけには参らぬ! 異国のこととはいえ、見過ごしはせぬぞ! 」
その言葉が終わらないうちに、小夜風が仕掛けて来る。
場所が狭いために大太刀を自由に振るうことができず、単調な攻撃。
しかし、一度でも命中すればそれで決着がつくという、痛烈な一撃だ。
「おい、タチバナ! なにをモタモタしているんだ!? 」
限られた空間を最大限に活用し、身軽に攻撃をかわしながらラウルは源九郎を急かした。
おそらく彼の瞬発力をもってすれば、このまま回避をし続けることは不可能ではないだろう。
だが、一回でも失敗すればそれでゲームオーバーという状況に、焦りを覚えずにはいられない様子だった。
「そ、そんなこと言ったってよ」
サムライは憮然として口をへの字にする。
巫女の言うことは、もっともなことだった。
悪人を見過ごすことなど、たとえ異国のことであろうともできない。
それは、自分は正義の側にいたいと考えている源九郎の考え方と合うものだったし、トパス一味を一網打尽にしてやりたいというのが本音だった。
━━━問題なのは、フィーナを人質に取られてしまっている、ということだ。
ラウルが言った通り、悪人の手下たちがこの街中におり、こちらが歯向かった瞬間にそのことが露見し、元村娘に危害を加えられるという可能性を捨てきれない限り、逆らうことなどできるはずがない。
だから、ラウルに言われた通りにしなければならない。
彼の背中に背負われている刀を引き抜き、共に戦わなければならない。
正義のサムライが聞いて呆れるが、そうせざるを得ない。
得ないのだが、それを実行の移そうとすると、小夜風が邪魔をして来るのだ。
鯉口を切り、柄を握り、鞘から刀を抜く。
たったそれだけの動作だったが、それをしようとするとすかさず、上空から大太刀が振り下ろされるのだ。
「どうした、タチバナ! 早くしてくれ! 」
「分かってるって! けどよ……」
再び、ラウルが催促してくる。
源九郎は返事をしながら、奥歯を噛みしめていた。
━━━隙が、無い。
小夜風は、こちらが少しでも動こうとすると大太刀を振り上げる動作を見せ、牽制してくる。本当に刀に手をかけようとすればすかさず、あの長大な刀身が勢いよく振り下ろされることだろう。
動きたくとも、動けない。
手詰まりの状況だった。
「そなたたち、そろそろあきらめてはくれんかのぅ? 」
その時、戦いはアカギツネに任せて泰然と様子を見守っていた巫女が、おもむろに口を開く。
降伏勧告だ。
「このまま戦い続けていれば、いずれは小夜風の一撃を受けずにはおれなくなるであろう。いくら身のこなしが軽くとも、こちらの攻撃を受け続けねばならぬ以上、必ずそうなる。大けがをする前に、さっさと降参した方が身のためというもの。安心せい、悪人どもはきちんと当局に引き取ってもらい、この国のやり方によって裁いてもらうし、人質も、わらわが助けるのを手伝ってしんぜようぞ」
刀を手にする隙をじっと伺っていた源九郎だったが、ちらり、と横目をラウルの方へと向け、その意志を確認する。
「だ、そうだが……? どうする? 」
「どうするもこうするも、こんなところで捕まってたまるか」
犬頭は、小夜風の一挙手一投足から視線を離さないまま、即答した。
「ま、そうだよなぁ……」
サムライは口の端を吊り上げ、苦しそうに笑った。
笑う他はなかった。
せっかく助けがあらわれたというのに、人質を取られているせいであくまで戦わざるを得ないのだから。
(アレを……、やるしか、ねぇか)
どうすればこの窮地を脱することができるのか。
フィーナを傷つけないようにすることができるのか。
そのなによりの優先事項を達成するための方法を考え抜いた源九郎の脳裏に浮かんできたのは、ある秘技。
できる、とは聞いてはいるものの、自分では未だにやったことのない、少なくとも真剣を相手に実行したことのない技のことだった。
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