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:第3章 「王都、賑やかに」
・3-10 第109話 「しばしの観光:3」
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・3-10 第109話 「しばしの観光:3」
まだ背が小さく、人垣に隠されてしまってせっかくの西市場の賑わいを見ることのできないフィーナ。
そんな彼女を背負ってやった源九郎は、市場の様子が見えやすいようにゆっくりと身体を左右に振ってみせる。
「どーだ、フィーナ? なにか面白そうなもんは見えるかー? 」
「うん! すっごくたくさんのお店があるっぺ! それに、いろんな人もおるべ! 」
今までロクに周囲の状況が分からなかった元村娘は、身長百八十センチ越えの長身から見える世界に興奮気味だった。
あっちになにが見える、こっちにあれがある。
フィーナは腕を精一杯にのばしてその方角を指さしながら、源九郎の背中ではしゃいでいた。
背負われている、ということも忘れて、時にはぴょんぴょんと飛び跳ねるように体を前後に揺することもあった。
しかし、サムライはビクともしない。
迫力のある殺陣の演技を見せ、刀を鋭く振るうためには腕力だけではなく足腰も十分に鍛える必要があったからだ。
「あっ、すごいっ! おさむれーさま、見てくんろっ! 」
嬉しくて、楽しくてたまらないとはしゃいでいたフィーナが、ひと際明るい声をあげる。
「あの人の衣装、見たことねーべ! でも、すっごくすっごく、きれいだっぺ! なんだか、おさむれーさまの着てる服に似てる……」
うっとりした様子で彼女が見つめている先には、周囲から明らかに目立つ格好の女性がいた。
真っ白な布で作られた小袖(こそで)に、緋袴(ひばかま)。その色合いは鮮やかなもので、周囲の景色の中でよく映えて見える。
その女性は円錐形の、半透明の薄布でできた日よけのついた笠を被っていて、そこから翡翠を思わせる輝きを持つ長くつややかな黒髪をのぞかせていた。
「へぇ、ありゃ、巫女さんじゃねーか」
フィーナの指し示す先に視線を向け、自身もその女性の姿を確かめると、源九郎は驚きと感心の入り混じった声をあげた。
「み……こ? みこさんって、なんだべか? 」
「俺の生まれ故郷にいた、神様に仕える女性のことさ。巫女さんはみんな、ああやって白い小袖に緋袴っていう恰好をしているんだ」
「へーぇ! おさむれーさまの故郷の! 神官さまみてーなお人だっぺか! 」
説明してやっている間に、巫女はなにやら周囲の人々に声をかけ、人混みの中に丸く小さなスペースを作り始める。
いったい、なにをするつもりなのだろうかと二人が見つめていると、巫女は懐から取り出した横笛を口にくわえていた。
そして彼女がおそらくは演奏を始めるのと同時に、その足元に突然、一匹のアカギツネが姿を現した。
「あっ、キツネだっぺ! キツネがダンスをしてるぺっ! 」
源九郎の背中で、嬉しそうにフィーナがはしゃぐ。
どうやらあの巫女は、笛とキツネを組み合わせた大道芸を人々に見せている様子だった。
西市場の賑やかな雑踏の音に紛れて、かすかに、祭囃子のような楽しいメロディ―が聞こえてくる。
そしてその音に合わせて、キツネが踊りを見せていた。
ぴょんぴょん左右に飛び跳ねたり、くるくると回ったり、宙返りをしたり、巫女の身体を駆け上ったり駆け下ったり、見物している人々の足元を走り回って驚かせたり。
やがて一曲終わると、巫女とキツネはそろって居住まいを正し、観客たちにペコリ、と頭を下げた。
「わー、わー! キツネさん、かわいかったっぺ! 」
観衆がぱちぱちと拍手するのに合わせて、フィーナも楽しそうに手を叩いている。
その人々からの賞賛の中で巫女は懐から碗のようなものを取り出し、人々に向かって差し出す。
すると、彼女の大道芸を楽しんだ人々から次々と硬貨が投げ込まれていった。
「すごい、すごい! もっと近くで見たいっぺ! 」
「おっ、そうだな! マオさんが戻ってきたら、もっと近くに行ってみるか? あの巫女さん以外にも、大道芸人がいるみたいだしな」
一曲終えて場所を変えるために移動し始めた巫女以外にも、西市場には様々な大道芸人たちが集まってきているようだった。
奇抜な衣装と楽器で踊りと演奏を披露する一団もいるし、火を噴くパフォーマンスを見せている者もいる。それ以外にも、その場で似顔絵を描いてみせたり、占いをして見せたりする者もいた。
人が多く集まるところで演技をすれば、より多くのおひねりをもらうことができる。
ここは商人たちにとっての取引の場であるのと同時に、芸人たちにとっても絶好の稼ぎ場所である様子だった。
そして、市場を訪れる人々を当て込んで稼ぎに来ている者たちは他にもいる。
市場の一画には舶来品の珍しい品々ではなく、食べ物をあつかう屋台が集まっていて、朝早くから商売にやって来る人々の胃袋を満たす代わりに代価を得るべく熱心に店員たちが働いていた。
風向きが変わったのか、源九郎とフィーナのところにもその屋台で調理されている料理の香りが届く。
香ばしく焼けている肉の脂と様々なスパイスが組み合わさった、複雑で奥深く、胃袋を否も応もなく刺激する、なんとも言えない、たまらない匂い。
宿屋でしっかりと朝食を摂ってきたはずなのに、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「マオさんが戻ってきたら、あっちの、食い物の屋台もめぐってみようぜ」
「賛成だっぺ! 」
すっかり市場の雰囲気を楽しんでいた二人だったが、次の瞬間には驚いて背後を振り返っていた。
というのは、マオがプリーム金貨を両替するために入って行った店の中から物が破壊される激しい騒音と、剣呑な怒鳴り声、そして悲鳴が聞こえてきたからだ。
まだ背が小さく、人垣に隠されてしまってせっかくの西市場の賑わいを見ることのできないフィーナ。
そんな彼女を背負ってやった源九郎は、市場の様子が見えやすいようにゆっくりと身体を左右に振ってみせる。
「どーだ、フィーナ? なにか面白そうなもんは見えるかー? 」
「うん! すっごくたくさんのお店があるっぺ! それに、いろんな人もおるべ! 」
今までロクに周囲の状況が分からなかった元村娘は、身長百八十センチ越えの長身から見える世界に興奮気味だった。
あっちになにが見える、こっちにあれがある。
フィーナは腕を精一杯にのばしてその方角を指さしながら、源九郎の背中ではしゃいでいた。
背負われている、ということも忘れて、時にはぴょんぴょんと飛び跳ねるように体を前後に揺することもあった。
しかし、サムライはビクともしない。
迫力のある殺陣の演技を見せ、刀を鋭く振るうためには腕力だけではなく足腰も十分に鍛える必要があったからだ。
「あっ、すごいっ! おさむれーさま、見てくんろっ! 」
嬉しくて、楽しくてたまらないとはしゃいでいたフィーナが、ひと際明るい声をあげる。
「あの人の衣装、見たことねーべ! でも、すっごくすっごく、きれいだっぺ! なんだか、おさむれーさまの着てる服に似てる……」
うっとりした様子で彼女が見つめている先には、周囲から明らかに目立つ格好の女性がいた。
真っ白な布で作られた小袖(こそで)に、緋袴(ひばかま)。その色合いは鮮やかなもので、周囲の景色の中でよく映えて見える。
その女性は円錐形の、半透明の薄布でできた日よけのついた笠を被っていて、そこから翡翠を思わせる輝きを持つ長くつややかな黒髪をのぞかせていた。
「へぇ、ありゃ、巫女さんじゃねーか」
フィーナの指し示す先に視線を向け、自身もその女性の姿を確かめると、源九郎は驚きと感心の入り混じった声をあげた。
「み……こ? みこさんって、なんだべか? 」
「俺の生まれ故郷にいた、神様に仕える女性のことさ。巫女さんはみんな、ああやって白い小袖に緋袴っていう恰好をしているんだ」
「へーぇ! おさむれーさまの故郷の! 神官さまみてーなお人だっぺか! 」
説明してやっている間に、巫女はなにやら周囲の人々に声をかけ、人混みの中に丸く小さなスペースを作り始める。
いったい、なにをするつもりなのだろうかと二人が見つめていると、巫女は懐から取り出した横笛を口にくわえていた。
そして彼女がおそらくは演奏を始めるのと同時に、その足元に突然、一匹のアカギツネが姿を現した。
「あっ、キツネだっぺ! キツネがダンスをしてるぺっ! 」
源九郎の背中で、嬉しそうにフィーナがはしゃぐ。
どうやらあの巫女は、笛とキツネを組み合わせた大道芸を人々に見せている様子だった。
西市場の賑やかな雑踏の音に紛れて、かすかに、祭囃子のような楽しいメロディ―が聞こえてくる。
そしてその音に合わせて、キツネが踊りを見せていた。
ぴょんぴょん左右に飛び跳ねたり、くるくると回ったり、宙返りをしたり、巫女の身体を駆け上ったり駆け下ったり、見物している人々の足元を走り回って驚かせたり。
やがて一曲終わると、巫女とキツネはそろって居住まいを正し、観客たちにペコリ、と頭を下げた。
「わー、わー! キツネさん、かわいかったっぺ! 」
観衆がぱちぱちと拍手するのに合わせて、フィーナも楽しそうに手を叩いている。
その人々からの賞賛の中で巫女は懐から碗のようなものを取り出し、人々に向かって差し出す。
すると、彼女の大道芸を楽しんだ人々から次々と硬貨が投げ込まれていった。
「すごい、すごい! もっと近くで見たいっぺ! 」
「おっ、そうだな! マオさんが戻ってきたら、もっと近くに行ってみるか? あの巫女さん以外にも、大道芸人がいるみたいだしな」
一曲終えて場所を変えるために移動し始めた巫女以外にも、西市場には様々な大道芸人たちが集まってきているようだった。
奇抜な衣装と楽器で踊りと演奏を披露する一団もいるし、火を噴くパフォーマンスを見せている者もいる。それ以外にも、その場で似顔絵を描いてみせたり、占いをして見せたりする者もいた。
人が多く集まるところで演技をすれば、より多くのおひねりをもらうことができる。
ここは商人たちにとっての取引の場であるのと同時に、芸人たちにとっても絶好の稼ぎ場所である様子だった。
そして、市場を訪れる人々を当て込んで稼ぎに来ている者たちは他にもいる。
市場の一画には舶来品の珍しい品々ではなく、食べ物をあつかう屋台が集まっていて、朝早くから商売にやって来る人々の胃袋を満たす代わりに代価を得るべく熱心に店員たちが働いていた。
風向きが変わったのか、源九郎とフィーナのところにもその屋台で調理されている料理の香りが届く。
香ばしく焼けている肉の脂と様々なスパイスが組み合わさった、複雑で奥深く、胃袋を否も応もなく刺激する、なんとも言えない、たまらない匂い。
宿屋でしっかりと朝食を摂ってきたはずなのに、思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「マオさんが戻ってきたら、あっちの、食い物の屋台もめぐってみようぜ」
「賛成だっぺ! 」
すっかり市場の雰囲気を楽しんでいた二人だったが、次の瞬間には驚いて背後を振り返っていた。
というのは、マオがプリーム金貨を両替するために入って行った店の中から物が破壊される激しい騒音と、剣呑な怒鳴り声、そして悲鳴が聞こえてきたからだ。
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